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長編時代小説コーナ

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Aug 9, 2015
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カテゴリ:つれづれの間に

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「安倍総理が安保法制を急ぐ理由」(3)

ID:r8jas9

 今日は長崎に原爆投下され70年を経た暑い日です。

 日本は広島、長崎と核爆弾を投下され、無辜の市民が犠牲となりまし

た。70年を経ても、日本の左翼は核のトラウマに苛まれています。

 日本人として決して忘れてはいけない戦争の教訓ですが、そろそろ乗り

越える時と思います。

 世界は急速に変化し、戦争の脅威は世界中に拡散しています。

 軍拡競争は烈しく、戦争を求める国やテロ組織が戦火を求めています。

 戦後70年を平和に過ごした許が憲法にあると思う、平和ボケの左翼は

そこに在る危機から目を逸らし、見ようともしません。

 野党の国会議員もそうです。彼等の幼稚さは目を覆いたくなります。

 平和を守る議論をせず、枝葉末節な議論に口角泡を飛ばしています。

 まず領土と国民を守る、これが国会議員の努めです。

 併し、そうした知識を持たない議員を選んだのは我々です。

 中国の侵略の実態を学び、それを抑止するかを議論せずに安保法制を

「戦争法制」などと呼び、憲法学者の意見を拝聴し反対するなどは、 

亡国の道を辿ることです。

 こうした議員は次の選挙で選んではいけません。落選させましょう。 

 危機を回避する道は戦争を仕掛けようとする、覇権国の野望を抑止する

軍事力が必要となります。

 こうした事が分かる議員に投票しましょう。 

 兵器の進歩、核兵器の拡散、生物兵器の開発。これは現実の問題です。

 そのために安倍総理は安保法制の成立を急いでおります。

 最近の調査では安保法制を容認する国民が増えています。

 それに反対するサンデーモーニングは、したり顔の司会者と有識者 

モドキで反核の議論を行っておりました。

 一部の国会議員が核兵器を日本も保持し、抑止力の強化を図ろうとする

問題を憂いべき問題だと分かりもせずに、心配そうに語りあっています。

  こうした反日テレビ、反日新聞は観ないようにしましょう。

 このテレビの親会社は反日で有名な毎日新聞です。 

 こうした状況を私は、秩序なき自由、常識なき世論と鼻で笑ってます。

 私には安倍総理の心境が理解できます。日米同盟の強化は米国からの

脱却の一歩と考えています。

 もうそろそろ日本は米国の従属関係を解消し、真に自立した国家に

成らねばなりません。これが戦後レジームからの脱却です。

 米国のポチを辞め、自主独立国家に成らねばなりません。

 最近は米国も変化しています。日本の武器輸出を容認し、第五世代

のステレス戦闘機の開発に、反対意見を挟むことをしません。

 どこの国も自国の国益が最優先です。米国も漸く気づいたのでしょう。

 自国の経済業況の悪さを、それ故にTPPの決着も先送りになりました。

 間違いなく米国も疲弊してきています。

 日本は同盟関係を強化し、米国の信頼を得つつ従属関係から真の友好国

ならねばなりません。 

 これが中国の脅威に対する抑止力なのです。

 序に韓国とは国交断絶をしましょう。嘘、捏造、すり寄りの国家など、

隣国としての付き合いは止めることです。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  







Last updated  Aug 28, 2016 02:12:31 PM
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Aug 6, 2015
カテゴリ:つれづれの間に

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「安倍総理が安保法制を急ぐ理由」(2)

 長い間、続きを書く意欲が湧いてきませんでした。

 そろそろ書かないと、兎に角、平和ボケ左翼の煩わしい事。

 まさに狂っています。集団的自衛権のなんたるかを知らず、今でも戦争法制と

叫び、国会の回りを取り巻き気勢を挙げている亡国の輩。

 民主党、共産党を主力とし、共産党の息のかかったシールズと名乗る若者。

「僕達は戦争には行かない」

「おう、結構だね。願ってもお断りだよ」

 今の軍事組織は馬鹿では務まらないのだよ、昔とは違うよ。

 そしてこうしたブログで相も変わらず、安倍総理の悪口を書いている、

左翼モドキ。

「戦争を抑止する」これが国土と国民を守る政府の努めと自覚する人物を、

かくも、次々とこき下ろす根気だけは敬服するね。

 よほど性根が腐っているのだろうね。

「中国、北朝鮮、韓国(仮想敵国)の最近の膨張を脅威と感じないのかね」

 こう問いたいね。感じないとしたら手の施しようもない不感症だね。

 こうした輩は反日新聞の朝日、毎日、沖縄タイムス、琉球新報なぞを

毎日、読んでその記事の内容を信じ切っているんだね。

「あんた達に問いたい。国を守るにはどうしたら良いかね」

 多分、友好関係を結び隣国と仲良くする。こんな答えだろうね。

 友好関係を強固にし、善隣関係を大切にする。これは正解だよ。

 併し、こうした事を理解しようせず、覇権を狙っている大国が日本の、

隣にあることを忘れてもらっては困るね。

 その一番の強国は隣の中国だよ。年々、国防予算を倍増させ巨大な

軍隊を持った国。南沙諸島では日本のシーレンを脅かすように珊瑚礁を

埋立、そこに滑走路を造り、沿岸諸国の東南アジアの国防に脅威を与え、

平然と中国の領海と主張している。

 今に防空識別圏も設定するだろうね。

 大陸国家から海洋国家へと変貌する国だよ。

 流石に腰の引けた米国のオバマ大統領も、これには反論し爆撃機を飛ばし、

牽制にやっきとなってきたね。

 更に前回に書いたが、東シナ海の中国の排他的な海域にプラットホームを

12基も、日本に何の相談もなく建設してしまった。

 あれは資源が欲しいのではなく、軍事施設として使用したいのだ。

 こうした中国の覇権主義に我慢できず、米国は日米ガイドラインを四月に

見直し、北朝鮮の脅威から中国の脅威と訂正する内容にしたね。

 米国も中国を最大の脅威と認識したのだ。

 この中国から日本を守る為に、安倍総理は安保法制を作り衆議院で議論した。

 その法案が衆議院を通過する時の、民主党、共産党の大騒ぎは見ておれないよ。

「戦争する国になる」「徴兵制度復活」「民主主義を無視して強行採決」

などのプラカードを手にカメラに向かって群がっている。

 あれが野党の国会議員の態度かね。強行採決は違法な反対意見だね。

 我が国は立憲民主主義の国だよ、数で法案を通すことに何の問題がある。

 反日メデアの反撃も凄いね。「違憲」憲法学者の大半が安保法制は違憲と

言っている。冗談はやめてくれよ、象牙の塔で書物を読み国の脅威も知らない

学者に、国の安全を任せられるかね。

 そんなことで国が成り立つなら、議員なんて要らないよ。

「さて質問だよ。国の安全を保つには二つの方法があるが知ってるかえ」

 集団自衛権の意味も知らない輩が応えられる訳がねえよ。

「個別的自衛権で守る。そう一国のみで他国の侵略を排除し国を保つ」

 これは凄いほどのお金が必要だよ。中国の軍事費に対抗するには、

到底、日本のみでは無理な相談だね。

 その対案が数か国と同盟を結び、中国の侵略を同盟国で協力して守る。

 これが集団的自衛権なんだぜ。そのために安倍総理は真っ先に米国と

強固な同盟関係の構築を考えた。

 日本には米国と自衛隊の基地が全国で130基地も有ることを知ってるかえ。

 沖縄だけじゃないよ。これだけでも中国から見れば十分な抑止力となるが、

安倍総理は更に深化した同盟関係の構築を考えたよ。

 同時に東南アジアを歴訪し、豪州までも出向き同盟関係の構築を模索した。

 インドへも足を延ばした。すべが中国包囲網の構築のためだよ。

 こうした安倍総理の苦労も知らず、中国、韓国の妄言を真に受け、さらに

反日メデアに騙され、安倍総理の悪口を言い募るとは呆れ果てた馬鹿者だね。

 今日は広島に原爆が投下された日だ、こんな日だけは静かにしなよ。

 本来なら各国の来賓を迎える為に、日の丸の国旗を半旗に掲げたいね。

 米国のキャロライ大使は、どんな感慨を持つだろうね。






Last updated  Feb 19, 2016 11:56:57 AM
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Jul 23, 2015
カテゴリ:つれづれの間に

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「安倍総理が安保法制を急ぐ理由」(1)

 世界の警察官を自称していた米国はオバマ大統領が就任し、経済の悪化、

軍事費の増加を恐れ、世界の警察官を辞めると宣言しました。

 これが世界の情勢を一変させたのです。一極支配体制から多極化へと舵を

きった瞬間です。まさに世界情勢はカオスに包まれました。

 そうしたなか中国が米国の衰退に乗じ、覇権の野望を隠さずに蠢きだしました。

東シナ海の日中中間線に沿って、中国がガス田を開発し、プラットホームの

建設を急拡大している、この証拠写真を日本政府は初めて公開しました。

 彼らが南シナ海で7つの岩礁を埋め立て、総計8平方キロの人工島を作った

映像は世界に衝撃を与えたが、全く同じ時期にほぼ同様に急激な開発と構造物の

建設が眼前の東シナ海で起きていたのです。

 彼らはガス田と言っているが、もし軍事施設としたら日本の防衛にとり、

脅威そのものです。

 中国側が形の上だけ、中間線からわずかばかり中国側に入った海域に掘削設備

を設置したことをもって、日本側は問題提起できないという声もあります。

 ガスの開発ならば、海底のガス田が中間線をまたいで日本側にも広がっている

可能性は高く、わが国の貴重な資源を奪っていないか、調査するのが当然です。

 同時に日本の企業の試掘を可能にする方策を立てなければなりません。

 一方で、中国の急激な動きに関する軍事的意味合いを懸念する声もあります。

 プラットホームは、南シナ海の人工島同様、軍事転用が可能だと、専門家は

指摘する。プラットホームの場所は中間線のほぼ真上、北緯29度東経125度

の交点を中心にした60キロの円内におさまっているが、仮にここにレーダーを

設置すれば、500キロ圏内のあらゆる通信波を拾い、沖縄、南西諸島全域の

自衛隊と米軍の動きが全て探知されます。

 現在中国沿岸部に設置されているレーダーでは、尖閣諸島周辺までの情報収集が

精いっぱいだが、ここにレーダーを設置すれば中国の対日情報収集能力は格段に

高まり、構造物の海面下に水中音波探知機を取り付ければ、日米の潜水艦の動きは

全て探知されてしまうでしょう。

 日本の誇る世界一の通常型潜水艦、「そうりゅう」さえ動きをよまれます。

 資源獲得にも軍事情報獲得にも使えるプラットホームの一群を、中間線のごく

近くに、日本国民が知らない間に建てられてしまったのです。

 このようなことを許してよいのか。このことは国家安全保障にとっても深刻な

問題ではないでしょうか。

 米国統合参謀本部が4年ぶりに国家軍事戦略を改訂し、国際法や国際秩序を覆す

としロシア、イラン、北朝鮮に加えて中国を名指ししました。

 国防総省も国務省も人工島の領有権を米国は断じて認めないと示すために、

米艦船や航空機を島の12カイリ内に送り込むべきだとの考えを明らかにした。

 一方、安倍総理はアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせ、

北京で開催した昨年11月と、今年4月にジャカルタでアジア・アフリカ会議

(バンドン会議)の際に行った日中首脳会談で、習近平国家主席に直接、

新たなプラットホーム建設に抗議している。これは日本の安全を危惧した総理

の強い思いであったと思われる。こうした総理が過去に日本に居りましたか?

 幸いにも漸く安保法制が衆議院を通過しました、まさに慶賀の至りです。

 欧州諸国は今さら何を、と容認しており。東南アジア諸国は大歓迎です。

 反対は中国と捏造国家の韓国のみです。

 その間の国会の野党の態度は見るに堪えないものでした。

「戦争の出来る国にする」「徴兵制度の復活」「自衛隊に入隊する者が無くなる」

 とりわけ民主党は中国の脅威を感じない、まさに亡国の議論でした。

 彼ら野党の議員は、来るべき選挙の当選と安倍政権の倒閣にあります。

 中国、北朝鮮がどれだけ危険な国か知ろうともせず、馬鹿な議論をしている。

「説明不足」これは私もそう思いますが、国会で総理が日本を侵略する国は

中国などと口が裂けても言えないのです。

 国会での討論はテレビ放映されていますので、そんな事を言ったらあっという

間に、世界中に拡散されます。

 そんな事は露知らず、平和ボケの左翼人がブログで安倍総理の悪口を述べ、

「戦争法案」などと反対を叫んでいる、これは憂いべき問題です。

 この一派は中国の危機など欠片も感じてない輩です。反日メディアのニュ―ス

を信じ、GHQの押しつけ憲法を金科玉条としたボケた国民です。

 彼らは一様に自分で学ぶ事をせず、新聞、テレビのみで世界を見ています。

 こうした人達は一様に同じ思想を共有しております。脱原発、護憲派。

 脱原発を唱えるならば、中国、朝鮮に渡り反対運動を遣って下さいよ。

 中国、朝鮮の原発ほど信頼のおけない代物はありませんよ。

 何時、事故が発生するか分かりません。

 そんな災害が起こったら真っ先に偏西風に乗って日本に襲い掛かってきます。

 話が飛びますが、今日のブログで面白い文章を読みました。

『安倍政権の中国12基の写真公表』『姑息な世論操作としか思えない』

 中国批判と思ったら、安倍総理を批判する内容には驚きました。

 国際問題とは冷徹なものです。取り分け戦争の抑止力は難しいものです。

 我が国は平和憲法を順守しております。もっぱら専守防衛でございます。

 などの話は通りませんよ、抑止力は軍事力です。

 今の世界では世界大戦などは起こらないでしょうが、局地戦争は世界中に

広がっています。

 中国に対抗し、東アジアの我が国の排他的水域にガス田などを建築したら、

間違いなく尖閣諸島近辺で局地戦が勃発するでしょう。

 また米国からも強硬な抗議を受けることになるでしょう。

 平和ボケの貴方達には理解ができないでしょう。

 脱原発を唱える貴方へ、これを読むと気絶するかも知れませんね。

 中国は核兵器の保有国です、そんな国と対等に戦争ができますか?

 一つだけ解決の道があります。

 これは私の持論ですが、核兵器を日本は保有すべき。

 これが抑止力なのです。今回はこれまで又次回に続きを書きます。





 






Last updated  Jul 23, 2015 04:59:43 PM
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Jul 9, 2015
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「日本は何時、韓国と断交するのか?」

 5月13、14日に韓国・ソウルで開催された日韓の企業トップらが集まる

日韓経済人会議。この会議で韓国の企業経営者からは、日韓の企業レベルでの

連携強化を求める声が目立った。

 日韓国交正常化50周年にあたる今回の会合では、採択された共同声明でも、

資源開発やインフラ整備の分野で連携し、第三国へ進出できるよう情報共有を

進めることや、医療や介護などの分野で協力関係を深めることなど、日韓関係の

強化が盛り込まれた。その上で、経済界が民間の先頭となって、日韓関係の一層

の強化のために努力することも確認された。

 併し、一方では日本の歴史遺産に難癖を付け、朝鮮人の強制徴用を明記せよと

高圧的な論調で迫り、遂に暗殺された伊藤博文が学んだ松下村塾までも難癖を

付けてきたのです。

 更に小学生のランドセルを軍隊を思い出させると文句を付けているのです。

 何故、こうまでして日本に対し、歴史認識の捏造を迫るのでしようか。

 彼等は長年の反日教育で日本に侵略され、戦争をしたと思い込んでいるのです。

 日本は朝鮮と戦争はしておりません。ただ望まれて併合したのです。 

 日清戦争で勝利した日本は清国に朝鮮は独立国であると認めさせました。

 こうして大韓帝国が成立したのです。これにより日韓併合へと進みました。

 併し独立を果たしても大韓帝国には国家運営能力が備わっていませんでした。

 国土は荒廃し慢性的な食糧不足の状態が続き、さらに併合に否定的であった

伊藤博文総理が、朝鮮人テロリスト安重根によって暗殺されたことで、日韓併合

への道は決定的となりました。

 これにより朝鮮は日本の統治によって、ハングルが普及し、奴隷制度は廃止

され、米の収穫は増え人口は倍増し、衛生状態も改善したのです。
 
 日本は朝鮮に多額の国家予算を投入して、朝鮮半島を豊かにしたのです。

 そうした事実を彼等は知らないのです。慰安婦の捏造を初め、事ある度に

戦後賠償を要求してきます。日本が毅然とし、反論しないのかが不思議です。

 だが我々は大東亜戦争に敗れ、韓国の憲法が反日で染められている事に

気づかなかったのです。韓国憲法の前文には、このように書かれております。

『悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民は3・1運動で成立した大韓民国臨時政府

の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し、祖国の民主改革と平和的統一

の使命に即して正義、人道と同胞愛を基礎に民族の団結を強固にし、全ての社会的

弊習と不義を打破し、自律と調和を土台とした自由民主的基本秩序をより確固に

し、政治・経済・社会・文化のすべての領域に於いて各人の機会を均等にし、能力

を最高に発揮なされ、自由と権利による責任と義務を果すようにし、国内では国民

生活の均等な向上を期し、外交では恒久的な世界平和と人類共栄に貢献することで

我々と我々の子孫の安全と自由と幸福を永遠に確保することを確認しつつ、1948

年7月12日に制定され8次に亘り改正された憲法を、再度国会の議決を経って国民

投票によって改正する』

 この前文は捏造の産物です。

『悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民』とありますが、いきなり自国の賛美から

始まりますが、悠久な歴史と言うのがそもそもおかしいのです。朝鮮半島には悠久

などという歴史はないのです。

『3・1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主

理念を継承し』の部分。これは日本への当てつけのつもりでしょう。

 そもそも抵抗の歴史がないのです。数人が上海で抵抗組織を作りましたが、

活動の事実はありません。この前文が日本との戦争体験として書かれています。

『外交では恒久的な世界平和と人類共栄に貢献することで我々と我々の子孫の安全

と自由と幸福を永遠に確保することを確認しつつ』

とありますが、竹島問題もそうですが自ら反日教育を行いそういった人材を育て

ておいて恒久的な世界平和に貢献できると思っているのでしょうか。

 もしこれが日本なら間違いなく憲法違反だとして裁判になっているでしょう。

 このように韓国は捏造された憲法を持つ国であることを知らねばなりません。

 こうした国が真っ当な国である筈がありません。

 書き出しにわたしは日韓経済人会議の件を書きましたが、韓国は無能な馬鹿女

を大頭領に選んだ為に、経済的に立ち行かない状況に追い込まれております。

 最大の貿易国、中国はバブル崩壊が進み、上海証券市場は最大の下げ相場とな

り、中国崩壊は眼の前にあります。

 その影響を受けた韓国経済は、瀕死の状態なのです。

 彼等、朝鮮人は必死で日本から、再度、賠償金をせしめ様と画策しております。

 朴槿恵大統領は、父親の業績が正しく評価されていないとし、政治活動を始めた

女性です。父親の最大の功績と言えば、1965年に日本と国交正常化し、それを

テコに国の発展の基礎を作ったことです。それなのに、いまやっていることが

父親の業績を否定することだと理解していない。困った大統領です。

 国交正常化の時に締結した日韓基本条約に基づいて、日本から韓国に無償3億

ドル、有償2億ドル、民間資金3億ドル以上を供与することにしました。

 そのことで日韓は、植民地時代のあらゆる問題を、「完全かつ最終的に」解決

したのです。ですが今まで韓国はそれを無視し、七万から八万の慰安婦を二十万

と偽り、慰安婦を性奴隷とし、強制連行を捏造し世界中に告げ口外交をしました。

 更に米国に性奴隷の像を建て日本を貶めております。

 今は韓国は最大の経済危機を迎えています。それを解決する力がある国は

日本です。その為に歴史遺産に文句を付け、強制労働の賠償金を獲ようと韓国の

最高裁判所も動いています。なんと情けない国でしょうか。

 安倍総理の米国の上下両院での演説の内容まで文句を言い募っており、

 日本の集団的自衛権の問題まで、韓国の国会で反論しております。

 又、安倍総理の戦後七十年の談話の内容まで嘴を挟んでおります。

 まさに内政干渉を平然と行い、お金が欲しいとすり寄っています。

 福澤諭吉は脱亜論をかきましたが、この際、韓国との国交断絶を宣言すべきで

す。世界の諸国は奇異に思うでしようが、朴槿恵大統領の告げ口外交に最近は

米国でさえ、辟易してます。

 日本はこれを機に、韓国の行ってきた捏造の数々を白日の下に晒し反論し、

国交断絶の止む無き事を世界に発信すべきです。

 平気で人を貶め、自分の行動を顧みない国民の韓国は今迄の償えをせねば

成りません。自業自得と言うべきです。

 恩を仇で返す国が韓国です。中国の属国に早く戻るべきです。

 日本政府も親韓派の国会議員や、河野洋平などは外患誘致で処罰して下さい。

 彼等は日本のODAを利用し、韓国の国会議員と癒着して私腹を肥やしている

のです。国会議員を止めた老骨が政治に口を挟んではいけません。

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Last updated  Jul 9, 2015 04:36:28 PM
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Jun 25, 2015
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「日本を守ろうとする安倍総理を貶めようとするのか」

 安倍総理は中国の脅威から日本を守る為に必死で闘っているのに、

反日メディア、腐りきった民主党の国会議員は不毛の議論を続けるのか?

 安全保障関連法案をめぐる国会攻防で、民主党が「徴兵制の復活」の

可能性を持ち出した。

 軍事的な観点からも合理性が低いとされる徴兵制が、なぜ議題とされるのか。
 
 元陸上自衛隊イラク先遣隊の「ヒゲの隊長」自民党の佐藤正久元防衛政務官が

一刀両断した。

「現代戦において、素人を加えた部隊で機能を果たすというのは、無理な話だ」

 岡田克也代表は「徴兵制が敷かれるのではという議論がある」と指摘した。
 
 山本モナさんと破廉恥な路上チュウした、恥ずべき国会議員の細野政調会長も、

「徴兵制について考える」

と題した文章を掲載し、徴兵制に真剣な警戒がある訴えた。

 このような男に安倍総理の日本を思う心が分かる筈がない。

 安倍首相は「憲法(第18条)が禁じる『苦役』にあたる」と徴兵制導入の

可能性を明確に否定したが、民主党幹部らの国会での追及を続いている。

 細野氏はブログに自身の娘を登場させ、「彼女たちにとっては現実」と指摘。

 19日の衆院平和安全法制特別委員会では寺田学氏が妻の一番の心配とする

処は1歳の長男が「将来徴兵制にとられるのではないかと恐れる」と紹介した。

 まさに有り得ぬ不毛の論議が国会で延々と続けられている。

 民主党は徴兵制度や、自衛隊員のリスクが大きくなる、日本は再び戦争に

巻き込まれる、なぞと言い、日本の置かれた脅威から国民の眼を逸らしている。

 安保関連法案の廃案に向け、世論の無知を利用し不安を広げることが有効な

戦術と捉えている民主党は、かっての社会党の前例を踏もうとしている。

 こんな政党が野党筆頭とは、日本にとって大いなる悲劇である。

 また安倍総理と自民党にも意見具申を申し挙げたい。

 何故、国民にもっと丁寧に今ある、日本の危機を説明しないのか?

 何故、安保法制の審議が必要なのか。

 何故、集団的自衛権の行使が必要なのか国民に語らないのですか?

 こうした事を説明しないから、不安に駆られた女性達の支持を失い、

内閣支持が低下するのです。

 日本の反日マスメディアを頼っていては、なにも国民には伝わらないのです。

 記事の巧みな偏向、シナ、韓国への情報の垂れ流し、こうした問題が後々

面倒を起こすのです。

 現に今も左翼の平和ボケは戦争法制と声高に叫び、国民を惑わしています。

 廃案にせよ。これらの者は中国の脅威が迫っている事を知らないのです。

 彼等は押付け平和憲法を守っておれば、日本は安全と信じているのです。

 彼等は東南アジアの南沙諸島で起こっている現状に眼を瞑っています。

 尖閣列島を占拠せずとも、もう第一列島線は破れたのです。

 台湾、沖縄は中国の手の届く範囲に迫って来ました。

 安全保障上、手をこまねいている時ではありません。

 その為の安保法制でしょう。その為の日米安保の強化でしょう。

 ここで前回、掲載したブログで軍隊の持つ、

「ネガティブリストとポジティブリスト」の真意がブロガーの皆様に伝わら

ないと思い再度、ここに詳しく書き加えました。

「ポジティブリストに縛られた自衛隊」

 国際法も各国の交戦規定もネガティブリスト(禁止規則)と言って、

「~はしてはいけない」という禁止事項が書いてある場合がほとんどです。

 だが自衛隊の場合は「~の場合は○○してもいい」というポジティブリストが、

(根拠規則)の形になっているのです。

 ネガティブリストの場合は「禁止事項はない」を原則とし、例外として禁止

事項が決められております。

 つまり「禁止事項を守りさえすれば何をしてもいい」となる訳です。

 これに対し、ポジティブリストの場合は、「すべて禁止」を原則とし、

例外として許されることが決められているものですから、

「○○場合に限り△△していい」という形になってしまうのです。

「憲法9条さえなければ」

 こうしたおかしな話になるのも、結局は軍の保持や交戦権を認めないと

している憲法9条から自衛隊法や特措法が成り立っているからです。

 そもそも憲法9条ができた時、自衛隊はまだ存在しなかったのです。

 そして憲法9条を作成し押付けた米国が、憲法と矛盾する事を承知で

自衛隊を創設したのです。これがそもそもの間違いであったのです。

 米国らしいご都合主義のゴリ押しであった事が、後から色んな矛盾を、

生じさせたのです。

 本来ならば、朝鮮戦争に注力しなきゃいけないから自衛隊をつくりました、

面倒を見切れないから日本は自分で防衛してくれ、と自衛隊をつくったのなら、

GHQは憲法9条を改正し、日本に「軍を保持する」と書き換えるように働きかけ

るのが筋でしよう。

 ところが、日本に再軍備をさせないために押し付けた憲法は変えたくないから、

矛盾を正そうともせず、なし崩し的に自衛隊をつくってしまったのです。

 そのおかげで自衛隊は、憲法と矛盾した存在として現在に至っているのです。

「軍であり軍でない自衛隊」

 その後、自衛隊はカンボジア、モザンビーク、東ティモール、アフガニスタン、

イラク、ネパール、スーダン、ゴラン高原、ソマリアなどへPKOだけでなく、

難民救援、国際緊急援助(地震などの災害救助)、海上警備(海賊の監視活動)、

化学兵器処理など、さまざまな目的で海外派遣されるようになり、国際社会でも

高い評価を得てきました。

 併し、これらの活動はやはり憲法と自衛隊法によって制限されている為、

不自由と身の危険を強いられる事に変わりはなかったのです。

 こうした自衛隊の抱える矛盾とジレンマを取り除くため、安倍政権が掲げたの

が、憲法改正であり自衛隊の国防軍化であります。


 自衛隊は国内では軍隊と呼ばれていませんが、

国際法は軍隊として扱われています。

 このような矛盾を実態に合わせて改称することが必要なのです。

 ですが安倍総理のこれまでの成果を知らせるメディアの少なさに私は

驚きを禁じ得ません。安倍総理の悪口、戦争法制等々、下種な左翼かぶれの

エセ平和論者の声のみが聞こえて来ます。

 積極的平和主義を掲げ、世界中を駆け回り中国の脅威を喧伝し、その成果を

反日メディアは報道しません。安倍総理は歴代の総理よりも海外の諸国は高く

評価しています。東南アジアの諸国は安倍総理の唱える、集団的自衛権を

評価し、日本と共に中国の脅威を封じ込めんとしています。

 米国の評価も一変しました。嘘と捏造国家の韓国さえ、最近は日本にすり

寄っています。私はあんな韓国など相手にせぬ事が日本の為と思っています

が、安倍総理は条件を付けねば、対話の窓は開いているとした姿勢を貫いて

居られます。見事な対応です。

 安倍総理の悲願を叶えてやりましょう。彼の後を任せる人材は今の政界に

居りますか?

 日本の平和は安倍総理の肩に懸っています。皆さんも近現代史を学んで下さい。

 そして何が真実か知って下さい。左翼やNHK、朝日新聞などの反日メデアに

惑わされてはいけません。自分の眼で真実を観て下さい。

 日本の国民と国土を守る為に、・・・・


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Last updated  Jul 2, 2015 03:03:02 PM
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Jun 21, 2015
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「現憲法で中国の脅威から自衛隊は国民を守れない」

 これも押付け憲法のお蔭です。全てに憲法9条が影響してます。

 2項の前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。

国の交戦権は、これを認めない。

 これにより自衛隊は日本の軍隊に成りえないのですが、海外諸国は自衛隊を

正規の軍隊と認識しております。

 それなのに軍艦を護衛艦、将校を一佐(大佐)などと呼んでおります。

 まさに日本は諸外国の中で可笑しな軍事組織を持った国です。

 いま国会では、集団的自衛権の行使について安保法制を審議しております。

 朝鮮戦争時、米国は自衛隊を創設させたが、その際、第9条との関係で日本

の自衛権はどこまで許されるか?という問題が起き、内閣法制局が米国の意向を

伺い必要最小限という概念を使い始めました。それがいつの間にか独り歩きをし、

「集団的自衛権は所有しているが行使はできない。必要最小限を越えるからだ」

という解釈がなされるようになってしまいました。

 政治家が内閣法制局に概念を支配されてしまったわけです。

 こんな情けないことはない。こうした問題は法制局が解釈するのではなく、

政治家が解釈すべき事なのです。

 自衛隊が派遣されたPKOなどの国際平和協力活動のうち、最も過酷だった

のが、イラク派遣(平成16~20年)であります。

 隊員は黙々と任務をこなしたが、武器使用の制約で国際社会ではあり得ない、

屈辱的な対応を余儀なくされました。

 陸自はイラク南部サマワで給水や道路補修などの人道復興支援を行い、豪軍は

治安維持を担っていた。

 陸自が拠点の外に出る時は豪軍に警護され、豪軍が陸自を守る為の活動中に

攻撃され、陸自は豪軍に何の救援も出来なかった事例がありました。

「国際活動に参加できる組織ではない」「共に活動する相手として信頼できない」 

 豪軍の酷評が陸自の教訓レポートに残されているのです。

 これが現在の自衛隊の真の姿であります。

 日本には平和憲法があるから、戦争に巻き込まれるような場所に自衛隊を

派遣するのことは間違いである。

 これを国外の諸国から見ると、外国人は平和活動で死亡しても良いが、

日本人は血を流してはならない。という驚くべき独善的な主張に映ります。

 こうした自衛隊の現状を見た中国が、尖閣列島に民兵を上陸させ支配したら、

政府はどうするのでしょうか?沖縄に進撃してきたら対応できるでしょうか?

 世界182の成典化憲法のうち149ヵ国の憲法は、1990年以降に制定され

た84ヵ国の憲法のうち82ヵ国に、平和主義条項(平和政策の推進、国際協和、

内政不干渉、非同盟政策、中立国家、軍縮、国際紛争の平和的解決、侵略戦争の

否認、テロ行為の排除、国際紛争を解決する手段としての戦争放棄、自衛以外の

軍事の禁止など様々)が盛り込まれています。

 日本の憲法は護憲派が主張する世界の唯一の憲法ではなく、ごく当たり前の

規定を備えた憲法なのです。平和憲法と殊更いうべきものでもありません。

 彼我の相違は、日本が平和条項を謳いあげてそれで終わりとしているのとは

対照的に、彼らは国民の生命や財産を守るために非常事態を想定し、国防に

必要な組織、軍隊を持つことを明記し、国防を担う責任は全国民にあるとの

自覚を促し、国防の義務を明確にしているこです。

 皆さんの知っている中立国のスイスも、国民に国防の責任を科しております。

 安倍総理はそうした普通の軍隊を持った国にしょうと、安保法制を国会で

審議し、集団的自衛権の行使容認を目差しております。

 それに対する野党の質問はどうでしょうか、正に軍事も知らない馬鹿議員が

声高に、「徴兵制度の復活」「戦争をする国にする」「自衛隊員のリスク」等

総理に明確に説明するように迫っています。

 まさに世界の軍事、諜報活動の常識を知らない馬鹿者達です。

 国会審議はテレビで放映されます、そんな機密を一国の総理がぺらぺらと話す

筈はないのです。敵国に情報を提供するに相応しい行為ですから。

 左翼の平和ボケの護憲派は、「戦争法制だー」と気勢を挙げて批難してます。

 こうした方々に問いたい、違憲論者は地震で家や家族に何が起きようとも、

自衛隊の救援だけは断ると宣言して欲しいものです。

 存在を認めない者が協力を求めるなどは、最低の道徳違反ですから。

 話が横道にそれました。

 総理は戦後レジームからの脱却を目差し、米国との安保態勢を強化しました。

 これは一里塚です。国力を強め最終目標は米国との従属関係を止める。

 国力とは経済、軍事を強め国際的な発言権を強化するにあります。

 これは平和憲法を破棄し、我国の自主憲法の制定が目標です。 

 審議中の集団的自衛権の行使容認でも、自衛隊は普通の軍隊には成れません。

 最後まで押付け平和憲法が邪魔をします。

 日本は法治国家であり、その政府機関の一つである自衛隊も法律に基づいて

行動する組織です。

 日本は第二次世界大戦の敗戦により、自衛隊は法的な制約が大きいのです。

 一般に国際法的な面で軍隊の行動は「ネガティブリスト」方式であり、

「行ってはいけない行動」を規定し組織を運営しております。自衛隊の行動は

国内法的な面で「ポジティブリスト」方式で運営されております。

「行って良いとする行動」を規定され、それ以外は出来ない組織なのです。

 法に規定されていない行動は、行い難くなっている。冷戦期は、「災害派遣」

「領空侵犯に対する措置」「機雷等の除去」以外の行動は、実施されなかったが、

21世紀に入り米国同時多発テロや、ソマリア沖の海賊等の国際情勢の変化や、

北朝鮮の不審船や弾道ミサイル等の安全保障環境の変化により、活動の種類が

増えてきました。

 自衛隊が行う行動は、主に自衛隊法第6章「自衛隊の行動」として規定が

設けられています。(平成26年時点)

 また行動の際の権限については第七章自衛隊の権限に規定されています。

 諸外国の軍隊の法律は『ネガティブリスト』で実施されていると書きました。

 この内容は「やってはいけないことだけが規定されています」

 反面、自衛隊の法律は『ポジティブリスト』で実施されております。

 この内容は「やってもいいことだけが明記されています」

 この意味は諸外国の軍事組織は、民間人の虐殺、捕虜の虐待、その他の

禁止項目は軍隊として遣ってはならないと規定し、それ以外は何を遣っても

構わないと成っています。

 自衛隊のリストはXXXは遣っても構わないが、その他は一切しては成らない。

 敵が発砲しても勝手に応戦しては成らない。いちいちお伺いをたて実行する。

 故に自由な軍事行動がとれない組織に成っております。

 尖閣列島に中国の漁船が何百艘も押し寄せ、民兵が武器を携行し上陸しても、

応戦や反撃も出来ず、お伺いをたて許可さされ、初めて反撃できる組織運営を

ポジティブリストと言います。

 まさに手足を縛られ、身動きの出来ない軍事組織が自衛隊なのです。

 これでは膨張する中国の攻撃から、日本国民の安全は守れません。

 まさに敵の侵略に対し、即応制のある自衛隊にしなければいけません。


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Last updated  Jun 23, 2015 03:28:55 PM
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Jun 17, 2015
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      「憲法学者に日本の安全を任せるのか」

 国民の生命と財産を守る国家安全保障という観点で考えれば、憲法学者の

見解が正しく、国益に沿うとはかぎらない。

選挙で選ばれていない憲法学者の違憲報告を信じ、国の平和と国民の安全を

委ねるなど、在ってはならない事である。

 国民に選ばれた国会議員ならば、違憲などで責務の放棄をしては成らない。

 国際社会とは近隣関係も冷徹なものである。

 迂闊に外国を信じてはいけません。諸外国は自国の国益を最優先するものです。

 更に平気で国益の為には条約を踏み破り嘘を捏造します。

 このような世界状勢下、安倍総理は戦後レジームからの脱却を目差し動きだし

ました。それは集団的自衛権の行使です。この内容は自国が攻撃を受けなくても

自国と同盟を結んでいる国が攻撃を受けた場合に、同盟国と共に又は、同盟国に

代わって反撃する権利を指します。この権利は、国際法上認めらた権利で国連憲章

第51条です、日本は権利を保有しながら、憲法上その行使が認められていません。

 諸外国は行使に関しては各国の裁量に委ねられており、行使するか否かは各国が

独自に決めることができます。

 現在のところ集団的自衛権を明確に否定する国は永世中立を国是とするスイス

ぐらいとなっており、行使を容認している国が圧倒的に多いのです。

 さて何故、我が日本はこの行使が出来ないのでしょうか、その理由は憲法

(第9条)にあります。

 何故、日本は憲法第9条で禁止されているのでしょう。

 それは大東亜戦争で敗戦した事が原因です。戦争の原因は諸説ありますが、

一番の原因は有色人種の日本が、欧米各国の植民地であったアジアに軍隊を

派遣しょうとした事でしょう。中国侵略、韓国侵略などの諸説もありますが、

これが有力と私は思います。

 それに怒った米国の大統領、ルーズ.ベルトが蒋介石の国民党をバックアップ

し、日本は中国で泥沼の戦争をする事に成りました。

 一方、アジアでは怒濤の勢いで進軍してくる日本軍に対してマッカーサーは、

マニラを放棄してバターン半島とコレヒドール島で籠城する作戦に持ち込んだ。

2ヶ月に渡って日本軍に善戦したが、捕虜を恐れオーストラリアに家族を伴い

魚雷艇で脱出した。彼が態勢を建て直し日本を敗戦に追い込んだのだ。

 この占領軍の最高指揮官がマッカーサーで、彼は連合国最高司令官総司令部で、

大東亜戦争の終結に際しての、占領政策を実施するのである。

 この連合国最高司令官総司令部をGHQと言う。

 マッカーサーはコレヒドールの敗戦の復讐心があったと思います。

 このGHQが日本国憲法を作成し、これが戦後、70年続く平和憲法と称され、

この憲法に第9条が含まれています。その内容を記述してみましょう。

 第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、 国権の

発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段と

しては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。

  国の交戦権は、これを認めない。

 まことに変な内容の条文が書かれております。この憲法9条1項2項は集団的

自衛権の保持は、もちろん行使も禁止する文言は一切ありません。

 こうした憲法を押し付けた米国の思惑は、日本は太平洋戦争という侵略戦争を

企て、それを実行に移したとんでもない犯罪国家であり、加害国である。日本の

被害は因果応報でしかない。このような歴史を持ち、その残虐な民族性故に、

二度と普通の国が持つような軍事力も法制も持ってはならない。日本はハンディ

キャップ付きではじめて、国際社会から国家として認められるのだ。

 という「東京裁判史観」「太平洋戦争史観」が色濃く反映されたものである。

 これが保守の言う「自虐史観」左翼の言う「平和憲法」の内容なのです。

 以前、安倍総理と民社党の岡田議員が討論しておりました。

「戦後、70年、日本が戦争に巻き込まれずに来れたの原因はなんでしょう」

 と司会者が問うと、安倍総理は自衛隊の存在と日米安保のお蔭と答えました。

 一方の岡田議員は憲法9条と日米安保の存在と答えました。

 9条と日米安保、まさに奇怪な答弁です。そして9条の内容です。

 陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 併し我国には軍隊でない自衛隊と言う、軍事組織が存在しております。

 9条違反ですが、政府は自衛隊特措法でその度に乗り切ってきましたが、

詭弁を重ねる事には無理があります。

 更に国民は米国の暗い思惑に気付き始めました。日本を戦争に引きずり込んだ

のは米国です。更に陰から日本を従属国として支配してます。

 平然と基地を日本領土に展開させ、日本には絶対に核武装をさせない。

 尖閣列島に中国が侵攻しても、米国の若者の血を流させない。

 こうした状況を打破しよぅと、安倍総理は米国の上下両院で演説し、

集団自衛権の行使に言及し、安保法制に手をつけたのです。

 まさに戦後レジームからの脱却。更に自主憲法の制定を目指すものです。

 これ無くて中国の脅威から、国民の命と財産が守れない。

 脱原発、護憲派、安保法制を戦争法制と叫ぶ平和ボケ。政治とは搔くも

冷静沈着、先を読む能力、行動力が必要か分かる安倍総理の資質です。

 NHK、報道スティション、サンーデイモーニクグ、朝日新聞、日経などの

反日メディアの情報を信じて、分かったような反論は愚の骨頂です。

「憲法があって国があるわけではない。国があって憲法がある。私達は

『憲法栄えて国滅ぶ』の愚を犯してはなりませんね」

 安保法制は最高裁判所に任せましょう。一切の法律、命令、規則又は処分が

憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所でありますから。

 これが「司法権」の範疇ですから。

 今回、この辺りで止め、何故、自衛隊が普通の国のような作戦行動が出来ない

のか、その理由を書いてみようと思います。
 
長い間、ご無沙汰しておりました。小説を終え何もしたくなく無聊の日々を

過して来ましたが、漸くブログに向う気分となりました。これからも宜しく

お願いします。


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Last updated  Jun 18, 2015 08:36:21 PM
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May 30, 2015
「信玄の戦略」(最終章)

(巨星、墜つ)


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 信玄は先遣隊の用意した本営に入り、すぐに臥所で横になった。

 信玄は綿のように疲れきっていた。

 武田勢は徳川勢の来襲に備え、警備を強化し夜を迎えていた。

 伊那街道への備えには、甘利昌忠が騎馬武者で警護にあたっている。

 そんな時、関東の要石、西上野の箕輪城主内藤修理亮昌豊が姿を見せた。

 彼は信玄の上洛の陣に加わらず、関東の守りを命じられていた。

「これは内藤修理亮さま、何処に参られますぞ」

「御屋形のご容態が悪いと聞き、駆けつけるところじゃ」

 内藤修理亮の言葉に甘利が畏まった。

「御屋形のご体調が悪いとは真か?」

「真にございます。御屋形さまが息災の内に、帰還して頂こうと思い、

この田口で宿営しております」

「判った。わしは先駆けするが、配下を頼む」

 武田家四天王の一人、内藤修理亮は懸命に馬を駆けさせた。

「御屋形さま、お休みにございますか?」  

 今井信昌が臥所に低く問いかけた。

「眠ってはおらぬ」  

「西上野より内藤修理亮さま、駆けつけて参られました」

「なんと内藤修理亮昌豊が?」  

 部屋の外で微かな咳払いがし、静かに三人の宿老が姿を現した。 

 内藤修理亮が主人の変貌ぶりに声を失った。  

「西上野より、馳せ参じてくれたか?」

 信玄と昌豊の眸子が確りと交わった。

 馬場美濃守と高坂弾正の二人も、信玄の枕頭に座った。

「御屋形、甲斐は直ぐにござる。お気を強くお持ち下され」

「死ぬる前に、そなたに会えるとは思はなんだ」  

 信玄の声がかすれて聞こえる。

「そのようなお気の弱い事を申されますな」

「丁度よい機会じゃ、山県が居らぬが、そちたちに相談がある」

 信昌が部屋の不審な者が近づかぬように、無言で辞して行った。

「昌豊、余は数日で死する」  

 信玄が明確な口調で断言した。

「死んだのちの天下なんぞは興味がない、武田家の天下取りは終りといたせ、

勝頼では甲斐一国でも難しい」

「そのような事はございませぬ」  

 馬場美濃守が静かに反論した。

「子の器量を見るは親の眼が一番じゃ。残念じゃが勝頼は、家康にも劣る」

「・・・」  

「余が死んだら、越後の謙信と和睦いたせ。奴は稀有の武将じゃ。良いの」

「畏まりました」  

 三名の宿老が黙然と平伏した。

「余の死は三年間秘匿いたせ。それまでに知れてしまうが構わぬ。余の存在が

不明なだけ敵は用心いたす。三年後に余の亡骸を恵林寺に葬ってくれえ」

 信玄の呼吸が荒くなってきた。

「美濃、弾正、修理亮、勝頼がこと頼むぞ」  

 信玄が三人の名を区切るように呼び、四郎勝頼の将来を託した。  

「畏まってございまする」

「昌豊、余はそちの顔をみて安堵いたした」

「御屋形、今宵はお静かにお休み下され」 

 内藤修理亮が頭を垂れた。

 翌日、武田勢は田口を発ち、信州飯田の南西にある、駒場(こまんば)に

宿営した。ここは天竜川を臨む伊那盆地の一角で、三州路と美濃路の分岐点

にあたる山村である。

 信玄の容態は悪化の兆しをみせ、一日中昏睡状態となっている。

「馬場殿、二万の大軍を留める必要はありません。半数は帰国させましょう」 

 高坂弾正の意見で、軍勢の半数が勇んで甲斐に帰路についた。

 残った将兵は信玄の宿営地を固めるように、山村の各所に駐屯している。

 四月十一日の巳の刻(午前十時)頃、信玄は昏睡から目覚めた。

 山野には桜が満開に咲いている。

 信玄の枕頭には勝頼を筆頭に御親類衆の武田逍遥軒、武田信豊が顔を揃え、

武田四天王の馬場美濃守信春、高坂弾正昌信、 内藤修理亮昌豊、山県三郎兵衛

昌景等が顔を揃えていた。

「皆うち揃っておるの、余は夢をみていた。京に武田の御旗が翻る夢じゃ」  

 信玄の顔色に赤みがさしている。

「勝頼、余を起こせ」  

「ご無理は禁物です」  

 信玄は勝頼に手を借り脇息に寄りかかり、一座に視線を廻した。

「直ぐに別れが参ろう、名残り惜しいが仕方があるまい。命ある者は死す。

皆々、勝頼の行く末を頼むぞ」  

「承りましてございます」  

 全員が落涙して平伏した。

「勝頼、余が死んだら三年間、喪を秘すのじゃ」  

「何故、父上の喪を隠しまする?」

「勝頼、余は天下に恐れられた武将じゃ。余の死が洩れたら叛く者も現れよう。

それを恐れるためじゃ」  

 信玄が諭すように話しかけた。

 今の信玄は、一人の父親として語っているのだ。

「父上、それがしは叛く者も恐れませぬ。天下を望む事も諦めませぬ」

 勝頼が顔面を朱色に染め叫んだ。

「信廉や宿老達に申し渡す。余の遺言に違背はならぬ」

 信玄の声が凛として響き、勝頼が不満そうな顔付をしている。

「美濃、弾正、修理亮、三郎兵衛」  

 信玄が宿老の一人一人に声をかけ、

「これが余の遺言じゃ」  

 死に行く者とは思われない眼光をみせ断じた。

「ご違背は決していたしませぬ」  

 馬場美濃守が代表し約束した。この一言から彼等の悲劇が起こるのであった。

「これで、思い残すことはない」  

 信玄の顔色が鉛色に変わり、冷汗が首筋を伝っている。

 馬場美濃守が信玄を褥にそっと寝かした。

 御屋形の死で武田は終りかも知れぬ、そんな思いが脳裡を過ぎった。

 天正元年四月十二日、駒場を囲む山並は眩しい新緑につつまれ、山桜が

満開となっている。

 信玄の容態は誰の目からみても悪化している。

 宿老は信玄の枕頭を離れず、荒々しい呼吸を続ける主を見守っている。

 独り勝頼だけが、違った思いで父の容態を眺めているようだ。

 天下に恐れられた信玄も、死すればただの男。瀕死の父と争った日を

想いだしているようだ。

 旗本の今井信昌が懸命に、信玄の額の汗を拭っている。

「夢じゃー」  

 信玄が突然、大声を挙げた。

「御屋形」  

 馬場美濃守が覗き込むように声をかけ、一座の全員が信玄を見つめた。

「源四郎、京の瀬田に我が旗を立てよ」

源四郎とは山県三郎兵衛の幼名であり、彼はじっと次ぎの言葉を待ったが、

再び信玄は声を発する事はなかった。

 医師の監物が脈を探り、

「ご臨終にございまする」

 と、悲痛な声をあげた。

 こうして武田信玄は、波乱にとんだ五十三才の生涯を閉じた。

 夜の帳が落ち、駒場の本陣から荼毘の炎が燃え盛っている。

 荼毘の炎の見える小高い丘に、老武士が草叢に座り落涙している。

 老武士が笠を脱いだ、隻眼で老醜の顔が闇に浮かびあがった。

 それは年老いた山本勘助の姿であった。

「御屋形さま、無念に存じます」

勘助には言うべき言葉がなかった。

 ひと際、炎が高くたち昇った。勘助が肩を揺すって闇に姿を没した。

 信虎は信玄の上洛の軍旅を知るとお弓を伴い、信濃の伊那郡に移り住み、

信玄の死去を知り落胆の日々を過ごし、翌年の二月三日にその地で没した。

享年、八十一才であった。

 信玄の葬儀は遺言どおり三年後の天正四年四月十六日、恵林寺で行われた。

 そこに出席した武将は高坂弾正のみで、あとの馬場美濃守、内藤修理亮、

山県三郎兵衛の姿はなかった。

 彼等、三名は長篠の合戦で勝頼の無謀な戦術で鬼籍に入っていたのだ。

 この六年後に武田勝頼と武田一族は信長に破れ、甲斐の田野まで逃れそこで

自害し、武田一族は滅亡した。

 この原因は小山田信茂の裏切りにあったのだ。       (了)

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Last updated  May 30, 2015 02:27:18 PM
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May 25, 2015
「信玄の戦略」(114章)

(信玄、死を悟る)


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 武田忍びの頭領、河野晋作も信玄から直に聞かされ承知していた。

 その為に塗輿を担ぐ人足は、すべて忍びの者に変わっていた。

 信玄は戦塵のなかで病と闘うよりも、暖かい布団でゆっくりと療養したい、

そうした願いでこの鳳来寺に来たのだ。

 信玄は鳳来寺の客殿で体調の戻るのを待っている。

 ようやく容態も安定し、顔色に血色が戻ってきた。

「余は病魔をねじ伏せた」  

 それがつかの間の事とは分かっているが嬉しかった。

 季節は三月を迎え、野鳥のさえずりが心地よく聞こ始めた。

 天下の耳目は信玄の動向を注目している。昨年は遠江の三方ケ原で、

徳川、織田の連合軍を完膚なく破り三河に進出し、徳川家の重要拠点、

野田城を攻略し、ぴたりと動きを止めている。

 信玄の次の標的は何処か、色んな憶測が飛び交っているが、武田勢は

鳳来寺に滞陣し動く気配をみせない。

 こうした状況下の京で二月十三日に将軍義昭が、信長打倒の兵を挙げた。

 この背景には信長包囲網の完成にあった。

 信長の本拠尾張、美濃は西に石山本願寺、三好三人衆、六角承禎(じょてい)、

浅井長政。南は長島一向門徒、北には朝倉義景、加賀一向門徒、東には天下

最強の武田軍団が迫っていた。

 義昭は浅井家、朝倉家に決起の御内書を発し、本願寺にも近江で蜂起する

よう要請し、受けて、顕如は近江の慈敬寺に門徒衆の決起を命じた。

 義昭は御所の強化の為に濠普請を行い、近江石山と今堅田に砦を築いた。

 義昭の戦略は、信玄の発病で絵に書いた餅となっているが、彼は知らず、

ひたすら信玄の上洛を待ち望んでいた。

 信長は義昭を牽制し、岐阜で信玄の進攻を戦慄する思いで待ち受けている。

 彼の膝元の東濃では武田勢に明知城を攻略され、彼等の動きは烈しさを増し、

虎視眈々と岐阜城を窺がっている。

 これが信長の置かれた情況であり、桶狭間につぐ最大の危機を迎えていた。

 だが信玄は三河で動きを止め動く気配を見せない、それが不気味であった。

 信玄の臥所に馬場美濃守と高坂弾正の二人が、忍びやかに訪れて来た。

「両人、来てくれたか」  

「御屋形、今朝は血色も宜しいようで」

「心配をかけさせたの、信昌、余は起こせ」

 信玄が起き上がり、脇息に身をあずけた。傍らには今井信昌が控えている。

「御屋形、お聞き苦しいとは存じますが、ひとまず甲斐にお戻り下され」  

 馬場美濃守が強張った顔付で声を励まし、忠告をした。

 病み衰えた信玄の眼光が鋭くなり、馬場美濃守を見据えていたが、

「今になって引き返しては、何のために討ってでたのか意味を成さなくなる」

 信玄の声に力が漲っている。

「承知で申しあげておりまする」  

「弾正、そちも同じ考えか?」

「御屋形あっての上洛にございます。甲斐に戻り、お躰を治す事が先決かと」

「弾正、それに美濃もよく聞くのじゃ。余の命はそう長くは保たぬ」

 瞬間、部屋が凍り付き、三名が信玄を仰ぎ見た。

「余は五年も一人で病魔と闘ってきた。余が死ねば上洛の意味はない」 

 信玄の普段と変わらぬ声に、馬場美濃守と高坂弾正が声なく俯いた。

「余の薬湯を」

 今井信昌が囲炉裏に掛けられた土瓶から、湯呑みに移し手渡した。

「これは余が調合したものじゃ。すでに五年間も飲み続けておる」

 信玄が湯呑みを掌に包み苦そうに、音をたてて啜った。

「未練にみえるか?余は一日でも生き永らえ上洛を果たしたい。快癒せぬ事

を承知で飲んでおる、妄執、・・・未練かの」

 信玄の顔に自虐の色が浮かび、すぐに平常にもどった。

「今の徳川家を見よ、もはや我等の敵ではない。我等は信長を討つ」

 信玄が毅然たる声で命じた。

「御屋形の決意、しかと心に刻みつけました」

「二日後に軍勢を発する」   

 二人が平伏し拝命した。

「信昌、少々疲れた」  

 信玄は褥に臥せ、手で二人に去るように合図し瞼を閉じた。

 その夜、信玄は再び喀血し高熱にうなされるのであった。

 鳳来寺の一室で勝頼を上座として、御親類衆と重臣達が全て集っていた。

「勝頼さま、御屋形の病は益々悪化いたしております。ここは軍をお引き下され」  

 重臣を代表し、馬場美濃守が進言した。

「馬場美濃守、そのように容態が悪化しておるのか?」

 信玄の弟の武田逍遥軒信廉が、非難するように訊ねた。

「最早、ご本復は無理かと」  

「父上のご容態は、そのように悪いのか?」

 勝頼が重苦しい顔つきで訊ねた。

「鳳来寺に滞陣いたし、既に一ヶ月を経過いたしました。御屋形が少しでも

お元気なうちに、甲斐にお連れいたしましょう」

 高坂弾正が沈痛な声で勝頼に訴えた。

「なれど、父上は二日後に出陣をお命じなされた」

「御屋形はその夜に再び喀血され、意識がございませぬ。なんとしても甲斐を

一目、お見せしたいものに御座います」

 馬場美濃守と重臣達が、勝頼と御親類衆に頭を下げた。

 だが信玄は再度起き上がった、倒れてから五日後の事であった。枕頭に

勝頼と逍遥軒、さらに馬場美濃守、高坂弾正の四人が凝然と控えていた。

「勝頼、余の命はあとわずかじゃ」  

「父上っー」

「狼狽えるな。余は甲斐に帰国いたす、すぐに用意をいたせ」

 信玄は自分の死期を予感しているようだ。

「信昌、例の箱をこれに」  

 信玄の命で今井信昌が、漆細工の小箱を勝頼の膝前に置いた。

「勝頼、開けて中を見よ」    

 勝頼が箱の蓋を外し顔色を変えた。

 部屋の者達の眼も釘付けとなった。箱には百枚ほどの白紙が治められ、

白紙の左下に、信玄の直筆の署名と花押が記されている。

「これは、余が数年前より用意しておいたものじゃ」  

「父上っー」

 勝頼の悲鳴を聞き信玄が、

「余は死ぬるが、これがある限り余は生きておる」

信玄の直筆の署名があるかぎり、信玄存命の証しとなる。  

「美濃、弾正、この書簡の意味は判るの?」

 二人は信玄の覚悟の凄さを改めて知らされたのだ。

「余を一人にいたせ」  

 一座の足音が途絶えるまで天を仰いでいたが、それが消えると瞼を閉じた。  

「無念じゃ」  

 血を吐くように呟いた。

 もう一歩で上洛が果たせたのに、岐阜を目前とし帰国せねばならぬとは。

 武将としての恥辱をひしひしと感じていた。

「父上、お赦し下され」  

 信虎の面影に向かい、詫びの言葉を呟き、目尻から一筋の涙が伝え落ちた。

 三月末、突然に武田軍団が鳳来寺を発った。先頭には武田家累代の家宝で

ある諏訪法性と孫子の御旗が靡き、本陣には騎馬に跨り、唐牛の白毛の飾りの

ついた諏訪法性の兜を深々と被り、伝来の大鎧の上から朱の法衣を纏った信玄

が、見事な手綱捌きを見せ進んでいる。

 これは影武者で信玄の弟の武田逍遥軒信廉が、務めていた。

 軍勢から少し距離をおき塗輿が続いていた。見る者がみたら異様に映る光景

である。

 警護の武者が密集隊形で塗輿を取り囲んでいる。

 いずれも凄腕の家臣である、更に武田の忍び集団が周囲を警戒している。

 輿では信玄が憔悴した顔をしているが、眼光を炯々と輝かせ揺られていた。

 すでに全国制覇は諦めたが、甲斐を見るまでは死なぬ、と心に決めていた。

 武田勢は緩やかな速度で粛々と、伊那街道を北上して行く。

 何も知らない足軽は国に帰れる喜びを隠そうともせず、眼を輝かせている。

 その日は鳳来寺、北方八里に位置する田口の地に宿営した。

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Last updated  May 27, 2015 05:28:01 PM
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May 19, 2015
「信玄の戦略」(113章)

(三河、野田城攻略)


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 三方ケ原合戦の大勝利は、瞬く間に諸国に広まり、石山本願寺の顕如は、

信玄と勝頼に太刀や虎の皮を贈呈し勝利を祝った。

 更に顕如は遠江、三河、尾張、美濃の一向門徒衆に檄を発し、岐阜の近郊に

要害を築かせ、信長勢の支配地に騒乱を起こさせ、信長に脅しを掛けたのだ。

 さしもの信長も窮地に陥り、近江の軍勢を撤退させる必要に迫られた。

 十二月三日、織田勢は突然、軍勢を返し本国に撤退した。

 その時の越前の朝倉義景の態度が、反織田勢として不手際であった。

 戦略的に見るなら、信長が撤退を行った時を見逃さず、小谷城の浅井長政と

共闘し、織田勢に追い撃ちをかける。

 これが兵法の常道であるのに義景はそれをせず、織田勢の撤兵を見送った。

 更に信玄の忠告を無視し、大嶽(おおずく)から軍勢を越前へと引いたのだ。

 その報告に接した信玄の失望は大きかった。

 信玄が義景に大嶽滞陣を進めた訳は、織田勢が撤退する時の反撃を想定した

為であった。凡庸な朝倉義景は信玄の真意を理解出来なかったのだ。

 信玄は将軍義昭に再度、朝倉義景に出兵を促すよう書状を送ったが、義景は

出陣が出来る事が叶わなかった。

 ただ時期が悪かった、この季節の越前は豪雪に見舞われていたのだ。

 折角、信玄が腐心した信長包囲網は、こうして脆くも崩れたのだ。

          (妄執の果て)

 この頃、信玄は刑部の陣営で人知れずに病魔と闘っていたのだ。

 武田の将兵も知らず、勝頼さえも知らない秘事であった。

 織田信長も徳川家康も、動かぬ武田軍団を注視していた。

 徳川勢は浜松城に籠城し、家康に従属していた豪族等は武田に降り、

単独で攻めかかる戦力を失っていた。

 信玄は本陣で愛用の土瓶をかき混ぜ、自分の余命を考え続けている。

 恐らく京までは保たない、これが信玄の偽らぬ本心であった。

 この刑部でも、何度となく喀血していた。

 その度に全身から力が失せた、だが最近は徐々に力が漲ってきた。

 病魔が小康状態となったのか、回復に向かったのか信玄もつかめずにいる。

「人は死ぬ直前に一時的に元気を取り戻すと申すがな」  

 信玄が低く独り言を呟き、土瓶の薬湯を苦く啜っている。

 上洛は自分一人の願いではない、父の信虎の宿願でもある。

 越後勢と戦った川中島で討死を遂げたと偽った、山本勘助の願いでもある。

 無性に勘助に会いたかった。

「奴の事だ、どこぞで余を見守っておろう」  

 そんな思いがしていた。

 二俣城攻略の策は、信虎と勘助の謀略であった事は承知しているが、

あれ以来、一切、連絡が途絶えていた。

 信玄が湯呑みを口にはこび、薬湯を飲み干し苦い笑いを頬に刻んだ。

 快癒する見込みのないことを承知で、このように薬湯を飲んでいる

自身への、自虐の笑いであった。

 部屋は蒸すように暑い、信玄の肺は外気を受けつけぬほど弱っていたのだ。

 早う、春になるのじゃ、余は春を待って美濃に進撃いたす。あの悪逆非道な

織田信長を打ち倒し、京の瀬田に武田家二流の御旗を立てる。

 戦国大名として武田信玄は、最後の夢を自分の余命に託していたのだ。

「明朝を期して野田城攻略の軍勢を発する」

 信玄の下知が下った日は、一月二十二日のことである。

 待ちに待った進軍の下知で全軍から、歓声が沸き起こった。

 野田城は長篠城の西南に位置し、刑部より六里ほど西に向かった地点にある。

 城は豊川右岸の突端にあり、柔ケ淵の絶壁を防壁とし堅固で聞こえていた。

 城主は菅沼定盈(さだみつ)である。

 彼は初めは今川家に属していたが、永禄四年より徳川家康に仕えてきた。

 翌日の二十三日は、風もない快晴の日和となった。信玄は愛馬に白鹿毛に

跨り、軍団の中陣で馬を駆っている。

 快晴にも係らず綿入れの頭巾を被り、眼だけを出し熊の羽織りを纏っている。

 一時も早く片づけたい。これが信玄の願いで山県昌景の赤備えと勝頼の率いる、

騎馬武者が先鋒隊として先駆けしていた。

 二万八千の大軍が刑部を出発し、豊川の河原に集結を終えたのは正午であった。

 蟻一匹、逃さぬ堅固な陣形で野田城を包囲した。

 菅沼定盈は眼下に展開する、武田軍団の威容を眺め全滅を覚悟した。

 城から見下ろせる南の日当たりの良い場所に、人夫たちが手際よく本営らしき

建物を組み立てている。  

「あれが武田勢の本陣か?」

「強襲したいが、届くまでに全滅じゃな」 

 それほど見事で巧緻な陣形を持った武田勢であった。

「籠城じゃ」  

 幸いにも兵糧は十分にある、二俣城と違い井戸水も豊富にある。

 武田勢の攻め口は、城門の急峻な小道が一筋のみ、一年でも保てる。

 その内に、徳川勢か織田勢の援軍も駆けつて来るであろう。

 城主の菅沼定盈は覚悟を決め込んだ。

 こうして対陣が始まったが、武田勢は包囲したたげで攻撃を仕掛けてこない。

 家康は織田信長に救援の使者を何度も遣わし、隙をみては出兵するが、

堅固な武田勢の防衛線に阻まれ、虚しく浜松城にもどるのみであった。

そんな時、東美濃の秋山伯耆守信友より朗報が届いた。岩村城に続き、

明智城をも攻略したとの知らせであった。

信長の足元の東美濃に火が点いたのだ。

「信友、やるわ」  

信玄は上機嫌でその朗報に接した。

野田城を包囲し半月が過ぎ、籠城する菅沼勢が仰天する出来事が起こった。

五十名ほどの人夫が、城の崖下を掘りはじめたのだ。

「何事じゃ」  

「崖を崩す算段とみた」 

「馬鹿な、穴を掘って崖を崩す気か」

 城内の将兵が笑いを堪えていたが、 人夫達の真意を悟り真っ青となった。

 信玄は甲斐から、金掘り人夫を呼び寄せ崖の下を掘りすすめ、野田城の水脈

を断ち切る戦術にでたのだ。これには城主の菅沼定盈も仰天した。

 二月五日、とうとう水脈が切れた。籠城の将兵は絶望感にうちひしがれた。

 菅沼定盈は城内の甕(かめ)等に、水を貯え十日ほど籠城を続けたが、水の

渇望により、二月十五日に城を開き武田の軍門に降った。

 またしても徳川の最重要拠点の野田城も、二俣城同様に水の手を断たれ落城

したのだ。

 野田城が墜ち、徳川勢は三河での合戦が不可能となり、武田勢は磐石と成った。

 信玄は野田城を山県三郎兵衛に守らせ、自ら軍団を率い野田城の東に位置する、

鳳来寺に軍を進めた。

「御屋形さまは何処に向われるのじゃ」

 将兵達は次の目標を岡崎城と思っていたので、全員が不審そうにしている。

 鳳来寺は由緒ある山寺で、鳳来寺山の山頂付近に建てられ真言宗の寺院である。

 本尊は開山の利修上人の作で、薬師如来が祀られてある。
 
 寺の本堂に至るには千数百段の石段を登らねばならない、途中の参道は鬱蒼と

した霊木の杉林に覆われ、大木は緑に苔むし尊厳な雰囲気が漂っている。

 武田軍団は山裾や峰々の林のなかに宿舎を建て滞陣した。

「御屋形さまに何が起こったのじゃ」  

 全将兵が不審を感じていた。  

「いや、戦勝祈願と聞いておるぞ」  

 それぞれが密やかに語り合っている。

 信玄は野田城攻略後、ほとんど誰にも姿を見せることがなかった。

 寒気で風邪をこじらせ、労咳がいっそう悪化していたが強靭な気力で保って

いたのだ。 

「余は死なぬ」 

 何度となく信玄は気力を奮い立たせていた。

 馬場美濃守と高坂弾正、警護頭の今井信昌の三名は信玄の病を知っていた。

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Last updated  May 20, 2015 05:45:25 PM
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