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ここのホステルで濡れ衣を着せられたことは今こそ笑い話だが、そのときはさすがにしんどかった。
それは軽い濡れ衣ではなく、びしょびしょの濡れ衣であった。 その夜は昼間の暖かさとは逆に、強く冷たい風がホステルの壁のない屋根だけのリビングを頻繁に通り抜けていた。 僕らはリビングの輪になって日本人だけで飲んでいた。 事件は夜10時過ぎに起きた。きもちよくなってぐったりしているとドイツ人のカバのような顔の女がその目を最大級に血走らせ、顔中の血管に圧力をかけて、その牛のようなパンパンに太った体で突進し、僕を両手で張り倒した。 何事か分からなかった。 カバ「あんたあたしのケータイ返しなさいよ!」 僕「え?何のこと?」 カバ「とぼけるんじゃないわよ!あんたがあたしのケータイ盗ったんじゃない!はっきり見たわよ!あたしが寝てる時あんたは部屋の中に入って荷物をあさってサイフやケータイを盗ってったじゃない!」 僕「理解できない。あんたが何について言っているのか分からない!」 皆ポカーン。アングリ。 カバ「あーなんて事!どうして!はっきりあんたの顔を見たのよ!」 僕「何言ってんだこいつ・・・」 グミ君「えーーーと、君は彼が盗ったって言ってるの?彼はずっと俺らと一緒にいた。じゃあその服装は?特徴は?」 カバ「この今あんたが着てる赤い服!そしてその首から提げてるライター!」 僕「酔ってんの?この人」 カバ「さぁ早く返しなさい!」 化け猫のような形相でこの女がギャーギャー騒ぐので仕方なくそいつの部屋まで行った。 皆を起こしてまた泣き喚く。 ドイツ人がほかに二人、それと日本人のトモちゃんがその部屋の住民だ。 ドイツ人の友人たちはカバが見たというものだからその情報しかないので当然カバを信じる。 そして冷たい目で僕は見られることになった。 日本人の友人5、6人はずっと僕と一緒にいたので次の日が仕事にもかかわらず戦ってくれた。 ホステルの住民達も何事か、と出てきて、その度にカバは皆に、 「この人が盗ったのよ!」 とわめくもんだから、「え、ホントに?」という顔で僕の顔を覗き込む。 しばらくしてそのカバだけでなく他の人達のサイフやケータイも盗られていることが分かった。 トモちゃんもデジカメを盗られていた。 ホステル中、混乱していた。 ドイツ人のモーレツが、「二人で話そう。ほんとにお前じゃないのか?今出せば警察にも連絡しないし、すべてさっぱり終わる。警察が来たら大変だぞ。」 などと説得までしてくる始末。 僕は必死に弁解に精を出したが、やはりこういうときの大事な英単語が出てこなくて、なかなかうまくいかない。 そうこうしているうちにカバがどんどん皆に根も葉もないことを並べるもんだから次第に多くの人が僕を睨むようになった。 しばらくして警察が来た。 事情聴取をしてカバは僕を指差す。 警察「真実を話せ。あの女はお前がやったと言っているが、どうなんだ?」 僕「おれじゃない。あの女の誤解だ。」 警察「100パーセントか?」 僕「100パーセントだ。」 どでかい警官だった。 警官の後に大勢続いて、僕の部屋に盗ったものがあるか調べにきた。 その時、細長いバンダナを巻いたハラに天使の入れ墨のあるヨーロピアンの男が飛んできて、 「俺の金もやられた!お前がやったのか!もしお前だったらぶっ殺すぞ!!」 と罵声を発し、人を押しのけやってきた。 止めに入ったゆき君がドンと飛ばされた。 警官が止めに行ってなんとか納まった。 僕が持っていないという事で警官は彼はシロだと皆に言ってくれた。 その瞬間にバンダナ男は、 「おー、なんて事だ、あのドイツ人の女が言うからお前を疑ってしまった。すまなかった。俺はバカだった!」 と言ってくれたが、カバはグスグスと醜い顔で泣いているだけだった。 警察が帰ったら次はオーナーの弟のキントンが出てきた。 この人には僕は好かれていないからやっかいだ。 そしていろんな人が出てきて、皆して探偵ごっこをやっていた。 その姿といったらなんとも滑稽だった。 僕はもう疲れていたが弱いところを見せては疑われるから気をはりつめていた。 トモちゃんもカメラを盗られたショックで混乱ぎみだった。 日本人の友人達もちゃんと皆にアリバイを説明してくれていた。 一度なんとなく落ち着き、夜も一時をまわっていたので僕は寝に入った。 しかし数十分後にオージーのミックが「おい!こい!話がある!」 などと切れぎみで部屋に入ってきた。 「あぁ、またか・・・面倒だな・・」 僕は仲のいい人達と目を合わすのが嫌だった。 軽蔑されているのは、こんなにも辛いものかと初めてここまでの辛さを味わった。 「もおう俺でいいや・・・疲れた。」 などと思った。 なんとか納まって寝れたのは三時過ぎだった。 次の日、起きてカーテンを開けると空は綺麗に晴れていた。 大きなワシが高く飛んでいた。 でも、僕は起きるのが嫌だった。 どうせ皆疑っているんだ。 でもこれは僕とあのカバとの間だけのことではなく、他の人達も被害を受けているのだから僕もあまり大声で、俺じゃない!関係ない!とは言えなかった。 カバも被害者なのだから。 疲れきった体でキッチンへ行った。 「グッモーニン」 がんばって言った。イングランド人のヘレンが朝食を作っていた。 「モーニン!あなた大丈夫?私はあなたじゃないと思ってるよ。昨日ホステルの裏でサイフが一つ見つかったの。多分アボリジニの子供。あんなにあなたを責めるのって皆どうかしてる。とにかくまだ疑ってる人もいるけど、あたしはあなたの味方。友達でしょ?」 今まで張り詰めて一人で踏ん張っていたものが緩んだ。 と同時に自然と目から涙がぽろぽろ零れてきた。 恥ずかしい。泣きたくない。 ヘレンは同情してくれて、抱きしめてくれた。 するとドイツ人のフランクも、ドイツ人の名前も知らない女の人も「君の味方だよ」と言って抱きしめてくれた。 元々全然涙もろくないはずなのに、 僕は涙をしばらくの間止められなかった。 名前の知らない子はミントティーを作ってくれた。 ミントティーは元々好きではなかったが、あのときのあの暖かいミントティーは僕の小さく縮こまってしまっていた心を暖めてくれた。 次第に町の中からケータイが見つかり、アボの子供がカメラや貴重品を持っているのを発見されたりして、事は解決に向かって行った。 僕の疑いも2,3日でほぼ完全に消えた。 あのときの濡れ衣は生涯でも屈指のアクシデントの一つになるだろうと思う。 次にミントティーを飲むときは、この事件の事、日本人の皆、優しかったヘレン、名前の知らない彼女達のことを思い出すだろうと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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