想像ですが・・・消された歴史??「粟島」の「浮島八幡宮」!!
徳島県北部を東西に流れる大河「吉野川」・・・。その河口から約30kmのところに、日本最大の川中島の「善入島」があります!!ここはかつて「粟(あわ)島」と呼ばれていました(*^_^*)♪「阿波忌部」が開拓した島・・・「粟島」・・・です\(^o^)/広さはなんと約500haもあります♪大正初期(1916年)まで506戸、3000人の人々が住んでいたのです!!しかし・・・吉野川改修工事が行われ、明治末期から大正初期までの間に、政府の立退命令で住民は堤防外に移動します・・・。改修後、内務省が島西北にあった善入寺の名をとって「善入寺島」と呼ぶようになりました!!「阿波忌部」が「粟」を植え開拓したと言われる「粟島」には、「阿波忌部」の祖「天日鷲命」を主祭神とする「浮島八幡宮」があったのです(現在の川島神社)!!一説によると大社「忌部神社」に比定される古社でした(*^_^*)!!残っている写真を見ると・・・小高い丘の上に「浮島八幡宮」があります♪吉野川は「四国三郎」と呼ばれている「暴れ川」です!!洪水の怖さを知っている徳島県民なので、当初は流路の邪魔になるのですべて破壊して撤去したのだと思っていました・・・。しかし・・・最近、ふと・・・全部破壊しなくても・・・と思うようになって来ました!!何故・・・破壊してしまったのか・・・???そして・・・「粟島」の名前までを消してしまうとは・・・???「阿波国」の名前の由来が、この「粟島」から来ていると言われているのに、何故「善入寺島」などとしてしまったのか???それは・・・「阿波の歴史を隠すため」・・・。そんな想像をしてしまっても・・・おかしくありませんよネェ・・・。政府は「浮島八幡宮」を消してしまいたかった!!「阿波国」の「阿波」・・・「粟」を消してしまいたかった!!!(>_