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カテゴリ:Love
やっぱり恋人がいないと寂しいという気持ちからか、みなさん恋人探し及び維持に血道をあげておられますが、本当に一所懸命探さなければならないのは友人、といえる人たちではないでしょうか。
私もやはり恋人探しを第一義としてきたのですが、最近どうもアプローチを間違ったのではないかという気がしています。 おかげさまで、恋人といえる人たちとも出会え、色々な恋愛模様を描いてくることが出来ました。もちろん、それはそれなりに楽しかったのですが。 私は恋人にしたいと思う相手は、お顔が優れている人や、お身体の優れている方という基準より、一緒にいて楽しい人、同じような価値観を分かち合える人という基準を重要視していたようです。「ようです」というのは、その渦中では、自分自身をそこまで分析している余裕などなかったからです。これは誰でもそうですよね。 で、この基準をよく考えてみると、どうもこれは友人を選ぶ時の基準と同じなのではないか、などと思うわけであります。 友人は、一緒にいて楽しい人、同じような価値観を分かち合える人で選びますよね。実際にそのような基準で選んできた結果、私は振られた相手とも、振った相手とも、そこで終わりということでなく、友達付き合いをしています。やはり、一緒に突っ込んだ話が出来る相手を求めていたということですね。恋人としての相手に付随する諸々のことは、もちろん大事ですが、二義的なものであったということです。 その渦中の頃は、その付随する諸々の部分がクローズアップされて、それが第一義だと思っていたのですが、目新しいことは慣れれば飽きます。その後も関係を続けていくためには、異性要素よりも、友人要素のほうが大事だった、ということだったのではないかと、今更ながらに感じています。 恋人作りには努力を惜しまず、多大な労力を注ぎ込んできた私ですが、友人作りにはまったく努力をしてきませんでした。それでも、数人は友人といえる相手がおります。数年間音信不通でも、会えばすぐに昔のように素を晒すことの出来るような友人たちです。今、冷静に考えると、その人間たちは、恋人よりもずっと私にとって大切なのかもしません。あ、いや、もちろん、恋人もとても大事なんです。でも、友人を作るのは、恋人を作るよりもはるかに難しい、ということを、今更ながらに感じているのです。 社会人になると、なかなか本当の友人は出来ません。交友関係に、必ず利害関係が絡んでくるからです。会社の友人というのは、よほどのことがない限り、あなたが会社を離れた時点で関係が切れてしまいます。人生80年として、長くてその4分の1の、モラトリアムで交友に利害の絡まない時期に得た友人が、その後の一生を支えてくれることになります。 極端な話、恋人は60歳でも70歳でも作れますが、友人は難しいです。表面だけの付き合いの茶飲み友だちならいざ知らず、自分のすべてをさらけ出せるような友人は、若いうちにしか作れません。だからといって、友人は恋人と違って努力したから作れるというものではありません。だからこそ、友人は大事なんです。 恋人を作るのも大事ですが、友人を作るのも大事です。もちろん、ここで言っている友人は表面だけの付き合いの友人ではありませんよ。あなたが付き合っている恋人について、無神経や妬みからではなく、あなたがむかつくような率直な感想を言ってくれる友人がいれば、同性・異性を問わず大事にするべきです。その友人は、あなたの人生を、ひょっとしたら恋人がしてくれるより、素晴らしいものにしてくれるかもしれませんから。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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