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カテゴリ:ワールドカップ雑感
ついにあと1週間を切ったワールドカップ。
イングランド方面では、白地に赤十字のセント・ジョージ・フラッグ(聖ジョージ旗)があまりに氾濫しているのに対して、これは大英帝国に対する侮辱だから掲げるのを禁止してユニオンジャックに変えるべきとか、うるさいワールドカップに出るのは大英帝国じゃなくてイングランドなんだから当然だろとか、そういう瑣末な、しかし民族のアイデンティティにかかわる議論で盛り上がっているようで、イギリスで一番下世話で一番売れてるタブロイド紙『ザ・サン』は、こんなキャンペーンまで展開して、セント・ジョージ・フラッグを煽っています。 画像は、同紙のサイトがプリントアウト用に用意したスリーライオンズ応援用特製フラッグ(印刷して使ってくれって言ってるわけですから、ここに載せても著作権侵害だとか言わないですよね)。 でも、イングランドの皆さんは、この旗にどんな起源があるのか、ご存じなのでしょうか。 イングランド王国とロンドン市が、このセント・ジョージ・フラッグを使い始めたのは、今を遡ること900年近い1190年のこと。中世の真っ只中、十字軍の時代です。 当時ヨーロッパの辺境国だったイングランドにとって、大きな産業のひとつだったのが地中海貿易。しかし問題は、スペインをぐるっと回ってジブラルタル海峡経由で西から地中海に入り、東の果てであるコンスタンティノープルに行って戻ってくるまでの航程で、しょっちゅう海賊に襲われて略奪の憂き目に遭うことでした(英国艦隊が無敵を誇るようになるのは、それからまだ500年も先の話です)。 そこでイングランドは1190年、当時地中海でヴェネツィアと並ぶ最大の勢力だったジェノヴァ共和国に上納金を払い、商船の護衛をしてもらうという契約を結びます。その時に、ジェノヴァの友軍であることを示すために、元々ジェノヴァの旗印だった白地に赤十字の旗、クローチェ・ディ・サン・ジョルジョ(聖ジョルジョの十字旗)を、イングランドの商船隊も掲げるようになったのが、この旗のそもそもの由来です。下の画像は、そのジェノヴァ市の紋章。 つまり、イングランド国旗は、元々はジェノヴァ共和国の旗印だったというわけ。少なくともイタリア側の史料ではそういうことになっています。セント・ジョージは英語ですが、イタリア語だとサン・ジョルジョ。同じ人です。 元々は自国の商船隊の護衛をお願いした国の旗印でしかなかったのに、どうしてそれがイングランドの国旗にまで昇格し、その象徴たるセント・ジョージがイングランドの守護聖人という地位にまで出世したのか、そのあたりの事情は、ちゃんと調べてないのでわかりません。 でも、このセント・ジョージ(=サン・ジョルジョ)さんについてちょっと調べてみると、なかなか興味深い話が出てきます。 セント・ジョージというと生粋のイギリス人みたいですが、この人は紀元3世紀に当時ローマ帝国の属州だった小アジアのカッパドキア(現在はトルコ領内)で生まれた、ローマ帝国軍の将校でした。キリスト教の聖人として祀られるようになったのは、ディオクレティアヌス帝のキリスト教弾圧に反対し、処刑されて殉教したため。 当時かの地で使われていたギリシャ語ではゲオルギウスさんという名前だったはずですが(ラテン語でも同じ)、それがイタリア語ではジョルジョ、フランス語ではジョルジュ、スペイン語ではホルヘ、ドイツ語ではゲオルグ、英語ではジョージと呼ばれています。みんな同じひとつの名前です。そこに聖人を表すセントとかサンとかいう接頭辞がついている、と。 このゲオルギウスさんの聖人としてのキャリア、これがなかなか輝かしいものです。 殉教してから何世紀か後、キリスト教をアルプス以北の異教徒(当時はフランスから北はみんなバーバリアンの異教徒)に布教するために、各地の神話や民間伝承を動員して 中世にはその話が、当時流行した騎士物語のひとつとしてヨーロッパ各地で大流行し、「ドラゴンスレイヤー」として一大スターにまで成り上がりました。 ゲオルギウスさんが生まれ故郷から遠く離れたイングランドの守護聖人に就任したのも、たぶん、元々はジェノヴァからの借り物だったけどそのうちイングランド商船隊の旗印になったこの旗のシンボルが、勇猛果敢な「ドラゴンスレイヤー伝説」(とか書くとゲームソフトのタイトルみたいですが)の主人公で、当時としては最高にカッコよかったからでしょう。 英国大使館のホームページには、14世紀から15世紀にかけて戦われた百年戦争中、イングランドの騎士たちがセント・ジョージ旗の下で、セント・ジョージの名を叫んで戦ったと書いてあります。でも、6世紀よりも前の話はなかったことになってます。 『ザ・サン』は、ナショナリズムを煽るためにキャンペーンを展開しているのでしょうが、その旗が元々はイングランド人のアイデンティティとはなんの関係もないジェノヴァ起源だとか、イングランドの守護聖人であるドラゴンスレイヤーのゲオルギウスさんが実はアジア人だったとか、そういうオチがついてしまうところに、ヨーロッパがひとつの文化圏としていかに広い共通の土台を持っているかが、よく表れているような気がします。■ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.06.04 23:13:20
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