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お笑いブログ さるの独り言

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おいらの幼少時代

2009年12月17日
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カテゴリ:おいらの幼少時代
来週はクリスマス。

今まではこの時期になると、チビざるがサンタさんにお願いしようとする高価なプレゼントを、どうやってもっと安い物にさせるか・・・という説得に忙しかったのだが、そんなチビざるももう中学1年生。

昨年辺りから、「サンタさん、サンタさん」と言わなくなったところを見ると、サンタさんが寝たきりになったことを知ったか、女性問題で子供達にプレゼントを配るどころでは無くなったことを知ったか、どちらかであろう。


ところで、この日記を読んでいる皆さまはいつ頃までサンタさんを信じていらっしゃったのでしょう。


おいらは、夜中に母親がすぐ横の押入からクリスマスプレゼントを鷲掴みにして引っ張り出しているところを目撃し、サンタさんが親であることを知った。


確か4年生・・・頃だったかな・・・。





大学の・・・。


・・・いやいや、確か小学校4年生頃だったと記憶する。


そういえばあの頃おいらは、この時期お店に並んでいる『お菓子の長靴』が欲しくてたまらなかった。

kurisumasu


親には

「うちもああいう、長靴に入ったプレゼントが来ないかなぁ!!」


と、サンタさんに対する胸の内を、親にだけそっと打ち明けていたのであるが、


なぜかいつも、うちに来るプレゼントは近所にある市場の紙袋に入っていた・・・。


サンタさんが、近所の市場の紙袋にプレゼントを詰めて持ってくるわけ無いのだが、当時のこーじ少年はそれでもサンタさんが持ってきたと信じていた。


よくよく考えると、うちの母親は


「こっちの方が、たくさんお菓子が入る」


とおいらに言っていたような気がする。


それでも、クリスマスの夜はサンタさんがうちに入って来れるように、玄関の戸に鍵はかけず、少し開けた状態にして床に就いていた。

そして朝にはやっぱり近所の市場の紙袋。

挙げ句の果てには、真夜中にその市場の紙袋を持った母親を目撃し、おいらは現実を知った・・・。

そんな古き良き思い出をふと思い出した次第だ。


今年のイブは、単身赴任先でシングル・ベルである・・・。








最終更新日  2009年12月17日 21時32分32秒
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2009年10月26日
カテゴリ:おいらの幼少時代
突然思い出したのであるが、皆さんは『マーごっこ』という遊びをご存じか?


えっ?ご存じない!?


マーごっこをご存じない?


おいらと、幼なじみのヒロッちゃんとのぶお君で作った、あんなに面白い『マーごっこ』をご存じないの!?


ご存じないというなら、せっかくなので教えてあげましょう。
是非ともお友達、ご家族で実際にやってもらいたい。


そもそもこの『マーごっこ』とは、あの名優ユル・ブリンナー氏が出演しているSFサスペンス映画『ウェストワールド』を観て、子供ながらに戦慄した我々幼なじみ3人組が作った『鬼ごっこ』のことである。

westworld


ちなみにこの映画。
アメリカ西部開拓時代のガンマン、中世ヨーロッパの騎士、帝政ローマの豪傑をロボットで再現した巨大遊園地を舞台に、コンピューターの故障が原因でロボットが反乱を起こし、お客さんを次々に襲いかかるという内容であるが、ユル・ブリンナー氏はロボットのガンマン役に扮し、主役格の2人のお客さんを銃を持って何処までも追いかけるのである。

その追いかける様が、ロボットであるが故に、全く無表情。しかし足が速く、しつこく何処までも追いかけてくるのだ。

その背景を踏まえ、このマーごっこのルールはこうだ。

1.鬼は無表情を装わなければならない。

2.追いかけ始めたら、何処までも追いかけ続けなければならない。

つまり、鬼はウエストワールドに出てくる『ユル・ブリンナー』になりきらなければならないのである。

元々は、それだけの遊びだったのであるが、たまたま鬼だったヒロッちゃんが、追いかけながら感極まったのか、何かに駆り立てられたのか、ちょっと頭がおかしくなったのか・・・その真相は定かではないが、突然


「まぁ~~!!」


と雄叫びを上げながら、追いかけてきたのである。


ユル・ブリンナーは「まぁ~!」なんて言わなかった!
でもおいらを追いかけてくるヒロッちゃんは、何かに取り憑かれたかのように


「まぁ~! まぁぁ~~!!」


と言いながら、無表情でいてなぜか大口を開けて追いかけてくる。
そんな異常なヒロッちゃんに、ウエストワールド以上に戦慄して、あまりの恐ろしさに半泣きになって逃げ回ったことを覚えている。

以来、鬼役は何かに取り憑かれたかのように、「まぁ~!」と言いながら追いかけなければならなくなり、我々の間ではまことしやかに「マーごっこ」と名付けられたのである。

この遊び・・・おすすめ。

その前に、まずはウエストワールドで、鬼のイメージを掴んでいただきたい。







最終更新日  2009年10月26日 23時44分42秒
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2009年08月31日
カテゴリ:おいらの幼少時代
小学校時代、皆さんのクラスにも給食のパンを机の中に入れたまま放置し、小麦色のパンを何故かブルーにしてしまう友達がいなかっただろうか。

おいらが小学4年生のときに・・・いた。


それも可愛らしい顔をした女の子だった。


同じ班でもあったそのYちゃんは、あまり勉強はできなかったが明るくておもしろい女の子であった。


ちょっと、(あれ・・・この子、いいなぁ・・・)と思っちゃうくらいだった。


ところが、そのYちゃんの周辺からヘンな臭いがし出し、なんだなんだ・・・と言っているうちに、Yちゃんの机の中から濃い青色をしたみかん、青々とした食パンにコッペパン・・・それに、アレは何だったんだろうなぁ・・・原型をとどめない謎の物体・・・。





うわぁぁ!



クラス中の友達がYちゃんの机の周りに群がり、机から次々と出てくる謎の物体に度肝を抜かれた。


マジシャンのふじいあきら氏が口からゲロを止めどなく流し出すように、Yちゃんの机から、今まで見たことが無いような食べ物の変化体となって次々に出てくる様に、ただただ唖然としたのを覚えている。

fujii


それはYちゃんがコレクションとして、机の中に溜めていたものであった。
その一件があって以来、そのYちゃんがどうなったか、さっぱり思い出せないのである。


・・・そんな出来事を、今日ふと思い出した。


先週木曜日に同僚が差し入れといって買ってきてくれたミスドのドーナツが・・・今日もおいらの机の引き出しに入ったままなのである・・・。
ちょうど胃腸炎の後で食べられなかったので、1日だけ・・・と思っていたのであるが・・・。


そろそろ見るのが怖くなってきた。



ひょっとしたら・・・・コレクション、第1号かもしれない・・・。








最終更新日  2009年08月31日 23時01分52秒
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2007年10月30日
カテゴリ:おいらの幼少時代
うちのチビざるは、学校でうんちをすることに別段抵抗は無いらしい。


これはとっても良いことだが、おいらの時代には考えられないことだ。


おいらの小学校時代は、学校でうんちなどしようものなら、下の隙間から覗かれたり、ドンドンとドアを叩かれたり、ドアをよじ登って上から覗かれたりとお祭り騒ぎは間違いなかった



従って、学校では死んでもうんちはしないというのが共通の認識であった。



しかしそんなおいらも、たった一度だけ・・・忘れもしないたった一度だけ・・・小学校のトイレでうんちをしたことがある・・・。


もう何年生の時だったかはスッカリ忘れてしまったが、あれは確か遠足から帰って来て一旦校庭に集まり、解散を待っていた時のことだ。


恐らく遠足の帰りからうんちがしたかったのだろう。
解散を待っている間、今にもモレそうになったのだが、学校でうんちはいかん、いかん・・・と苦痛に顔を歪めながら耐えていた。
今も昔も、うんちについては苦い思い出が多いのだ。


しかし、ちょっと待てよ・・・。


ちょうど今なら、友達はみんな校庭にいるし、特に整列しているわけでもなくわいわいガヤガヤしている状態なので、こっそりトイレに行ってうんちしても誰にも気付かれないぞ・・・と思いついたのだ。


今にも肛の門からうんちが火を噴いて飛び出そうとしている状態なので、コソッと抜け出してトイレに駆け込んだ。


ところが今から考えると、なぜだったかがよく思い出せないのだが、恐らくもし誰かが入ってきた時のことを恐れたのだろう・・・。



念には念を入れて・・・これがおいらのポリシーだ。



女子トイレなら、うんちだろうが、オシッコだろうが個室に入ってするわけだから、誰にも怪しまれない・・・と子供ながらに考えたのだろう・・・。




なんとおいらは、女子トイレに入ってうんちをしたのだ。



いやぁぁ~~・・・よかったぁ・・・みんなの前でブチまけずに済んだよぉ・・・とうんちをしながらホッと胸をなで下ろしたのだが、それも束の間だった。



なんとしばらくすると、あろうことか女子がトイレに入ってくる音がした・・・。



ビックリしたおいらは、うんちんぐスタイル中の自分自身の存在を消すために、ぐぅ~~~っと声を潜めていたのであるが・・・


本当にあれは突然だった・・・。





ガチャッ!!







ギャァァァ!!







うわぁぁぁ!!




何とおいらが用を足していたトイレのドアが突然開き、女の子とそこでうんちをしていたおいらとバッチリ目が合ってしまったのである・・・。



まぁ、さすがに女の子もビックリしただろうが、うんちをしていたおいらはもっとビックリだ。
思わず、手でうんちを隠そうとしたはずだが、女の子は狂気の表情を浮かべて、半泣きになって逃げて行った。




おいらも初めてうんちの姿を見られて泣きたくなった・・・。



それにしても失敗だった。
おいらは家でもうんちのとき、ドアの鍵を閉める習慣が無かったので、なんと鍵をかけていなかったのだ・・・。



誰かが来てはまずい!とおいらもうんちが中途半端にしか出ていないまま、ズボンを上げてトイレから飛び出た次第だ。


後にも先にも学校でうんちをしたのは、この女子トイレが最後だったが・・・学校でのトイレがトラウマになったことは言うまでもない。








最終更新日  2007年10月30日 21時29分48秒
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2007年06月19日
カテゴリ:おいらの幼少時代
いたずら電話・・・。


やってる方は面白いかもしれないが、やられてるほうはたまらんだろ。


実はおいらも小学生の頃、いたずら電話をかけた経験がある。

友達3人と公衆電話から、『日本文化センターテレフォンショッピング』に電話をかけ、


♪おおさかゼロ・ロクゥ~♪


と歌ってみた。
CMの最後に必ず、日本文化センターの電話番号が音楽にのって案内されるが、その『電話番号案内のテーマ』をシンガソングした訳である。


しかし、歌っている途中で


「・・・公衆電話から、ご苦労さん。」


と冷たく言い放たれ、ガチャン!と切られてしまった・・・。

最後まで『電話番号案内のテーマ』を聞いてもらえず、子供心にたいそう凹んだものだ・・・。


さて、そんな憎むべきいたずら電話が昔、おいらの実家にかかってきたことがあった。

当時おいらは小学生だったのだが、母親が出ると


「ああ~~ん・・・あぁ~~ん♪」


と喘ぎ声が聞こえてくるという、ありがちないたずら電話だった。


度々かかって来ては、喘ぎ声が聞こえるということで、母親が気味悪がっていたのであるが、ある日おいらとオヤジもいるところに、突如電話がかかってきた。

母親が出ると、受話器の向こう側からまたもや「あぁ~~ん・・・あああ~~ん!」と言う、おいらが大好きな喘ぎ声が・・・。


母親が困った顔をしたのを察知し、人相が豹変したオヤジが受話器を母親の手からもぎ取るなり、



「だぁれぁじゃ、こらぁぁ~~!!

おんどらぁ、ええ加減にしとかんと・・・






皮剥いてまうぞぉお!」



と、目玉が飛び出し、こめかみの血管が両方裂けて大出血の大惨事になるかと思うほどの奇声を発すると、電話が壊れるほどの勢いで叩き切った。

実際、ちょっと目玉が枠からはみ出していた。陰に隠れて、目玉の位置を整えているオヤジの後姿に尊敬の念すら覚えたほどだ。

・・・って、んなアホな・・・。


一方、余りの恐怖に相手は凹んだのだろう・・・。以来いたずら電話はかかってこなくなったが、たった一つどうしても理解できなかったのは、


オヤジは一体、どこの皮を剥こうとしたのだろう?



思うに、恐らく『ちんこの皮』だったのだろうが、もし相手が『ムケちん』だったら、一体どこをどうやって剥くつもりだったのか、未だにわからない次第である。






最終更新日  2007年06月19日 21時02分43秒
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2006年11月24日
テーマ:たわごと(23288)
カテゴリ:おいらの幼少時代
確か…小学校6年の時だったと思う。

当時、クラスの担任の先生はちょっと美しい30歳前後の女性で、美術が専門とあり、絵には特に熱心な先生だった。

中学を卒業するまでマンガ家志望だったおいらは、自分で言うのもなんだがそこそこ絵が上手かったので、この先生によく褒められた。

特に、皆さんも国語や算数のテストで、時間が余った時にはテスト用紙の裏に絵を描いた経験がおありかと思うが、おいらはテストよりもむしろ、裏に描くマンガに力を入れており、先生はこのマンガもよく褒めてくれた。

ところがある時、突然先生に呼び出された。

特に呼び出されるような覚えがないおいらは(え・・・なんだなんだ・・・!?)ととまどい、呼ばれるがままに先生の元へ行ってみると、何だか憮然とした表情で1枚のテスト用紙を握りしめ、先生が待ち構えていた。

(ひょっとして・・・あまりに点数が悪かったから、呼び出されたのかな?)と呼ばれた理由を予想し、「何ですかこの点数は!絵もいいけど、もっと勉強しなさい!」と言われることを覚悟して、先生の前に立った。

しかし先生は、そのテスト用紙の裏面を見ながら語り始めた。


先生 「こーじ君・・・」

おいら 「あ、・・・はい・・・」



先生 「これは・・・私ですか?」



おいら 「・・・。え・・・えぇ!?」



先生 「ここに描かれているマンガは、私ですかと聞いているんです・・・」


おいら 「ええっ・・・?」


先生 「この顔・・・どう見ても私ですよね!?」

と言いながら、先日のテストの時においらが裏面に描いたマンガを突きつけられた。


・・・あああああっ!


先日のテストの時、おいらは裏にあの懐かしのプロレスラー・ジャイアント馬場がチョップをしているマンガを描いたのだが、そのジャイアント馬場の顔だけを、面白がって先生の顔にしていたのだ。

つまり、ジャイアント馬場の格好をした先生が、チョップをしているという滑稽なマンガを描き、消さないままで提出してしまったのである。

「あ・・・あ・・・あう・・・あああ・・・」おいらは怖くなった・・・。

先生が(吐け。てめぇ…これはワシだろぉ!)と言わんばかりにおいらを睨んでいた。

「ああああ・・・違い・・まふ・・・。せせせ・・・先生とちがひまふ・・・」

と、舌を噛み噛み言い逃れようとしたかどうかは記憶に無いが、とにかく完全否定。どう見ても先生の顔だが、口が裂けても「ごめんなさい。これは先生です。」なんて言えなかった。


「ホントに…違うのぉ!?」

「ホントに…ち…違います…。」

先生は何となく『納得いかない』といった表情で引きつった笑みを浮かべていたが、やがて消しゴムを取り出し、自らその絵をゴシゴシと消し始めた…。

まるで『自分を侮辱した落書き』を消すかのような寂しい表情だった・・・。
そして(この絵はあたしなんかじゃない!)と言い聞かせているような風でもあった。

そんな辛そうな先生を見て、子供心に(あああ・・・ごめんなさい・・・先生!)と後悔の念に駆られたのである・・・。

以来、テストの裏面に描くマンガには気を使う羽目になった。


しかし・・・今考えると・・・先生・・・



そんなガキの絵ごときで・・・大人気なかったんじゃないぃ?。






最終更新日  2006年11月24日 21時22分02秒
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2006年10月31日
カテゴリ:おいらの幼少時代
『饅頭怖い』という落語の演目がある。

饅頭が怖いという若者を懲らしめようと、饅頭をその若者の家にたくさん投げ込むと、饅頭怖い!饅頭怖い!怖いから食べちゃえ!といって喜んで全部食べちゃう。饅頭を投げ込んだ者たちが怒って、「本当に怖いものは何だ!」と問い詰めると今度は「お茶が怖い」…というオチがつく話だ。

これは落語の演目だが、実はおいらが子供のとき、本当に怖い饅頭があった。

昔、おふくろの親戚筋に、毎度毎度お決まりのお土産を持ってくる人がいた。
もうおじいちゃんだったから、お土産を何にするのか考えたくないのか、それとも自分がそのお菓子をこよなく愛しているからか・・・それは定かではないが、それはまぁ・・・毎度毎度同じお菓子ばかりお土産に持って来てくれた。

このお菓子こそ、とにかくゾッとするほど不味い饅頭・・・。
我が家はまるで『パブロフの犬』のごとく、この饅頭の名前を聞いただけで、鳥肌が全身総立ちとなってしまうほど、このお菓子に対して拒絶反応を示し、恐れていた。

この饅頭の名前・・・
あああ・・・これは言っちゃいかん。饅頭の名前に地名が付いている。でも・・・言いたい!その地名を言ってしまいたい!

・ ・・ほらほら・・・あそこだよ!あそこぉ!!アソコなんだよなぁ・・・。
・・・ということで、この饅頭の名前を敢えて『アソコの里』としておこう。

とにかく『そのおじいさんが来る!』と言ったら、『君と僕とはコンビだよ!』といわんばかり『アソコの里』がニッコリ微笑みながら傍らに付いて来るので、我が家では何とかして隙あらばコンビを引き裂いてやろうと企んでいた。

しかし、我々が『アソコの里』を大好きだと信じて疑わないおじいさんが「はい・・・これ、いつものお土産です♪」と言いながら、これまた我々が喜んで食べていると信じて疑わず、ニッコリ微笑む『アソコの里』を手渡されると、非情にコンビを引き裂くことができなくなり「あ・・・あぁ!!こ・・・これ、いつも、あ・・・あわ・・・ありがとうございます♪」と引きつった笑みで受け取らざるを得なくなってしまうのだ。

そして、おじいさんが帰った後、一家落胆し「また・・・受け取ってしまった・・・」と、これから味わう食地獄に恐れ慄くのである。

それからが大変だ。

早く始末したいもんだから『アソコの里』がいたるところに登場する。

何かと言ったら『アソコの里』!
おやつの時間も『アソコの里』!
お客さんにも『アソコの里』! しかもチャ~~ンス!とばかりに『アソコの里』のてんこ盛りお好きなだけどうぞ♪である。
回覧板を持ってきた子供たちにも『アソコの里』! 「これ美味しいよぉ~♪」といって『アソコの里』がごく自然に配られる。

涙ぐましい努力だ・・・。


うちはうちで、お袋が饅頭の皮の一部を嫌々食い、親父があんこを嫌々食う。そんな苦痛に顔を歪ませながら『アソコの里』を食っている両親の顔を見て、おいらも苦痛を味わう。
おいらは食べない・・・。

しかしそれでも無くならないと、終いには一人何個という重いノルマが課せられる。

捨てればいいじゃないか!と言われるかもしれないが、昭和一桁生まれの両親は食べ物を捨てるなんて持っての他。捨てるくらいなら苦しみながら食う道を選ぶ。

そして何より怖いのは、前回持ってこられた『アソコの里』が残っているのに、またニュー『アソコの里』を持って、おじいちゃんが嬉しそうにうちに現れたときは、泡を吹いて卒倒しそうになった。

一度、何を血迷ったのか今までよりもひと回り大きいサイズの『アソコの里』を持って来られたことがあったが、あの時もノイローゼになるほど始末に悩み苦しんだ。

まさに「饅頭怖いぃ!!」である・・・。

何時の頃からかこのおじいちゃん、うちに姿を見せなくなり『アソコの里地獄』から開放されたが、おいらは未だに饅頭が怖い。もし、おいらを懲らしめたいと言う方は『アソコの里』以外の饅頭を、イヤと言うほど送ってきて欲しい。






最終更新日  2006年10月31日 22時20分59秒
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2006年01月23日
カテゴリ:おいらの幼少時代
飲み会の帰りです・・・。
いい気持ちで、片道1時間半の帰路についているところである・・・。

折角なので、また携帯から更新しよう。

子供の頃、一時期、PUMAが流行った時期がある。
あの豹のロゴが、子供心に妙に格好良く見えて、PUMAのロゴが入った服を着ていると、友達に羨ましがられたものだ。

さて、そんな子供達の流行を知ってか知らずか、ある日母親が、なんとPUMAのウィンドブレーカーを買ってきてくれた。

憧れの豹のロゴが光り輝き、そりゃ跳びはねて喜んだものだ。

当然翌日は、そのウィンドブレーカーを着て、意気揚々と学校へ行った。

もちろん、クラスメートはおいらのPUMAを羨ましがり、鼻高々で自慢のウィンドブレーカーを見せびらかした。

・・・ところが・・・ところがである・・・。

ひとりのクラスメートが、「あれぇ!」と言う・・・。

何事かと思いきや、「これ・・・PUMAとちゃうぞぉ~!」と言う・・・。

何をアホなことをぬかしとんじゃ・・・と思い、ロゴをよく見てみると、

『PUNCH』

・・・?

・・・何、これ?と硬直していると、誰かが「何やぁ!パンチって??」

・・・。

プーマじゃなくてパンチ・・・。

確かによく見たらスペルは勿論のこと、豹の足の格好も本物と違う・・・。

・・・プーマがパンチって・・・どういう事??

学校から帰って、慌てて母親に訴えたが、「あぁ・・・いっしょや。いっしょ」・・・で終わってしまった。

子供にとっては、いっしょじゃないぞぉぉ!!

それから数年間、この『PUNCH』のウィンドブレーカーとお付き合いする羽目に・・・。

未だに『PUMA』を見ると、『PUNCH』の苦い思い出が蘇るのである。






最終更新日  2006年11月27日 20時28分45秒
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2005年11月26日
カテゴリ:おいらの幼少時代
小学校5年生の時、女の子からラブレターをもらったことがある。もちろん、初めてのラブレターだった。
相手の女の子は、おいらと学級長をやっていて、とっても頭のよい可愛らしい女の子だった。

その時は、マジで舞い上がった。うれしすぎた。

実はそのラブレター・・・。記念に今でも実家に残されている・・・。

今年の夏休みに帰省したときにたまたま見つけ、懐かしく読みかえした。
しかし・・・今見るとこのラブレター・・・あまりにお粗末なラブレターだったのである・・・。

普通、ラブレターって、可愛い便せんや封筒を使うはずだが、このラブレター・・・ノートを破ったような紙の切れ端を半分に折っているだけの体裁。

しかも、『こーじくん』・・・なのである・・・。秀才の彼女が、こんな誤字をするだろうか・・・?

そんなことよりも何よりも

とにかく字が異常に汚い・・・。

紙切れの端には『ちょっといそいでいたので字がきたないけど読んでください』との注意書きあり。

二つ折りの中身を開けると、これまた哀しくなるほど、

ほとんどがひらがな・・・。

ここにも『きたないでごめんなさい』という全部ひらがなで書かれた注意書きあり。『字』ぐらいは漢字で書けよって感じだ。

極めつけは、りんごが潰れたようないびつなハートマークや、意味不明な模様までが全て手書きされていた。

どう見ても、適当に余白を埋めただけ・・・。余計な『汚れ』にしか見えない。

まぁ、そんな奇妙なラブレターでも、当時のおいらはトイレに隠れてラブレターを読み、あまりのうれしさに打ち震えていたことをよく覚えている。

しかし・・・20年以上も経った今、そのラブレターは間違いなく誰かのいたずらだったことを確信した。
実家には卒業の時にクラスメイト全員に一言書いてもらったサイン帳が残っているのだが、彼女が書いてくれたサイン帳の筆跡と、お粗末なラブレターの筆跡は、どう見ても似ても似つかなかったのである・・・。

でも・・・あれはやっぱり彼女がくれたものだ・・・自分自身の名誉にかけて、おいらはそう信じることにしよう。






最終更新日  2005年11月26日 19時43分00秒
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2005年10月25日
カテゴリ:おいらの幼少時代
出張の車中で更新しています。

電車と言って思い出されるのは、おいらかまだ幼い頃の話・・・。もちろん自分自身が覚えている話ではなく、親から死ぬほど聞かされた笑い話である。

幼い頃、おいらは一時期どもる癖があった。そのことはおいらも記憶かある。

特定の言葉が発しにくく、一般的に「お」の付く言葉等は発しにくいようた。

そんな時期のある日の事、おいらは親父と電車に乗ってお出かけをした。

今でこそ、「物静かでクールな紳士」をウリものにしているが、当時は喋りざかり。どもる癖なんてお構い無しにペラペラペラペラ喋っていたらしい。どもる我が子が一生懸命しゃべる姿を周りの乗客が(可哀相に・・・)といった目でチラチラ見ているのが親父も相当辛かったそうだが・・・そんな親父の気持ちを尻目に、どもりながらの『マシンガントーク』は止まらない。

そしていよいよトークのボルテージが最高潮に達したとき、なぜか「おとうさん」の「お」の後が出なくなった。

「おおおおおおおお・・・」

悲しいことにどうしても、その後の「とうさん」が出てこない。

イラつきながら、尚も「おおおおぉおおおおぉ・・・」と続く。多分、周りの乗客も「おおおおおおおお・・・」となっていたに違いない。

やがて、「お」の後が出ないまま、窒息死寸前のおいらは、ついに断末魔の叫びを上げることとなってしまった

「とぉ~みぃ~ひぃ~ろぉ~~~~!!!!」

いやいや・・・なんと親父の名前を絶叫してしまったのである・・・。

お陰で「お」を発したまま窒息死しなくて済んだ訳だが、親父は顔から火が出るほど恥ずかしかったらしい。

勿論、次の駅で途中下車したことは言うまでもない・・・。






最終更新日  2005年10月25日 22時16分23秒
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