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デッスンの個人日記

デッスンの個人日記

第九章 歩く道

第九節 歩く道
 フィールは武器整備を部下に任せ、カナリアを連れてケントを旅立った。
 向かう先はサイレントケイブ。ディアドから逃れたダークエルフたちの新たな故郷と言える場所だ。
 しかし、場所はケントから近いという訳ではない。
 まず、ギランを経由し、ギランから東に位置する渓谷、竜の渓谷という異名を持つドラゴンバレー。しかし、世界最強モンスターに属する火竜ヴァラカスや水竜パプリオンの四竜が全て集うわけでは無いが、ドラゴンバレーケイブの最下層には地竜アンタラスの棲家がある。どんな兵も一瞬で葬ると言われているが、棲家を荒さなければ危険は無い。
 地表でも竜は出るのだが、四竜に比べれば子供のような強さのドレイクが出る程度。しかも、ドレイクが持つ祝福された防具強化スクロールなど高価なものを狙って冒険者が多く訪れるため、比較的安全な場所と言ってもいいだろう。
 しかし、安全と言っても、他に現れるコカトリスやオーガなどを侮ってると痛い目をみることになる。結局、中級者から上級者向けの狩場と言えよう。
 そんな場所をフィールとカナリアは歩いていた。
 カナリアは途中に転がっている竜の骨に驚きながらもフィールの後を離れぬように着いて行く。
 フィールは崖の傍を進んでいく。こうすれば、警戒する部分は半分に減るからである。
 すると、本能が警戒音を鳴らした。
 進む脚を止め、辺りを警戒する。後ろを着いて来たカナリアが背中にぶつかり何か呻き声を上げるが、無視した。
 崖を背に、辺りを見回す。
 今居る地点は、ドラゴンバレーの南部。
 見た限り、モンスターの気配はまったくしない。念のため、足元も見てみるが、モンスターが隠れているような跡は無い。
 しかし、本能から警戒音を鳴らしている。
 視覚ばかりではなく、耳でもモンスターの気配を探っていると、背後から音がした。
 瞬間的な動きで背後を振り向けば、崖に張り付いていた石が転がっている。
 石か、と思うが、すぐに視線を上に向けた瞬間、崖上から剣を持った骨のアンデットモンスター、スケルトンファイターが襲いかかってきた。突然のモンスターにカナリアは驚き、絶句するが、フィールはいたって冷静だった。いや、むしろ面倒臭そうな表情を浮かべた。
 落下に合わせて剣を振り下ろすスケルトンファイターだが、フィールは一歩下がる程度で軽く避ける。
 脚を折り、着地を決めたファイターは、続く動きで剣を突きに構え、突っ込んでくる。
 この手のモンスターは体重が軽いため、動きが速い。そのため、その速さに慌てていると斬られる事があるが、奴らにも弱点がある。それは、知性が無いと言う事だ。
 どんなに動きが速くても、その動きは単調なため、簡単に読める。ましてや、フィールのような上級者にとっては、赤子同然の相手である。しかし、だからと言って遊んでる暇は無い。
 剣を前に突き出し、突撃してくるスケルトンファイターだが、スケルトンフィールは身体を反転させるだけで避け、すり抜け際に左手で何かをスケルトンファイターから抜き取った。
 するとどうだろう。今まで機敏な動きをしていたスケルトンファイターがいきなり動きを止め、まるで、操り人形の糸が切られたように砕けるように倒れ、フィールの足元でスケルトンファイターは、ただの骸と化した。
 武器を使わずにスケルトンファイターを倒した事にカナリアは驚いた様子だが、フィールは喜ぶことはしなかった。
 いくら戦い不慣れなカナリアでも、相手の強弱ぐらいの区別が付く。
 それをフィールは武器も持たずに、しかも攻撃と言う攻撃は一切見せずにスケルトンファイターを倒したのだ。とてもすごい事のはずなのに、フィールは喜びもせずに、左手を見ていた。
「この青いのは、何?」
 スケルトンファイターと戦う前はこんな物を持っていた記憶が無いため、おそらくドロップだろうとおもうが、これが何なのか検討もつかなかった。
 しかし、フィールは簡単に答えた。
「あいつらのコアさ」
「……コア?」
「俺たちで言う心臓みたいなものさ。これを生め込むことによってマナが形作り、モンスターになるんだよ」
 フィールが何を言ってるのか大部分は理解できなかったらしく、微妙な表情を浮かべている。フィールは水色のコアを握り砕いた。
 砕かれた石は、水色の輝きから黒に変わった。
 勿体無い、と言おうとしたがこれを置いとけばモンスターになるかもしれない。そう思うと砕くしかなかったかもしれない。
 その時、フィールは岩陰からスケルトンアーチャーが弓を構えているのが目に映った。
 狙っているのが、自分なのかカナリアなのか、二人の距離が近過ぎるため区別が付かないが、弓の弦を張り詰めていることから、そんな判断をしている暇が無かった。
 フィールは右足を振り被り、足元に転がっているスケルトンファイターの頭蓋骨を蹴り飛ばした。
 頭蓋骨は放物線は描くことなく、一直線に飛んで行く。そして、スケルトンアーチャーの頭蓋骨と衝突し、両方の頭蓋骨が弾け飛び、反動で矢は有らぬ方向へ飛んで行った。
 頭部を失ったスケルトンアーチャーは、おろおろと何処かへ行ってしまった。恐らく頭部を探しに行ったのだと思うが、頭部から視覚を得ているのだろうか、少々疑問に思った。
「さ、先を急ごうか」
 そういって、フィールはどんどん先へ行ってしまった。



 ドラゴンバレーの北部には、ドラゴンバレーケイブとは異なる洞窟がひっそりと口を開けている。中に入ればすぐに太陽の光は途絶え、暗き闇に覆われる。
 フィールは照明魔法ライトを使い、足元を照らし進んでゆく。
 普通の洞窟かと思っていたが、辺りの岩は黒に近い色なっており、足元には木の根のように見えるが、何か違う根が所狭しと複雑に絡み合っている。
 始めてくる場所であるはずなのに、どこか懐かしい雰囲気がする。
 ……もしかして、ここって。
 カナリアの考えに気づいたのか、フィールが口を開く。
「気づいたか。カナリアが思っている通り、ここは俺たちの故郷ラスタバドに似せてあるんだ」
 カナリアが見回せば、灰色の光りを放つ鉱石に、灰色の木々。どれもがラスタバドにいた頃の物に酷似していた。
 しかし、ここには肝心な物が欠けている。それは、
「……オームたちは居ないのね」
 ディアドで共に暮らしていたオームたちが誰一人としていないのだ。
「仕方の無いことだよ。ここをどんなに似せて作ったとしても、あいつ等はこっちで住むことは出来ないからな」
「……そう」
 寂しそうに肩を落すカナリアに、フィールは困った顔を見せるが、すぐにカナリアの手を引き、歩き出す。
 暗い洞窟を歩いて行くと、一本の長い橋に辿り着いた。
 フィールに手を引かれながら橋の下を覗いて見るが、暗くて良く解らない。
 ……相当深いんだろうな。
 そんな感想を抱き、視線を下から前へ向けると、橋の向こう側に人影を見つけた。
 ほぼ同時というタイミングで向こうもこちらの姿に気付いた。
「――ッ!?」
 一瞬だけだが、悪寒がカナリアの背中を走った。
 今の感じは何? っと思うよりも先に、
「大丈夫だカナリア」
 少し前を歩くフィールの声が聞こえた。
 何が大丈夫なのか? 思うことは疑問ばかりで、改めて前を見た。
 人が五人ほど並んで歩けるぐらいの広い橋の向こうで、黒装束に身を包んだ人がこちらを見ている。剣を鞘から抜いて。
 そのことで先ほどの悪寒が、彼らの殺気なのだと分かった。
 それに気付いた時、先ほどの悪寒とは比べられないほどのものがカナリアに襲い掛かった。
 距離にしてまだ五〇メートルも離れているはずなのに、間の空気を切り裂くかのように、彼らの殺気がこちらを射抜いている。
 近づくたびに息が詰まりそうだ。
 それなのにフィールは平然とした表情のまま、いつも通りの歩調で進んでゆく。
 そして、距離が二〇メートルを切った。その時、
「……、あれ?」
 不意に痛いほどの殺気が止まった。
 何故? っと思い前を見ると彼らの剣は鞘に納まっており、そして、
「フィールお兄ちゃん!」
 子供っぽい声が聞こえた。
 カナリアはそこで改めて彼らを見た。
 先ほどは遠くてよく分からなかったが、近づいた今ならはっきりと分かる。
 彼らはまだカナリアよりも頭半分ほど背の低い男の子なのだ。
 ……この子があの殺気を――?
 信じられなかった。
 この子らと同じぐらい幼かったときのカナリアは、ようやく一人で家事を行えるようになった年頃だ。
 ちなみに、彼女に親は居ない。むしろ、ダークエルフの親を持つ子供のほうが稀なのだ。
「先ほどの殺気はなかなかだったな。見直したぞ」
「へへへ フィールお兄ちゃんが出て行った後、他にもたくさんのお兄ちゃんたちが村を出て行ったんだよ。ボクも大きくなったら旅をしてみたいけど、みんな出て行っちゃったら村を守れる人が居なくなっちゃうもん」
 村を守ることを自慢するのではなく、自分の役目だというような口調だ。
 そのことにフィールは微笑し、
「なかなか言うようになったな」
 男の子の髪を軽く撫でると、男の子は、子供じゃないんだからやめろよ、と言ってフィールの手を払い除ける。
 その行動はどう見ても照れ隠しなのだと分かってしまう。
 それよりも、と男の子は前置きを言い、
「外のお話聞かせてよ」
「悪いな。今は先にブルディカに会わないといけない。何処に居るか分かるか?」
「長老ならいつもの場所だよ」
 少し不貞腐れたように言いながら男の子が指差す方向には、少し遠くのほうに横穴がある。
 またあんな穴倉に潜りやがって、とかフィールはぶつぶつ言いながら進もうとすると、
「話が終わったら、聞かせてよ」
 男の子がフィールに並んでついてくる。
「……他の奴は戻ってこないのか?」
「さっきデスゲートが来たけど、あの人の話は自慢話ばっかりだから詰まんない」
 少々不貞腐れたようにブーブー言っている。
 そんな男の子に、フィールは笑っていると、
「あれ? もしかして……カナリアお姉ちゃん?」
 男の子がこちらを向いてようやく気が付いた。
 疑問に頷きで返すと、
「うわぁ。お姉ちゃん久しぶり! ねね、ボクのこと覚えてる?」
 誰だったかな? っと、記憶を辿ってみる。
「えっと……、マグヌスくん、かな?」
 思い出したのはディアドでの最後の日。
 フィールと別れる前に抱きかかえていた男の子だ。
「覚えててくれてありがと」
「それじゃー、ボク戻るね。いい? 絶対にお話聞かせてね」
 そう言って、男の子は来た道を元気よく走って戻っていた。
 余談になるが、マグヌスの身長はほぼカナリアと同じぐらいで、見た目も少年と言うよりも青年と言ったほうがしっくりとくるだろう。しかし、いくら見た目が青年であっても、マグヌスのしゃべり方にはまだ幼さが残り、成人にはまだほど遠いのだ。



 昼下がりの午後は静かな物だった。
 外はポカポカと暖かく、草原の木陰で木の根を枕にして眠りたいほどだ。
 しかし、ディルは日の光の下には居らず、周りを本棚で囲まれた書斎にいた。
 羽ペンを用いて、紙の上を走らせる内容は、これからの資金の計算だ。
 それが終われば次に待っている物は、机の隅に山のように積まれている書類たちに眼を通さなければならない。
 ……王族の生活も大変な物だな。
 愚痴を言っていても仕事が減るわけでもなく、ディルは仕方なくペンを走らせた。
 外は静かだな、などと考えていると、慌しい足音が二人分、廊下から響き始めた。
 その足音は次第に大きくなり、迷うことなく書斎の前で止まると同時に扉が開く音と共に開いた。
 しかし、ただ単に開く音ではなく、まるで何かが爆発したかのような轟音を生み出した。
 どんな開け方をしたらそんな音が出るのだろうか。
 頭の中では様々な扉の開けるシーンを思い浮かべながら顔を上げると、
「やあ、ユウとフローラ。そんなに慌ててどうかしたのか?」
 両開きの大きく開け放たれた扉には、右にはこの城の姫君のユウと、左にはギラン城姫君のフローラが立っていた。
「兄様! どういうことですの!?」
「ディル! 説明してください!?」
 前から打合せでもしていたかのように、二人同時に疑問の言葉を述べた。
 たった二人であそこまで足音をたてながら走ってきたにもかかわらず、息を切らさずに大股で六歩、ディルの机の前まで進むと、やはり二人同時に机を叩いた。
「どうかしたのではありません兄様!」
「地上に残って欲しいとはどういう意味ですか!」
 再度二人同時に机をバシバシ叩き、机の隅に積まれていた書類が床に雪崩れた。
 あとで集めるのが大変だな、と考えながら、
「先ほど送った便箋の通りだ。ユウもフローラも地上に残り後の事を頼む」
「だーかーらー、何故ですの!? 私も共に戦いたいです! それに大勢のほうが心強いでしょ!?」
 ああ、とディルは頷き、
「確かに、人数は多いほうが安心できる」
 だが、っと一旦区切り、
「逆に多すぎると食料や装備など金が掛かりすぎる」
「それぐらいはこちらで何とか致します!」
「それに、地上だってまだ安心とは言い切れまい」
 ディルの真っ直ぐな視線がフローラに向かうと、彼女は言いかけた言葉を止め、口をパクパクさせ押し黙った。
「まだどこかにラスタバドの残党が残っているかもしれない。ケンラウヘルが攻めてくるかもしれない。下手したら、地上のほうがよっぽど危険なのかもしれない」
 言いながら、手にしていた羽ペンを置き、視線を真っ直ぐにフローラへ向け、
「ラスタバドの方は任せてくれ。必ず、皆無事に生き残るように死力を尽くす。その為に、一つでも多くの不安要素を無くして置きたいのだ」
「分かりました」
「ですが、必ず帰ってきてくださいね」
「ああ、約束しよう」
 頷き、首を傾げながら右を見た。
「して、ユウはなぜここに居る?」
「帰ってくることをフローラさんと約束するのは構いませんが、……何なのですかあの女性は!」
 女性? っとフローラも首を傾げた。
「彼女はエアリアという名だよユウ。私の補佐をしてもらうつもりだが、それが何か?」
 問いと共に、開け放たれたままの扉からノックの音が響いた。
 視線をユウから扉の方へと向ければ、そこにはエアリアが立っていた。
「ディルさん。今晩お話したい事がありますが、よろしいですか?」
「ああ、構わないとも」
「では、今晩九時頃にお部屋へ行きますね」
 嬉しさ満点という笑顔で去って行ったエアリアから、再びフローラへ視線を向けた。
 彼女は俯き、震えていた。
 どうかしたのかね、と声を掛けようとした時、顔を上げたフローラの目には涙を浮べながら、
「この女たらしが―――ッ!!」
 フローラの叫びと共に机を豪快にひっくり返された。


 フィールが入った部屋は小さな広場になっていた。
 所々に松明が置かれ、部屋に明かりを灯している。
 その部屋の中央には大きな机が一つと椅子がいくつか置かれており、そこに一人の男が座っている。
 机の上には山のような本が積まれており、男が持つ羽ペンが見え隠れする。
 その姿を確認したうえで、フィールは特に気配を断つことも無く机の前まで進むが、男は顔を上げる様子が無い。
「お久しぶりですブルディカ」
 その声でようやく気が付いたのか、男ブルディカが驚いたように顔を上げ、
「おお、フィールか。久しいな」
 羽ペンを置き、立ち上がった。
 ブルディカ。沈黙の洞窟に住むダークエルフの指導者であり、長老と呼ぶ者も多いが、彼の見た目はまだ三〇代ぐらいにしか見えないため、『老』という言葉はどうも似つかない。
「お前がここを訪れるとは珍しいな」
「ええ、十数年ぶりだと思います。ちなみにここを訪れるのは初めてです」
「もうそんなに経つのか……、どうもここに居ると時間というものが分からなくなるからいけ好かない」
「元々、我々には時間と言う流れはあまり重視されてはいませんよ」
「ははは、それもそうだな」
 ブルディカがフィールから視線を外し、隣に立つ女性を見ると表情を固め、
「なぁフィールよ。そちらに居るのはもしかして……」
「はい。カナリアです」
「おお、生きていてくれたか」
「お久しぶりです、ブルディカさん」
「ここにカナリアが居ると言うことは、他の者はどうした? あと三人ディアドに残っている筈だが……?」
 期待を抱くブルディカに対して、カナリアは首を縦には振らなかった。
「お亡くなられました……、一人はあの戦いで重症を負い、他の二人も……」
「……そうか」
 力なく肩を落とすブルディカを見たフィールは、
 ……過去の残滓はすっかり消えうせてしまったな。
 ブルディカは元々の優秀な戦士であった。
 しかし、とある事をきっかけに闘いから身を遠ざけるようになり、結果、同志を集いラスタバドを去ったのだ。
「とりあえず、これまでの経緯を話してくれないか?」
 椅子を勧められるので、腰掛てからフィールは頷いた。
 フィールは半時の間でこれまでの経緯を早々と話した。
 一通り話を聞き終わったブルディカは、立ち上がり遠くを見るような視線で何かを考え、
「そうか……、とうとうディアドへ攻め込む事になるのか」
 腕を組み、少し考えた後、ブルディカは立ち上がり、
「丁度良い、フィールとカナリアよ。これから集会がある。良ければ参加してくれないだろうか?」
「……彼らを、説得するつもりですか?」
「ああ、先ほど三人のヒューマンがここを訪れてね。力を貸してくれと言われた。すぐには返事を出せない、とは答えたが、――やれるだけの事はするつもりだよ」



 ブルディカに連れられて訪れた場所は、小さな部屋であった。
 照明魔法ライトによって明るく照らされている部屋は、中央部分は窪み、周りには岩が階段状になっている。
 その階段状の岩の上にはローブに包まれたダークエルフたちの姿がある。
 東側に六名、西側に三名、南側に八名、北側に五名、そして中央に三名。
 全部で二〇名は超える人数。
 ブルディカは部屋の中央まで降りて行き、フィールとカナリアは部屋の隅で見守ることにした。
 皆の見る眼は、まるで見下すような冷たい視線だ。
 それでもブルディカは臆する様子も無く、部屋の中央まで進んでゆく。
 集会の主役とも言うべきブルディカが訪れたため、会合は速やかに行われ、最初に口を開いた者はブルディカの右手、北側の階段状の中腹辺りの岩の上に立つローブの男。
「長老ブルディカ。貴方の言いたい事は分かっている」
 続く言葉を、ブルディカの後ろの一番上に居る男が言う。
「しかし、だ」
 次は正面の一段上に居る男。
「貴方は分かっているのか?」
 まるで、この場に居る全員がブルディカと敵対するかのように、声は様々なところから投げかけてくる。
 そして、ブルディカの正面にいる三人の男の中の真ん中に立つ男が言った。
「我々は追放されはしたが、彼らもかつては我々の兄弟だったのだぞ」
 ああ、とブルディカは頷き、
「彼らは我等の兄弟であることは否定は出来まい」
「では、長老ブルディカよ。貴方は我々に仲間殺しの罪を着ろと申すのか?」
 ブルディカの言葉が言い終らない内に、次は右側の男が言葉を放っていた。
 その疑念には首を横に振り、
「それは違う」
「では、何故だ!」
 左手側の男が叫ぶと、真ん中に立つ男がそれを制するような動きを見せ、
「我々は、この無意味な殺戮と血塗られた歴史に終止符を打つ為に集まったのではないのか!?」
 辺り沈黙が降り、ブルディカの答えを待つ。
 しかし、ブルディカは答えを出さずに、
「では、逆に問おう」
 ブルディカは目の前の男たちだけではなく、部屋にいる全員を見渡し、
「『この無意味な殺戮』とは誰の事だ? 『血塗られた歴史』とは誰の歴史なのだ?」
「無論、我々の事だ!」
 左手側の男が叫ぶように言えば、辺りからも賛同する声が挙がる。
 その声に、ブルディカも頷き、
「そうだ。我々の事だ」
 ブルディカも賛同の声を挙げるが、しかし、と叫びを入れ、
「世界には我等の他にどれだけの生きる者がいる! 何故、我らと彼らを分けねばならぬ! ――見た目か? 能力か? 種族か? ――いいや違う! そんな物は関係ない! なぜなら、生きる者は皆同じであるのだから!!」
 ブルディカはゆっくりとした動きで、右手を出し、掌を上に向け、
「もし、この世界がグランカインの手に堕ちれば、世界に未来はない」
 首を動かし、周りを見る。
 誰もが口を閉ざし、ブルディカの語りに耳を傾けている。
「これは人間やエルフ達だけの話ではない」
 動かしていた首で正面を向き、掌を拳に変えながら、最後の言葉を口にする。
「我々が生き残るための……、聖戦なのだ」



 ブルディカの部屋を出た二人は広場に足を向けていた。
 フィールにとっては久しぶりに訪れる場所であるが、カナリアにとっては始めてここを訪れる。
 しかし、始めてといってもディアドに居た頃とあまり代わり栄えがしない。変わっている点があるとすれば、オームたちが居ない程度である。
「ブルディカさん大丈夫かな?」
 半歩後ろを歩くカナリアが不安げに告げる。
「会議のことか? 確かに、皆を説得するのは難しいと思うが、少しでも仲間を集めなければ我々に生き残る道は無いだろうな」
 半歩先を歩くフィールは振り向きもせずに答える。
 考える事は後の事である。
 先の戦いにで己にスタミナが足りない事を知り、
 ……傲慢の塔で修行した方が良いだろう。
 と、考えながら広場に近づくと、
「おーい、フィール」
 突然名を呼ばれた先には、広場の中心に一人のドワーフが手を振っている。
 誰だ? と思い、近づいて見ると、
「クプか、どうした?」
 クプ。サイレントケイブに住む、ダークエルフとは異なる種族、ドワーフである。
「なんだっておめぇ、ディアドへ行くらしいな?」
「……もう噂は広まったのか」
「ダークエルフの耳は無駄に長くないらしいな」
「クプはドワーフだろ」
 確かに、目の前に居るクプは耳も長くないし、身長だって彼らより半分も満たない。
「がはははは、そんなこまけぇことは気にするな。それで、すぐに立つのか?」
 細かいことなのだろうか、少々疑問を残す所であるが、そんな事をいちいち気にしていたら話が進まない。
「いや、まだ準備それなりに時間が必要だからな。速くても十日は必要だろうな」
「それなら少し時間があるな」
 少し不適な笑みを見せたクプに、何か裏がありそうだな、と思いながら問い返してみると、クプはまるで餌を食いついた漁師のような笑みを浮かべ、
「実はな、お前にこいつを預けたい」
 そう言ってクプが取り出したのは、何とも汚らしいダガーだった。
 刃はボロボロで、柄の部分でさえ汚れどうみても廃棄処分寸前の代物だ。
「見ての通りアサシンダガーだ。腐食している為、一見使い道がなさそうに見えるが、最近になって元に戻し方が解ったんだ」
「元に戻るって、こいつは完全に使い物にならないって前に言ってなかったか?」
「前と言っても何十年も前だろ。それでな、元に戻す方法を見つけ出したのは、オリムが見つけたようじゃ」
「あのオリムが?」
 オリムとは、メインランドケイブの最深部に隠れ住んでいるウィザードのことである。なぜそんな所に隠れ住んでいるかなど詳細は不明ではあるが、日夜何かの研究を行っている。
「ああ、それでこいつをお前に預ける。だからこいつを使えるように戻してくれないか?」
 ダガーの柄を押し付けるようにして差し出すが、フィールは拒む。
「使えるようにって言っても、こいつはダガーだろ? 俺はダガーよりもデュアルブレードの方が手馴れてる」
「ははは安心しろ、何もそいつを使えとは言わんよ。ただ、こいつが使えるようになったら俺のところに持ってきてくれないか? 良い物と交換してやるぞ」
「……良い物?」
「ああ、本当は内緒にしておいて驚かしてやりたいのだが、前もって言っておけばやる気を出してくれるだろう」
 ニカニカした顔で、指を動かしている。どうやら、耳を貸せ、とでも言いたいのだろう。
 この距離なら十分に聞き取れる自信はあったが、一応耳を傾けてみると、
「ダークネスデュアルブレードだ」
「なに!? あるのか!?」
 フィールの驚く反応が面白いのか、ケラケラ笑いながら、
「ああ、残っていたブラックミスリルを使って何とか一本だけ出来たんだ。どうだ? やってみるか?」
 ダークネスデュアルブレードとは、ブラックミスリルと呼ばれる貴重な鉱石により作られ、噂ではオリハルコンを上回る強度だとも言われている。
 当然、フィールがいま持っているブラインドデュアルブレードとは比べ物にならないほどの代物で、最高の切れ味を持つエンシャントソードと肩を並べる一品とも言われている。
「おもしろい。乗ったぜその話」



 フィールと別れたカナリアは血盟帰還スクロールを使いケントに戻った。
 始めて血盟帰還スクロールを使ったと同様に、目の前が白い光に包まれ、一瞬だけだが頭の芯を揺すられたような感覚に襲われる。
 気が付いたときには辺りは無骨な岩肌から、整えられた城の壁に変わっている。
 ……まだ二度目だけど慣れないな。
 おぼつか無い足取りで、部屋を出て少し歩くと、
「大丈夫かい?」
 後ろから丁度通りかかったサクラに声をかけられた。
「スクロールのめまいがちょっときつくて」
「あぁ、ワタシも最初はなかなか慣れなかったね。そのうち平然と使えるようになるさ」
 笑顔で言うと再び歩き出した。
「……あ、あのサクラさん」
 行ってしまいそうになるサクラを、カナリアは呼び止めた。
「ん?」
 頭の後ろで結ばれたポニーテイルを揺らしながら、サクラが振りかえる。
「今、時間空いていますか?」
「……ええ、空いていると言えば空いてるけど」
 先ほどの会議で聞いた時、サクラの担当は城壁となっている。先ほどの戦いで南門は大破してしまったが、他はあまり破損していない。そのため、サクラの仕事は余り無いと言っていいだろう。
「どうしたんだい?」
 一瞬カナリアは、こんなお願いをするのは自分勝手ではないだろうかと思う。それでも、思う気持ちが強い。
 だから、駄目元で訊いて見た。
「私に稽古をつけて下さい!」
「な、なんだい藪から棒に」
「私、昨日の戦いで何の役にも立たなかったし、それにいつもフィールに助けてもらってばかりで……、だから、自分の身ぐらいは自分で守りたくて……」
 助けてもらったのは先の戦いだけではなく、マグナディウスに襲われた時や、もっと幼い頃、一人で村の外に出てモンスターに襲われた時もフィールに助けてもらっていた。
 周りの人たちは、戦い嫌いだから仕方ない、とか、女の子なんだから仕方ない、とか言っているが、カナリアはそのことに罪悪感を抱いていた。近くにフィールが居るから、つい頼ってしまう。そんな自分が憎かった。
 いつかそんな自分に、フィールが嫌気をさしてしまうのではないのか。それが怖かった。
 だから、フィールを頼りにしないように強くなりたかった。
「……、よし解った」
 そんなカナリアの気持ちを知ってか知らぬか、サクラは一つ頷き、明るい返答を返した。
「着いて来な。夕食まで付き合ってあげる」



 サクラは小さな小屋の中に居た。
 埃っぽく、汗の匂いが充満している小屋の中には、様々な武器が置かれている。長さ八十センチぐらいの剣や、二メートルを超えるほどの槍。他にも斧や杖、弓と矢、デュアルブレードやクロウ、両手剣までもが所狭しと並べられている。が、その全ては訓練用に作られたものである。そのため、材質は全て木で作られている言わば木刀と言われる品物だ。刃先は丸く切れ味など無に等しいが、重量は本物とまったくおなじ為、両手剣のような重いものに殴られたら脳震盪ぐらいは軽く起こるだろう。
 その中からサクラはいくつかの武器を手に取り、小屋から外に出る。
 まず目に入るのは太陽の光。少し目を細めるがすぐに歩き出す。
 日の光は西に傾き、青い空も紅に変わる時間。後一時間もすれば日没を迎え、辺りは夜の姿に変わるだろう。兵士たちも至る所にたいまつを用意し、夜に備える。
 そんな中、サクラは先ほどの小屋から持ってきた木刀を持ち、カナリアの傍まで進んでいた。
 サクラとカナリアが居るのは城の訓練場。周りは簡素な策で覆われ、案山子が何本か建ち並び、訓練用武器が置かれている小屋は隅に設置されている。
 サクラは手に持っていた武器を無造作に地面に置き、中なら木刀を二本抜き取った。
 一本の木刀をカナリアに向かって放ると、わっ、と短い声を出しながらカナリアはなんとか木刀を受け取る。が、あまりの重さに落としてしまった。
 木刀が地面に当たると、高い音ではなく、鉄のような低い音が響いた。
 いくら木刀と言っても、中には鉄が含まれている。その為、重さは本物と同じだ。
 まともに当たれば骨折だって有り得る。
 サクラは何度か木刀を振り回し、そしてゆっくりと構える。
「まずは、軽く実力を見せてもらうよ」
 右手に持つ木刀を下げ、左手は添える。
 一見、攻撃にも防御にも不向きな形に見えるが、彼女はこの形を好んで使う。
 大きく息を吸えば、初夏の空気が肺を満たす。
 身体に力を抜けば、どんな攻撃にも対処できる。
 意識を集め、目の前の人の動きに集中する。
 やるべき事は攻めることではない。守ることでもない。
 相手の動きを知ることだ。
 だから、サクラは動かない。
 カナリアが攻めてくるのを、じっと待つことにした。


 サクラとの距離は約五メートル。三歩は必要とする距離で彼女は木刀を振り回し、構えた。
 その姿にちょっとカッコイイななどと思いつつ、カナリアも構える。
 昔、フィールから剣の扱い方は教わったが、子供が剣を振り回しているだけだな、と言われてしまったことを覚えている。
 恐らく、自分が剣の扱いに不慣れだと言うのは、構えただけで見破られるだろう。その為、サクラはいくつかの武器を持って来たに違いない。
 ……とりあえず、やれる事をやるしかないか。
「行きますっ!」
 気合を入れ、サクラに立ち向かう。攻め方など知るはずも無い。ましてや、防御の方法も知らない。
 剣を上げ振り下ろすが、サクラは一歩右に動く事で回避。後を追いかけるように右足を動かし、左から右へ切り払うがバックステップでまた避けられる。
 二人の間に距離が生まれるが、カナリアは迷うことなく走り出す。
 木刀で地面を擦らせながら切り上げるが、サクラは木刀を突き出し防がれる。
 連続して到る攻撃を繰り出すが、全て防がれる。
 ここまで綺麗に防がれ続けると、以下に自分が弱いのかと実感させられる。
 それから日没までサクラの試験が続いた。


 結論から言えば、全ての武器、攻撃が見事に塞がれていた。
 当然と言えば当然の結果だが、カナリアは落ち込んだ。
 辺りはすっかり夜の闇に包まれ、夕方に置かれた松明に火が灯っている。
 息を整えながら周りを見れば、同じように稽古をしている兵士が何人もいる。食事前の運動とか言っていたが、余りにも念が入っているような気がする。
 掛け声と共に快音が響く中、カナリアは隣りに座るサクラを横目で覗いた。
 彼女は顎に手を当て、何かを考えている様子だった。
 ……もしかして、見込み無しなのかな。
 膝を抱え直し、どうすれば強くなれるか考えていると、
「カナリア、一つ訊くけど」
 考えていた顔から、急に問いを持ち出した。
 その事にカナリアは身を固め、言葉を待つと意外な言葉をかけられた。
「もしかして、体術の方が得意じゃないの?」
「………え?」
 どういうことか、訊こうとするよりも先に、サクラの口が動いていた。
「あんた斬り込もうとする時、脚の方が早く動くからね。もしかしたら、剣術とかよりも体術の方が向いてると思うけど、……どう?」
「ど、どうと言われても……、解りません」
 そう言われてもあまり実感はなかった。
 戦い方だってほとんどが独学であり、勘でもある。
 しかし、過去の事を一つ思い出した。
「そういえば、前に一度フィールと組み手をした時に、何か言ってた気がします。それ以来一度も組み手した事覚えは無いけど……」
 ふぅん、と曖昧な返事を返したサクラは立ち上がり、
「それなら一度やってみようか」
 五歩ぐらい離れながら拳を構え、
「さ、来なさい」
 催促するように、手招きをした。



 サクラは何も持たずに構えれば、カナリアもゆっくりと立ち上がり、拳を構える。
 面と向かい合っているサクラの目には全ては見様見真似ということは分かる。
 だが、不思議としっかりと構えているような気がした。
 肩に力は入っておらず、手足にも無駄な力が加わっていない。
 ……構えは完璧ね。
 一番の問題は動きの方だ。
 いくら構えが上手いといっても、構えだけで勝負が決まる訳ではない。
 ……さて、どう攻めてくるのかしら?
 先に動いたのはカナリアだ。
 こちらに向かって一直線に突き進み、左手の拳を叩き込む。
 サクラは放たれた左ストレートを左に払い除けながら、フェイントも何も無い単調な動きを見せるカナリアにサクラは自分の思い違いだったのではないかと考える。が、その考えは一瞬にして覆された。
 息を抜く掛け声と共に、カナリアの身体が左に捻られ背中が見えていた。払い除けられてた反動かと思ったが、そうではないと答えが出た。
 なぜ? と考える前には身体を引いていた。反射神経ではない。本能と言っていいだろう。
 身体を引いた刹那というタイミングで顔の目の前を何かが通り過ぎた。何かと確認する時間など無い。だけど通ったものは直感で解った。
 脚だ。
 カナリアは身体を右に回し、右足の回し蹴りを放っていたのだ。
 まさか、と考え、なぜ、とも思う。
 しかし、カナリアは動きを止めること無く、次は身体の捻りを一周させ正面を見せたかと思えば、その動きのまま挙げていた足で地面を踏み込み、再び左の拳が来た。
 ……早いッ!?
 甘く見ていた己の失敗だ。
 カナリアの左拳は避けることもガードすることもできないサクラの腹部を捕らえた。



 カナリアは始めての打撃を感じた。
 今まで全ての武器で挑んだが、全て防がれた。それが今、サクラに攻撃が通ったのだ。
 狙っていた訳ではない。
 自然と手足が動いたのだ。
 しかし、喜ぶのも束の間。右手方向へ飛ぶサクラは空中で身を捻り、倒れることなく脚から着地。
「ふぅ……、危ない危ない」
 まるで楽しんでいるような言葉を耳にした。
 カナリアの拳をもらう瞬間に、サクラは自ら後ろに飛びダメージを軽減させている。
 ……流石っと言うべきかな。
 吐息を一つ入れ、再び構える。
 それに対してサクラは微笑で返すと同時に動いた。
 距離は約五歩。
 一歩目で拳を握り、脚は地面を蹴り、眼はこちらを捕らえている。
 二歩目でカナリアは腰を落とし構える。
 三歩目でサクラは、右の拳を振りかざした。
 四歩目でカナリアは左腕を立て、ガードに備えた。
 が、サクラの五歩目は右足を地面に立てた。
 右の拳をを出すのに、右足が前に出ていれば力は発揮されない。
 ……フェイント!?
 簡単すぎるフェイントであった。
 今からガードしようにも間に合わない。
 だから無理やり身体を捻り、左へ跳んだ。
 間一髪の所で避けることが出来たが、勢い余って転んだ。
「いたたた……」
 受身も取ることが出来ずに、派手に転ぶと、
「今のタイミングで避けれたと言うことは、あんたは体術のほうが断然良いみたいね。でも、経験とスタミナ、それにバランス感覚はまだまだ初心者ね」
 カナリアに手を引き立たせると同時に、夕食を告げる鐘の音が響いた。
「いいわ。明日からみっちり稽古つけてあげる」
 それから、サクラの地獄のような特訓が始まった。



 カナリアの特訓が行われた初日、朝から威勢の良い掛け声が聞こえる中をマリアは書斎へ足を運んでいた。
 少し大きめの扉を開ければ、本の保存を効かせる為に窓が無い暗闇の部屋に廊下の乏しい光が差し込む。
 書斎から返される物はと言えば、暗い闇と木の香りとインクの匂いだ。
 マリアは部屋に入ると静かに扉を閉める。
 外からの光りを完全に途絶えた書斎は再び完全な闇に戻る。
 扉を閉めると外界から完全に遮断されたのか、先ほどまで聞こえていた兵士の声や風の音、全ての音が途絶え、冷たく感じる闇が視界を覆う。
 普通なら灯りを求め、ランタン、もしくは照明魔法ライトを使うのだが、マリアは灯りを付けることはしなかった。
 そして、静かな闇に溶け込むかのように歩き出す。
 足音は無。エルフの耳でさえマリアの足音を聞くことは出来ないほど静かに歩く。
 書斎という名の通り、辺りには本棚が所狭しと立てられているにも関わらず、マリアはぶつかる事はおろか、床に置かれている本を踏むことなく進んでゆく。
 エルフやダークエルフの特殊能力としてエルヴェンビジョンというものがあるが、マリアは完全なるヒューマンである。それにも関わらず、この闇の中を歩けているのは、マリアの優れた記憶力であろう。
 しばらく歩くと立ち止まり、左を向いた。
 マリアの目の前にあるのは闇ばかりで、何があるのかさっぱり分からない。
 ……本を傷めるからあまり使いたくないのですが……。
 右手を後ろ腰に回し、あるものを取り出した。
 それは携帯に便利な短めの杖である。
 杖を両手で軽く握り、目を閉じ、
「――ライト」
 照明魔法ライトを唱えた。
 杖の先端から淡い光りを放ち、書斎の闇を照らす。
 少し眩しいくらいの光に僅かに目を細めながらも、視線を前に向ける。
 マリアの目の前にあるのは、天井に届くほどの高さを持つ本棚だ。
 右手で本を撫でるように滑らせ、目的のものを探す。
 因みに、ここにある本は全て歴史や記憶を記述した物や、何らかの標本、魔法書から剣技書と様々な本が保管されている。マリアが指をなぞった本のタイトルをあげていくと、『アデンの歴史書』、『傲慢の塔が出来るまで……』、『話せる島ケイブの悪魔』……、などである。
 そんな中から一冊の本を抜き取った。
 本のタイトルには、『水の都ハイネ』と記載されている。
 町の記録や王家の血統などが記載され、これからの歴史も記入されるため辞書並みに厚く作られている。
 マリアは誇りを指で払い除けながらページを一気に捲る。
 そして、白紙一歩手前には、こう記されていた。
『0678年6月16日 ラスタバド軍のダークエルフたちにより、ハイネ城は壊滅。八代目ヴァルウィン・ベルゴール王、リリース王妃の戦死は確認されたが、二人の子の生死は確認されていない』
 今から約10年前の記録である。
 捲ったページを少し戻し、今から約13年前のページを開く。
 そこに記されていた記録は、
「当時の四賢者であったアマテラス・パプリオンは、水竜パプリオンを鎮めることに失敗し、死亡された……」
 人々の間から四賢者と称えられたとしても、彼らは『人』の枠組みに収まったままなのである。
 ただ、ほんの少しだけ、他の人間よりも実力が上なだけだ。そんな人が至上最強とも言われる竜に立ち向かえば、当然死という結末は極自然に現れるのだ。
 その時の被害は、エヴァの神殿一つと船が一つが海に沈んだ程度と被害はそれほど大きなものでは無かった。
 しかし、その3年後。四賢者の一人が居ないだけでハイネはダークエルフの軍勢に負けてしまった。
 たった一人のウィザードが居なくなっただけで、こうも未来が変わってしまったのだろうか。
「……私があと10年、いや5年早く生まれていれば、こんな事にはならなかったのでしょうか」
 当時のマリアはまだ5歳と幼い。しかし、彼女は生まれたときからすでにウィザードとしての才能を持て余し、若干2歳で基本魔法はすでに習得してしまったのだ。
 最初の頃は周りの人々も彼女の成長振りに驚きながらも褒めていた。
 だが、ある日のこと。
 周りの人々は手の平を返したかのように彼女を怖がるようになっていた。
 無理も無い話だ。彼女の魔法の成長は、常人の5倍以上の速さで身に付けていたのだから。
 もし、親が一流の魔法使いだったら親の血を受け継いだ。っと言えるかもしれないが、彼女の親はごく普通の人である。
 いつしか、彼女の周りの人々は、マリアを人として見なくなってきた。
 人の上を行く神や超人というならまだ言いのだが、最悪なことに彼女を見る目は悪魔の方へ向かっていったのだ。その見方はいつしか町全体に広がり、親でさえ彼女を恐れるようになった。
 そんなある日、マリアの母親は告げた。
「あなたはここに居るよりも象牙の村へ行ったほうがいいわ……」
 悲しげな表情を浮かべながら言う言葉に、マリアは頷いた。頷くしか無かった。例え、ここに残ろうとしたとしても、村の人が自分を恐れ、余計に親たちに迷惑をかけてしまうだろう、と内心はそう思いながら、表面では『これからの魔法の勉強をとても楽しみにしている』と見せた。
 今思うと、とても3歳の考えることではないと思える。
 そして、次の日から象牙の塔での生活が始まった。
 しかし、場所が変わったからと言っても彼女のすることに変化は無い。
 山のようにある本棚から読みたい本を引き抜くだけでも大仕事で、やっとの思いで抜き出した本をがんばって机まで運び、読み耽る。側から見れば『絵本を読んでいる子供』という状態なのだが、彼女の読んでいる内容は、一般のウィザードでは理解するだけで10日は必要なほど難しいものであった。
 その噂はたちまち塔全体にまで広がり、誰かが、本当に解るの? っと問えば、マリアは嬉しそうな表情を浮べながら、うん、と元気よく頷いた。
 毎日のように本を読み漁り、書庫から姿が見えなくなったと思えば、自分より2倍近くもある杖を危なっかしく振り回しながら魔方陣を描き、魔法の練習をしている。
 月日が流れ、マリアが6歳になる頃には、すでに周りのものでは理解を超える知識がその小さな頭の中に納まっており、魔力も超えている。
 丁度その頃だっただろうか。
 彼女に四賢者候補の話が当てられ、他にすることは無いマリアはその話をのん――。
「マリアいるか?」
 書庫の沈黙を遮るように響くノックの音と、男性の声。
 マリアは回想を止め、書物へ下ろしていた視線を扉へ向けると丁度扉が開いた。
「やっぱりここに居たのか」
 そこに居たのは白の服に薄い赤髪を生やしたディルだ。
「どうかしましたか?」
 本を閉じながら問うと、ディルはランタンで足元を照らしながら進む。
 二歩ほど手前で足を止めると懐から一通の封筒を取り出し、
「象牙の塔のタラス殿から手紙だ」
「タラス様から?」
 差し出された封筒を受け取ろうとしたが、生憎両手は塞がっている。
 ディルは苦笑いをしながら杖と本を受け取り封筒を渡した。
 差出人の名を見ると確かにタラスの字で象牙の塔の管理者の名が書かれている。
 タラスは象牙の塔の管理者であり、全てのウィザードの上に立つ人だ。
 当然、マリアの上司に当たる人であるが、彼から直接手紙が来ることなど滅多に無い。
 なんだろう、と思いながら封を開けると、一枚のメモ用紙に似たものが入っている。しかし、その紙には何も書かれていなかった。
「あれ? 何も書かれてない……?」
 覗きこんで来たディルが不思議そうにしていると、
「うふふ、この手紙にはちょっとした仕掛けがあります」
 マリアは右手を手紙の上に置き、マナを手紙に注いだ。すると手紙から文字が浮き出てくる。
「ほぉ面白い仕掛けだな」
 元々は重要書類などに使われる仕掛けなのだが、一般的にも遊び感覚でよく使われる。
 文字が完全に浮き出るとマリアは手を戻し、手紙に視線を走らせた。
『前略 新たな魔法の試験の為、一度帰ってくるように 以上』
 こんな内容なら別に封筒にしなくても良いのではないかと思いつつ、『新たな魔法』という言葉に興味がわいた。
「……前略というか、省略しすぎだろ」
「あら、私はこちらのほうが好きですよ」
「………」
 ディルから杖と本を受け取り、本は棚へ、杖は元あった場所に収めて、
「では、私は手紙の通り象牙の塔へ行ってきます。必要時間は解りませんが、出発前には戻れるように努力します」
 それでは、と言ってマリアは書庫を出て行き、残されたディルは、
「フィールは試練、サクラとシグザはカナリアを戦いの訓練、マリアは新しい魔法を覚えに象牙へ……、か」
 別に自分にはやる事が無いわけではない。戦いへの資金作りから、陣形の思考と様々である。しかし、
「それよりも先にやるべき事を終わらせねばなるまい」
 ディルはゆっくりと歩き出し書庫を後にした。


〓〓〓〓〓 あとがき 〓〓〓〓〓

 第九節書き終わりました。
 もう期間が開き過ぎてなんなのか解らなくなってしまいそうですが、そこは素人なのですみません^^;
 全てはノリと気分オンリーで書いているのでストーリー的にそろそろボロが出そうな気分満載です。(ってかもうボロでまくりな気がしますhhh)
 そんなこんなで次回第十節!
 何にも考えてません!! ド━━━ン!!!
 まぁいつものことだし。
 いつもの通り、ノリと気分オンリーで書かせていただきます。


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