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フライブルク日記

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2010/09/03
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カテゴリ:人物
アラ君が「男性」であることを意識したのは、私が十二歳ぐらいの頃だった。

それまでも、夏休みなどに祖母の家に泊まりに行くたびに、祖母の家に同居している八歳上のアラ君にゲームなどで、無邪気に遊んでもらっていた。
会社勤めをしているアラ君は、子どもの私にとってはただのオジサンでしかなかった。

あるとき、やはりアラ君とゲームをしていて、ふと「いつまでもこうやって遊んでいたい」と思った。
なぜだかわからないが、夢中でアラ君と遊んでいる時間がこの上なく幸せに感じたのだ。

それで、夕食が終わっても、アラ君の部屋に行って、彼が向かっている机のわきに立って、意味もないおしゃべりを続けていた。

ついに祖母から、「もう遅いから、あっちの部屋に行って、寝なさい」と諭された。
ふだん、孫たちにはとてつもなくやさしい祖母が、そのときはいささかけわしい目つきをしていた。

その頃からか、祖母の家に行くたびに、アラ君のことが気になった。

祖母の家の床の間に飾られている写真の中に、アラ君の写真もあった。
それまでは特別じっくり見ることもなかった写真を、私は手に取った。
彫りの深い顔立ち、すっきり通った鼻筋、大きくて二重の目、長いまつげ。
彼の顔は、アラン・ドロンに似てる、と思った。思えば思うほど、ますます似てきた。

日中、アラ君が仕事でいない時間、私は祖母の家の中にアラ君の跡をたどった。

衣文かけにかかっているアラ君のワイシャツに近づくと、男性化粧品の香りが鼻をくすぐった。それは、驚くほど快い香りで、私はもっと鼻を近づけ、その自分のしぐさにぎょっとした。

ある晩、祖母が寝室に引き取り、私も暗い座敷の布団に横たわり、アラ君も自分の部屋の明かりを消していくらか時間がたった頃、気がつくと、アラ君が私の布団のそばにいた。
「ネエ」っとアラ君は小声で呼んだ。
何か冒険が起こるかなという期待もまじって、「ナニ?」と聞いた。
「ラジオ聞きたかったら、貸してあげるよ」と彼はささやいた。
「ウウン、いらない」。私はいささか落胆しながら、首をふった。
「そう、じゃ、お休み」。
アラ君はそっと私の手に触れると、自分の部屋に静かに去っていった。

数日後、祖母の家から戻ると、母が言った。
「これからは、もうウナちゃん家には泊まらないで、日帰りだけにしなさい」
「なーんで?」
「なんででも。もう大きいんだから、泊まりに行かなくてもいいでしょう」
母の口調も、ふだんとは違って険しかった。

祖母の家は地下鉄とバスで30分で行けるところにあったので、泊まりに行く必要はないというのは、筋がとおってはいたが、祖母の「早く寝なさい」のいましめと同じに、その背景には口には出されていない胡散臭さが感じ取れた。

中学生になって、女子中・高校にありがちな「年長のお姉さまへの憧れ」やラブレター書き、さらには教会の日曜学校での青学高校や慶応高校の男子生徒との出会いなどで、私の思春期心は忙しくなり、アラ君の顔も、シャツの香りも、触れた手もやがて薄れた。

祖母の家に行くこともまれになり、アラ君に出会うこともまれになった。

祖母と母のひそひそ話から、アラ君のところに時々女性が泊まりに来たり、しばらく住み着いたりしていることがわかった。
それでも、私の気持ちは揺れもしなかった。

私が大学に入学してしばらく後に祖母が死に、アラ君は祖母の家で一人暮らしをしていた。

あるとき、BFにアラ君の話をした。そのBFは両親にアラ君のことを話した。
BFの両親は下町的な人情の持ち主で、
「30近くになっても独身だなんて、そんなら、お見合いの相手を探さなくちゃ」と、頼まれもしないのにせっせと動き、どこぞから、女性を探し出してきた。

私は仕方がないので、その話を両親にした。

母は「そんなお見合いなんて余計なことを」とさっぱり乗ってこない。
仕方がないので、この見合い話を私は自分でアラ君に電話で話した。

アラ君は私が子どものころには、かなりおしゃべりしたが、今では無口な男性になっていた。
電話でも「あー」か「まあ」しか言わず、「男ならはっきりしろ、はっきり」と叫びたいほどだった。

アラ君が「いや」とはっきり言わないので、見合い話を進めることになり、見合いの日も場所も決まった。

当日、埼玉県出身という相手の女性の付き添いは、BFの両親、アラ君の付き添いはアラ君より八歳年下の私だった。
見合いがどんなものか経験したこともないので、介添えがナニをし、ナニを言う(言わない)べきなのかも、わからなかった。

久しぶりに会ったアラ君は、一回りしぼんで、貧相に見えた。
このどこがアラン・ドロン、とBFの両親は心中ひそかに思ったに違いない。

それでも、男女の外見だけを比較すれば、アラ君の勝ちだったかもしれない。
相手の女性は、可もなく不可もなくで、描写のしようがない。

BF両親は「本日はお日柄もよろしいようで、、、、。」とドラマのお見合い風景のような言葉でイベントをオープンさせた。

あたりさわりのない話が続く二時間ぐらいの間、アラ君の出した言葉は「エエ」「エーと」「ハー」ぐらいだった。

見合い後、アラ君から電話がかかることはなかった。
BFの両親によると、相手の女性はまんざらでもないらしく、アラ君の出方を待っているようだった。
アラ君に電話で心積もりを聞くと「エー」「アー」「マー」が返ってくるだけで、プラスなのか、マイナスなのかもはっきりしなかった。

何度も「もうしばらく待ってください」とBFの両親に伝えるのも飽き飽きした頃、BFの両親の側から「このお話はなかったことに」という、これもドラマのせりふのような言葉が来た。私はほっとしてこれをアラ君に伝えた。アラ君は「はー」と言っただけだった。

次にアラ君に会ったのは、母の出棺の日だった。
何十年ぶりかに会うアラ君の姿は、あのお見合いのときよりももっと縮んでいるように見えた。
一生独身を続けるらしいアラ君には、もはやアラン・ドロンの面影はまったくなかった。

そういえば、本物のアラン・ドロンの晩年の姿も、艶や色気がないよなあ、ショーンコネリーとかクリント・イーストウッドと違って。






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Last updated  2010/09/04 12:22:33 AM
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