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昨年(平成17年)4月に出た待望のシリーズ新作集です。
近頃の平岩さんは、文壇きっての巨匠という感じになってきました。 今度の連作短編集も7編すべて粒よりです。 人情の勘所をしっかりつかまれたんでしょうね、私など、恥ずかしながらこの一冊を読み終える間に何度涙を流したことか。 今回は離れ離れになっていた母と息子との再会を軸にしたお話が多いです。 と言うとベタベタの「お涙頂戴もの」を連想されると思いますが、そこはそれ、平岩さんの円熟の筆にかかると「現実とはこんなものだろう」と思わせるようなカラッとした仕上がりになります。 しかも、それにもかかわらず、というか、それゆえ、というか、思わずほろりとさせられます。安心して泣けるというか。 物語が、あまり不幸すぎたり悲惨すぎたりすると、読者はかえって泣けないものだと思います。そこらへんのさじ加減が絶妙です。 例えば「明石玉のかんざし」。 ある日上方から出府してきた若い職人夫婦が「かわせみ」に宿を取ります。 やがて夫のほうは、江戸の老舗の鼈甲細工屋の跡取り息子と判ります。 ガキの時分にぐれて、行方不明になっていました。 実は西のほうへ放浪した末、「明石玉」という廉価品の細工物職人として立ち直っていました。 この度、妻を伴って出府した息子は、母を訪ねわびようとします。 一方、母親の方は息子の出奔後、亭主に死なれ、親戚から出来の悪い放蕩者を養子として押し付けられていたことがわかります。 息子が江戸に戻ってきたことを知った母親は、息子のいる「かわせみ」に籠を飛ばし、息せき切って駆けつけ、感涙に咽びます。 しかし、一方で「明石玉というような偽物に、一度でも手を染めた者を跡取りにしては、店の暖簾に傷が付くから、お前を店に入れるわけには行かない」ときっぱり言い放ちます。 母親は、息子の嫁が頭にさしている、息子が作った「安物の」明石玉の櫛を、「息子の嫁が偽者を頭にさしているのは世間体が悪い」と、自分が頭にさしている高価な鼈甲細工の櫛と交換して、さっと去って行きます。 息子夫婦は、諦めがつき、さばさばして西に戻ります。 その数ヵ月後、あの母親が切り盛りする老舗の鼈甲細工屋が突然倒産したことを、「かわせみ」の衆は知ります。 そして、母親は息子が作った明石玉の櫛を懐に、尼寺に入ったという噂を聞きます。 やがて「かわせみ」の衆は、鼈甲屋のぼろぼろの内情を熟知していた母親が、息子に苦労をかけまいと、あの日、一芝居打ったのだ、ということに思い至ったのでした。 一度の場面しか出てこない鼈甲屋のこのおかみですが、母親の愛情に溢れながらも、気丈に振舞ってみせる姿の造形が実に見事です。 (以上) 小判商人 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.04.16 16:59:45
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