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フライブルク日記

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opinion

2018/01/25
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カテゴリ:opinion
この冬はまったく冬じゃあないみたい。
ふつは、ドイツで一番暖かい当地でも、11月には零下になる日があるし、12月、1月ともなれば、氷点下はふつう、ときには零下15度などという日だってあるというのに、この冬は、これまで外に氷が張った日は1日か2日だけ。
先週は、他の地域は雪や嵐があったけれど、当地は雪はふらなかった。
そして、2、3日前から、もっとポカポカ暖かくなり、
昨日は日中は17度になった。
野鳥も花も、春がきたのかとまちがえているようで、
シジュウカラがさえずり、ブラックバードも小声で歌っていた。一瞬、ヨーロッパコマドリもさえずった。
バラは剪定もしない内に、なんと新芽を吹いてしまった。秋に残っていたバラの花もいまだに残っている。
このまま冬なしで春になってしまうとは思えないから、いつかしっぺ返しがくるんだろうな。
いったん、花を咲かせてしまった植物にとっては、大打撃のはず。

地球の反対側では大雪になったり、気温が下がっていると聞く。
そうなると、地球温暖化なんてない、と性急に思ってしまいがちだけれど、事はそう簡単じゃない。
地球全体の気温が年々、上昇していて、北極の氷が融けているのは確かだから。
氷がとけると、海水の温度が下がって、海流の状態も変わって、これまで寒くなかった地域が寒くなったり、天候の動きも大きく変わっていく。
この先、どうなるのだろう。
アフリカの干ばつがますますひどくなっている。この状態が続けば、政治状況や社会状況の悪さも手伝って、難民はますます増えるだろう。
そうなったとき、ヨーロッパを始め、豊かな国はどう反応するのだろう。
自分たちが享受している富を、飢えている人と分け合う気構えがあるのかしら。
まず、自分に問うてみるほかないね。
さあ、どうする?って。
そのときには、「自分が飢え死にしている側の人間だったら、どうする?」と自問せざるを得ない。
「もっとも大切なあなたというのは、幸運が尽きてしまったときに残されたあなただ」「人生で一番大切なのは、希望が失われたあとに残る自分である」とマーク・ローランズという哲学者は「哲学者とオオカミ」の中で書いていた。

わたしは大戦後に生まれ、次なるカタストロフや戦争が起こる前にたぶん、消えているはずだ。
それに、アフリカとか、シリアやイラクに生まれてわけでもなく、インドの道ばたに生まれたわけでもなかった。
そう、とても運が良かった。ノホホンと生きてきた自分は、上の引用文に照らせば、まだ本当の自分、もっとも大切な自分を知らないのかもしれない。

ホロコーストの記録や戦争のドキュメンタリーなどを読むと、どんな人間もおかれた状況しだいでは、想像できないほど残忍、卑怯になる可能性を抱えていることがわかる。
個人の生活ではやさしい人間が、他の人間にどれほどひどい仕打ちができるかを知ると、人ごとではない気がする。ナチの時代に、強制収容所の監視員になっていたら、収容所に連れてこられ、仕分けされてガス室送りになる人を、身の危険をおかしてでも助ける勇気があっただろうか、それとも、他の監視員やナチといっしょになって、ひどい仕打ちをしていただろうか、、、。

海の中のプラスチック、ナノ粒子(もう海水からつくられた食塩にすら微細プラスチック粒子は含まれているのだそうな)、昆虫や植物の激減、気候変動などなど、わたしも含めた人間たちがしでかした、自らの生きる基盤の破壊を思うたびに、ますます、自分も含めて人間嫌いになる。






Last updated  2018/01/25 11:48:17 PM
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2016/10/07
カテゴリ:opinion
前回の続きを書こうと思っている内に、時間がどんどんたってしまった。
何か特別なことをしたわけでもないし、忙しくもないのに、残された(たぶん)少ない日々がどんどん減っていく。
おまけに、珍しいことに、理由もなく発熱して、数日間は元気がなかった。
熱は下がったけれど、後遺症として食欲がなくなってしまった。
料理やパン焼きはする気が起こるのに、食べたい気がしない。
前はおいしい料理のことを考えただけで、食べたい気持ちが起こったのに、今はいささか逆、食べ物のことを考えると気持ちが悪くなりそう、、、。
体重も減った(お腹は出たまま、体重だけが高校生の頃に戻った)。

こんなことを書こうと思ったのではなくて、フィクションとノンフィクションのことについて思う事の続きを書きたかった。

いろいろなプログを読んでいて、いつも思うのは、事実の重み。
実際にどこかの誰かが体験したことは、たとえそれがどんな些細なことでも、どんな平凡なことでも、刺激がある、説得力がある。
もし、小説の中で、プログに登場するような日常茶飯事や「こんなお料理ができた」「こういうパンを焼いた」といったことが細々書かれていても、たいていの場合は読者は退屈すると思う。
ところが、実際に存在する人がプログで身の回りの体験を報告すると、それが奇怪でも大きな出来事でもなくても、引き込まれる。そして、次はどんなことを体験するのかな、どんなお料理を作るのかな、ご家族はどんなことをしているのかな、などと楽しみになる。
これって、「覗き見」的な刺激なんだろうか。

前にも書いたけれど、小説はどんなに感動的でも、エキサイティングでも、ホラーでも、終わってしまうと、夢を見たあとのような空虚感に襲われる。
面白かったけれど、こんなことは実際には起こらなかったんだという、「がっかり感」。

そんじゃあ、わたしも実際に体験した諸々の冒険を赤裸々に書けばいいじゃん、と意気込んでは見るけれど、ちょっと書いてみて、恥ずかしくなるんだなー。なんだか露出狂みたいでね。

というわけで、キッチンをウロウロするだけで、日々は過ぎていく。






Last updated  2016/10/08 12:12:45 AM
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2016/07/25
テーマ:海外生活(7511)
カテゴリ:opinion
日本でもポケモンGoがリリースされたそうですね。
今日、こちらの新聞に載っていた「ポケモン関係、おかしなニュース」。
ある男性が野外で(って当然か)ポケスポットを探している内に、トイレに行きたくなったそうな。
けれども、トイレまで行っている間に取り損ねるポケがどれだけありかを想像して、トイレにわざわざ行くのがもったいなくて、道ばたに止めてあった友だちのクルマにおしっこをひっかけたんだって。
その友だちは当然ながら怒って、警察沙汰になったそう。

ポケモン探しは相変わらず続いているドイツでは、一方では若い男性の拳銃乱射で9人の方が亡くなったり、先週は鉄道内で難民少年が刃物をふりまわしたりと、メディアでの話題はもっぱらテロや無差別殺戮。
今回の拳銃乱射をした男性が、数年前に起こった高校生の乱射事件(生徒や先生を何人も射殺してから自殺した)を「見習った」ということで、あの事件を事細かに伝えたり、犠牲者の家族にくわしいインタビューした番組もあった。
さらには、ちょうど5年前の7月ににノルウエーで起こった右翼男性の連続テロも、今回のモデルだったということで、ラジオでは数日前、一日中といってよいほど、この事件を扱うニュースが多かった。

こういうメディアの反応、あるショッキングな事件が起こるとそればかり伝えることには疑問を感じる。
こういう大きな反応は、まさにこういう行為をする(したい)人やテロリストが目ざすことなのではないか。
不幸でひとりぼっちで、仲間はずれで、希望も生きる意味ももてなくて、死にたくて、どうせ死ぬなら他人も巻き添えにしたい、と思う人は、どうせするなら、世間やメディアをあっと言わせ、一瞬でも世間の的になってから死んでやろう、などと思うかもしれない。

また、テロ集団は、テレビや新聞やインターネットが彼らの行為におののき、騒いでくれれば、まさに思うつぼのはずだ。

もしかして、世間やメディアが大騒ぎしたり、恐怖を表には出さず、こうした行為を「無視」したら、テロリストは「え、反応してくれないの」とがっかりして、この方法はとらないかもしれない。

報道は大切ではあるけれど、それによって政治や制度や社会が改善されるような方向に向けた報道以外の、余計な(たとえば、被害者の涙を見せたり、「今、どのようなお気持ちですか」みたいな、心のプライベートな空間を無視するだけで視聴者や社会には何の役にも立たないようなインタビュー)、ただ視聴者の好奇心を満たすためだけの報道は何も意味がない。

そもそも、テロや乱射事件に出会う確率、それで死ぬ確率は、自動車事故や病院感染、手術ミスで死ぬ確率よりも、はるかに少ない。

わたしはアウトバーンや国道を自動車で走る(って自分ではドライブできないから、助手席で)とき、「本当に本気で」いつも怖い。
交通事故の死亡者は減ったとはいえ、今でも一年に3400人余りの人が亡くなっている。

病院に対してわたしが持つ恐怖感はもっと大きい。
ドイツで一年間に病院感染(抗生物質が聞かないマルチ耐性菌などの感染)で死ぬ人は4万人だそうで、手術や治療ミスで死ぬ人も19000人だとか。
それなのに、こういう報告書が発表された翌日にメディアでちょっと騒がれるだけで、すぐにこういうニュースは忘れられる。
本当は、こういうニュースこそ、一日中ラジオやテレビで問題視され、討論やインタビューすべきなのに。
なぜテロや乱射事件だと大騒ぎされ、市民が実際に恐怖を感じる(らしい)のに、もっと死亡確率がはるかに高くて現実的に恐ろしいこうした事件は大きく扱われないのだろう。
本当は、病院の衛生の抜本的な改善(それには金がかかるんだそうで、病院は尻込み、そんな無責任なことがあっていいんだろうか)とか家畜の大量飼育における抗生物質の激減(マルチ耐性菌が増えないように)が必要なのに、数万人の無駄な死は、政治からもメディアからも、ほとんど無視されているとしか見えない。

テロや乱射事件でご家族を失った方には、もちろん深く同情を禁じ得ない(とくに、子どもや孫を失った方はどれほど辛いかと思う)。
それと同じほどの同情を、自動車事故や病院事故でご家族を失った方にも感じる。どちらも無駄な死なのだから、

わたし個人は病院事故や感染の方がずっと怖い。
だから、もし大病になっても、病院には行きたくない。
メリットとデメリットの確率をどうやってくらべたらいいのかな。








Last updated  2016/07/26 12:15:01 AM
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2016/07/04
テーマ:海外生活(7511)
カテゴリ:opinion
UEFA欧州選手権(って日本語では言うんだな、こっちでは単にEMって呼ばれてる)が進行中。

テレビの通常の番組がこのために大幅に変更されちゃうし、ドイツチームの試合がある日は道路が空っぽになり、大型のテレビスクリーンを置く野外カフェや飲み屋はどこもいっぱい。

準々決勝があったときにはザールブリュッケンという町にいたのだが、ドイツチームが勝ったとたんに町中はコルソ(警笛を成らしながら車を走らせる)でうるさい。15分ぐらいで収まるかと思ったら、1時間たってもまだプープー鳴らして走ってるやつがいる。
準々決勝ぐらいで、こんなにはしゃいでいいんかい?
しかも、自分自身が闘ったわけでもないくせに、まるで自分の成果のようにはしゃく子どもっぽさは、男性特有なのかな。

サッカーのファンを見ていていつも思うが、女性のファンもますます増えてはいるとはいえ、とくに男性のファンの行動はとても子どもっぽい。
喜び方、応援のしかた、騒ぎ方、、、、、男性はおとなになっても子どもの属性をたくさん保っているのかもしれない。女性は(実際はともかく、理論的には)子孫を生み育てなければならないから、子どもっぽさを早くに捨てなければならないんだ。

いい歳したオッサンがレストランで、テレビの試合を見ながら、ゴールが決まったわけでもないのに、応援チームのちょっとした成功があるたびに、ラッパの代わりに植物のみずさしを吹き鳴らしていた。ユーモアだと思っているらしかった。

準決勝の対イタリア戦が始まる前、近所のキオスクではおばさんとお客の間でこの試合が話題になっていた。
最初の客におばさんはドイツ国旗の小さなシールみたいなのをあげていた。
次の客(明らかに本物のドイツ人女性)はおばさんに「わたしが応援するのはウエールズとアイスランドよ。この二国に決勝まで勝ち残ってほしいわ。ドイツには勝ってほしくない。あの傲慢さが我慢でいないわ」ときっぱり言っていた。

なるほどな。わたしもこれを望みたい。
ドイツは2年前にワールドカップで優勝したことで、かなりいい気になっている。試合ではかなりモタモタするくせに。
高い金で買われているスター選手いっぱいのドイツチームよりも、無名のおじさん選手がいっしょうけんめいプレーしているアイスランドの方がシンパシーを感じる。

イタリア戦があった晩、テレビで試合は見ずに、別の映画を見ていた。
それでも時々、チャンネルを変えてチラホラ経過をうかがっていたら、なかなか結果が決まらない。ドイツが負けたら、ちょっと面白いことになるなあ、なんて密かに望んでいたんだけれど、ドイツチームってワールドカップでもそうだったけれど、運がすっごくいいのよね。
結局勝ってしまったじゃないの。
フライブルクでは長時間の車のコルソはなかった。ここの市民は冷静なんだ。

残念ながら、アイスランドはフランスに負けてしまった。あー。残念。

サッカー戦に関連して思うのだけれど、わたしのアイデンティティーってなんだろな。
そもそも、アイデンティティーという言葉は複雑だ。辞書には「自己同一視」という訳語が書かれているけれど、この言葉ですぐに感覚としてピンとくる人って少ないんじゃないかな。
アイデンティティーというのは、「あー、わたしってやっぱり日本人なんだ」とか「わたしはいかにも江戸っ子だは」とか「わたしは何々家の人間らしく生きている」とか「わたしは女性」といったような自覚、自己の帰属意識といったら良いかもしれない。

わたしの国籍は今はドイツだ。30年もいるから、考え方や物腰もかなりドイツ的かもしれない。
でも、一方では冷めた目でドイツ社会を観察している自分がいて、そのときのわたしのアイデンティティーは「ドイツで生活するガイジン」だ。
じゃあ、日本人としてのアイデンティティーがあるかというと、日本のメンタリティー、国民性、心情は外からでもよくわかるし、和食に関連した部分ではおおいにアイデンティティーありなんだけれど、日本人としての自覚みたいなものはない。関心はたくさんあるので、現在のような社会情勢や政治情勢にいささか心配になるとしても、つまりは外からの傍観者でしかない。だって税金払うのもドイツ、選挙もドイツだから、責任や義務もこちらの国にあるしね。

そんなことを考えていて、気がついたけど、そもそも自分には帰属意識が薄い。
自分の家族への帰属意識もなかったかもしれない。
林間学校でホームシックになったこともないし(家から離れてせいせいした気分だった、林間学校が楽しかったわけではないのに、だって友だちがいなかったしな)、よその家に泊まって家が恋しくなったこともない。だからホームシックというのがどういう感情なのかもわからなかった。
ドイツに留学したときも日本に帰りたいとかいった、ホームシックは経験しなかった。
それなのに、当市からいったん日本に帰ったときに、はじめてホームシックにかかった。
涙を流して「フライブルクに戻りたい」とダダをこねた。
別にこちらにいる特別の人間が恋しかったのではなく、この町、この社会、この雰囲気に戻りたかった。
そして、実際に戻ってしまって、永住を決めてしまった。
ということは、わたしのアイデンティティーはこの町の社会にあるのかな。
たしかに、サッカーのブンデスリーガでも、SCフライブルクに勝ってほしい。ドイツのナショナルチームに勝ってほしい気持ちよりも、SCフライブルクにブンデスリーガで勝って欲しい気持ちの方が強い。
この度、第二リーグからま第一リーグに再昇進して戻ってきて、ほんとにほっとしたもんな。サッカーファンでもないのだから、この気持ちはひとえにこの町とのアイデンティティーのせいなのだろう。

冷めた気持ちで考えれば、これも一方的だ。わたしがいくらこの町やこの国にアイデンティティーを感じても、相手側はわたしをフライブルク人とかドイツ人とはまずは見ないだろうし、、、。
それでも、いつも驚くのだが、スーパーなどで、ドイツ人のおばあさんなどが、「目が悪くて読めないんだけれど、ここに何て書いてあるの」とか「これは何」とか聞いてくることがよくあるし、町を歩いていて、ドイツ人に道を尋ねられることもよくある。
外見がガイジンかどうかなど気にしないで、同国人に対するように対応する市民がほとんどなのは、とても気持ちがよい。

ドイツで生まれ育ち、自分としてはドイツ人のアイデンティティーがあるトルコ人などがよく、「ドイツ人から『あなたドイツ語がうまいですね』と言われるとカチンとくる」と言う。その気持ちもわからないではない。
自分としては生まれも育ちもドイツ人のつもりなのに、自分のドイツ語を誉められることで「あなたはドイツ人ではなくて、ドイツ語がうまいガイジンなんだよ」と釘を刺されるような気分になるのだ。相手に悪気はなかったにしても。外見もドイツのドイツ人にむかって「あなたドイツ語がうまいですね」とは誰もいわないもんね。

わたしは心のどこかでこう思っている。
アイデンティティーなんていらないんだと。
自分は自分、ただの人間でしかない。何人かだとか、女性か男性かだとか、敢えて決めつける必要はないんだと。







Last updated  2016/07/04 11:57:41 PM
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2016/05/13
カテゴリ:opinion
どこかで聞いたり読んだりした発言、誰かがなにげなく言った言葉が、頭のどこかにいつまでもこびりついている。

大事なことは忘れるし、大切な言葉もとんと浮かばないし、思い出のほとんどすら、もはや忘却の彼方にかすんでしまっているというのに、いくつかの言葉だけが肌のシミのように、いつまでの残っている。

その一つが大昔、三十年以上も前に、藤本義一という人、あるいは彼の奥様が雑誌のインタビューで言ったこと。

彼(または奥様)は「忙しい、忙しい」と言わないようにしている。
彼によると、「わたし、忙しくって」という人は、そう言うことで、さも自分が勤勉だったり、重要だったりしているような気分になるのではないかという。なるほどね、たしかにそういう面があるわ。
彼は、「忙しい」と周囲に言うと、周囲に無意識に心の負担をあたえるので、たとえ本当に忙しくても、口に出して「忙しい」とは言わないのだそうだ。

この文を読んでいらい、わたしも「忙しい」と他人に言うことはなくなった。まあね、実際、忙しいと思うことはほとんどないんだけど。
たとえ、することがたくさんあっても、忙しいという感覚ではなくて、「あれをしてから、これをして、そのあとあれをしよう。これとこれとは後回し」という感覚。そもそも、他人に「わたし忙しいの」なんて、言う必要はない。藤本氏が言ったとおり、「忙しい」と他人に言うことで、知らず知らずにネガティブな気分を与えてしまうことはあるだろう。

もう一つ、心にとまった言葉は、インドでのこと。
事の背景は話せば長くなる。今から10年前、友だち夫婦(夫ドイツ人、妻日本人)のご子息がロンドン在住のインド女性と結婚することになって、結婚式をインド(ラジスターン州の町)で盛大に(数日かけて!)あげることになった。お嫁さんのご両親もロンドン在住だったが、親戚その他が山ほどインドにいるので、お嫁さん側のお客は何百人にもなる。
それで、ドイツ・日本側のお客の数をせめて20人ぐらいにはするために、わたしたちもかり出された(というか、結婚式出席にひっかけて、数週間のインド旅行をした)。

で、結婚式が行なわれる町(お嫁さんの実家がある町)の駅にドイツ側からの出席者数人といっしょに到着したときのこと。
お嫁さんの妹(イギリスで学業を終えて戻っていた)が下働きの男性たちを引き連れて、わたしたちを出迎えてくれた。下働きの
男性たちは、わたしたちのスーツケースなどの荷物を運ぶため。インドは下働きと上働き、その中間などなど、階層がかなりはっきり区別されていて、ショックを受ける。
で、この若い女性(新婦の妹)がわたしたちを出迎えたときに、友人夫婦(新郎の両親)に言った一言がいまだに、彼女のきれいな微笑み顔といっしょにしみついている。
「ストレスいっぱいなの」の一言。
どうして、これが頭に残ったのだろう。
たぶんだけれど、その瞬間に、この言葉とそれを発した人の状況と、下働きの貧しそうな男性たちの姿、駅の状況、ひいてはインドの一般状況(道路で暮らす大量の人々、観光地で目の当たりにする貧富の大きな差などなど)との間に違和感を感じたからなんだろうな。

このやさしくてきれいで、若い恵まれたお嬢さん(お父様と同じく医学を学んだ)がインドの駅で「ストレスで大変」と笑みを浮かべながら言うと、なんだかブラックユーモアみたいに聞こえる。

友人(新郎の父親、とても穏やかなドイツ人)は息子の小姑になる、この女性にやさしく「それはたいへんだね」と言葉をかけていた。


この出来事があっていらい、わたしは「ストレス」なるものに、懐疑的になってしまった。
ストレスってなんだ?
少なくとも、わたしは自分では「ストレスがたまる」などと周囲に向かっては言わないようにしている。

ま、実際、能天気だから、ストレス感じないからだけど。

たしかに、娘の会社での働かせられ方を見ていると(下っ端なのに、会社の引っ越しを少ない予算で一人で実行しなければならなかった。しかも本来の役目の傍らで)、ストレス過剰で倒れるんじゃないかと心配になるから、ストレスが実際に存在するのはわかる。

本来は動物である人間が、これだけ自然から離れて、コンクリートの中で一日中コンピュータの画面に向かっていたら、それだけでもストレスになるだろうし。

ほかにも頭にこびりついている、何気ない言葉があるはず、これから思い起こしてみよっと。






Last updated  2016/05/13 07:58:28 PM
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2015/07/20
カテゴリ:opinion
こちらの先週末の新聞には、久しぶりに日本に関する記事が載っていた。

・「戦争法案」が、多くの市民の反対にもかかわらず、採決されたこと。

・大都市のビジネス街では、黒や紺のスーツ姿ばかりが目立つが、猛暑の中、省エネのために「クールビズ」が唱えられ、「沖縄シャツ」(?アロハシャツのこと?)姿もチラホラ見られるが、メジャーになるほどには広まってはいない。

・オリンピック競技場の建設費が予定を膨大に上回りそうなので、見直しが検討されている。

また、昨晩のテレビのニュースは、福島原発近くの避難指定地域の指定解除を報道していた。
国は「原発問題は解決した」としたいのだろうな。解除すれば、避難のための慰謝料も払わないですむし。
場所によっては、通常の20倍の放射能が検出されているのに。



日本には息子家族や弟家族が住んでいるし、わたしもたまには日本で仕事もしているけれど、自分が住んでいて政治の恩恵・弊害を被っているわけではないし、公的には「わたしの国」でもないので、外からとやかく言いたくはないけれど、やっぱり哀しくなる。


ヨーロッパは、中東、ロシア・ウクライナ、北アフリカなどの戦争・内紛・テロ戦争に取り囲まれている。

今はまだ、平和そうに見えるヨーロッパだけれど、いつ何が起きるかわからない。

戦争って、エネルギーの無駄、金の無駄、命の無駄、無駄だらけだ、あー、もったいない。

これに遣う金で、飢えている人、熱帯林、汚染する水などなどなどなどを守ったら、どんなに意味があるだろう。

なんてことを言うと、「おまえは幼稚(ナイーヴ)だ、現実はそんなもんじゃない」と言われるんだろうな。

アメリカは中国やロシアを鑑みて、日本やヨーロッパの国々にもっと軍事費を出させて、軍備を強化する。
敵国だなんて言ってる場合じゃないのに。こういう国とも、なんとかうまくやっていくのが、政治的な手腕じゃないのかなあ。

こんなことしている間に、ISがどんどん勢力伸ばしそう。
ISに参加する若者が続出しているのも、根本にはそれぞれの国の政治の悪さが原因。
失業し、将来に見通しがなく、住むところさえもない若者たちが(たとえば、チュニジア)、ISの誘惑にひかれて参加するのだそうだ。
「今よりはマシ」というわけで。

世界中で、金の使い方がまちがっているみたい。



人間は自分の命の時間軸で物事を考え、すぐに利益を得る道を選んでしまう、情けない存在だと思う。

孫子の世代がどうなるか、なんてことは、理論では考えても、実行には移せない。

目先の景気回復、雇用促進、経済成長のためには、長期的なダメージは思考の枠外に追いやられてしまう。

長期的には省エネが大切なのはわかっていても、目先の猛暑から逃れるためには、冷房をつけたくなるのと同じ。

わたしだって、「人生は一回きり、短い人生、マグロが海から消えない内に食べちゃえ」となるから、他人のことは言えない。


そもそも人間って、とんでもない欠陥がある動物なんだな。
自分の生活場所を自分でこわし、同じ種の仲間を必要も無いのに殺し合い、食べらきれる以上の動物や植物を殺しては捨て。

もし神がいるなら、言いたい。「なんでこういう動物をつくったの?」って。

今週も、最高気温36、37度になるって。ああ。

ドイツではこれまで冷房をもつ家なんて、ほとんどなかった。オフィスでも冷房なしが多い。
これまでは、こんなに暑い日は、一夏にせいぜい数日、高々一週間ぐらいだったし、空気が乾燥しているので(今日は「蒸している」方だけれど、それでも40%、ふつうは30%)クーラーは必要なかった。
それが、暑い日が何週間も続くようになって、クーラーを入れる家が増えてきたそうな。
悪循環を呼ぶだけなのに。

昼の12半の今は、まだ日が当たらない西側の窓から風が吹き込んで、気持ちがいい。
それでも、日が当たる側の窓は閉め切って、熱風が入らないようにしている。
午後の4時から6時が「魔の時間」。西側がすんごく暑くなるので、窓は閉めなければならない。東や南側もまだ熱が残っているから窓が開けられない。日がすっかり落ちる9時から10時になって、やっと冷気を入れることができる。
ここ数週間、窓を開けたり閉めたりの繰り返し。

でも、こんなことが悩みだなんて、平和とはなんとありがたいことか。



ある方がメールで、日本の新聞に出ていた「自由と平和のための京大有志の会」の声明文を送って下さいました。

的を得た、とてもいい文なので、お読みでない方のために、以下にコピーします。世界の平和がこれ以上、こわされないことを願って。

戦争は、防衛を名目に始まる。
戦争は、兵器産業に富をもたらす。
戦争は、すぐに制御が効かなくなる。
戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。
戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。
戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。
精神は、操作の対象物ではない。
生命は、誰かの持ち駒ではない。
海は、基地に押しつぶされてはならない。
空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。
血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、
知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。
学問は、戦争の武器ではない。
学問は、商売の道具ではない。
学問は、権力の下僕ではない。
生きる場所と考える自由を守り、創るために、
私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。














Last updated  2015/07/20 07:33:01 PM
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2015/04/22
カテゴリ:opinion
数日前からヨーロッパでは、リビア沖で起きた難民船の転覆事故が大きなニュースになっています。
死亡者は700から950人と推測され、2013年のイタリア ランペドゥーザ島沖での沈没事故(死者366人)をも上回る犠牲者に、改めてヨーロッパの責任が問われています。

ここ二、三年、アフリカ(エリトリア、ソマリアなど)から、そして現在も内戦が続いているシリアからの難民が激増しています。
アフリカからの難民はリビアから、古い漁船やボートにあふれるほどの数で、水も食糧も満足にないような状況の中でやってくるので、途中ですでに亡くなる人も多いですし、沈没事故も毎日のように起こっています。
去年だけでも難民船の転覆で数千人が死亡したとも伝えられています。

こうした事態に対して、これまでヨーロッパは救済を真剣にはやっきませんでした。

船が着くイタリアは、救出を自国だけでは手に余るとして、救助対策は一年で打ち切られ、今は難破事故が起こったら、近くを通っている貨物船が対応する程度とか。

今回の大事故で、政治家達は「こんなことはあってはならない」とは言っていますが、その口から「悪いのは、難民の手引きをする斡旋人だ」という言葉も。たしかに、斡旋人は人買いみたいな面もあるので、罪はありますが、斡旋人に金を払ってでも、そして死ぬ確率が高いことがわかっていても、自国から逃げてこようとする人は後を断たないのです。その中には、赤ちゃん連れの女性や子どももたくさんいます。

難民の中には、アフリカを何ヶ月、いえ一年以上もかけて移動して、やっとヨーロッパの端までたどり着く人もたくさんいます。
途中で水がなくなり、死ぬような、地獄のような目にあって、やっと目的地にたどりついたら、難民として認知されずに追い返されてしまったのに、地獄が待っているのがわかっていても、またもヨーロッパめざす人もいます。
それほど、自国での生活がむごい、厳しいということ。理由は経済的なものもあれば、政治的なもの(たとえば、独裁政治家に反対して、捕まれば殺されるか、拷問を受けるかの結果が待っている)。

トルコを介してなどで逃げてくる、シリア人の場合には、内戦で生活場所を失い、いつ爆撃で死ぬかもわからない人たちです。

難民の多くが、社会福祉で名高いスエーデンや、経済的に豊かな(?)ドイツを目ざすそうですが、受け入れる側もたいへんです。
具体的に受け入れる、つまり難民が住む場所を確保して、生活の面倒を見るのは、国ではなくて、それぞれの自治体ですが、自治体は借金をかかえて、どこも財政難(だからドイツだって豊とはいえないかも)ですし、そもそも難民用の住居ができるというと、周辺の住民が反対するので、これすらむずかしいのです。
たった数十人の難民を受け入れると発表した、旧東ドイツのある町の町長は、住民から脅迫状を受けたり、家族が脅かされたりしたために、ついに町長の座を降りてしまいました。
難民用の住居が放火される例も、しょっちゅうあります。フェイスブックには「ついでに難民も焼ければよかったのに」などというメッセージをアップする人も後を断ちません。

ドイツ人だって、敗戦後は難民だった人がたくさんいました。戦前はドイツの一部(東プロイセン)だった現在のポーランドやロシアの一部から、ナチの敗戦で西に逃げてきたのです(日本の満州からの引き上げと同じ)。BFも2才から3才以上になるまで、母親や姉妹ととぼとぼと徒歩で荒野をさまよい、空き家に身をひそめながら命からがら逃げてきた難民の一人です。こうした難民の多くは途中で死んでしまいました。
ですから、ドイツ人だって難民の心理や状況は理解できるはずですが、現実には、「近くに難民がきたら泥棒が増える」とか「怖い」とか、理由なく不安がる人が多いのです。肌の色が違う、顔つきが違うというだけで、「怖い」と思ってしまう。
不安というのは理屈ではないですから、これをただ、否定しても、相手の思いを変えることはできませんしね。

「じゃあ、お前は自分の住まいの一部屋に難民家族を住まわせるかい」と聞かれたら、わたしだってノーと言ってしまいます。
でも、自分の家の隣や近所に、難民の家族が住むことには、ぜんぜん反対ではありません。
一カ所に難民が何百人も集中するセンターではなくて、地域ごとに何人かが分散的に住んで、地元の人と混じりやすくする方が、孤立しないし、地元民もなじみやすくなると思うから。文化交流にもなります。

考えてみれば、わたしだって、難民ではないにしろ(ベトナム戦争後には大量のベトナム難民をドイツは受け入れたのでベトナム人はたくさんいます)、ガイジンなんだから、疎まれる可能性もあるはずだけれど、そういうことは経験しないですんでいます。

アフリカに関していえば、本当は長期的には、アフリカの国々の貧困の原因(たとえば、ヨーロッパが自国の農産物を補助金をつけて、アフリカに安く売るので、アフリカ自身が自国の農産物を売ることも買うこともできなくなる)を解決するような対策、海外援助のお金がどういうわけか独裁者などの金持ちの手にわたってしまうのをやめて、地域の人々が自分の力で生きていけるような援助が実現するような金の出し方をするといった、根本的な政策の転換が重要なのでしょうが、それもなかなか実現せず、そういっている間にも、船の難破は毎日のように起こり、毎日、何十人、何百人もの命が失われています。

一ヶ月ぐらい前に起こった、フランス山中でのジャーマンウイング航空の飛行機墜落事故(副パイロットの自殺行為)で、数十人のドイツ人(その多くが、スペインのホームステイから戻ってくる途中の生徒たち)が亡くなったときには、その晩は一部の娯楽系の番組は中止され、首相も大統領も追悼式に参加するほど国をあげて嘆き、悲しみに長い間ひたりましたが、アフリカ人が千人近く亡くなったことへの反応は、「こういうことはあってはならない」程度の反応です。命は同じと思うのですが。

ヨーロッパのすべての国が難民を受け入れているわけでもなく、数国に難民が集中することも問題を大きくしています。


そんな中で、先週末、すばらしいイベントがありました。
友だちのドリスがヴォランティアでお手伝いしている、「難民による難民をテーマとした音楽劇」。
フライブルク市立劇場の演出家の一人(女性)が企画、実行したプロジェクトです。
一年前には、難民としてドイツにきたばかりで、ドイツ語がほとんどまたは全然話せなかったアフリカ人、シリア人、アラブ人などが「亡命、今と昔」をテーマに劇をし、歌を唄い、踊りました。
長い台詞をとうとうと話し、身振り手振りもなかなかで、みなさんとってもすてき。
プロジェクトは大成功で、観客の喝采をあびました。
このような企画によって、市民の難民への偏見が少なくなることを祈ります。






Last updated  2015/04/22 10:48:23 PM
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2015/03/05
カテゴリ:opinion
こだわらないバゲット
こだわらないバゲット posted by (C)solar08三本同時焼き!

バゲットの気泡を開かせるには焼成の温度が高いことが大切、一度に何本もオーブンに放り込んではだめ、最高温度が230度にしかならない私のスティームオーヴンならなおさらのこと。
とは知りながらも、時間とエネルギーの無駄に耐えられなくて、三本(一本当たりの粉量150g)を同時に焼いてしまいました。
でもね、結果は一度に一本を焼いたときと変わりがありませんでした。
なーんだ、一本で焼いても三本でも同じぐらいのできなら、これからは三本同時に焼こうっと。

大きな気泡ボコボコはどのオーヴン(最高温度300度の4面石張りのオーヴンでも)でも達成できなかったので、もうこれ以上はがんばらないぞ。石張りオーヴンで試したのはたった数回だけだけれど、もう試す気にもならない。

「もう試す気にもならない」というのがいかにも自分らしいです。
とことんは突き詰めない、頑張らない、こだわらないの(こだわらないことにこだわる、と名言をおっしゃった方もいますが)。

歌手でも、音楽家でも、大金持ちでも、画家でも、小説家でも、ある一つのことに執着し(オブセッション)、こだわり、人並みならぬ努力をし、何もかにも忘れて没頭した人だけが成功するのだと思います。

絵を描かずにはいられない、冷や飯をくってでも小説を書きたいという衝動。
何をしてでもいいから、金が欲しい、有名になりたい、という強い願望。
ピアニストになったある同級生は、1日7〜8時間も練習すると言っていました。うー。

パンオタクだって、クープを開かせるために毎日何本も焼いたという方は数知れずいらっしゃるようです。

わたしにはこういうオブセッション、こだわりがまるで欠けています。
ちょっとやってみて、「あ、クープは蒸気があればある程度は開くんだ」とわかれば、もうそれで興味は失せ、気泡はわたしの技量ではこれ以上はだめらしい、とすぐにあきらめるの。
「気泡が開いたからって、どれほど味が変わるのさ」などと言い訳をしながらね。

そもそも、がんばる、というのは具体的な対象や目的や動機がなければ、できないことだと思います。

「勉強、がんばりなさい」などと子どもに言っても、何にがんばったらよいのか、何のためにがんばるのか、何にがんばりたいのかわからなければ、がんばれないと。
勉強にがんばれば、成績がよくなって、良い学校や大学に入れて、良い大学を卒業すれば良い会社に勤められて、、、と言われても、「それでどうなる」、その先に何があるのかが見えなければ、そんな途方もなくあやふやな目的のために、がんばるのはむずかしいだろうなあ。
他人よりも出来が良くなりたい、という願望が強い人は別として。

やはり同級生の中に、ビートルズに熱中した女の子がいて、髪型もビートルズ、話題もビートルズだけ。彼女はいじめられはしなかったものの、周りから「どうせまたビートルズの話でしょ」といささか嘲笑されていた部分もあったようです。
でも、彼女はそんなことも気にせず、寝ても覚めてもビートルズ。そして、ビートルズの歌を理解するために、英語にはものすごくがんばっていて、他の課目はともかく、英語だけはものすごくできるようになったようです。
こういう動機って、すごい推進力を発揮するのですね。

わたしも一度だけ勉強にがんばったことがあります。中学3年のとき銀座の「かねまつ」のショーウインドウで赤のハイヒールを見つけて、父に「欲しい」と言ったら、賭け事が好きな父は、「賭けをしよう。学年で3番以内になったら、買ってやる」と言いました。
まがりなりにも「名門」私立の学校に、ビリっケツ近くでやっと入れたわたしには絶対に達成できないことに、父は賭けたのです。
でもね、赤いハイヒール欲しさに動かされて、例外的に頑張りましたよ。
困ったのは体育。こればかりは努力しても成績はあがりません。跳び箱もでんぐり返しもできないから(体が反射的にすくんで動かなくなる)。それを補うためには、努力すれば何とかなりそうな他の教科を一応は勉強しましたよ。

とにもかくにも頑張ったおかげで、父にハイヒールを買わせることができました(学年での番数は公表されないのですが、先生に「ハイヒールがもらえるかどうかがかかっている人生の一大事態」と言って、お願いしたらこっそり教えてくれた)。
人生で最初で最後のちゃんとした(かかとの細い)ハイヒールだったかも。

ここで頑張れたのは、ハイヒールという具体的な動機、どうしても達成したい目標があったからだと思います。
ハイヒール獲得後は成績が元の状態に下がったのは、言うまでもありません。
父親は二度と同じような賭けをしようとは言ってくれなかったから、やる気なくした。

オタクというのは典型的なオブセッション型の人間、自分の好きなことにこだわって努力し、がんばる方ですね。
えらいなあ。
わたしはある程度「こうやれば、たぶんこうなるらしい」とわかった時点で、それ以上はこだわって追究しないから、何事も中途半端で終わってしまうんだろうなあ。

もう人生も最後の段階。
いまさらがんばって何になる、という思いがまず来てしまって、色々な事に手を出しては、しばらく後にはやめてしまいます。

人生を振り返って強く思うのは、自分がどうしてもやりたい、こだわりたいということを若い内に見つけることがどれほど大切か、ということです。
「これができるのなら、たとえ貧乏でもいい」というものを見つけること。

でも、学校の勉強というのは、こういう「自分が好きなこと」を見つける作業を阻止する面がありますね。
わたしにとってはそうでした。
やってみたいな、という興味がわいても、目の前に期末試験などがあると、したいことや読みたい本は後回しにして、まずは試験の準備を適当にしたりしている内に、時間がどんどん過ぎて、気がついたらおとなになっていて、大学は出たけれどやりたいことは別に特にはなし、という自分に気がついたけれど、それを見つける努力もまたしてもせず、まずは目の前にいたすてきな男性と結婚し、子どもをもうけ、、、、と。

「君はいったい人生で何をしていきたいの」という疑問を、結婚後間もなく夫(いまでは元夫)から突きつけられて愕然とした気持ちは、いまだに強く残っています。

その結果(かどうかはわからないけれど)、唯一ある程度はこだわって実行したのが、こちらで生活をすることだけだったなんて。
これもまた、かなり適当な面があって、頑張ったなどとは言えないし、、、。

ま、人間もいろいろ。
こだわり、がんばるタイプの人もいれば、こだわらないで色々なことをちょこっとだけするタイプの人もいるからこそ、社会が面白いのかもしれません。
いまさら頑張るタイプになろうとも思わないし、なれるわけでもなさそう。
ここまできても、いまだにがんばらない自分をすぐに許します。
バゲットもこれでいいのよ。同時三本焼きで。



前回に書いたスーパーの安売り椿、最後のつぼみが全開しました。
大輪の椿みたい。これはお買い得だったわ。大事にしよっと。
Camellia japonica
Camellia japonica posted by (C)solar08






Last updated  2015/03/06 12:41:23 AM
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2015/01/24
カテゴリ:opinion
このところ、特に旧東ドイツ、中でも特にドレスデンでは、ペギダ(西洋のイスラム化に反対する愛国的ヨーロッパ人 )と名乗る集団が毎週月曜日に大きなデモ(デモではなくてお散歩だとしていますが)をしています。場合によっては1万人もの「ふつう」の市民が集まって、声高々に「我々は国民だ」(我々こそが国民だ、というようなニュアンスが感じられる)と叫んでいます。
このフレーズは、旧東ドイツと旧西ドイツが統合される前に、旧東ドイツ人の多くが毎週、月曜日に集まって、旧東ドイツの独裁政治に反対して唱えたシュプレヒコールと同じです。

ペギダをなす人々はイスラム教徒と過激なイスラム原理主義者の区別をせず、回教信者なら誰もがテロリストであるかのようにとらえたり、宗教を問わず難民・移民に反対し、果てはユダヤ人の排斥を唱えるナチがかった傾向の人も混じっているようです。

よりによってイスラム信者の割合がとても少ない(0、2%)ドレスデン、そもそも外国人が少ないドレスデンでどうして?と不思議がられてもいますが、その謎はまだ解けていないようです。

イスラムを理由なく怖がる人もいます。
パリでのテロによって、この恐怖は拍車をかけられたようです。

政治が自分たちのことを考えてくれない、という不安がこうした心情を生み出す、ということも考えられます。
たしかに、世界のどこでもと同じくドイツでも、ますます金持ちとそうでない人との差は大きくなるばかり。勤勉に働いても、生活がなりたたない人は増えています。自分の惨めな状況を移民などのせいにしたくなるのでしょうか。

人間って、疎外感や劣等感をもつと、自分よりももっと「下」とみなせる人を探して、ばかにしたり、差別したくなる傾向があるでしょう。
いじめという現象もその一つだと見ることもできます。

いずれにしても、ペギダに参加する人たちは色々な形の不安や不満をもつ人の混合で、ナチ的な人もいれば、単に外国人を嫌う人も、あるいは政治に置き去りにされた不満感をもつ人もいるようです。

ドイツは積極的な移民政策をとろうとしています。
少子化、高齢化が進んで(日本ほどではないですが近いです)、このままだと将来年金を払ってくれる若者や中年層が足りなくなるし、職業能力のある労働力も不足するので、若い移民を受け入れることが、経済的にも緊急に必要だからです(経済界からの言葉)。
それに対しても、ペギダは反対しているのです。ガイジンが多くなって、自分たちは損をすると。

国営放送の政治レポート番組で、ペギダに参加する人にマイクが向けられました。
ある男性の言葉にびっくり。
「外国人を入れれば、ドイツは得をするなんて嘘だ。こんなニガーやガイジンは読み書きだって出来るようになりゃしないよ。やめてくれよ。南チロルだったら、こんなやつらは滞在許可をもらえないよ。やつらは作業所で働くことなんてできないんだから。ネジの一つの回し方も知りやしない。こんな連中を連れてきて、それが社会的な産物だなんて、やめてくれよ」とまくしたからです。

この暴言には、別のデモ参加者もちょっとたじろいていました。

画面を見ていて気がつきました。こんな差別的で、嘘もまじった暴言を吐いた男性の声と姿に見覚えがあります。
あら、これはカールだ。
前にこのブログでもなんどか紹介した、BFの旧友です。
旧東ドイツの山にある、古いポストの建物を自分の手で改造して、すてきな家にしてしまった、元歯医者。
彼には昔からナチ的なところがあったそうですが、外国人を赤裸に見下すような失礼なことをカメラに向かって言うとはね。
自分だってトリックを使って、税金をまぬがれたりなどいろいろ怪しいことをしているくせに。
毎年、カールの家を訪ねているのですが、去年は行きませんでした。
なんだか、もう彼のところには行きたくなくなった。

こういう人々でペギダは成り立っているのかな。

ペギダのデモのニュースでマイクを向けられた、若いアジア人(中国人かベトナム人か)の女性は「私はドイツで育ち、今は大学で社会福祉を学んでいる。自分はドイツに同化したと思いたいけれど、こういう運動を見ると、いくら努力してもドイツ社会には入れてもらえないと感じる」と涙ながらに訴えていました。

幸い、私の住むフライブルクはとてもリベラルでオープンな町なので、ペギダを支援する人はいるにはいますが、少数です。
そして、昨日はペギダに反対する市民の自発的なデモ(一人の個人がフェースブックで呼びかけた)に2万人が集まったそうです(フライブルクの人口、約20万人)。

おかげで、この町でガイジンとして辛い思いをすることはありませんが、そもそもガイジンってなんだろうと思ってしまいます。
もう30年もこの地に住み、国籍もとり、税金も毎年まじめに払い、選挙にも行き、日本からの収入もこちらで支出し、こちらの言葉で考え、、表現し、ドイツ人の友の中にいても、ガイジン?
まあ見た目はどう見てもガイジンだけどさ。
日常生活で差別されていると感じることはないし、道路上などで「ガイジン、出て行け」などと叱責されたことは一度だけだし、襲われたこともないけれど、もし自分が若くて、就職などを探したとしたら、やっぱり差別はあるのかもしれません。
それだからこそ、娘のことが心配になります。
五歳でこちらにきた彼女は母国語がドイツ語で、幼稚園から大学までドイツの教育を受けているので、頭の中はドイツ人のはずですが、見た目も名前も純粋日本人。
いやだね。こういう下らない心配をしなくてはならない、という状況がとても嫌です。

今もヨーロッパ社会のこうした傾向が、イスラム原理主義だののテロへの恐怖から来ていることも確かですが、恐怖というのは論理的ではないから困ります。

ドイツでこの十年にイスラム原理主義のテロで死んだ人は2人だとか。
一方、若いネオナチによって殺された人(ドイツに定着して店などをやっている堅実なトルコ人が主)は10人。
もっとすごいのは、
病院の細菌感染(マルチ耐性菌)で死ぬ人はドイツだけでも、一年になんとなんと、4万人だそうです。
その内の2万人の死は、病院が感染対策をきちっととっていれば、避けられたそうです。
七面鳥、ニワトリ、豚などの飼料に抗生物質が多量に使われていることから、抗生物質が効かない耐性菌が増えてしまったのだとか。

ペギダよりも、病院の細菌対策(オランダではスクリーニングによって防がれているのに、コストの点でドイツの病院は及び腰)を訴えるデモをした方が、命のためになりそうよ。







Last updated  2015/01/25 12:05:15 AM
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2014/12/20
カテゴリ:opinion
洗濯機のドラムが回転するのを、ぼっとして何分間も見つめている間に思ったことがあります。
洗濯機とは全然関係ないけど。

日本のあるすっごく大きくて有名な組織の部長さんが、一頃は何年もの間、毎年お客さまたちを引き連れて、当地に視察に来ていらっしゃいました。
わたしは当時、こうした視察客のご案内や通訳やレクチャーなどをしていました。

この部長さんは本当に気さくな方で、顔にいつも微笑みを浮かべ、ちょっとしたジョークを出してはメンバーたちの心をほぐし、わたしのためにはいろいろな和食材とか、自作の佃煮までわざわざ持ってきてくださいました。

わたしよりも小柄なのに、わたしの重い鞄を持って下さったこともあります。
恐縮して、「どうお礼をしたら良いんでしょう」と言うと、
「体があるでしょう、カラダが」と、いつものノホホン顔で一言。
この方の口から出ると、こういう悪い冗談も無害に聞こえるから不思議です。
「こんなカラダでよろしければ、どうぞ。減るもんじゃないですから」と言いそうになりましたが、やっぱりね、日頃ユーモアに慣れてないので、「何をおっしゃいますか、このオバはんに」とかなんとか、もぐもぐごまかしただけ。

ある時、今度はわたしの方が東京に出向いて、この方の組織が主催する催しで仕事をしたことがあります。
組織の中で部下たちに指揮をとる部長さんのお顔からは、いつものひょうきんさはまったく消えて、厳しくて、ちょっと怖くいほどなので、びっくりしました。
同じ人なのに、場所や状況が変われば、これほど変わるものとは!
これがプロなのでしょうね。

わたしの父方の祖父は世間知らずとも言える学者で、他人のことはまったく思いやれなくて、大学でもたくさんの方にいつも迷惑をおかけしていました。
祖父のこのような性格にもかかわらず、最後まで祖父を慕って、祖父の元にしょっちゅういらして下さり、山登りなどにもお伴をして下さった方がいます。
せっかくいらしたのに、祖父が長いこと待たせたり、約束をすっぽかしたりしても、この方は怒りもせず、まん丸いお顔にいつも善良そうな笑みをうかべているので、子どものわたしには、この方が善意のかたまりのように見えました。
祖父の死後、一度この方にお会いしたことがあります。
どこかの中学校の校長先生におなりになっていたこの方のお顔からは、昔のような善意の微笑みはほとんど消えていて、校長先生特有(?)の横柄とまでは言えなくても、しゃちこばった表情のお面をかぶったようになっていました。
あの、他人の心をほぐすようなニコニコ顔も、時と場合によっては出てこないのだなと思うと、ちょっと寂しくなりました。

先生といえば、大昔、二学期間だけ、ある地方の中学校の代替え教員(産休をとった教師の身代わり)をしたことがあります。
そのときにも、驚いたものです。
職員室では初々しくてやさしげな若い新米女性教師、目がぱっちりの可愛い女性教師、ユーモアたっぷりの男性教師たちも、教壇に立って生徒たちを前にすると、先生方に共通して見られる、ある特有の表情が浮かぶのです。

なんと表現したらいいかなあ。慇懃無礼ではないけれど、まあ威厳に満ちた顔とでもいいましょうか。
「甘く見るなよ」という姿勢を無言であらわしているような顔。
見る側が黙ってしまうような顔。
やさしくない顔。
あ、そうそう、ふてぶてしい顔。
あのお目目ぱっちりのやさしい女性の口元がふてぶてしく、微妙にひねられて、やさしさが消えるのです。

それまで教師などしたことなく、家で3才と10才の子どもや夫にだけ相対していたわたしには、すぐには身に付かない顔でした。
こういうの、生徒はすぐに見抜きます。
若い新米女性教師がひとこと怒鳴れば、生徒たちはすぐに静かになるのに、わたしが声を大ににしても、誰も聞いてくれません(放課後の掃除も逃げられて、わたしが一人でした。ウー)。
わたしのようなおばさんがほざいても、、家でお母さんに言われるのと変わらないから、生徒はビクともしないのよね。
一人の生徒が言いました。
「せんせー、もっと厳しくしなきゃだめだよ」と。

わたしは、
「わたしは教壇の上からあなたたちを見下すような姿勢はとれないの。同じ人間どうしとしてしか付き合えないの。
あなたたちが知らないことを教えることはできても、だからってわたしの方が偉いわけじゃないから」
と答えるほか、言葉が見つかりませんでした。
ま、こういうわけで、先生失格だと思って、2学期間つとめただけで、教師生活は終わりました。

マダガスカルに行ったとき、最初の二日間、あるドイツ人男性と彼のパートナー(マダガスカル人の女性)、彼女の連れ子である二人の女の子と彼と彼女の間に生まれた男の子が住む家に二日間泊まらせていただいたことがあります。
この女の子たち(8才、10才ぐらい)はとても可愛くて、やさしくて、言葉は通じないのにわたしにもなついてきました。

マダガスカルでは、生活程度がまあまあ高い家には、家族の親戚などが頼ってきて、家と同じ敷地内にある小屋のような所に住んで、掃除などの下働きをすることがよくあるようです。
この家でも、女性パートナーの親戚らしき使用人とか、親戚の子どもたちが何人も小さな小屋に住んで、毎日必要もないほどの掃除や洗濯(手で洗う)をしていました。毎日するから、もう洗う物も掃除をする場所もないくらいほど。
家の子どもたちが遊んでいるそばで、親戚の「使用人的」子どもたちは働かなければならないのです。
ちょっと奴隷みたいな感じです。

それでも、昼間、ドイツ人男性がいないときには、こういう「使用人的」子どもたちもこの家の子どもたちと遊んだり、テレビを見たりしていますし、この家の子どもたちが小屋の方に行って、遊ぶこともあります。

その様子を見ていて気がついたのですが、わたしにはとても可愛くて、あどけない表情をする女の子たちが、彼女たちにとっては従姉妹である「使用人的」子どもたちに対しては、全然ちがう表情をするのです。
これも、さっきの先生的な表情とどこか似ていることに、わたしは気がつきました。
さっきまでのあどけなさは、どこかに消えてしまって、
「わたしとあんたたちとは身分が違うんだよ」というふてぶてしさを含んだ表情。

こんな小さなときから、こういう階層意識のようなものが植え付けられるのだということがちょっとショックで、この時のことは今でも忘れられません。昔は日本でもそうだったのかな。今もそういうことはあるのかな。

そういえば、このマダガスカル人女性は、ドイツ人男性が正式に結婚してくれないことにいらだっていました。
いつか彼が男の子だけを連れて、ドイツに戻ってしまうのではないかと怖れていたようです。
そうなったら、この女性も、使用人たちから「マダム」と呼ばれて敬われる生活から、また元の生活に戻らなければならないかもしれないからでしょう。
彼女もまた、わたしたちには本当の表情(らしきもの)を見せるけれど、使用人たちにはかなり横柄な「マダム」的な態度をとっていたわ。
マダムが板についたのね。

人は時と場合に応じて、色々な顔をもたざるを得ないのでしょうね。
職場ではそれなりの役職の人間を演じ、家でも父親、母親の顔を演じ、最後にはどの顔が自分の顔なのかわからなくなるのかなあ。

わたしも場合によっては顔が違うんだろうか、、、。
知らない内にふてぶてしい顔をしているんだろうか、、、。












Last updated  2014/12/21 02:33:48 AM
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