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Feb 7, 2007
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カテゴリ:小説 上杉景勝
「恐がることはない、参れ」  褥(しとね)に招きいれ細い躯を抱きしめた。

  若者はふるえている。  「このような事は初めてか?」

  夢中で抱きよせ胸に手を差し伸ばした。  「これは」 景勝の手に蕾の乳房

が触れた。  「謀ったな、兼続」  景勝は褥の外に娘を引きずり出した。

  いま現実に触れた、乳房の感触が汚らわしく思われた。

  若侍に変装した藤子が嗚咽を堪えている、乙女の身で恥をしのんで褥に入っ

たというのに、この仕打ちはひど過ぎる。その姿が哀れには見えるが、景勝の怒

りは収まらない。別に景勝は女人を蔑視し、不犯を通しているのではない。

  不識院公のような武将に成りたく、若き頃から女人を遠ざけてきたのだ。

  それを知りながら、主人の己を騙した兼続の行動に怒りが募っていた。

「山城っー」  声だかに叫んだ。  廊下を小腰をかがめた兼続が寝所に近づ

いてきた。

「お屋形さま、お静かに願いまする。この山城がかねてから、お願いしておりまし

たことを、今宵から実行して頂きます」  ぐっと景勝が言葉につまった。

「この者は女子にあらず、女子の躯をもった若者にござる。なにとぞご寵愛のほ

ど、お願いつかまつります」 関白をも唸らせた天下の山城守が平伏している。

  景勝は兼続の言葉が嘘であることは重々承知していたが、兼続の面目をた

て、上洛中は毎夜同衾をつづけた。女の名が藤子であることも知った。

  景勝は夜毎、褥で藤子を抱きつづけ、仄かな愛情に似た感情が湧きだして

いたが、帰国のさい藤子を兼続に任せ国許に連れ帰ることはなかった。

  ひとつには武将としての意地と、不犯を誓った己の不甲斐ない態度に腹を

たてた事も原因であった。が、不思議に正室のお菊の方への気配りはなかっ

た。完全に政略結婚であると割り切っていたのかも知れない。

  兼続は景勝の胸中を察し、藤子を屋敷にもどし生活一切の面倒を見続けた。

  やがて、藤子から男子出生の知らせを受けた兼続は、公子誕生の知らせを

景勝に報告した。越後一国がその知らせで喜びを表したが、景勝は喜びの表情

もうかべず、己の子と認知したにすぎなかった。

  兼続は京に人をやり母子を春日山城に迎えたが、藤子は産後ほどなく病死。

公子は景勝の命で、喜平次定勝(さだかつ)と名のることになった。

  母を失った定勝を、兼続は妻のお船に養育を頼み、以後、お船が定勝の母

代わりとなって愛育した。後に家督を継いだ定勝は、お船に三千石を与え感謝を

表している。

  八月、出羽庄内の尾浦城の東の十五里原に、上杉の本庄繁長率いる大軍

が、南方より押寄せ、最上方の東禅寺義長(とうぜんじよしなが)勢の籠もる尾浦

城を急襲した。頼みの最上勢の援軍もなく尾浦城は炎上し、東禅寺勢は大敗し

た。この本庄繁長の猛攻で庄内は、完全に上杉家の領土となった。

  丁度、時期を同じくして秀吉の奥羽惣無事令を伝える使者、金山宗洗(そうせ

ん)が出羽に来ていた。最上義光はこれで本庄勢を停戦させる好機と考えたが、

  同年の四月に上洛した上杉景勝が、秀吉から庄内の主権を認められていた

ことを知らなかった。完全に最上義光の中央政権との外交の失敗であった。

  景勝と兼続は、庄内領土侵攻の内諾を暗黙のうちに秀吉より受けていたの

だ。この裏に石田三成が直江山城守のために動いていたのだ。


  この年に上杉家ゆかりの、一人の武将が切腹する羽目となる。その人物は

もと越中国主の佐々成政である。彼は越中で秀吉に降伏し、一時は大阪城にい

たが、その後、九州肥後一国の差配を命じられた。だが国人一揆の責任を問

われ尼崎で自害させられた。肥後一揆の原因は、秀吉の指示をうけた成政の

政策にあった。秀吉は肥後の不穏勢力の一掃を命じ、一揆の原因を成政の

悪政と決めつけ、その責任を佐々成政一人に押しつけたのだ。

  これは織田家の旧臣を根絶やしとする、秀吉の謀略であった。

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Last updated  Feb 7, 2007 08:19:32 PM
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