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メンタルコーチ曽根原秀典の『すべて意味あって起きる人生ブログ』

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曽根原 秀典

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2009.10.19
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地球上に沢山の人間が存在する。
出会いの確率はおよそ65億分の1である。


およそ65億人の中から
地球上でたった一人の人間と出会う。


計り知れない確率から出会った人。
その「縁(えにし)」は必然であり、深い意味がある。


よく男女間で言われるのが
「運命的な出会い(赤い糸)」である。



「出会い」にはどのような意味があるのであろうか?



よく言われるのは
人間関係は私たちを幸福にする関係(出会い)
と言う人が多くいる。


私も以前はそう考えていた。
この人と出会ったことで、
自分も相手も幸せになるに違いないと・・・


しかし、その考えで他者との関わりを広めたり
深めたりしていた時に疑問を抱くようになった。


それは、
幸せになる為の出会いだとすれば、
幸せってなんであろうか?
いったい誰の幸せだろうか?
自分?それとも相手?


・・・・・・・・・


幸せとは自分だけに(それぞれの人間に)存在する
偏った価値観(嬉しいこと、楽しいことなど)である。


と言うことは、
その幸せを与えてくれる相手であるということになる。


それは、「エゴ」ではなかろうか・・・と考え始めた。


男女間でよく見受けられるのが、
付き合い始めた当初はラブラブ期間中のため、
相手の喜ぶ(幸せ)ことをなんでもしてあげたくなる。

全力投球である。

しかし、哀しいことに
全力投球はそう長い時間続かない。


数年が経つと同じように出来なくなることがよくある。
私もその一人である。

それは当然とも言えよう。
誰しも全力投球をすれば力尽きる。
充電(休息)の時間が必要である。

他者との出会いは『自分を幸福にするもの』となると、
「幸せ」をもらう量(回数・頻度)が減ったり、
もらえなくなった時にどうなるのか・・・


その関係からは
痛み、軋轢を生むことになる。


私自身も39年間の人生で沢山の出会いに対し、
痛み、苦痛を繰り返してきた。


その繰り返しによって
最近になって、ようやく気づけたことがある。


人間関係は自分を幸福にするものではなく、
『本質的な成長への気づき、学びに目覚めさせてくれる』
ものだと捉える事ができた。


この人と出会ったことで、
本質的な成長のために
「何に気づき」
「何を学ばなければいけないのか」
そのように自身に問いかけることで
出会いは必然であり、深い意味があることに気づく。


浅かれ深かれ「出会い(縁)」は、
互いに影響を与え合う。


言葉、態度、行動、考えなどの
現象面(見えている部分)だけではなく、

「目を背けている自分」
「気づかなければいけない自分」

を見るため(気づくため)の鏡で
お互いが存在している。


普段(無意識ではあるが)、目を背けている自分が
突然相手の肉体を借りて映し出される為、
拒絶や過剰に反応してしまうこともある。
(自身の経験談)


時には、
相手と衝突や傷をつけ合うこともある。
実は攻撃しているターゲットは相手ではなく、
自分自身なのである。
(この意味をきちんと理解したい方は
エゴや自我について書かれている書籍や、セッション、
ワークショップをお勧めします)


それすらも、自らの本質的な成長のために
手に入れなければいけない
『カギ』
に気づかせるために起きている。
(無意識に自身で必要なことを起こしている)


他者との出会いは
「必然であり、深い意味がある」
ということ。


『本質的な成長への気づき、学びに目覚めさせてくれる』


これが人間関係(出会い)の意味である。



良質な人間関係を構築するためには、
(出会いに対して、より短時間で本質的な成長への気づき、
学びに目覚めさせてくれるためには)

相手に対して裁判官
(相手の不足面や、自分と異なる価値観を批判、裁くこと)
になるのではなく、

相手を「知る(聴く)」人になるということである。
言葉だけを捉えるのではなく、
その後ろに隠れている感情(心)を
聴き取ることに意識を持つこと。

それが、自身を深く知ることにつながり、
本質的な成長への道である。


幻に反応する(現象面に囚われる)のではなく、
幻(現象面)を見つつも、
その奥にある真実を見抜く力をつけることである。


と、現在私は考えている。






Last updated  2009.10.19 22:53:31
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