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フライブルク日記

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2015/09/12
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テーマ:海外生活(7771)
カテゴリ:人物
フリッツに出会ったのは30年以上前のことになる。
25年前に東西ベルリンをへだてる壁が落ち、東西ドイツが統合される前だった。
友人に連れられて、はじめてベルリンに行った。
当時の西ベルリンは西ドイツの「飛び地」で、東ベルリンに囲まれた島のようなののだった。

連れていってくれた友人もフリッツも元は東ドイツ出身、幼いときからの親友で、1960年代、ベルリンの壁ができてしばらく後に、いっしょに命がけで壁の下をくぐって、東ベルリンから西ベルリンに亡命してきた。

ちょっとアジア的な風貌をもつフリッツは、初対面のわたしをやさしい微笑をもって迎え、まるで旧知の友人に会ったように抱きしめた。

彼がパートナーの女性と住んでいた屋根裏アパートは、まるで穴蔵のようだった。
床には何重にも古いペルシャ絨毯が敷き詰められ、壁にも絨毯、部屋のドア代わりにも絨毯が下がっている。
部屋には椅子もテーブルもなく、床のあちこちに、インド風の生地にカバーされたクッションが散らばっている。天窓からもれるうっすらとした光の下で、ロウソクだけが灯された暗い部屋。
お香の香りがただよう(この部分、拙著「励ます弁当」からの引用)。

フリッツは「どこから来た」とか「元気か」とかおざなりのスモールトークは省いて、いきなり精神的な核心に踏み込む。
タバコを吹かし、ビールを飲みながら、昔の恋人の話、生き方の話、心の傷、、と話題というか、モノローグが流れていく。
「自分はこの国に違和感を感じる、自分は本当はアジア人ではないかと思う」といって彼が取り出した本は「IGiNG」。
「この本に真実が書かれている」と言われても、わたしには何のことかわからなかった。
「IGiNGって何の事だか知らない」と正直に言ったら、「日本人のくせに知らないのか」とがっかりされた。
後でわかったが、これは「易経」だった。易経だとわかっても、中身は知らなかったけれど。

会話の向こうで流れていたのは、ドイターという作曲家のメディテーション音楽だった。西洋音楽と東洋音楽を巧みにミックスした、(薄っぺらいとも言えるかもしれないが)神秘的な雰囲気をかもしだす音楽。たとえばこれとかこれ

ペルシャ絨毯とお香とロウソクに包まれた穴蔵にこの音楽、現実から離れたシュールな世界。

フライブルクに戻ってすぐに、このレコードを買い、日本に持ち帰った。
当時、この音楽を聞いては、あの夢のような世界を憧憬した。実際には存在しない幻想のようなもの。

その後、壁が落ち、東西が統合されて、ドイツも、そしてベルリンも変わった。
たくさんのミュージアムが改装され、東側もシックになり、観光客が押し寄せる活気あるセクシー?な都市。

穴蔵は(ここは元々西ベルリンだったけれど)大家によって大改装されて、光がたっぷり入る明るくてモダンなアパートになった。
絨毯はあいかわらずあるけれど、食事も談笑も椅子とテーブルで営まれるようになった。
心臓発作を起こして以来、フリッツはアルコールをやめて、合気道を始めた。
ドイターの音楽も彼のレパートリーから消えた。

彼のアジアへの夢はついに実現して、合気道グループの仲間と共に日本に旅行した。
アジア女性への「誤った」幻想は、路上で酔っぱらって騒ぐ日本人の若い女性の姿を見て、破れたらしい。

数年前に彼を訪ねたときには、白髪と白い髭を仙人のように長く伸ばし、脳卒中で片腕が麻痺したと「自慢」して、パートナーから「おおげさなんだから」と揶揄されていた。

最近、ふと思い立って、先の友人にひさしぶりに電話をした。
「フリッツが去年、入院したって言ってたけれど、その後、どうしてる?」と聞いたら、
「え、君、知らなかったの?一年前に死んじゃったよ」。
最後までタバコを吹かして、自宅で亡くなったそうだ。
骨と皮のようにやせこけて。

ドリスが言っていた。
「たくさんの友人を失いたくなければ、自分が若くして死ぬしかないというのが、父の口癖だった」って。


ドイターの音楽はOshoのブームに乗って流行った。
お教祖のOsho、つまりバグワンの教え(キリスト教と仏教を合わせたような感じがする)は30年前の当時、ドイツでもとてももてはやされていたが、その後、バグワンの脱税行為などのスキャンダルが続いた。
10年ぐらい前にインドに行ったとき、ついでにOshoの地、メディテーションリゾートがあるプネーに寄ってみた。
町はえんじ色の袈裟(このセンターに参加するとこれを着なければいけない)みたいなものを着た、様々な国からの人々でいっぱいだった。

プネーでドイターの音楽のCDを買った。
安っぽいメロディーだとは思っても、ドイターの音楽にはどこかひきつけられる。
心が軽くなったり、メランコリックになったり、遠い昔を思い出すような気分になる。

CD「Silence is the answer」も最近、購入した。
このCDの2枚目が、フリッツの家で聞いたレコードだ(上のYoutubeの曲を含む)。
これらの曲を聞くたびに、彼の姿とあの穴蔵を思い出して、しばし幻想の世界にひたる。
もう二度と経験できない、現実から離れた、あの不思議な雰囲気に。















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Last updated  2015/09/12 08:16:16 PM
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Re:ベルリンの穴蔵で(09/12)   早紀ちゃん369 さん
残念ながら、そういう方との接点がなく今に至っています。

弟は山谷の日雇いさんに数学を教えてもらってました。
父が日雇いさんを雇う仕事をしていたので。暇な時間に数学の分からないところを教わっていたそうです。
この方、ものすごく優秀だと思いますが、日雇い暮らしをなさっていて、そのギャップが新鮮でした。
物静かで、穏やかで。
日雇いの方で、そういう方は珍しかったのです、当時。

お話を聞いてみれば良かったな、とsolarさんのブログを見て思いました。 (2015/09/15 04:03:14 PM)

早紀ちゃん369さん   solar08 さん
その日雇いさんは、お話を聞いてみたくなるような方ですね。
フリッツはそれほどドラマチックではないです。
職業も耳鼻咽喉科の医者でしたし。前の晩に飲み過ぎて、震える手で手術をしたこともあるようで、ちょっと危ないこともしていましたが、結局は安泰な生活を送り、「安泰でない」生活を夢見ていただけなのではないかと思います。
世の中にはきっと、わたしなんぞには想像もつかないような生き様があるのでしょうね。 (2015/09/15 08:24:22 PM)

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