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2007年02月13日
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カテゴリ:冬のソナタ
並木道02.gif

先のエントリーでは、儀式について書いた。
何故そのような指摘をしたかといえば、ご都合主義で凡庸な映像作家たちが、儀式を乱用するからである。

シーンを盛り上げるために、公園の噴水に飛び込む主人公たち。
登場人物の感情の高まりを直接的に表現するとでもいうように、ドラマの中で高価な品々が台無しにされていく。
ラストシーンで飛行機が地上を離れたからといって、エンドマークでいいのだろうか。
結婚式があったから、それで物語に決着がついたのだろうか…。

無名塾の演出家だった隆巴氏の机の前の壁に、「狂気は理性の衣を着せて歩かせなければならぬ」という貼り紙があったのを憶えている。

ドラマ上の如何なる状況においても、日常感覚を失ってしまう主人公は、狂気に染まっており、その行動は説得力を持たぬ。そして、隆氏のいうとおり、狂気とは理性の衣を着せて振舞わせるべきであり、また、感情とて、同様。理性の衣を着せて歩く(行動・動作)させなければならぬのである。



さて、スキー場で人知れず結婚式をあげるユジンとチュンサンのところにサンヒョクが飛び込んでくる。
このシーンで、名画「卒業」を思い出さぬ人はいないだろう。

卒業1967年 アメリカ映画
監督:マイク・ニコルズ
出演:ダスティン・ホフマン アン・バンクロフト キャサリン・ロス


卒業は、母親と交わってしまったダスティン・ホフマン演じる主人公が、キャサリン・ロス演じるヒロインとの別れをいったんは決心したものの、その気持ちは揺らぎ、結婚式に押しかけて花嫁を奪い取る。というものだった。



「冬のソナタ」のソクホ監督は、「卒業」とまったく真逆の設定を用意している。

パク・ヨンハファンなら見方は違うのかもしれぬが、BYJファンならば、同意してもらえるはず。

ここでは、花嫁は奪うものではない。
奪われるものだ。

そして、「卒業」の瑕についても、大いに指摘している。

花嫁衣裳で連れ出されてしまったウエディングドレスのヒロインと、主人公の男性には、すでにドラマは残っていないのだ。
バスの中に突然ウェディングドレスの女性がいることは、ものめずらしい。だが、それはドラマではない。

儀式ではあるかもしれぬが、ドラマはすでに終わっているのだ。



一方の冬のソナタはどうかといえば、花嫁がいなくなった教会で、チュンサンは呆然としている。そして、そのことを心のどこかで安堵している。
そして、一番重要なことは、教会から花嫁を連れ去ったサンヒョクが、まったくもって勝者ではないことだ。

ここにおいて、「冬のソナタ」のドラマとしての出色である。

三角関係を超える三角関係がここにおいて成立している。

まさに奇跡である。

07sponta






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Last updated  2007年02月13日 10時48分45秒
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