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サザンソウル☆ヒッピーズ

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正木 泉

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2006.03.20
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カテゴリ:カテゴリ未分類
 3月も後半に入り、学生は春休み、飛び石連休ということもあり、下田も観光客で賑わうようになってきた。朝晩はひんやりしているが、日中はTシャツでも大丈夫。いやー、春なんですねえ。春から夏にかけてのこの季節、大好きだなあ。日ごとに緑が美しくなり、メジロやウグイスなどが鳴き、コイやハヤなどの川の魚たちも生き生きと泳ぎ、それぞれが暖かい春を謳歌しているよう。家の周りにある田んぼのカエルたちも冬眠から醒めたらしく、ゲコゲコやらかし始めた。
 僕の雑貨屋がある、ここペリーロードも、川辺の柳の木の緑が鮮やかになってきた。ペリーロード? なんなのそれ、って方に簡単にご説明。ペリーっていうのは、ほら、歴史の教科書に出てくる黒船のペリーのこと。黒船来航で、日本は上を下への大騒ぎになって、ついに1954年(嘉永7年)に下田で日米和親条約が結ばれた。それによって開港された下田には、ペリー提督率いる多くの船が続々と入港してきた。そんな開国の町のシンボルとして生まれたのが「ペリーロード」。
 このあたりは、もともとは港町の遊郭街。僕が高校生くらいの頃は水商売関係の店が多くて、子供には近寄りがたい雰囲気のところだったのだけど、当時、上陸したペリーはこの道を通って条約締結の場となった了仙寺に行ったらしい。そこで、今から15年ほど前に、その道がペリーロードと命名されたわけ。ペリーたちは日本の美しい風景や町並みに驚嘆したということだが、実際、この通りは、今でもなまこ壁や伊豆石を使った家が何件も残っていて、風情のある通りなのだ。テレビの露出度も高く、映画やビデオクリップの撮影などもよく行われている。そういえば、この間は一青窈(ひととよう)が撮影をしていた。
 このブログも、そのペリーロードにある店のPCで書いているのだが、ここにいると、気分は時代屋の女房ならぬ、時代屋の亭主ってところ。ひょんなことからこの場所で店をやることになったのだが、東京で仕事をしていたときとは一味も二味も違う出会いもあって、出会いや縁の妙をとみに感じる今日この頃だ。
 これから夏にかけて、下田に行こうと計画されている方。僕のオススメ第一はもちろん海、それも吉佐美エリアがベスト。次にペリーロード。下田に来られたら、足を運んでみてください(なんだか下田観光大使みたいだな)。





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Last updated  2006.03.20 17:07:48
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