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Dec 4, 2012
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カテゴリ:改訂  上杉景勝
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「改定  上杉景勝」 (121)


「血祭にせよ」 敵の新手が駆け寄ってくる。

 その時、天地が震撼した。味方の軍勢が喚(おめ)き声をあげ突入してく

る。漸く間に合ったが、上泉泰綱は既に呼吸を止めていた。

 壮烈な最期であった、血まみれの二人が呆然と佇んでいる。

 前田慶次が朱槍を抱え近づいてきた。

 二人の眼に後悔の色が浮かんでいる、己の怯懦を恥じている眼である。

「貴様ら、なぜ上泉殿一人が討死を遂げられたのじゃ」

 前田慶次が眦(まなじり)をけっして詰問した。

「ご免」

 蒼白な顔色をしていた二人が同時に、己の頸動脈を絶った。

 それは武者としての怯懦の行動を恥じての自決であった。

 併し、各所で上杉勢と最上の救援軍との戦いが繰り返されている。

 前田慶次も阿修羅の形相をみせ荒れ狂った。それは友の戦死を悼む

戦いである。最上勢はその勢いに押され、四散して城に逃げ去っている。

「城にいれるな、すべて討ち取るのじゃ」

 前田慶次が大声で叫び、大身槍を旋回させ敵兵を突き刺した。

(上泉殿は増援を止めたく無謀な戦いをなされたのじゃ) 

と慶次には分かる。こうして最上の救援軍は散々に討ち取られた。

 上泉主水泰綱の戦死は、上杉勢の将兵に深い悲しみをのこした。この

報せが山城守にもたらされた。

「早々と三途の川を渡りよったか」

 山城守が顔を曇らせポッリと呟いた。この合戦を甘く見すぎた、その思い

が胸を締め付ける。

 思いもせぬ損害をだし、未だに長谷堂城も上ノ山城も落せずにいる。

 このままでは関ヶ原に出馬することは夢に終わる。

 我が上杉家の精兵三万をもってしても、たかだか一万にも満たない最上勢

を殲滅できないとは。そう思うと無念の思いだけが過ってゆく、九月九日に

この最上攻めが始まり、すでに十五日が経っている。

 上方の様子も気になるが、一切の情報が途絶えているのだ。

(石田殿、合戦を引き延ばして下され) と、祈る思いでいた。

 直江山城守は本陣に腰を据え、塑像のように身動きをせずにいた。

      (朝の露)

 慶長五年九月八日を迎え、景勝は天守閣より南方を展望していた。

 鈍色(にびいろ)の空が地平線の果てまで続いている。

 景勝はつい先刻、関ヶ原合戦で西軍が大敗し、東軍の家康の勝利の報せ

を受けたのだ。

 西軍に加担した諸大名とその大軍に、石田三成が描いた壮大な戦略が、

開戦一日で敗れ去るとは、到底、信じられないのだ。

 負ける謂れのない合戦であった筈である。

「なぜじゃ」

 景勝が独語した。併し報せによれば西軍の影の総帥石田三成やも西軍

最大の野戦軍団を率いた宇喜多秀家、小西行長等は捕縛されたという。

 景勝の許に次々と関ヶ原合戦の情報が届いてくる。

 直接の敗因は豊臣連枝の小早川秀秋の裏切りと知らされた。

 それは景勝の気象からして到底、信じられぬことであったが事実と分かっ

た。さらに徳川家康の本隊の左側面を衝く軍勢は、南宮山に布陣していた

が、その主力の吉川広家が動かず、毛利秀元、長宗我部盛親、安国寺恵

瓊、長束正家等の諸隊は、最後まで動かずに合戦を傍観していたという

事実も知ったのだ。


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Last updated  Dec 4, 2012 10:19:02 AM
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