市場回り(9)
朝が早かったので、身内だけになると急に緊張がほぐれる。いつもは夢の中の時間帯なので椅子に座ってぼんやりしているといつの間にかうとうとしていた。「食事の用意が出来ましたので、皆さんどうぞ」とM前次長が部屋に入ってきてハッと目覚めた。他の人も寝ていたようだ。社員食堂へは一番乗りだった。アルミのお盆の上に、丼に入ったごはん、味噌汁、生卵、味付け海苔、漬物と梅干しが並んでいる。テーブルの上には瓶詰めのエノキの佃煮が置かれてあり、これは自由に食べてもかまわない。大きなヤカンからお茶を注いで食べ始める。シンプルな朝食メニューだが美味しい。tetywestがたまに食べてもいつも同じメニューだから、味噌汁の具が多少変わることがあっても、基本的に年中同じなのだろう。朝が早い会社なのでここで朝食を食べている社員も多いことだろう。毎日食べるものだから変に凝ることなくシンプルな方がいいのかもしれない。これこそ日本人の朝食の原点だ。戦後この伝統的な日本人の朝食が次第に欧米の朝食メニューに変わっていったことにはtetywestは一抹の寂しさを覚える。そう言いながら自分では今年の夏までは25年間パンとコーヒーと卵が基本の朝食を続けていた。しかし他の家族は基本的に伝統的な朝食だったので、tetywestの朝食は自分で用意するのが習慣になっている。今は朝フルに変わったが、それでも伝統的朝食からは遠ざかったままだ。伝統的朝食ではビタミンA・Cなどが不足するだろうというのは、あまり詳しくないtetywestにもわかる。しかしここは青果会社なので、社員はセリの前にいやと言うほど果物を食べている。朝フルを最初に実践していたのは青果会社の社員かもしれない。食事が終わって会議室に戻ると、コーヒーを運んできてくれた。朝のいれたてコーヒーにはいつも幸せを感じてしまう。M前次長が今日のセリ結果を印刷して持ってきてくれた。ミカンは等級と階級で下のように分類されて箱詰めされる。 秀 優 良3L 1200 1100 10002L 2200 1550 1100L 2300 1700 1400M 2000 1900 1400S 1650 1500 13502S 1550 1400 1250平均単価は1箱1702円だった。今年の傾向として良いものと悪いものの差が少ない。こうなったのは去年からだった。それまで市場側も「良いものを作れば必ず高く売れる」と言っていたのだが、もうそんなことは誰も言わない。I泉課長が挨拶に来た。今から販促レディのK本さんと一緒にセイユーの試食販売に行くと言うことだった。卸売会社は産地から集まった品物をセリにかけて手数料を頂戴して成り立っている。従って販売金額を伸ばさないと経営が危うくなくなる。ここ数年卸売り会社の販売額は全国的に減少の一途をたどっていて、東果大阪も今年度は赤字決算だった。価格安で日本の農業生産額が減少したことと、市場を経由しない商社を通した輸入農産物の比率が次第に増えていることが主な原因だといわれている。「市場と農家は運命共同体だ」という話は市場でよく聴かされる。しかし、もっと日本の農産物が減った時、市場は農家と共に滅亡するかというと、どっこいそんなことはない。そうなったら韓国から、中国から、東南アジアから、はたまた南米から農産物を仕入れるルートを開発するだろう。実際に東果大阪でもM常務を中心にしてそういうプロジェクトが進行中なのだ。ともあれ卸売会社の社員はいろいろと忙しい。tetywestは昨夜二次会の後真っ直ぐホテルに帰ったのだが、産地の数名と販促レディ、M前次長、I泉課長たちはM次長の父上の店に焼肉を食べに行ったそうだ。そうなれば当然午前様だし、市場の社員は4時には出勤しなくてはならないだろうから、昨夜はほとんど寝ていないことになる。産地の接待も大変なのだ。