カテゴリ:健康~こころとからだ
パワフルだと言われる人には2種類あると思う。
ひとつは文字通り、気力がみなぎっていて、それがつい、にじみ出ている人を指す。ただ、そうじゃない人もいる。 お出かけの帰路、数年前にお会いした人に無理を言って時間を作ってもらった。以前は直接お話するのは1時間もなかったのだが、今回は割と長尺お付き合いいただいた。その方は私を「パワフル」だと評したが、自分ではそんなことないと思っている。あとでそばにいた友人に「私、パワフルじゃないですよね」と尋ねたのだが「いいや、パワフルですよ」との返事。 体力がないなぁ、人に比べてあまり「これがやりたい」ということもないなぁと思いながら私は毎日を過ごしている。他人よりも能力が劣っているからいつも同じことをこなすのにも「ぜいぜい」言いながらやっていると思っている。違うとすれば「目の前のものに興味を持って取り組む」とか「今日を過ごしてよかったなと感じることを見つける」ということを毎日繰り返している点かもしれない。そうすれば、明日以降死んでも何かあっても悔いが残らない気がするからだ。 たとえて言うと「ろうそくの灯が燃え尽きる前」を毎日やっている。これがもうひとつの「パワフルに見える人」なんだと思う。私がパワフルならたぶんこっちだ。ろうそくは消える前が一番明るいけれど、これはろうが溶けて芯がむき出しになり、一気に燃えるからだ。だから煌めく。ろうがたくさんあると、その分燃えが遅くなるので、穏やかでゆったるとした炎になる。 節約しながら毎日ちまちました生き方をして長く過ごすことを目指すより、その日にしなきゃいけないことに全力で取り組む。その結果、潰えてもいいんじゃないかと思っている。別に派手なことをするとか、旅先で異体験するとか、そういうことでなくても、できることはある。 要は毎日ろうそくの芯が燃え尽きる前をやっているようなもので、それがパワフルに見えるのかもしれないが、蓄え(エネルギーの備え)はいつもほとんどからっぽみたいなものである。寝る前にスマホの電池が10%切っているみたいな、そんな感じで過ごしている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021年10月20日 16時26分35秒
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