カテゴリ:本
20年前に訳出した「ネコの行動学」の復刻が出版された。 著者のライハウゼン博士は生前、日本にもたびたび訪れ、沖縄のイリオモテヤマネコの調査に同行したり、阪急動物園などで大型ネコ類の観察もされた。 わたし個人にとってはこの本は、運命を変えた本といってもおおげさではない。 大昔、結婚して一年ぐらいたった頃、元夫(当時はもちろん夫)のために、この本の原著の初版(初版はまだ論文のような形だった)を訳してあげるために、生まれたばかりの息子をお義母さんにあずけて、池袋のR学に学士編入して、ドイツ語を一から学んだのだ。 これがドイツ語、ドイツを知るきっかけだった。 この本がなかったら、ドイツ語を習おうとか、ドイツに来ようなどとは思わなかったはず。 ドイツ語文法をひととおり習った八ヶ月ぐらいの頃に、無謀にもこの初版を一行ずつ、ゆっくりゆっくり訳した。 その頃はまだ複雑な言い回しの意味もわからず、なにしろ知っている語彙がすくないので、一段落を訳すだけでも、数時間かかった。 その後、R大学を退学し、再入学し、ふたたび退学した(「もう絶対に入れてあげません」と言われた)。 そのあとしばらくたって、今度は娘を保育園にあずけて、渋谷の語学学校に、当時住んでいた山梨県のT市から特急「あずさ」で週に二回通った。 それでもドイツ語への興味やドイツへの関心はおさまらず、娘連れでドイツに留学した。 留学先がたまたま当地、フライブルクで、この町がすっかり気に入ってしまった。 ドイツ人の友だちもたくさんできた。 それで、ついにはこの地への永住を決めてしまった。 その間に、「ネコの行動学」の原著は版を重ね、ちゃんとした本の形になっていた。 それを二十年前に「正式に」訳して出した。 時間がたつのははやい。 30年以上前の留学のときに、わたしについてきた娘は5才から6才になるところだった。 そしていま、娘の長男は6才になった。 もし「ネコの行動学」がなかったら、わたしはドイツにもフライブルクにも来ることはなかったと思う。 ということは、娘の子どもたち(ドイツ人とのハーフ)も生まれてなかったはず、ということになる。 運命の分かれ道って、おもしろい。 ちなみに、この「ネコの行動学」に書かれていることは、いまでも十分に通用します。 先日テレビで、現代の行動学者たちが、GPSや自動ヴィデオ装置などの技術をつかって、イエネコの外での行動(なわばりとか行動圏とか、他のネコとの付き合いとか)を調べた様子を見たのですが、ライハウゼンがこの本で観察し、推論していることが、確認された部分がたくさんありました。 ネコの飼い方を書いた本ではなくて、イエネコや野生ネコ類の行動を細かく記述し、しくみや行動の理由をときあかしているところが、他のネコの本とちがうところです。 復刻にあたって、著者の未亡人や娘さんとメールを交換したり、電話で話すことができた。 娘さん(といっても定年まじかな学者)とは、今度もう一度電話で話すことになっている。 こういう出会いもおもしろい。偶然って、わくわくする。 (余談)R大学は当時も華やかだったけれど、15年ぐらい前に、環境の話をしに、久しぶりに伺ったときは、もっと華やかだった。スターのようにおしゃれを決めて、完璧にお化粧をして、長い髪をモデルのようにフンワリさせたお嬢さんたちがいっぱいなので、おばさんのわたしは身をちぢめたわ。 「環境」が専攻だったあのお嬢さんたち、今はどうしていらっしゃるのかな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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興味深いお話をありがとうございます。
ドイツに関わるきっかけが良くわかりました。 が、なぜ元夫さんに訳してあげようと思ったのでしょう? そこが気になっています 笑 (2017/06/08 06:18:13 PM)
あ、書き忘れていました。
元夫が当時、ネコの本を書くことになって、そのためには、ネコの権威であるライハウゼン博士の本を参考にしなければならなかったのです。 それで、元夫から「ボクはドイツ語が読めないから、君、まずドイツ語を習って、それから訳してくれない」と頼まれたのです。 元夫は当時のわたしにとっては「神様」のような存在だったので、夫に頼まれればなんでもしました。 それで、「ハイ、わかった」とまずはドイツ語を習ったわけです。これがきっかけで、「夫」が「元夫」となるとは、夢にも思わず。 (2017/06/09 06:20:00 PM) |
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