《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

2010/09/21(火)18:51

父の思いで

昔の話(11)

 父親の思い出はあまりない。家では無口で、子ども達と遊ぶような人ではなかった。僕は晩年の子どもで、計算だと父は45歳の時になる。若い頃、結核を患い、長生きはできないと考えていたらしく、妊娠がわかったときに産むことに反対したそうだ。二人の子どもが男であったために、女の子が欲しかった母はそれに逆らい、三人目を産んだ。残念ながら男の子であった。歳の離れた末っ子は甘やかされて育った。7歳年上の次男は、それに嫉妬し、陰でいじめた。自分の着る物、使う物は長男のお下がりなのに、僕はいつも新しいものを買ってもらえる。ひがむのも無理はない。長男は12歳離れていたし、兄弟で遊ぶことはあまりなかった。学校へ上がる前は、いつもお隣の一歳上のすみちゃんとおままごとをしていた。おかまになってもいいシチュエーションだ。昭和30年代前半は、まだ戦後の臭いが残っている時代だった。電話、冷蔵庫、洗濯機、テレビ、もちろんクーラーなどもなかった。甲州街道(国道20号)のそばで暮らしていたが、車などあまり走っていなかった。映画『ALWAYS三丁目の夕日』の世界である。小学校に上がる頃から甲州街道の整備も始まり、劇的に世の中が変わり始めたのは『東京オリンピック』がやって来てからだった。甲州街道を大勢の人が埋め尽くし、日本の小旗を振ってマラソンを応援した。あの熱が、そのまま高度成長へと向かって行く。 父は文部省の役人で、毎日同じ時間に出勤し、同じ時間に帰宅した。ソフト帽と黒いかばん、ちょび髭をたくわえ、ちょうど小津安二郎の映画に出てくる笠智衆を小さくしたような感じだった。笠智衆より、もっと滑舌が悪く、寡黙だった。最後まで同居していたが、ほとんど会話をした記憶がない。愛されていたのかどうかも解らない。進路についても何も言われなかったし、大学の入学金とかは払ってもらったが、おめでとうでもないし、大学を辞めてしまっても何も言われなかった。家族全体が、お互いのことは干渉しない家風だったようで、社会に出ても勝手なことばかりしている僕の性格は、この家庭環境に起因する。ただ、父の本好きは受け継いでしまった。家中が本に囲まれていた。僕が中学1年のとき、下高井戸から大泉学園に引っ越してきたが、父は断腸の思いで多くの本を置いてきた。戦中をくぐってきた本である、さぞや悲しかったことだろう。現在、本で壁びっしりの僕の部屋を見てなんと思うだろう。 ほとんど会話もない父だったが、最期を看取ったのは僕だった。直腸がんに侵され、摘出手術をするのだが体力が持たず、そのまま危篤になった。僕と母親がその晩病室で付き添った。こん睡状態だったので励ますこともできず、ただ命が消えてゆく様を見続けていた。深夜になると、ゴキブリが床を這いまわり、病院を選ぶのも寿命の一部だなあと感じた。夜中だったか明け方だったか、命のろうそくの炎がゆっくりと消えた。医者と看護婦がばたばたとやってきて、心臓に電流を流し、蘇生のマニュアルを一通りして、頭を下げた。母親は、父の胸の辺りに顔を埋め、しばらく祈るようにしていた。涙は浮かべていたが、嗚咽するようなことはなかった。医者と看護婦にお礼をいい、後は何も言わなかった。享年68歳。 父が亡くなってから、家族が変わった。母はとにかく活動的になった。お稽古事も、三味線、お習字、ダンス、合唱・・・、手作りの小物もやたらと作った。よく笑い、しゃべるようになった。長男は、脱サラすると言い出し、共同経営で飲食店を始めた。これには僕も巻き込まれた。次男も会社をやめ、転勤先の千葉から戻ってきた。あんな父親だったが、けっこう重石になっていたのかもしれない。いいのか悪いのか、とにかくみんな浮かれたように変わった。 今年の正月、母親と話をした時、自分はついていたというようなことを言っていた。姑には随分いじめられていたらしいが、それでも寝込んだらあっさり亡くなってしまった。夫もこんな具合で、介護の必要もなく逝ってしまった。おかげでその後30年、自由な楽しい毎日を送っている。来年90歳になるが、まだまだ人生楽しめそうだ。 母の内職もあったが、貧しいながらも父は家族の生計を支えた。兄弟三人大学へも行った(二人はちゃんと卒業もした)。それぞれ家庭を持ち、そこそこ平和に暮らしている。存在感のなかった父であったが、母も含め感謝をしなければならない。そもそも僕がこの世にいるのは、父の精子があったからだ。父の存在がどうこう言うより、僕の半分は父のDNAなのだ。僕が幸せを感じたら、半分を譲ってくれた父に感謝しなければならない。僕も墓参りに行ってこよう。  賢者は生きられるだけ生きるのではなく生きなければならないだけ生きる    Byモンテーニュ  

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