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2013年08月13日
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カテゴリ:エッセイ・詩画

 2000年5月に、私の初めての詩画集『あるがままに』が出版されました。ちょうどそのころ集英社の編集者が、鎌田實(当時、諏訪中央病院院長)さんの本の題字を書く人を探していたようです。そしてたまたま編集者が、東京の書店で私の詩画集をみて、題字の依頼があったのです。

 もし出版が3ヶ月でも遅れていたら、たぶん集英社との縁、鎌田實さんとの縁はなかったかもしれません。私にとっても、ちょうどいいときに出会ったようです。お陰さまで『がんばらない』(2000年発売)は相当、版を重ねたようです。その結果、引き続き鎌田實さんの著書『あきらめない』、『それでも やっぱり がんばらない』、『ちょい太で だいじょうぶ』、更に小山明子さん(大島渚監督の奥様)の著書『パパはマイナス50点』等の題字を書くことになりました。
 
 習字が大の苦手、しかも作文も大の苦手だった人間が、縁によって現在では人前で発表するようになりました。何か役目があるのかもしれません。私の下手くそな字を見て、書き始めた人が何人もいます。

 絵もそれまでは余り描くことはなかったのですが、これもちょうどいいときに出会いがありました。東京の帰り、駅での列車の待ち時間に、偶然小池邦夫さんの絵手紙の本に出会ったのです。私にぴったりする本でした。感動した私は直ぐに小池先生に手紙を出し、それから半年以上手紙のやりとりをしました。そのお陰で絵を描くようになったのです。

 本人が知らないだけで、ちょうどいいときに、出会っているのかもしれません。





・諏訪中央病院 2008,8,30
鎌田先生は最初この病院に飾ってある「がんばらない」の文字を使いたかったようです。しかし編集者がOKを出さなかったようです。それなら先生が自分で書くと言ったそうですが、それも駄目で、私のところに話が来たようです。


「柴田宋休ーYouTube動画リンク集」で検索すると、他の動画も見ることができます。







最終更新日  2013年08月13日 05時33分30秒
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