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さて、今回はゲームを。この世にインターネットという革命的なコミュニケーション&情報ツールが生まれ、その魅力を最も理想的な形で昇華した最大最強のハイパーエンタメコンテンツとも言うべき「ウルティマ・オンライン」。インターネットを少しでもかじったことのある人ならば老若男女を問わず、少なくとも名前くらいは知っておかねばならないと思う。
ウルティマ・オンライン=UOとは昨今ようやく活性化してきているネットワークゲームの御大とも言うべき存在なのだが、ではどんなゲームなのかというと、「中世ファンタジーを題材に、現実世界をシミュレートした擬似空間を体験する」ものである。 アメリカから日本にロールプレイングゲーム(と日本語で書いてしまうと確かホビージャパン社の商標に抵触するので、一般的にはRPGと略称を使う)というゲーム形態が紹介され、「ドラゴンクエスト」や「ファイナル・ファンタジー」といった大ヒットゲームによってごく一般的になったことは周知の事実である。このあたりのことを書き始めると、このHPのサーバーが容量オーバーでダウンしてしまうほどにいくらでも書き綴ることができそうなので、とりあえずやめておくが、本来のRPGというものと、現在日本で流布している前述の作品のようなゲームでは根本的な部分が異なっている。 それは、アメリカで生まれ、欧米諸国を中心に広がったRPGというゲーム形態は本来は、一定のプロットに沿いながらも、筋書きのないドラマをコミュニケーションによって作り出していく、というものだったからである。UOはその基本概念をあまりにも忠実なほどにインターネットを介して実現してしまった。プレイヤーは自分の分身たるキャラクターを設定し、好きな町からスタートすれば、そこに広がっているのは「ほぼどんなことでもできる」仮想空間である。剣を磨き、モンスターを倒し、その宝を集めて財を成すもよし。自分の部下を雇うこともできるし、強くなれば自分の王国を築くことも可能である。はたまた、何も戦闘に明け暮れる必要は全くなく、木を切り、弓を作り、それを売りさばく商人になることもできる。海に釣り糸を落とし、釣った魚を売って金を得ることもできる。そして、世界の中で出会う人々もその多くが同じゲームを遊ぶ他のプレイヤーが操るキャラクターであり、同時に最大3000人ものプレイヤーが世界を共有する。 全てが自由、明確な目標のない擬似世界の中で、自分だけのライフスタイルを楽しむ、それがUOというゲームである。 現実とは異なる擬似世界のゲーム体験、という題材はあまたの映画や小説・漫画で繰り返し描かれてきたので、その没頭感が並々ならぬものであることは分かり得ると思う。まさに寝食忘れてひたすらうちこみたくなるほどの麻薬的な魅力を持っている。また、UOがなぜ発売から3年を超えても、長期にわたって支持され続けているのか?との問いかけには、運営会社の並々ならぬサポートのたまものと、そして筋書きなきドラマをプレイヤーたちが作り出す、という人間の無限大の想像力にゆだねられているゲームの核心にあると答えられる(実はこのあたりはインターネットサービス最大の成功例の一つである、こちら「楽天市場」にも通じるなあと思う)。 日本で独自に進化していったRPGという形式は、特定のキャラクターを主人公に、ドラマを映像で見せるといった手法をとり、アメリカのRPGと比較して、プレイヤーの自由度がない、とか、皆が同じ目標に向かって進むのはまるで日本の受験勉強、就職戦争と同じレールを敷いた人生観の表れだ、とか無茶苦茶な批判を食らうことも多々有り、これには賛成も反対もしないが、明らかに文化が違うのだ、とは言えると思う。だから、このUOのようなゲームに直面すると、その柔軟な奥深さには感動を抱かずにはいられない。 UOというゲームはシステム的に多少難解なところもあり、ごく一般的なプレイヤーが遊ぶにはとっつきにくいことは否めない。ただ一つ言えるのは、「日本が唯一アメリカに勝っているエンターテイメント産業はゲームだ」というマスコミの論調を鵜呑みにすることはできず、アメリカという国が育んできた、他者とのコミュニケーションを基調とする各種ボードゲームやカードゲームの流れを汲む壮大なゲーム作品がインターネットを媒体に、ゲームを超えたコミュニケーションツールになっているという事実。そしてそれほどまでのコンテンツを作り出せるアメリカという国の懐の深さには、やっぱりすごいなあ、と感心することしきりなのである。 オススメ度:★★★★(5段階) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2001.08.29 21:06:11
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