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沖の千鳥の陸あそび

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蒼鰻@ Re[1]:はなみ 1(04/08) takahasiさん >また、誘ってください …
takahasi@ Re:はなみ 1(04/08) いろいろ、ご心配おかけいたしました ま…
蒼鰻@ Re:友達失ってないよ(笑)(04/19) Rちゃんさん >ずっと、ずっと良い仲間で…
Rちゃん@ 友達失ってないよ(笑) 冒頭から驚いちゃいました ずっと、ずっと…

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蒼鰻

2008年08月19日
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カテゴリ:史跡

前日の夜からから雨が降り続いている。
只見の山々には霧がかかり、深山幽谷が独特の風景を醸し出している。

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墓前祭の前に八十里越えの山道へ立ち寄った。
入口に立ってみるが、ほとんど人が来ている気配は無く、鬱蒼と草木が茂り、さまざまの虫が飛び交っている。

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「この道を越えて!」という気分には到底なれない。
入口の横に八十里越えの舗装道路を建設しつつあるようだが、完成が何時になるのか、言明する人はいないらしい。

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1年の内の半分が雪で鎖される環境では、難所と言われる八十里越えの道路の建設が遅々として進まないのも解る気がする。

この道を河井継之助はじめ大勢の敗残兵や家族が越えて来たかと思うと、同情と憐憫、そして悲しみすら湧いてくる。

この時には既に雨は止み、雲の切れ間に青空が覗いている。

午前10時墓前祭の開始である。
稲川先生や作家の星 亮一先生も来られ、大勢の人々が集り、河井継之助を弔う。
只見の方々は礼装されていて、如何にこの墓前祭を真摯に大切に思っていらっしゃるのが解り、頭の下がる思いである。

只見町長はじめ各代表の方の挨拶、焼香が済み、我々も墓前で手を合わす。

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身を棺槨の中に投じ、地下千尺の底に埋了したる140年後の河井継之助の心は如何ばかりか。


その後、長岡市剣豪会の方たちによる、剣舞が披露された。
長岡からバスを仕立てられ、墓前祭には毎年来られると言う。
河井継之助を通して長岡と只見の交流の深さがうかがえる。

kenbu

墓前祭も無事終了し、我々はリニューアルオープンした只見の河井継之助記念館へと。

4・5年前に一度来たときは5月のゴールデンウィークの時だった。
六十里越えの道路がやっと雪解けで開通したばかりの時で、記念館の周囲にも残雪が所々にあったのを思い出す。
やはり只見の記念館は河井継之助終焉の地でもあるので、非常に感慨深い。
終焉の間や河井継之助が使用した毛布などを観ると胸が熱くなる。

今回、記念館の展示品の配置も替わっており、今回は司馬遼太郎の「峠」にスポットを当てたコーナーが出来ていた。

今回のリーニューアルは稲川先生が大きく貢献されているので、参加者の方が稲川先生に解説をお願いしたのを先生は遠慮していたのだが、強く要請され、仕方無く、渋々と言う感じでの解説が始まった。
最初の内、小声で簡単にお話されていたが、段々、解説に熱が籠りだし、いつものように(?)延々と際限無く河井継之助を語るのであった。

稲川先生の解説に熱がこもる一方、直会(河井継之助を語る会)の開始時間が過ぎていたので、我々は早々に会場へ移動した。

会場では地元の方々の手作りの郷土料理やアルコール類がふんだんに振る舞われ、時間と共に会場のボルテージは大いに上がってくるのである。
地元で採れた山菜や料理は格別で、ここでも只見の人々が如何に河井継之助を大事に思っているのかを痛感させられるのだ。

只見にとって河井継之助は単に敗残の将帥であり、敗残兵やその家族たちに何の義理も恩義も無いのである。
その厄介者であろう人々にありったけの食料を供出し、只見の数少ない家屋に人口の5倍ほど人数を収容し、敗戦の苦労、峠越え疲れを癒す場を与えてくれたのである。
その後、この土地の代官は敗残兵を収容したことに責任を取り、切腹して果てたという。

この行為、感情は何なのだろう?
実際、只見へ来て墓前祭に参加し、直会で席と共にする地元の方々が来訪者である私たちに愛想良くしてくれる訳でもなく、笑顔で接してくれる訳でもない。
どちらかと言えば、無骨で頑固そうな表情で、ややもすると警戒しているかのような印象を受けたりもする。
しかし、本質では心のこもった料理を振る舞ってくれ、只見に来た事に感謝の気持ちを込めているようである。

人間の本性と言うのか、真実というのは、こういうことかも知れない。
口でお上手を言うばかりが親切ではない。心を込めるのが優しさなのだと。

140年経った今も河井継之助の墓前を弔い、大切に墓を守り続ける。そう簡単な事ではない。

記念館に展示されている司馬遼太郎の書に
「山水相應蒼龍窟」
やはり河井継之助はいつまでもこの只見の地に居ることがふさわしいのかも知れない。






Last updated  2008年08月19日 13時36分50秒
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