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空間は時に人を狂わせる。
心に染み込むほどの深き闇。どこまで進んでも終わりなき迷路。これらの空間が生み出す幻惑は、人に陶酔さえ与える(繰り返すが、ヴェネツィアはそんな負の魅力をも持ち合わせた街なのだ)。乱歩も正史もそんな負の魔力にとりつかれた作家であり、彼らの作品には何度もそれらのシチュエーションが姿を見せる。 閉ざされた空間の中で、殺人が起こる。内部には死体が残るのみで、犯人が脱出した形跡はない。鍵はかけられ、一切、人の出入りができぬ状況、それが「密室」。 「密室もの」と呼ばれる推理小説のジャンルは、空間と殺人というものを極限までパズル化する。一部のミステリーマニアは、「密室」という言葉を聞いただけで歓喜に震える、それほどの魔力を秘めているのだ。 密室の巨匠というべきジョン・ディクスン・カーは、様々な不可能犯罪を提示して、読者に挑戦する。彼の小説は、吸血鬼や魔女伝説などの様々な怪奇趣味に彩られ、死体消失や密室殺人などの不可思議なトリックがこれでもか、というほどに盛り込まれる。そのサービス精神はきわめて旺盛で、どの作品を読んでも強烈な知的パズルとオカルティズムに心地よい疲労感さえ覚える。 クイーンやクリスティと同時期の大作家でありながら、あまりにも「本格」で複雑なミステリーであるために、日本では知名度の点で劣るものの、読むべき傑作は極めて多い。そんな中でも、自分にとってカーとの最初の出会いであり、大きな衝撃を受けた「三つの棺」は彼の代表作と言える。 雪に覆われた二月のロンドン。ある博士の書斎を訪れた謎の仮面の男。彼が入った直後、部屋からは銃声が響き、扉を開けると中には血まみれの博士が倒れている。しかし、仮面の男は姿を消していた・・・。 不可思議な密室殺人を中心に、さらに多くの謎が加わり、事件は進行する。名探偵が語る、密室殺人を類型化した「密室講義」を挟み、複雑な糸が見事なまでにほどける解決シーンへ。ミステリーの醍醐味が十分に味わえる傑作である。 言葉は人の命を無機質に、しかしながら、心の機微と世界における空間との関係を上方から描き出すことができる。優れたミステリーを読むと、そんな言葉というもの、そして、それを作った人間の偉大な力と存在の小ささに感じ入ることができるような気がする。 【オススメ度】★★★★(5段階) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2001.09.11 12:28:27
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