■本地八幡社【尾張国】
今日は瀬戸市にある 本地八幡社 を紹介します。その昔、争いが絶えなかった戦国時代には、この尾張と三河の狭間にあったこの地域も例外には漏れずも今は平和な片田舎の社という感じで、その場所は瀬戸市西本地町にて矢田川沿いに位置しております。尾張の戦国時代❷ 信秀から信長へ『信長公記』首巻のウソ・マコト [舟橋 武志]■本地八幡社(現在も田園地帯の中にポツンとあります)■手水舎(入口のすぐ左手に鉄筋コンクリート造こちら)■手水舎❷(もうひとつ東面に木造瓦葺きのコレが~)■参道(杉など木々の並木が社殿まで数十メートル続く)■末社(左手は戦没者を祀る忠霊社、右手の2つは不明?)■末社❷(山神社・大神宮社・金比羅社・津島社・鍬神社~)■社殿(昭和47年に改築した鉄筋コンクリート造のもの)■神額(正面の拝殿上部にかかげらている八幡社の額!)■本殿内部(先の正面拝殿より見た本殿内の祭壇でした)小学生博士の神社図鑑 ぼくの近くにはどんな神さまがいるの? [佐々木 秀斗]今回の神社もいつものウォーキングやサイクリングをしている矢田川沿いであることから片道10kmほどありましたが、自転車で行ってきました。 また現地の由緒から創建は鎌倉時代の文治元年(1185)だそうです。 ■社名 本地八幡社■社格 村社■祭神 応神天皇■住所 〒489-0971 愛知県瀬戸市西本地町2丁目158■駐車 無