長編時代小説コーナ

2012/12/11(火)12:26

改定  上杉景勝

改訂  上杉景勝(126)

[上杉景勝] ブログ村キーワード     「改定  上杉景勝」 (127) 「お忘れにございますか山城守さま、我等は徳川勢に対抗すべく会津の 総力をあげて国境に、兵力を集結させた事実を」  猛将の甘粕景継が吠えた。 「心配はいらぬ、合戦を仕掛けられ準備をせぬ武将が居るか。あの節は 会津防衛の処置じゃ。我等は家康が小山から軍勢を反転させた時も、国境 から一歩も踏みださなんだ。それを一番に存じておられる人物が家康じゃ。 我等は徳川勢に一度も兵力で歯向かったことはなかった」  山城守が淡々とした態度で小山での状況を述べた。 「山城、そちは秀康殿と話をつめてくれえ、わしは本多正信と交渉する」  景勝の言葉に山城守は合点する思いがあった。  上方に滞在している、千坂景親からの情報と推測した。 「お屋形、正信から和平勧告があると、千坂景親から話がありましたか」  山城守の問いに景勝が顔色も変えずに肯いた。 「そちには叶わぬ、すべてお見通しじゃな」 「和平勧告と申しても、全面降伏となりましょう。それがしは命を懸けて 上杉家の存続を、結城秀康さままにお願いしましょう」 「頼むぞ」  景勝が了解した。こうして上杉家の重臣会議は和睦に方針を向けたのだ。  会津領内は武装を解き、恭順の姿勢を示し静まった。  直江山城守と千坂景親の懸命な取り成しで、家康は景勝と山城守に 上洛を命じてきた。  主従は翌年の慶長六年に上方に向って旅立った。  二人とも騎馬であった。馬の背に揺られ辺りを見つめていた景勝が、 「人生とは朝露の如くじゃな」 と、独語した。  その言葉に山城守ははっと胸を突かれた。初めて景勝の苦悩を知った 思いがしたのだ。  今になって景勝の無念の思いを知り山城守が、はらはらと落涙した。  己の至らなさを知ると同時に景勝り胸中を思い、生涯一度の涙を見せた のだ。山城守が湿った声を発した。 「お屋形、人生とは儚いものにございます。併し上杉家は尚武の家で あることを忘れてはなりませぬ」 「心配するな」  景勝が浅黒い顔を和ませた。こうして主従は大阪に着いた。  千坂景親が二人を待ち受け、着任の報せをもった使者が本多正信の許 に駆けつけた。  翌日、主従は大阪城で徳川家康に謁見し謝罪の席に座していた。 「中納言に山城守か」  家康が天下人の風格をみせ横柄な口調で両人を眺めている。  二人は臆する色もみせずに平伏した。 「謝罪に訪れるには遅すぎじゃ」 家康が露骨に不快感を示した。 「我等には謝罪の謂れはございませぬ」  景勝が無骨な口調で反論した。 「ほう、昨年の合戦では西軍の石田三成に属したであろうが」 「滅相な、言いがかりにございます」  山城守が景勝に代わり答えた。 「わしが小山に本陣を進めた時、三万名の大軍で出迎えてくれたの」  皮肉を口にした家康の肉太い頬が引きつった。 「我が家は尚武の家にございます。義と信を信奉する家風にございます。 六万余の大軍が国境に迫れば、武家の仕来りといたし、合戦の用意を 仕ることは、当然至極にございます」 「山城守殿、お二人は謝罪に参られたのであろう」  二人が余りに平然としていることに不審を抱いた本多正信が口添えした。 「上様のお訊ねに答えたまでにございます。我等は恭順に罷りこしました」 「わしが攻め寄せたら、如何いたした」 「合戦におよびました」  景勝が即決に答えた。 「勝てるか?」  「勝てまする」  「なにっー」 「我等の標的は上様、総大将を討ち取れば合戦は勝利にございます」  景勝の答えに百戦錬磨の家康の背筋に戦慄が奔りぬけた。改めて 小山の陣が思い出される。あそこで会津に攻め込んだら間違いなく深田 に足を取られ身動きが出来なかったであろう。そうなれば西軍の大勝利 であった筈。そう思うと目前の二人の態度が堂々として見える。 「中納言、わしが小山で軍勢を反転させた時に、追撃せなんだことを賞し、 恭順を受け入れよう。ただし、会津百二十万石は没収いたす。代わりに 出羽米沢三十万石を与える」 「これはしたり米沢は故太閤殿下より預りし、それがしの領土にございます」 「山城、命と引き換えじゃ」 「我等は命を召し上げられるような、不義を致したことはございませぬ」  山城守が気色ばんで反論したが、景勝が手で制し、 「有難き幸せに存じあげます」  景勝が答え平伏した。  こうした厳しい減封を受けたが、上杉家の存続は許されたのだ。  二人が退席すると、家康が太い吐息を吐きだした。 「あの主従を敵に回したら、再び戦乱が起こったであろう」 と正信に 語ったと言われる。 「とうとう謝罪の言葉を口にしませんでしたな」  退席の途中で山城守が笑いを含んだ声で景勝に質している。 「我等の勝ちじゃ。数年後には家康の正邪が判明いたそう。わしはそれを 楽しみにしておる。この大阪城に入城いたす日をな」  こうして二人は大阪城を後にしたのだ。         (完) 改訂上杉景勝(1)へ

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