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カテゴリ:「うわばみ新弥行状譚」
「石垣忠左衛門ならびに倅の一之進に申しわたす。その方等、次席家老の要職
にありながら、藩庫より金子を横領いたし、既に死亡せし江戸家老の宍戸梅雪 に賄賂を贈り、城代家老の職を獲んと画策したるは重大なる罪状である。 あまつさに藩士を賭場に誘い、借金のかたに妻女を召し上げ、町人に春をひさ がせたるは、武士としての道を踏み外した外道者の行為。よってここに厳罰に 処するなり」 飯岡大膳が毅然として言い放った。 「して我等親子の処分はいかに?」 石垣忠左衛門が不敵な面魂で訊ねた。 「石垣殿よ、斬首じゃ」 飯岡大膳が声を低めた。 「なんと、斬首ー」 忠左衛門が細い眼を光らせ、「斬首」と一之進が喚いた。 「見苦しい」 忠左衛門が倅を一喝した、凄惨な雰囲気が漂った。 「石垣家は次席家老を踏襲して参った由緒ある家柄。公儀の手前もあり、お取り 潰しは免除され、しかるべき親類縁者より、これと思われる者に石垣家の名跡を 継がせるものといたす。これは殿の格別の慈悲にござる。不服がござれば申さ れよ」 飯岡大膳が二人を見据えた。 「かたじけない」 石垣忠左衛門が平伏した。 翌朝、石垣親子の処刑が行われた。忠左衛門は悪びれた態度をみせず、 従容として首を討たれた。だが倅の一之進は最後まで怯懦(きょうだ)の振る舞い をみせ、介錯人の手を煩わしたすえ斬首された。 人斬り疾風の残した帳簿に記載された町人等は、秘かに藩庁に呼び出され、 大目付となった磯辺伝三郎より、きつい処罰を言い渡され釈放された。この処置 で国許の町人達に、戦慄が奔りぬけたことは容易に推測できる。国許の乱れは 正された。だが不幸な出来事が起こっていた、次席家老親子の処刑が行われ た翌日、加藤鍬次郎と妻女のお糸が自害して果てたのだ。 何れは妻女の醜聞(しゅうぶん)は漏れる、そう思っての自害であった。新弥が、 あれほど生きるよう説得したにも係わらず、彼等夫婦は死を選んだのだ。 「武士(もののふ)の、情けを知らぬ我が身とぞ、迷い迷いて死での夏風」 「背の君と、心のこさず、ゆく身をば幸せ思う、庭の蛍火」 対照的な辞世の句であった、新弥はまだこれを知らずにいた。 江戸の朝は早いが、大名屋敷は深閑として佇んでいる。牧野家上屋敷の門前 に、新弥の巨体が現れた。梶原庄兵衛一人が見送りに出ていた。 「殿は、お見送りなされぬが、励めとのお言葉でござった」 「はっ、殿にはよしなにお伝い下され。梶原さまも御身大切になされませ」 「ご貴殿もな、早う国許に帰り、ご妻女に無事な顔をお見せなされ」 「梶原さま、来年は国許でお会いしましょう」 新弥が深々と腰をかがめ、素早い身ごなしで門前を離れた。 「面白いご仁じやった。・・・して我家にも春が訪れるかの」 梶原庄兵衛が意味深な独り言を呟いていた。新弥の巨体がゆったりと上屋敷 から遠ざかった、門前の陰から、お峰がすがるような熱い眼差しで見送っていた が、新弥は知るよしもなかった。 心は既に国許のことで一杯となっていた。その様子を忠直が小姓を従い眺め ていた。あの、うどのような男では女子の心は分るまい。 せめて一晩でも情けをかけるものじゃ。余が昨晩、お峰の心中を察し伽(とぎ)を 命じたが、あの男はお峰に情けをかけたのか。女の一人や二人を御することが 出来なくて大事が為せるか。忠直は胸中で呟きながら、黙々と歩んで行く新弥を 見続けていた。お峰の夜這いに斎藤め、どのように応じたのかな。存外とお峰を 手こずらせたかも知れぬな、新弥の大きな背中をみつめ閨の仕草を想像した、 途端に腹の底から笑いがこみ上げてきた。唐突に忠直がからからと笑いをあげ た。傍らの小姓が、なんで主人が笑いだしたのか知らずに、怪訝な顔つき で見あげた。 昨夜のお峰の夜這いが、忠直の心遣いとは知らない新弥は身も心も軽く藩邸 をあとにしているが、何となく鼻の奥がこそばゆい、 「へっくしょん」 突然、新弥が大きなくしゃみをした。 (完) 今日でもって「うわばみ新弥行状譚」完了となりました。拙い小説をご愛読頂き 感謝申します。今後のことは何も計画しておりませんが、これから熟慮いたした いと考えております。その節はまた宜しくお願い申し上げます。 うわばみ新弥行状譚(1)へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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梶原様、いえ、殿様かな?
お峰さんに新弥さんの子を宿すように仕向けたのかな? やっと国許が穏やかになったと思ったら、今度は何かまた違う一波乱がありそうな。。。 (Sep 4, 2006 11:44:34 AM)
楽しく拝読させていただきました。
お峰さんのことは忠直が仕組んだのか・・・ 殿様相手じゃ文句は言いづらい。^^; 石垣親子、や~っと天罰が下りましたね。 次回作も期待しております。 (Sep 4, 2006 12:54:43 PM)
ご来訪頂き感謝です。朝晩の気温が低いですので、風邪など引かぬよう、連載を楽しみにしております。
(Sep 4, 2006 01:42:53 PM)
お疲れ様でした。
(Sep 4, 2006 02:09:21 PM)
ありがとうございました。楽しく読ませていただきました。
以前にもコメントしましたが出版の折には教えてくださいね^^。 (Sep 4, 2006 02:24:24 PM)
お疲れ様でした。
毎日楽しみに読ませていただきました。 一人一人の人間臭さがよくでていて、 思わず引き込まれました。 個人的には疾風にもう少し活躍してもらいたかったかな? できれば新弥とコンビを組んで 世の中の悪を斬りまくる、なんてシリーズ化を・・・ テレビの見すぎですかね(笑) (Sep 4, 2006 04:06:07 PM)
文中のこの2首の辞世に、ジーンときました。
「武士(もののふ)の、情けを知らぬ我が身とぞ、迷い迷いて死での夏風」 「背の君と、心のこさず、ゆく身をば幸せ思う、庭の蛍火」 約3ヶ月、長かったですね。 お疲れ様でした。 最後まで、楽しく読ませて頂きました。 (Sep 4, 2006 04:17:18 PM)
文章途中でコメントいたしておりました^^;
一夜の情け。。。 殿様もなかなかのタヌキさんでしたね。 長い間、楽しませていただいてありがとうございました 今後のことは『おつらと』されたし^^ お疲れ様でした。 また、新しい小説を楽しみにしています。 (Sep 4, 2006 04:50:12 PM)
百点満点はモノを創造するものにとって、ありえないことだとは理解しておりますが、今回は素材が良いだけに、もう少し?の感がありましたね、。特に御前試合のあとは急がれたかと?生意気を言ってすみません。
(Sep 4, 2006 05:14:45 PM)
お殿様が国許に戻られたらお峰さんも子供抱いて帰ってきたら、わぁまたまた大騒動ですね。
面白く読ませていただきましてアリガトウo(*^▽^*)o 引き続き楽しみにしてますね (Sep 4, 2006 09:49:47 PM)
連載が終わってしまい、寂しくなりました。
今日も、一句ありがとうございました (Sep 4, 2006 10:31:34 PM)
龍5777さん 100話にも及ぶ大作 本当にお疲れ様でした。
「うわばみ新弥行状譚」 文章で臨場感が伝わり 登場人物一人一人に味があり そして人情があり・・・ 数え上げたらキリがありません。 主人公の新弥さんの人柄にも、妙に親近感がありました(^^) ちなみに・・・私の姓は「斉藤」です(笑)^^ 本当に楽しませて頂きました。 ありがとうございますm(_ _)m (Sep 5, 2006 12:40:53 AM)
疎い私ですが、本当に面白くて、毎朝の楽しみでした・・・☆ 次回作も期待しています!!☆ お疲れ様でした・・・☆ (いつも素敵な句を、ありがとうございます!)☆
(Sep 5, 2006 07:49:30 AM)
毎日楽しみによまさせていただきました。ありがとうございました。
「へっくしょん」で終わったのが変にすがすがしくてよかったです。 次回作も楽しみに待ちます。 今朝も1句有難うございました。 (Sep 5, 2006 09:01:37 AM)
100話で終わりになったのですね。
サザエさんみたいに永遠に続くのもよさそうですが 本屋さんで本が発売されて、人気が出たら 続編というのもいいですね 最近は、テレビゲームの業界では 開発費が数億円、制作年数が数年ということもあって、ぜったいヒットする可能性のある続編 の開発、発売となることが多いようですね だけど、新しいものが生まれないのは ちょっとかなしいかも むつかしい問題です。 売れるか売れないかわからないものに、 時間やお金をかけて冒険ができないっていうのが ありますね ネットの世界では、いろいろな試行錯誤ができそうです。 時代劇小説が好きな人 たくさんに読まれるといいですね 掲示板形式では、どうしても読みにくいので 印刷して読める、アクロバット形式か 電子ブック形式になれば、最高って思います。 (Sep 5, 2006 09:06:42 AM)
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