なんでそうなるの

2007/07/04(水)11:15

「愛のひだりがわ」筒井康隆著を読む

テレビ・映画・本(394)

昨日 肝心なことを書き忘れたけれど 私の疑問は筋金入りの社会活動家としても評価されるべき コムスン創業者が なぜ 最後に あの畑違いの折口氏に 会社を譲り渡したのか ということなのです これは 「2つのコムスン」を大熊由紀子氏が書き進めるなかで明らかになるだろうし 避けて通れない問題だろうと思います さて 私め こんな事ばかり考えていたら 初老性の鬱状態になること疑いなしなので口直しに 近未来メルヘン「愛のひだりがわ」筒井康隆著を読みました 社会が今よりも荒廃した近未来の日本で12歳の左手が不自由な愛ちゃんが 母親に死なれて どこかにいる父親探しの旅に出て 成長していく物語で 主人公の愛ちゃんは成長するということは失うことだと自覚するところで終わるのです で 何がメルヘンかというと 連作風味のこの物語には 旅の最中 左手が不自由な愛ちゃんの左側には 必ず 愛ちゃんを守るものが居るのです それが 亡くなった母親の魂であったり 同級生だったりご隠居だったりぎりぎりのところで 必ず守っていてくれるものが居て人間だけでなく 母親の生前に守ることを依頼された犬だったり愛ちゃんの左手を噛んで不自由にしてしまった犬までもが 時として 左側で 愛ちゃんの成長を守ってくれるのです そして ただのメルヘンで終わらないところは やっと 出会えた父は ぐうたらで 愛ちゃんは 決別宣言をします それどころか ほのかに恋心を寄せていた同級生には 恋人が出来 犬たちも 年齢が来て旅できなくなり 別れるのです でも 愛ちゃんは 迷わず 一人で歩いていこうと決めるのです よわい わずかに16歳であります じゃ何か このおれは 歳は食っているけど 未だに成長できない 子供のままか? というのが 一番大きい読後感であります それじゃ 私めは いつまでも 子供のままの ピーターパンじゃないか と きれいにまとめてみました 筒井康隆氏といえば「いわゆる差別的表現」で 断筆宣言をされた方でありますが その時の ご本人の心境は この愛ちゃんのようなものでしょうか 当事者同士ならば すんなりと解決したでしょうが いわば 応援団同士の不毛な論争になってしまった という一面がありましたね 私は 当時 どちらかというと 筒井氏の姿勢にやや批判的な立場でした そりゃ 筆が滑って 人に不快な思いをさせたら 謝るのが当然ですよ でも事が大きくなって 彼をはじめとする文壇社会の差別体質が などと いうことになったとき ??と思ったのです 私は 勿論 あらゆる差別に反対です でも 自分が自警団になって いわゆる差別刈りというのも ちょっとねえ と感じていたからです その後 共生 という有り難い言葉がはやったので 私は 共生を目指そうよ という立場で生きることにしました 共生は 異種が共に生きるという意味だから 字がそぐわないという人もいます じゃあ 共棲ならどうかな でも 同棲時代思い出すね 最後別れたんでしたっけ? 筒井氏も 宣言当時は 大きな波風を受けて 旅を始める 愛ちゃんのような 心細い心境だったでしょうが やはり その左側には 読者という 守り手が ずっとついていてくれたんでしょうね 今後も いい作品を出して下さい 何はともあれ 文庫本の表紙が 少女に寄り添う大型犬の絵で それが可愛くて つい買ったんです この本  

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