TMS治療体験記-脳梗塞による片麻痺の有効なリハビリ手法だが限界も-
このリハビリ手法については、ネットでもあまり体験記が見当たらないので、同病の方の参考になればと思い、ここに体験を報告させていただきます。 なお、下書きを私がTMS治療を受けた病院で見てもらいましたが 「個人的な感想ということなら----」ということで、消極的許可をもらいました。 最初に私の身体状況を簡単にご紹介します。 2012年6月10日に脳梗塞を発症し、同年9月26日にリハビリ専門病院を退院した時点では、右の手足にかなりの麻痺が残りました。 退院後も懸命にリハビリに取り組んできて、ある程度は改善しましたが、発症から半年たって症状が回復期から維持期に移行したとみられる2013年1月に、東京都より身体障害者手帳の四級をいただきました。 これで私も立派な?身体障害者ということになりました。 -自分の体の、早期に可能な機能回復は概ねここまでか- とがっくりしていた矢先、テレビでTMS治療のことを知りました。 機能回復につながることならダメもとでなんでも試してみようと思っていた私は、さっそくこの年の春、TMS治療を受けました。(1)TMS治療とは 慈恵医大の安保雅博教授が数年前に開発したリハビリ手法です。まだ臨床試験段階という位置づけですが、テレビによると既に世界的に注目されているそうです。 治療の対象者は、脳梗塞と脳出血の患者の中で片麻痺が比較的軽症の方です。 TMSはもともと磁気検査機器の名称ですが、この機器を磁気刺激ツールとして使います。TMS治療の具体的なプログラムは次の通りです。 1.脳のうち、梗塞や出血を起こしていない健常側に、低頻度の磁気刺激を20分程度行います。低頻度磁気刺激とは一秒間に一度磁気を当てることです。私の場合で言えば、右の脳が磁気刺激を受けるたびに、反対の左側の手の指がピクッと動きました。 2.引き続きOT(=作業療法士)またはPT(=理学療法士)による体技(=ストレッチやマッサージ、作業訓練等)を40分程度行います。 3.その後、リハビリ室でさらに自主リハビリを一時間程度行います。自主リハビリのメニューは病院側で患者ごとに作って冊子にして最初に渡してくれます。 以上の、この二時間のプログラムを一日に午前と午後の二回繰り返します。これを15日間入院して繰り返します。 私が受けたのは上半身を対象としたコースですが、上半身の麻痺が改善すれば、下半身にも効果はでるようです。後述する原理からすると、上半身の場合も下半身の場合も同じはずですが、結果的に下半身の場合の改善効果が少なく、原因は、主治医の話では、右手は左の大脳半球が95%をつかさどっているが、右足は、左の大脳半球の関与は60~70%で、左の大脳半球が足の場合はかなり関与していることのようです。(2)入院治療の期間等 慈恵医大病院への入院希望者が大変多いので(テレビで何度も紹介されているせいか、待ち時間は年単位だそうです。病院経営的には大成功です)、私は、慈恵医大の紹介で中野区江古田(えごた)にある総合東京病院(250床)に入院しました。首都圏では慈恵医大病院とここしかやっていないようです。 ワンセット15日間の中にTMSを使ったリハビリが前記の通りパッケージ化されています。 私は3月22日(金)に入院して4月5日に退院しました。入退院日と日曜日は治療が休みでしたので、治療は正味11日間でした。実質の初日と最終日は、磁気を当てた後で身体機能を検査して、どれくらい改善したかを評価しました。 磁気刺激行為はまだ医療行為として認められていないそうで、治療費には入っていません。 その代わり、研究費のねん出のためか、この病院では個室に入ることを求めています。 費用は総額で約38万円と高かったです(個室料15,000円/日含む。治療費は主にセラピストの体技と指導です。健康保険3割負担での計算です)。 私の場合、入院期間が月を跨ったため、高額医療費補助の制度をうまく使えなかったので高額になりました。高額医療費補助制度をうまく使えば5万円前後は安くできます。 また、個室によっては30万円くらいのコース(個室料10,000円)があるそうです。 個室料の差は部屋の広さだそうです。(3)治療効果---私の場合 結論から言うと、入院期間中に、 1.手の動きの速度が10%改善しました。 2.右腕が上がる角度が15%改善しました。 3.指を使う時の抵抗感が顕著に改善しました。脚にも改善がありました。 4.麻痺のある右脚に体重がのるようになり、近場の散歩なら杖が要らなくなりました。麻痺足に体重が乗り始めると当初は歩くのが遅くなるそうで、歩く速度は不変でした。 大まかに言うと以上です。 二週間でおよそ10~15%の改善なら、顕著な改善といってよいと思います。 数字面でも改善しましたが、生活面での質的改善が大きかったです。 例えば、字を書くのが顕著に楽になりました。 苦心惨憺していた水泳がいくらか楽になって、クロールでは右腕が水から少し出やすくなり、平泳ぎでも右手を前に伸ばしやすくなりました。 腕と脚の動きがともに改善したことで、自転車に乗れるようになりました。これはうれしかったです。趣味だったサイクリングを再び楽しめるようになりそうです。 評価をしたOTは私について、他の患者さんより効果が出ていると言っていました。これについては思い当る要因が三つあります。 1.発症からまだ1年未満だったこと(約10カ月)。結局、治療は少しでも早い方がいいのかなと思いました。病院のホームページには、受診条件として「発症から1年以上経過していること」とありましたが、これは後述する”磁気を当てることによって起きる、維持期から回復期への回帰現象”を確かめるため、つまり、研究上の都合かもしれません。 2.昨年11月に街の脳外科で、発病以来鋭い痛みのあった肩に、痛み止めのステロイド注射を打ってもらいましたが(一度打てば一年間有効だそうです)、それ以来、腕のリハビリが顕著に進むようになっていたこと。 それまで、痛みのせいでリハビリが思うようにできなかっただけで、実際には回復期のうちに麻痺はもっと回復していたのかもしれません。 3.リハビリ専門病院に入院中の2013年9月から、鍼灸院(=「りゅうえい治療院」三鷹)に通い、「活脳鍼」(かつのうしん)という脳血管障害者を対象とする独特の鍼治療と灸治療及びリハビリを受けていたこと。この鍼灸治療の効果が徐々に出ているのを既に感じていました。 以上です。 2013年5月8日に退院一か月後のリハビリ進捗状況のフォローを受けてきました。機能回復状況は脚と手のひらを中心にさらに回復していました。 退院後も一カ月程度は磁気刺激の効果が持続すると聞いていましたので、この間、私も頑張ってみたのですが、予想通りの成果でした。(4)TMS治療の考え方 私の理解を箇条書きにします。(前提) 脳は、大きく左右に分かれていて、お互いの活動を抑制し合っており(=これを大脳半球間抑制という)、体は、両者の活動のバランスがとれているときに、もっとも効率的に働く。(仮説) 脳血管障害により左右の活動のバランスが崩れると、相対的に強くなった健常側の脳が、障害を起こした側の脳の活動を阻害しだすのではないか。6か月の回復期の後、維持期へ移行する現象がみられるのもこれが原因ではないか。(仮説に基づく対策) 健常側の脳細胞に、磁気の低頻度刺激を与えることで活動を少し抑えてやり、左右の脳活動をバランスさせてからリハビリを行うことで、再び回復期のような顕著な回復過程に導けるのではないか。 以上です。 脳細胞を磁気刺激したらなぜ脳細胞の活動に変化が生じるのかについては、2013年5月8日に退院一か月後のフォローを受けた際、病院で安保教授グループの著書(分末参照。後日購入)を一部見せてもらいました。それによると、磁気を当てることで、脳細胞内に微電流を生じさせているそうです。高校の物理で習うフレミングの法則を利用したようです。そこから先は分かりません。(5)TMS治療を受ける際に注意すること 脳を磁気刺激すればドラスチックに麻痺が緩和する、というものではありません。 磁気刺激すること自体は、野球の練習に例えれば、練習グラウンドを用意するようなもので、それだけで麻痺が改善するわけではありません。 グラウンドで猛練習をして始めて野球が上達するように、磁気刺激が効いている間にどれだけ熱心にリハビリを行うかで治療効果が決まるようです。 つまり、この治療を実りあるものにするには、患者側の心構え、つまり、理論を納得した上で、積極的にリハビリをやるぞ、という気持ちがとても大事だと思います。 OTやPTは患者にプログラム以上の積極的なリハビリを奨励していましたし、私自身、リハビリ室での自主リハビリの他に、自分の病室でもストレッチをやっていました。 患者の側ではこの辺りの認識に差があり、甲状腺癌における放射線治療と同様に、磁気を脳に当てるだけで麻痺が顕著に回復すると思っている人が結構いて、自主リハビリ中、ずっと雑談に興じている人がいました。 退院一か月後のフォローの時、検査にあたったOTとPTが口をそろえて「効果がなかった人や元に戻った人ばかりでいやになる」とぼやいていました。これも同じ事情からきていると思われます。大変な機会損失です。 しかし、これは患者さんの責任というより病院側の説明不足が原因ではないかと私は考えています。 慈恵医大からきていた私の担当医などは「ホームページを見てください」というだけで、ほとんど何も説明しませんでした。ホームページには受診条件と、やることが簡単に書いてあるだけです。そして「効果がない人も多いですけど、受けますか」というのですが、これでは効果が出ない患者が多いのは当たり前だと思います。 私は今回の入院中、磁気を当ててもらいながら、OTやPTたちとTMSについていろいろ話をしました。主治医ではなく、もっぱら彼らからいろいろなことを教えてもらいました。 ここに書いた内容の多くは彼らから教わったことです。 私がボランティアで「TMS治療で入院する場合の心得」を作ってあげたいくらいです。 ところで、先ほど「効果がない人も多い」と書き、病院側の説明不足が原因ではないか、と書きましたが、実は、それとは別に、磁気刺激を受けてきちんとリハビリに励んでも効果が出ない不運なケースは確かにあるだろうと私も思っています。 主治医のわずかな説明の中に“左の脳細胞が梗塞で死滅した場合、TMS治療は同じ左側の別の脳細胞が代替機能を果たしているという前提にたっている”という重要な発言がありました。 「脳から見たリハビリテーション」(講談社新書)という本によると、人間に似た脳構造を持つリスザルをつかった実験では、リハビリの結果、脳梗塞を起こした左側とは反対の右側または両側の脳細胞が代替機能を果たす事例があるようです。 これは私の勝手な想像ですが、脳梗塞を起こしたほうとは反対の、右側の脳細胞が代替機能を果たしている人の場合、右の脳細胞の活動を磁気刺激で抑制したら、左右の活動バランスはとれても、肝心の代替機能を果たしつつある脳細胞まで活動が抑えられてしまいそうです。こういうケースではTMS治療の効果を事前に予想するのは確かに難しいだろうなと思います。(以上)※TMS治療の詳細が書かれています。大学のテキストのような文体で書かれていますので、ちょっと読みずらいかもしれませんが、大事なことが詳しく書かれています。【送料無料】rTMSと集中的作業療法による手指機能回復へのアプローチ [ 安保雅博 ](三輪書店 2,940円)