カテゴリ:人物
ケイちゃん
「ケイちゃんは久我美子に似てるのよ」と母が言った。 久我美子がどんな顔なのか、私にはよくわからなかったけれど、美人にはちがいない。 なぜって、ケイちゃんは子どもの私が見ても、きりっとした上品な美人だったからだ。 ケイちゃんの姉妹兄弟はみんなきれいだった。 メイちゃんも、タカちゃんも、ミーちゃんも、アッ君も。 末娘のミーちゃんなんて、日本じんなのに、若き頃のオードリー・へップバーンのようだった。 美顔は、ケイちゃんたちのお母さんゆずりらしい。 写真で見たケイちゃんのお母さんは、切れ長で大きな目は夢見るようで、鼻はほっそり、口も絵で描いたように整っていた。 でも、「美人薄命」のとおり、お母さんは子どもたちが成長する前に亡くなり、父親も早死にしたので、ケイちゃんたちは伯母さんの家に身を寄せ、長女でしっかり者のケイちゃんが、兄弟姉妹たちの面倒を見ていた。 ケイちゃんはその美貌のおかげか、ある高級ホテルの受付の仕事をしていた。 そのケイちゃんに見合い話がもちこまれた。 お相手は有名企業の社員とか。 この方を一度だけ、こっそり見たことがある。 まじめそうな男性だったが、顔がのっぺりしていて、どんな人間なのか、想像ができなかった。 「これまで苦労していたけれど、これでケイちゃんも生活が楽になるわ」と、母が祖母につぶやいていた。 ところが何年かたって、祖母と母がひそひそ話をしているのが聞こえた。 「せっかく安定したところにお嫁にいったのに、なんでまた」 「相手の男はろくでもない奴らしいよ。酒場の女のヒモだってさ。男の取り合いをして、ケイちゃんは相手の女と取っ組み合いをしたそうだよ」 「よっぽど美男なの?」 「いえいえ、冴えない中年男さ。でもね、どうやらアッチの方がいいらしくて、ケイちゃんはどうしてもこの男がいいって家を飛び出しちゃったんだよ」 私にはヒモとかアッチとかいう言葉が何を指すかははっきりはわからなかったけど、なんとなくどういう方面の話なのかは、想像できた。 そうか、男は顔でも、職業でもないのね。アッチが大事なのね。 ケイちゃんがその後どうやってこの男と暮らしていたかを、知ることはできなかった。 ケイちゃんに再会したのは、その十年以上あと、逝去した祖母の法要の席だった。 かつては美貌に輝いていたケイちゃんの顔はいまや青白くさめ、おざなりにひっつめた髪から後れ毛が何本もたれていた。でも、二重の大きな目だけは、今も魅惑的だった。 ケイちゃんは幾度も咳き込み、言葉も少なかった。 私はケイちゃんの人生のことを聞きたかったけれど、ケイちゃんが幸せでないことは、その表情からも、たたずまいからも、見て取れるので、そんなことを聞く勇気も出なかった。 ケイチャンとちがって、ミーちゃんは幸運だった。 彼女もお見合いで、やはりのっぺりした青白い青年と結婚した。 ところが、お姑さんと気が合わないといって、すぐに家出。 しばらくは、浅草だかどこかでフラフラ・ユラユラ生きていたらしい。 そこにプリンス登場。 水道工事屋のケンちゃん。 夢ばかり見て、家事も何にもできないミーちゃんを引き取り、結婚した。 ケンちゃんは男っぽくもないし、とりたててハンサムでもないけれど、まじめで、やさしく寛大。 ミーちゃんは、ケンちゃんが道路を歩いている知らない女性をちょっと見ただけでも、やきもちを焼いた。やきもちが嵩じると、ミーちゃんは往来でも、ケンちゃんを傘でひっぱたいた。 それでも、ケンちゃんは怒らず、ゆっくりとさとした。 ケンちゃんとミーちゃんの間には、二人の可愛い男の子が生まれた。二人ともミーちゃんの美貌と、ケンちゃんの賢さを受け継いだ。 「トンビから産まれたタカ」は、やがてミーちゃんを助ける存在となった。 ケイちゃんとミーちゃん。 今はどこで何しているのかな。 すてきなオバアサンになったかな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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