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2012.06.29
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カテゴリ:旅日記
越後三十三番観音霊場の第一番札所「岩屋堂観音堂」。
所在地は上越市名立区名立大町842。
国道8号線の名立大橋東詰交差点から県道245号線を名立川沿いに進む。
北陸自動車道の高架橋の下を通り、さらにJR信越線・名立駅の下を通過、さらに200m程進むと「岩屋堂」の案内標識が有り左折する。
一車線のカーブの多い坂道を500m程進むと右側に東屋が有る。ここが岩屋堂への入口となる。

ウィキペディア(トラベル)の越後三十三番観音霊場によれば、岩屋堂観音堂の所在地は「上越市名立区名立大町270」と記載されているものが多い。
この番地の根拠となるらしい出版物が存在するが、書名は伏せる。
グーグルマップで、この名立大町270という番地を検索すると、北北西に1キロ程離れた「たちばな保育園」と表示される。
著者や出版元が充分に確認せず、さらに間違った情報が引用される典型例であろう。

東屋の脇を進むと苔むした石段が有り、登り切ると岩屋堂の境内に出る。
眼に入るのは大きな立て看板である。「謂われ」が書いてある。
「木造観世音菩薩立像・岩屋堂観音堂」で始まり、大宝2年(702年)の創立、大岩の壁面に見える「梵字」跡らしいものは弘法大師が筆を投げて書いた、とか。
また、康元元年(1256年)に北条5代の最明寺入道時頼(北条時頼)が廻国の際に越後三十三箇所の第一番札所と定めた、とある。
本堂脇の石仏も苔むしている。
岩の壁面に白い模様のような物はいくつか見えるが、梵字らしいものは最左の上部か?

ウィキペデアによれば、北条時頼は質素かつ堅実で信仰に厚い人物像であり、執権を強化しつつ民衆には善政を敷いた。
能の「鉢木」では時頼の「廻国伝説」を元に描かれているが、諸国を廻り民衆の動向を調べていた。
人徳を高く評価するその一方で、本居宣長や新井白石は著書の中で、民衆が高く評価するのは理解出来ない、と述べている。

昼食後、国道8号線を糸魚川に向かい、国道148号線に入る。
姫川沿いに南下しJR大糸線の小滝駅の手前で右折、県道483号線に入るが一車線の坂道が続く。
さらに支線を経て「高浪の池」に向かう。

 撮影 2012年06月27日12時15分 1/8 F8.0 ISO320  
        上越市名立区 岩屋堂観音堂
岩屋堂  2012.06.27


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Last updated  2012.06.29 10:44:10
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