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Jul 13, 2011
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カテゴリ:伊庭求馬無情剣

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   「騒乱江戸湊(82)」

 興奮した猪の吉の声が響き、次々と行灯の灯りが点った。

「これは」  天野監物と若山豊後が驚きの声を漏らした。

 彼等の脳裡に奥山の見張りを命じられた時の光景がよぎった。

 夜の訪れとともに次々と大八車が丸木や、建築材料を満載した光景を

見てきたのだ。その時は見世物の新築と思い気にもとめなかったのだ。

 最初の部屋に入ると菰につつまれた箱が、整然と積み上げられていた。

「猪の吉、注意をいたせ。その箱は焔硝(えんしょう)じゃ」

 求馬に注意され、思わず猪の吉が後ずさった。

「旦那、爆発なんぞしないでしょうな」

「心配はない」

 進むにつれ四人の前に信じられない光景が現れた。刀、槍、弓、甲冑、

それに三十畳の部屋一杯に、火縄銃が整然と並んでいたのだ。

「旦那、こんな部屋が十二もありやすぜ」

 猪の吉が仰天している。奥山にこんな地下蔵があることに驚いたのだ。

「ご両人、空の部屋を捜って下され」

 求馬の下知で二人が次々と空部屋に踏み込んで調査を始めた。

「豊後、この部屋には何かが置かれていたな」

「多分、ご禁制の品でも隠してあったのでしょうね」

 豊後がしたり顔をして答えた。

 四人は一刻ほどかけて地下の部屋を捜って廻った。

「もう、宜しいでしょう」

 求馬の声に誘われ地下蔵から出た、燦々と夏日が降り注いだ奥山の

光景がそこにあった。

「猪の吉、地下蔵の扉を閉めてくれ」

 猪の吉が素早く祠に行き地下蔵の入り口を閉めた。あとは何の変哲もない

真夏の風景が四人の前にある。濃緑色の樹木、野鳥のさえずり、丘は何の

変化もなく眼の前にある。

「ご両人、ようやく奥山の謎が解けましたな」

 火付盗賊改方の二人は声がなかった。このような大がかりの地下蔵が作ら

れていようとは想像だに出来なかった。

「伊庭さま、これは全て闇公方の仕業ですな。全てが終わった時から由蔵の

存在価値がなくなった。奴等は由蔵からこの謎が洩れることを恐れ、命を絶

ったのですな」  

 天野監物が不精髭に汗を滴らせ、自分の考えを述べ求馬に念を押した。

「天野さん、貴方の言うとおりでしょうな」 

 求馬が乾いた声で応じた。

「伊庭さま、この報告はどうなさいます?」

 若山豊後が複雑な顔をして訊ねた。

「今回の責任者は大目付にあります。これから駿河台のお屋敷を訪れ、

この地下蔵の事実をお知らせいたす」

「されど我等は火付盗賊改方にございます」

「こたびの件は河野権一郎殿も承知にござる。この江戸にあのような大量の

武器が隠匿されていることを解決するには、火付盗賊改方では荷が重い」

 求馬が遠慮なくすばりと二人の痛いところを突いた。

「闇公方の正体は依然として不明にござる。あの大船を見て分かるとおり、

背後には大物が潜んでおると、それがしは考えております」

「背後に大物が」

 求馬の言葉に二人は戦慄を覚えた。 

「猪の吉、お主は浅草橋に戻ってくれ、首尾よく隠れ家が発見出来たら、

嘉納殿の屋敷に参れ。そこで遭おう」

「承知にございやす。あっしはお先にご無礼いたしやす」

 天野監物と若山豊後に挨拶し、猪の吉が駈け去った。


 神田駿河台にある、嘉納屋敷の書院で四人の男が集まっている。

 脇息に身をもたせた嘉納主水に、その前に腰を据えた伊庭求馬に火盗改方

の天野監物と若山豊後であった。

 二人は恐れおおく身をすくめている。

「伊庭殿、ご足労をおかけ申した」

「本日の件は、このお二人の活躍のたま物にござる」

 求馬が功績を火付盗賊改方の二人に譲った。

「わしが大目付の嘉納主水じゃ。まずその方から名乗れ」

 濃い髭跡をみせ天野監物を指差した。

「はっ、拙者は火付盗賊改方同心の天野監物にございます」

「同じく若山豊後にございます。お見知りおき下されませ」

 二人が大目付の前で畏まっている。

「天野監物、奥山の地下蔵の様子を報告いたせ」

 主水が癖である髭跡をさすっている。

「申しあげます」

 天野監物が、今日の探索で知りえた地下蔵の様子を詳細に語り終えた。

「そのような場所に地下蔵があり、そこに膨大な武器が隠されておるのじゃな」

 嘉納主水が頬の筋肉をひくつかせ、顔面を朱色に変じさせている。

 驚天動地の出来事を聞かされたのだ。


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Last updated  Jul 13, 2011 05:19:16 PM
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