副読本秋田書店刊『妖精国の騎士』文庫24巻「解説」笹本純(筑波大学教授) より抜粋 ローゼリィは、強者として造型された女性主人公です。助けがくるのをただひたつら待つだけのか弱いお姫さまではなく、剣と魔法で敵を打ち破り、価値ある仕事を成し遂げていくアグレッシブな行動者、戦う姫君です。この様なヒロイン像には前例があります。ジャンヌダルクや、またエオウィン姫(指輪物語)、サファイア(リボンの騎士)、オスカル(ベルサイユのばら)等々。ローゼリィがこうした戦うヒロインたちの系譜に連なるものであるのはあきらかでしょう。 これらのヒロインたちには共通の特徴があります。彼女達は皆、戦士であることと女性であることとの間で折り合いがつかない葛藤を抱えています。彼女たちは、女性としての自身を隠蔽することで戦う者としての立場を確保しようとしますが、それが全うされる事はありません。このことはヒロインの性格に一種のかげりをもたらし、読者をひきつけてやまない魅力的要素ともなるのですが、彼女自身の都合からすれば、これは負い目、弱味であって、彼女が強き戦士であることのさまたげとなります。 ただし、ローゼリィにおいては、この様な旧来型のヒロイン像は比較的早期にのみ見られるもので、ある時期以降は消えて行きます。ウィレムは消失し、美しきアルトディアスの王女であると同時に最高最強の光の剣の騎士である、全き存在者としてのローゼリィがそのまま全面に出、人々はそれを当然のこととして認めるわけです。 何故ローゼリィだけが、女性であり戦士であることの矛盾葛藤を問題とせずに済んだかと言えば、それは彼女が早々と「愛」を得ていたからです。絶対の庇護者である緑の妖精王は、彼女だけに無制限の愛情を注ぎ続けるし、アーサーもまた、ローゼリィこそが自分の運命の乙女であると認め、彼女を本性のままに受け入れ深く愛します。普通の少女マンガの主人公にとっては最終目標となるであろう、父性のと、恋人のと、二種類の愛情を割と簡単に手に入れてしまうのがローゼリィなのです。愛されていることを確信できる女性に迷いはありません。あとはただ光り輝くだけです。こうしてローゼリィは、周囲の誰からも認められる傑出した存在となります。 さらに物語の進行につれて、ローゼリィは、最も強く最も美しい至高の存在者として人を超えて神域に達します。そこであらためて彼女のうちに新たな葛藤が生まれます。神に匹敵する存在となったローゼリィは、それでもなお人間であろうとします。神となりつつ如何にして人の心を保持できるか、神であると同時に人であり続けるような方途があるか、そういったことが彼女固有の課題となるのです。 この課題は、主人公が直面するものであると同時に、物語の作者に対しても解決を迫る大問題でしょう。これは長大な物語を営々と編んできた大作家中山星香をもってしても、解を得るには相当の苦闘を強いられる難題と思われます。(違うでしょうか?) 私見では、ここで鍵となるのがシェンドラ姫の存在です。 シェンドラは、この物語の中ではローゼリィの対極に位置します。ロ-ゼリィが愛や力にめぐまれどんどん高みにのぼって行くのに対し、シェンドラは恵まれない場所に止まり続けます。凶国のロリマーの王女、父母は共に恥ずべき人間、下肢不随で歩けず、器量もせいぜい十人並み心を許す相手もなく孤独で、愛を求めても容れられない。こうしたマイナスの条件を一手に引き受けているのがシェンドラです。彼女は不幸です。 それでもシェンドラは、私達を強くひきつけます。その訳の1つには、不幸な条件下でも奇跡的に保たれる彼女の黄金の心、すなわち、正義を求める真直ぐな精神、鋭敏な感性、賢さ、勇気、忍耐力等々に引かれるという事でしょう。しかし、それだけではありません。彼女が体現している弱さの持つ価値といったものが重要なのです。 シェンドラは、援助を必要とする弱い存在です。彼女はいつも助けられる位置にいます。彼女はもっぱら受け身の様に見えます。しかしそれは違います。 この世では、人を救う事を通じて救う方も救われるということがあります。人を救う事は喜びです。その喜びを与えられた事で救う者もまた救われるのです。人を救う者は、救う行為を通じて自分の生きる意味を知らされ、自ら救われるのです。こういう事体の延長線上に、弱さを身に受ける事によって人に尽くすという形の生を考える事ができます。その最も著明な例がイエスの場合です。シェンドラをキリストに見立てる事は大袈裟でしょう。でも、あながち間違いとも言えないと思うのです。 至高の強者たるべく運命づけられたローゼリィ。弱さを体現し続けるシェンドラ。両者は、いつか決定的に対峙することになるでしょう。光と闇の至高の彼方からローゼリィが人間界に帰還するとき、それを迎えるのは(アーサーではなく)シェンドラだと考えます。彼女こそが、彼女の弱さこそが、人間的な世界の中核なのですから。 【超訳】 従来の物語に見られる男装の女戦士と比べ、美と才能と周囲の信頼のみならず 愛情までもを簡単に手に入れてしまったDQN姫は 安易な一人勝ち設定ばかりが目立つため、読者側の感情移入は難しい。 「大風呂敷を畳むには、キャラも作者も相当の力量を要する難題」であろう。 人間的魅力にあふれる、シェンドラ姫の活躍に期待する。 ↓献呈された解説に対する、作者コメント。 -------------------- お忙しい中、素敵な解説をありがとうございます。 新鮮な解釈で「おおおっ」「うわっ」「むむ~」となりつつ拝読致しました。(べ…べんきょうになりました) 確かに光の剣(ルシリス)は(運命(さだめ)の星石(いし)である青石(サフィール)は、神々の運命も変え得る超越した存在で…その担い手に選ばれたという事は、つまり神域に放り込まれた…ということになってしまうのかもしれないです…。 -------------------- 正直、そこまで深く考えずに描いてましたが 「物語の大きな流れ」を無視して、勝手にストーリィを考えられても困りますね。 そういったラストは想定しておらず、今後シェンを活躍させるつもりもないので 大人な私は、取り敢えずスルーしておこうかなーっと。 理想的な女主人公(ルビ:ヒロイン)を褒め称えないなんて、ムカツクなあ、もぅ。 総括 : さすがインテリ。見事な考察をもたらした教授に対し、どこまで作品内容が迫れるか!? …完結を見守りたい。 【資料提供】 ★スレ 16-745 さま ≪ Special Thanx! ≫ ジャンル別一覧
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