スピリチュアルカウンセラー 詩音の日々(2003年11月開設)

2016/05/24(火)04:25

「モチベーション」イコール「愛」かも

ひとりごと(65)

今日は、午後から踊りのお稽古があったのだけど、 ちょっと頭痛がしてきて、辛かった。 痛みには結構強い方で、それほど弱音を吐いたりしないのだけど、 頭痛だけは苦手です。。ちょっとした痛みでも、精神的に耐えられない。 で、すぐ持ち合わせの薬を飲んだので、だいぶ楽になりました。 ところで、何の踊りを習っているかというと 誰も、想像ができない、予想外の踊りです。 日本人なら誰もが必ず知っている有名な踊りだけど、 多分、めったに習う人がいないだろうという踊り。 私の周囲の人にも、あまり知らせていません。 そのうち人前でもパフォーマンス出来る位、腕前が上がったら ブログでも写真付きで公表することにします。 今はまだあまりに下手っぴなので、内緒にしておきます。 それでも、この踊りは周囲の人を幸せにする踊りだと自分で勝手に信じています。 2年ほど前に興味をもって一緒に習い始めた友人たちは 何らかの理由が出てきて途中で皆やめてしまって、今、殆ど個人レッスン状態です~。 でもまあ、仕方ない。 こういうのは、義務や責任でやるべきものじゃないですから。 私も沢山の習い事をしてきましたが、 ある日突然、モチベーションが沸かなくなって辞めたくなるものです。 趣味は辞めやすい。 一方、仕事だって、モチベーションを感じなくなってしまうことは多々ありますが 生業としている仕事はそんな簡単に辞められない。 バブル時代ならまだしも、今は再就職は大変ですから。 それでも、私の場合はやる気が起きないことをやる「忍耐力」が極端に欠けているので、 無理と感じたものは、出来るだけ早めに一区切りつけて辞めることにしています。 モチベーションが沸かなくなると、最低限の義務も果たせず、周囲に迷惑かけてしまうことが多いんです。 これは、自分の人生経験から学びました。「去るべき時は早すぎる位の方がいい」 でもまあその結果、私は今のような社会的には根無し草のような生活スタイルになってしまったということでもあります。 どんな組織でも義務や守るべきルールがありますから、マイペースで周囲に合わせることが苦手な私にとっては 長期間、一つの組織に所属し続けることは中々出来ないことでした。 何よりも、拘束されない状態で「自由」に生きることが最優先事項でした。 全く会社員などの組織人には向いていません。 一方で、どこにも所属せず、社会的な評価も受けず、人にも立派な大人として認められない という状態は、私はいくらでも耐えられるので、こういう生き方をせざるを得なかったということでしょうね。 でもね、そこに「愛」があれば、犠牲や不自由さはむしろ喜びに変わったりする。 会社や組織や人でも心から愛している状態が続けば、犠牲など、どうってことないんでしょうね。 結局「愛」というのは、喜んで犠牲になったり、拘束されたりすることですから、 私は、自分の飼っていた「猫たち」にはいくらでも犠牲になる覚悟がありました(笑) 「愛」は私にとっては「モチベーション」です。 私は、すべて「モチベーション」があるかどうかを基準に選んで行動してゆくようにしています。 たとえ、よっぽど困ったり、怖い状態になる可能性があっても、 他の存在を意図的に傷つけるつもりでないなら、恐怖を避けるよりやりたいと思うことを選ぶようにしています。 その結果、確かに怖い目には沢山遭遇してきましたが、何も後悔はしてません。 人生は冒険ですから。スリリングな危険があった方が面白い経験ができるものです。 これ、すべて、私の自我の部分の話で、つらつらと書きましたが、 私が書きたいということは、世界の中の誰かしらの役に立つ内容かもしれないので、 単なる独り言ですが、UPしておきます。 おやすみなさい。

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