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沖の千鳥の陸あそび

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全8件 (8件中 1-8件目)

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読書

2011年02月03日
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カテゴリ:読書
「風と雲の武士 河井継之助の士魂商才」稲川 明雄 著
昨年の12月に発売されているので新刊とは言わないのかもしれないが稲川先生の最新著書である。
 先生の河井継之助を書かれた本はほとんど持っているつもりで、新刊が出るとためらいなく購入してきた。
 今回も年明けに手に入れて2週間程で読み終えた。
稲川先生は継之助の出生地 長岡に根付いて地道に著作活動や河井継之助記念館館長をされていて、郷土が誇る英雄の深層を追及されている。
 「風と雲の武士」には新たに発見された資料をもとに、今まで知られざる継之助の行動が披露されていて新鮮な感動を覚える内容であった。
 河井継之助の本として有名なのは司馬遼太郎の「峠」になるだろう。
「峠」は何度も読み直しているが、その度に感銘深く読み進めて、司馬さんらしい読者を惹きつける小説に仕上がっていて素晴しい。
 稲川先生の著書は克明に調査された努力の結果が表れていて、先生の人柄とともに強く惹きつけられる。
 小説家ではない稲川先生は淡々と事実の積み重ねの上に組み立てておられるので、本としての面白味に欠けるところはあるけれども継之助ファンにとってはそれが魅力だと思う。
 今回の作品では多くの資料を基に継之助の心理を想像して、彼の行動の原理を探っているようなところが多く見受けられ、これまでの稲川作品とは一味違った内容になっていたと思う。
 稲川先生には数回お会いしたことがある。素朴で飾らない人柄は1度会っただけでファンになってしまった。
 その先生に今月 司馬遼太郎の菜の花忌で会うことが出来る。
親しくお話が出来るかどうか分からないが、只々先生に会えるのが今から楽しみである。






Last updated  2011年02月03日 11時02分41秒
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2008年10月06日
カテゴリ:読書
以前から欲しかった本の一つに「京都守護職始末」2巻 山川 浩著がある。
平凡社 東洋文庫からハードカバー函入りで出ていたのだが、今は販売していない。

simatu


ネットで検索しるとヒットするのだが、品切れだったり、値段が高かったり、で購入を逡巡していた。
先日ネットに2巻6500円で出ているのを見付け、購入に踏み切った。

注文から3日後に商品が届いた。
包みを開けると函が多少擦れて黒ずんでいて、背表紙が色褪せてはいたが、本自体は恐らく未読であろう、
しおりひもの型がそのまま残って、位置がずれていなかった。
昭和43年度版で販売価格は450円になっていた。
450円が2冊で900円。それが40年後には6500円+送料380円
しかし、欲しかったものなので、大いに満足であった。

早速読み進む。
印刷の文字は小さいものの口語訳してあるので読みやすく、理解しやすい。
それに史料的価値も高いと思う。

ところがどうにも様子がおかしい。

この本は脚注の解説を各章の末尾に載せてあるのだが、ある章にくるといくら探しても解説が見当たらない。
何度も何度も後先へページをめくるのだが無い。

よくよく見てみるとページが飛んでいる。
66ページから163ページに飛び、178ぺージの次は83ページになり、その後は最後まで続いている。

66
83

要するに67ページから82ページが欠落し、163ページから178ページがダブって間に入って綴じられているのだ。

どうしたものか・・・
とりあえず購入元へ電話すると、
「申し訳ありません、交換出来る本は有りませんので、送料着払いで返品してください」と言う。
どうしても欲しかった本なので今更手放したくは無い。

「他に方法はありませんか?」
「今はオンデマンドでダウンロードも出来ますよ」

う~~~ん!
私は蔵書を本棚に並べて、それを眺めるのが楽しみでもあるので、ダウンロードなんか イヤダァ~!!!

「あのぉぉぉ~ このままで結構ですので、割引とかして頂けないものでしょうか?!?!?!」
「お幾らぐらい引けばいいでしょうか?」
「お任せします」
「じゃぁ 2000円引かせて頂くということでは・・・」
「結構です。それでお願いします」

よいうことで話はまとまった。

その後、この本が有る図書館を検索してみると大阪府立図書館にあった。
欠落した部分はそこの本をコピーさせてもらうことにしよう。

まぁ、乗りかけた舟というか・・・・・
読みたいと思う本はそこまでしてでも手を尽くしてしまうのだ。






Last updated  2008年10月06日 13時32分08秒
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2008年09月04日
カテゴリ:読書
河井継之助がこの世を去って140年になる。

10年以上河井継之助ファンを続けて来てはいるが、新潟から遠く離れた関西在住と言うこともあり、頻繁に河井継之助に関連する史跡めぐりや行事に参加することもままならず、時に疎外感を感じることもある。

それでも今年は何とか長岡・只見へ行く事が出来た。

計画が進むにおいて、再度 河井継之助トレーニングを始めた。
出発の3・4ヶ月前から、既読の書物を再読することにした。
司馬遼太郎の「峠」「英雄児」稲川明雄「河井継之助 立身は孝の終りと申し候」安藤英男「河井継之助のすべて」
また関連本として奥羽越列藩同盟や会津戦争の本も再読した。

いよいよ決行、長岡へ。
以前、2度行った時にはまだ無かった記念館が出来ていて、そこの館長を稲川明雄先生が勤めておられる。
稲川先生のことは知り合った河井継之助ファンの方々から色々と話を聞いていたので、お会い出来るのが楽しみだった。
実際に会った時、あれほど嬉しいことはなかった。
お話を聞かせてもらうことも出来たし、サインも頂き、とても心地良い空気は発しておられる期待どおりの人柄で一層喜びが増した。

翌日、只見の墓前祭にも先生は来られ、同じ時間を持てることに幸福感を感じるのだった。

帰宅後も長岡で購入した。稲川先生の新刊「河井継之助」と「長岡城奪還」中島欣也「愛憎河井継之助」を読了、以前から持っていたが未読だった安藤英男「塵壺」も読了した。

この半年、河井継之助漬けになって、歴史認識も変わったし、継之助に対する考えも変化してきたように思う。
また、現地を訪ねることで、新しい発見と前回とは違う感慨もあった。

中でも只見では地元の方とふれあうことで、土地の風土が醸す人情や人間性が、人になす行いに、人の心の動きが読み取れたような気になり、歴史の中にキラメキを残し、その光が今の自分の目を見開かせたような感覚にもなるのだった。


塵壷には、河井継之助の人間味あふれた心情や想いが滲み出ていて、ほのぼのとした想いにさせられる。
河井継之助を取り巻く人々が接する情景を推し量ると、いろんな書物で描かれる河井像とは少し異なる表情もうかがえる。

悠久山の三島中州が撰した河井継之助の碑文の「君、怒りて、まなじりを決すれば、人よく仰ぎ視るなし・・・」などを読むといかに河井継之助が厳つい強面で、容易に人を受け入れないひとのように思わせるが、家族に宛てた手紙や妹の安子を心配する様子や「ますや」のお嬢との遣り取りは優しさに溢れている。

河井継之助が決し、踏み切った長岡戦争。
勝利と敗北、また勝利。そして負傷の上の敗走。

長岡における大きな被害と犠牲、そして怨嗟の声。
只見で迎える終焉までの村の人々の河井継之助に対するいたわり。

河井継之助を通して幕末・戊辰戦争をいろいろと考え合わせると、いつまでも、未だに薩長史観が拭われていないのに憤りを感じる。
取り立てて片側の薩長を批判しても仕方ないのかもも知れないが、河井継之助に埋め込まれた思想で歴史を観ると薩長に私利を感じざるを得ない。

歴史を究明するには出来るだけ前後のスパンを広げ、達観することで、その評価をすべきかも知れない。
しかし、一人の人物を通して歴史を観る事が、歴史の真相に近づけるのではないかとも思えてくるのだ。
この半年、河井継之助に首まで浸かる気持ちになって、歴史の妙に気付きが訪れるような想いになった。







Last updated  2008年09月04日 23時26分17秒
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2006年08月29日
カテゴリ:読書
晩春・初夏あたりは全く読書が出来ずにいたのが、近頃ぼつぼつ読むゆとりができた。
とは言うものの職場・自宅などに置いた本を思うままに読んでいるので1冊の本を中々読了出来ない。
先日の休日は先に四国旅行で買い込んだ中岡慎太郎・空海の本に目を通した。
実のところ中岡慎太郎を主人公とした本は今まで読んだことが無かった。
過去に読んだ本の中で慎太郎は常に助演であったのだが、今回始めて主演の慎太郎に触れ合うことが出来た。

職場に置いている本は司馬遼太郎の「空海の風景」で今年の春ごろから読んでいるのが未だに読了出来ないでいるが、近頃多少進捗度合いが早まった。
空海についてはもっと追求して行きたい。

自宅で今読んでいるのが大佛次郎の「天皇の世紀」
昨年の10月から1ヶ月毎に1冊の頒布が今月で最終の10巻が来て完了である。
先頃ようやく第1巻目を8ヶ月かけて読了した。
この長編をなぜ購入しようとしたのかというと幕末ものというのもあるが、最終巻に河井継之助が登場するからである。
待ちに待った最終巻である。2巻目以降を飛ばして、今、最終巻を読んでいる。
最終巻の半分以上が全編の資料になっているので、最終巻・最終章は150ページほどである。
「金城自壊」最終章のタイトルである。
当初、150ページしかない事に落胆したのだが、読み進むにつれ内容が濃密なのと偏りが無く、的確な状況判断と人物判断をしていて、司馬遼太郎の「峠」とは違う面白さがある。
まだ、半分も読んでいないので感想は後にするが、中岡慎太郎と河井継之助に共通するものを感じたので、このことを取り上げたのだ。
両人ともに深謀遠慮の上での決断の人であり、延命すればより多くの事を成す人に違い無いだろう。
惜しむらく、両人とも在世期間が短すぎる。日本国家の損失と言える。

空海・中岡慎太郎・河井継之助 「人物」とはこういう人を言うのだろう。






Last updated  2006年08月29日 12時01分17秒
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2006年02月24日
カテゴリ:読書
「大江戸曲者列伝 幕末の巻」野口武彦著 新潮新書が発売されている。
幕末もので、尚且つタイトルが気に入った。著者もお気に入りであるので迷わず購入した。

目次を開いて憮然としてしまった。河井継之助の名がある。
項目が「米百俵の原因」とある。
内容を何度も読み返したが、通り一遍の紹介と一般的な二通りの評価。

「長岡の民衆を戦火に晒した家老 河井継之助」とよく紹介されるが、私はそうでは無いと思っている。

下記に本の一部を引用させて頂く。

継之助がめざした中立政策の歴史的評価は、今日に至ってもいまだ定めがたい。一藩の将来を左右する運命の岐路にあって、あの場合に下した河井継之助の選択は正しかったと支持する説もあるし、反対に、「あの明敏な河井がなぜ勝ち目のない戦を始めたのか」ときびしく論難する意見もある。支援米を教育費にまわした小林虎三郎も、抗戦は失敗だったとして継之助に批判的であった。後世の歴史家は河井継之助を悲劇のヒーローにしすぎているという声もなくはない。
現代日本には、どこか幕末小藩の悲哀に通じるところがある。
どうやったら自国が戦争に巻きこまれる事態が回避できるか。大国の出兵要求を拒絶して「独立独行」を通す立場の困難さは、長岡藩の先例がよく物語っている。だからといって大国の言いなりになるのが正しかったとも一言い切れない。二者択一を迫られた河井継之助の苦境は身につまされる。

と、著者の河井継之助に対する評価・コメントは見当たらない。

野口武彦さんの本は何冊か読んだことがあって、史料を丹念に整理して淡々とした語り口でドキュメンタリーのような作風が好ましいと思っていた。
しかし、この本の「曲者」の中に河井継之助が入っているのが全く気に入らない。
身につまされるような苦境が理解できるならば、その人物を曲者扱いは止して欲しい。

この本の中には いかにも曲者と 曲者はひどい と思われる人物が入り混じっているので、あまりこだわり過ぎるのもいけないかも知れないが・・・

その人の動機や品性の疑わしい者と その人の思いとその結果が必ずしも成功しなかった者とは同列にして欲しくないし、歴史作家ならば百年以上が過ぎている過去の評価はすべきであると思う。
そうでなければわざわざそんなレポートのようなものは出版する必要も無い。

ちょっと 手厳しいかな? 失礼しやした!






Last updated  2006年02月24日 13時04分47秒
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2006年02月06日
カテゴリ:読書
大和ミュージアムを訪問した後、ネットの友人の掲示板に書き込んだ時にその友人が返信してくれた書き込みです。
以下へ借用させて頂きます。

         ***************

「大和」は、世界最大の戦艦にもかかわらず、太平洋戦争ではほとんど戦果はありません。なぜでしょうか?

1.用法の違い
米国・・・日本の航空母艦から発進した飛行機にハワイを奇襲された米国は、戦艦の時代は過ぎたと認識し、戦艦を主力艦艇から補助艦艇に変更しました。日本海軍の撃滅は航空母艦にまかせ、戦艦は主に後方作戦、具体適には、航空母艦を守ったり(弾幕で航空機を防ぐ)、日本軍が潜む島への砲撃に使用しました。

日本・・・日本では、戦艦は戦争の主力艦艇という位置付けを変えることがありませんでした。そのため、米国海軍を撃滅するために使用することにこだわったため、出撃する機会がありませんでした。時代は航空機の戦いになっており、主力艦艇は航空母艦でした。連合艦隊指令長官山本五十六は、このことに気づいて航空母艦による艦隊決戦主義者でしたが、当時の海軍首脳はまだそこまで考えを変えられませんでした。
       
2.燃料の制約による行動範囲の制限
米国・・・米国は自国で石油が取れたため燃料の制約はなく、自由に行動できました。そのため、作戦の制約がありません。また、敵に遭遇しなくても問題ありませんでした。

日本・・・石油は、海外(戦争中はフィリピン・ボルネオ島)から調達していたので絶えず燃料不足に悩まされました。戦艦はその巨大さから膨大な重油を使用します。そのため、作戦行動にかなり制約を受けました。出撃して、敵と遭遇しなかったときには、戦果なしで、燃料不足で次回出撃が致命的にできなくなります。そのため、日本海軍は、出撃が慎重になりました。米国は、日本海軍のアキレス健を利用して、軍艦を沈めることより、無防備なタンカーを集中的に撃沈しました。燃料のない軍艦は無用の長物です。

戦争というのは、決して兵器の優劣だけで、雌雄を決するのでなく、国力、資源、組織、思想によって決するようになっていました。

          ***************

最後の一節は納得させられる。

日露戦争の勝利は全くのフロックだったのを実力と履き違えた軍部の拡張と暴走の結果が60数年前の敗戦ではないか。
これだけの言葉で括ってしまうのは少々乱暴だが、書き立てるとキリが無いのでご勘弁を・・・

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ という言葉があるが、歴史の評価も年々、または時期・時代で変わることがある。悪が正義になったり、その逆になったり。
戦争は絶対悪だと言っても解釈が歪められれば、正義にもなりうる。過去を遡っても世界中で戦争が無かった瞬間があっただろうか?

人間は学んでも失敗を犯す。

そういう生き物である事を踏まえ、謙虚に慎み深くいるべきであろう。

ホリエンモンは自らの粉飾を認めない姿勢を続けているそうだ。
世の中、無知と廉恥心の無い者が強い。
が、わきまえがあり、慎み深い者が割りを食う社会ではいけない。






Last updated  2006年02月06日 09時32分51秒
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2006年01月26日
カテゴリ:読書
2006年1月19日

『進歩のない者は決して勝たない。
負けて目覚めることが最上の道だ。
日本は進歩ということを軽んじ過ぎた。
私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた。
敗れて目覚める。それ以外にどうして日本は救われるか。
今目覚めずしていつ救われるか。俺たちはその先導になるのだ。
日本の新生にさきがけて散る、まさに本望じゃないか。』

これは戦艦大和乗組の臼淵 磐大尉が大和特攻が知らされ学徒出身組と兵学校出身組の若手士官同士が死ぬ事に対する意見を問うたときに見解の相違で乱闘になった時に仲裁に入って皆を鎮めた時の言葉だ。

戦争の様相は敗戦が色濃くなって、泥沼にはまり込みにっちもさっちも行けなくなり己の運命が己の意思とは別な方向に滑り出してしまい、戸惑うものと諦めるものとの相克の中、死の意味をカタチ付ける言葉ではあるまいか。

潔癖や徳義を忘れ進歩し続けたホリエモンはとうとうつまずいた。ドザエモンにならない事を祈るばかりだ。
日本の新生を叫び、球団・放送局等の企業買収を繰り返し、潔癖や徳義を軽んじ過ぎたのでは無かろうか?
自分の手法に疑問を投げかけられたホリエモンは「アメリカでもどこでもこんなことは当たり前にやってますよ。おとなしくしてたらずるい奴らに先にやられちゃうだけですよ」とのたまっていた。

先日読み終えた「国家の品格」の本の中でホリエンモンと思しき人のことをさかんに非難する記述が多かった。

拝金主義者が蔓延る今の世の中で、それに負けジと金銭至上主義の美名のもと?『さきがけて散る、まさに本望』?と彼に問いたい。
ハッ!と気付いたがこのブログは彼の運営するサイトだった。その場を借りてこのような事を書くのはおこがましくも非常識かも知れないが・・・・・

臼淵 磐大尉のことを書いた「死ニ方用意」は先日から1ページも進んでいない。「男たちの大和」はようやく下巻めで進んだ。
昨年から戦艦大和のことが話題にされるようになり、ミーハーの私はついそれに乗ってしまう性質なのだが、知るにつれて当時の動きや世相を観るに今を生きる現代人の我々も反省すべき事を今一度考えなければならない。






Last updated  2006年01月26日 08時10分44秒
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2006年01月25日
カテゴリ:読書
2006年1月16日

週刊誌の本の紹介欄を読んでいたら「国家の品格」というのが目に留まった。昨年の11月発売ですでに20万部売れているらしい。著者は新田次郎の次男で数学者ということだ。早速買い込み昨日読了した。
感想はと言うと・・・私自身が今までに見たり聞いたり読んだりしたものの羅列でしかなかった。
私は道徳教育に関心があり、儒教 特に陽明学の本を読みかじりした。江戸時代の終期ころに陽明学が注目されるようになり、陽明学を信望した偉人が多く輩出された。それらに関連する本を読むと自然と「国家の品格」の内容に似たことが書かれている。
中でも会津藩の「什の掟」が載っていたあたりで読むのを止めようとしたが、どうにか最後まで読んだ。この「什の掟」は会津へ旅行した折に会津藩校「日新館」で購入し、子供部屋に貼り出してあり、範としている。
この本の中にもさかんに出ていたが 新渡戸 稲造の「武士道」。最近さかんにもてはやされているようだが、私は未読でいる。ことさら惹かれないのである。

日曜日の朝刊にはいつも新刊本の紹介をしているので、欠かさず見ている。特に目を引くものはなかったが広告に大佛次郎の「天皇の世紀」普及版が3巻まで出たのが載っていた。「天皇の世紀」の存在は知ってはいたが、絶版になっていて手に入れることが出来なかったが、この度発売されることになったので購入しようと思っていた。ならば と、大阪の大手書店へ出掛けることにした。我が家から一番便利な大手書店といえば 京阪 天満橋の淳久堂なので家内と一緒に出掛けた。
家内の電化製品の買い物に付き合った後、本屋へ。
この日購入したのは
「天皇の世紀」1・2巻 3巻は売り切れていた。「何じゃ そら!何の為に来たんじゃぁぁ~」
他に「女たちの大和」「死ニ方用意」この二冊は「男たちの大和」関連でつい・・・
それと「武士道」 新渡戸稲造/著 奈良本辰也/訳・解説「何じゃ そらぁぁぁー!」

この日帰って「死ニ方用意」を3分の1程読んだ。感想はいずれ。「男たちの大和」の上巻も読み終えていないというのに節操が無いというか、気が多いというか、要するに集中力が無いのだ。






Last updated  2006年01月25日 18時26分17秒
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