長編時代小説コーナ

2011/04/19(火)16:53

騒乱江戸湊

伊庭求馬無情剣(105)

          「騒乱江戸湊(4)  楼閣の前には葉を落とした桜並木がつづき、枝には雪が積もり、 傘をさした女郎達が着飾って駒下駄で雪を踏みしめ、楽しんでいた。  世にいう吉原三景のひとつである。  吉原の花見、吉原の月見、吉原の雪見を人々はそういって楽しんだものだ。  紅殻(べにがら)格子の見世から、刹那の楽しみを終えた男らが三々五々、 傘をかさむけ寒そうに大門に向ってゆく。  片道、百三十五間(約二百五十メートル)の仲の町を、二人はゆったりと往復 し大門へと向かった。  吉原会所の半纏を羽織った若衆が、不審そうに二人を眺めている。 「流石は吉原じゃな、華がある」   「十右衛門、おれ達も一度でいいから、大夫を揚げてみたいの」  物珍しい顔つきで女達を眺める十右衛門に源次郎がささやいた。 「我ら貧乏御家人には一生、縁のない夢物語じゃ」  十右衛門が不機嫌そうに答えた。男なら一度は遊んでみたい場所である。 それが出来ない境遇に腹がたったのだ。  二人は雪のちらつく大門を潜り衣紋坂、土手八丁へと足を進め浅草寺へ と向かった。  江戸の盛り場は両国広小路である。ついで上野山下、浅草奥山、深川八幡 が名高い、特に見世物が有名であるが、浅草寺境内の観音堂の裏の奥山は 見世物では一番と言われていた。  なんせ江戸一番、参拝者の多い浅草寺が控えているのだ。  二人は黙々と奥山に通じる雪道を歩んでいた。見世物小屋は雪に覆われ 客足がない、奥山名物の大道芸はすべて店仕舞いのようだ。 「見ろよ」  源次郎が顎をしゃくった。  真新しい建物が軒を並べているが、岡場所の名残を示す屋号ではない。  数寄屋亭、観音亭などと描かれた看板がつらなっている。  まるで出会い茶屋のような屋号である。 「見事に復興したものじゃ」  源次郎が呆れ声をあげた。  二人は傘で顔をおおい奥の小路に踏み込んだ。落葉した樹木の枝が 頭上をおおい、何やら胡散臭い小屋が眼についた。 「お侍、どこに行きなさる?」  突然、どすの利いた声をかけられ、三人のやくざ風の男らが現れた。  この辺りを縄張りとする浅草の由蔵一家の手下としれる。 「どこに行こうと勝手じゃ、ここは天下の往来だ」  童顔の顔に苛立ちを込めた源次郎が声を荒げた。 「そうはいきませんぜ、ここは由蔵親分の縄張りですぜ」 「貴様ら町人の分際で御家人に喧嘩を売るつもりか?」  十右衛門がずいっと三人の前に立ちふさがった。 「御家人ですかえ、笑わせるんでねえよ。たかがサンピンでねえか」  一際、獰猛な面をした男が腰を沈め長脇差に手を添え、残りの二人も 殺気を漲らせ構えた。 「よせ、怪我をするぞ」  源次郎の声が終わらぬうちに、一人が抜刀し腰だめに突きかかってきた。  流石は喧嘩なれした輩である。  源次郎の大刀が鞘走り、仕掛けたやくざ者の手首が両断され、血の帯を ひいて宙に舞った。 「痛えー、遣りやがったな」  手首を斬り落とされた男が悲鳴をあげた。 「野郎、抜きやがった」  残りの二人が恐怖で真っ青となって身構えた。  御家人とは言うものの流石は火付盗賊改方である、こうした場合は、 いささかも躊躇を見せない。 騒乱江戸湊(1)へ

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