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Apr 19, 2012
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カテゴリ:改訂  上杉景勝
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       「改訂  上杉景勝」 (74)


 この朱槍に抗議する者があらわれた。元来、上杉家の軍法には武功の

ぬきんでた者だけが、この朱槍を持つことを許されていたのだ。

 上杉譜代の武辺者の言わせる言葉であった。

「そちたち、試みに慶次と立ち会ってみよ」

 景勝が進めると四名の練達の家臣が立ち会い、瞬時に槍を巻き上げられ、

馬上から突き落とされた。

 前田慶次は馬上から、四人の家臣を眺め。

「おのおの方は拙者の旗指物の武辺者にも、文句がござろうが、それは

誤解にござる。拙者は落ちぶれはて大不便者と書いたつもりにござる」

 と言って莞爾と笑みを浮かべ戯れたたという。

 慶次は景勝に惚れ二千石で召し抱えられた。戦後は他家から一万石で

招かれたが、『景勝さまならでは主君とすべき人物は居ないと断り』五百石

の扶持で生涯を終えたという。

 さらに剣聖と言われた新陰流の祖、上泉伊勢守信綱の実弟で、甲斐の

武田家に仕え勇名をはせた上泉主水泰綱、佐竹家浪人の車丹波、蒲生家

浪人の岡佐内など錚々(そうそう)たる人物が集まって来た。

 こうした時期に米沢から、直江山城守兼続が若松城に姿をみせた。

 彼は上杉家の執政であり、藩主として米沢に留まる訳にはいかなかった。

 上杉家の新領内の整備と統治が彼の勤めであった。

「山城、米沢城下の整備は大事ないか」

 景勝が嬉しそうに訊ねた。もっとも信頼する兼続の顔をみて安堵したのだ。

「米沢城下は鄙(ひな)びた町にございます。武家屋敷をのぞくと八百余戸の

戸数に、人口六千名に過ぎない町にござる」

「わしは大いに助かるが、最上勢の備えは大丈夫か」

「家老の静田彦兵衛に任せ、米沢城に一千名の兵を残しております。また

馬場に鉄砲隊二百名を与えて参りましたので、ご心配は無用に存じます」

「そうか、馬場孫助が与板衆を指揮して守っておるか」

 景勝が顔をゆるめた、馬場孫助は与板衆のなかで聞こえた鉄砲の遣い手

である。兼続が膝を進めた。

「お屋形、殿下は醍醐寺で盛大な花見の宴を催された様子にござるな」

「わしにも報せが参っておる」

 秀吉は慶長三年三月十五日に、醍醐寺三宝院の山々で盛大な鑑桜の宴を

催した。これが有名な醍醐の花見である。

 この花見の宴を境とし秀吉は体調を崩し、五月頃から床に伏せることが

多くなった。

 秀吉は豊臣家の行く末を案じながら病魔と戦っていた。ようやく秀頼が六歳

となったが、あと十年の余命を祈っていた。そうなれば秀頼は十六歳に成長

し、豊臣家は盤石な体制になる。

 人臣位を極めた秀吉にも弱点があったのだ。

 四月となり会津一帯は桜の花に覆われている。

 そうした時期に執政の直江山城守か総奉行となり、精力的に領内整備を

行っていた。真っ先に手がけた工事は若松城から最上領土に通ずる道路の

拡張工事と橋の架けかえであった。

「泰忠、この工事が完成したら、最上領への軍事道路となる」

「お屋形さまの申されたように、最上攻めを行いますか」

「その時期が参ったらな」

 兼続が黒金泰忠の問いに、早咲きの桜を愛でながら答えた。

 城内では武器奉行の手で武具の購入が進められ、鉄砲、二千五百挺が

武器庫に納められていた。火薬や火縄も自前で製造し、謙信時代に編成

された段母衣組(だんぼろぐみ)の他に、新たな百挺鉄砲隊が創設された。

 こうして上杉家は着々と臨戦態勢を整えていたのだ。

「泰忠、その方に下野方面の道路建設の総奉行を申しつける」

「心得ました」

「徳川と一戦する場合は下野方面が主戦場となろう」

 二人が将来起こりえる事態を語り合っていると、伝令が駈けつけてきた。

「山城守さま、急ぎお城にお戻り願いまする」

「何事じゃ」

「堀秀治さまより、使者が参っております」

「ようやく参ったか」

 兼続が予期したように薄い笑みを浮かべた。

「堀秀治さまとは旧領の越後に入封された大名にございますな」

 黒金泰忠が不審そうな顔で訊ねている。

「そうじゃ、定めし怒髪天を衝く勢いで怒っておろうな」

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Last updated  Apr 19, 2012 10:52:46 AM
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