1117428 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

長編時代小説コーナ

PR

X

全27件 (27件中 11-20件目)

< 1 2 3 >

武辺者

Apr 10, 2010
XML
カテゴリ:武辺者
 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ クール にほんブログ村 小説ブログへ 


        「死に遅れた男」

「国家安家の鐘銘の文言が気に食わぬと徳川家が激怒して参った。大御所の

名前を引き裂いたと申しての」

「言い掛かりにございますか?」 庄兵衛の胸に怒りが渦巻いた。

「そうよ、この責任は余にあると淀の方からきついお叱りを受け、交戦派の

連中は余の命を狙っておる」

 且元の面上に憤りと苦渋の色が浮かんでいた。

「殿はいかがなされます?」

「このまま居座っておれば、大阪城は内紛の争いとなろう。我等は明朝、この

大阪城から退去いたす」

「なんと」 庄兵衛が驚きの声をあげ一座をながめ廻した。

「堂々と火縄を点じ、合戦覚悟で退去いたす。庄兵衛、そちも従ってくれるの」

(矢張り大阪城を仕切れるお方ではなかったか) 庄兵衛は黙した。

「どうじゃ、余と茨城城に引き篭るつもりはないか?」

「それがしはこの大阪城で徳川勢との合戦を楽しみに当家に仕官いたしまし

た。ここで退いては武士の意気地が立ちませぬ」

「犬死ぞ」

「豊臣家の敗北は必定。その覚悟で城を枕に一期の働きをして冥途に向かう。

これがそれがしの夢にございました」

 一瞬、且元の顔に淋しそうな色がよぎった。

「何も申すまい、こんな余に良く尽くしてくれた。庄兵衛、別離の杯を受けよ」

 庄兵衛は酒を飲干し胸中で自嘲の嗤いを浮かべた。またもや浪人となったの

だ。翌朝、片桐且元は全軍戦闘態勢で正々堂々と外曲輪から大手門へと向か

って撤退をはじめた。先鋒として加持勢が隊列を組んでいる。

「加持庄兵衛じゃ、旧主が無事に落ち参らせるまで大手門まで護衛仕る。不服

と思われる方は掛かって参られよ」

 黒鹿毛に跨り大身槍を小脇に抱え、兜の目庇から猛禽のような眼光を光らせ

ている。その横に生駒軍兵衛が剽悍な眼差しを見せ寄り添っている。

 流石は槍の加持庄兵衛と天下に名を轟かした男だけある。その勢いに抑えら

れ大阪城の諸将は撤退する片桐勢を無言で見つめていた。

 そんな中に木村重成が加持勢の見事な先導ぶれを眺め、感心していた。

 兵の進退が格別じゃ、きたる合戦に先鋒を任せれば凄まじい働きをするな。

 そんな思いでいたのだ。片桐勢が無事に大手門から撤退するのを見送り、

庄兵衛は兵士を座らせ自らも土下座し旧主に別れの儀式を行った。

 それを終えた庄兵衛は直ちに西ノ丸の外曲輪に兵を集結させ謹慎した。

 この行為で加持庄兵衛の名は大阪城に轟いた。

(わしにはわしの生きざまがある)豊臣家にお味方した身じゃ、お咎めはあるま

い。そうした最中に木村重成が姿を現した、白面の男前の武将である。

「これは木村様」 庄兵衛が丁重に出迎えた。

「加持殿、見事な武者ぶりにござった。武者とはそうあるべきとほとほと感服

いたした。お袋様もいたく感動され、浪人五百名を委ねよとの仰せにござる」

「あのような暴挙をお許し下され、それがしに兵を下しおかれると申されますか」

「武将とは、かく清くあらねばなりませんな」

 木村重成が好意ある爽やかな笑みを見せている。

「有り難し、御礼を申し上げて下され」

「加持殿、この城には多くの浪人将兵が籠城しております。かかる情況で、

ご貴殿の武者ぶりはこの上もなく、将兵の結束を生みました。今後もよしなに

願いますぞ」 木村重成は満足して戻って行った。

                        続く







Last updated  Apr 10, 2010 11:19:48 AM
コメント(1) | コメントを書く


Apr 9, 2010
カテゴリ:武辺者
 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ クール にほんブログ村 小説ブログへ 


        「死に遅れた男」

 そんな時期に且元に危機が訪れていた。それは方広寺の大仏殿の再興と

梵鐘の鋳造を、家康から頼まれた事から起こった出来事であった。

 家康の思惑は豊臣家の財力の消耗であったが、彼の謀臣、本多正純には

別の考えがあった。正純は梵鐘の銘を南禅寺の静韓上人に依頼するよう且元

に説いた。その鐘銘には「君臣豊楽、子孫殷昌、国家安康」この文言が掘り込

まれていた。これが豊臣家の攻撃の口火となるとは且元は露知らず、大御所の

命として淀の方に進言した。これには淀の方も異論がなかった。

 故太閤殿下供養と秀頼の安穏を祈願するものと考えたのだ。大仏殿は慶長

十五年六月から工事に着手し、梵鐘は十九年の三月から鋳造にかかった。

 それに連れ全国各地から続々と浪人が入城してきた。宇喜多家の名将として

天下に名を轟かした、明石全登も入城し大阪城は興奮につつまれた。

 既に軍勢は八万をこえ、なおも引きもきらずに入城していた。

 庄兵衛の配下は百名を数えるまでになり、猛烈な調練に明け暮れていた。

 鍬形四郎兵、生駒軍兵衛は隊将として配下の兵を手足のように指揮できる

まで腕をあげていた。

 庄兵衛が自慢の当世具足を纏い、黒鹿毛に騎上し姿を見せると、加持勢は

粛然となった。我が兵は強い、庄兵衛は膚で実感し合戦に心を騒がせていた。

 慶長十九年八月三日、大仏開眼と堂供養が行われることとなり、その準備を

進めている最中に、突然、江戸幕府より延期命令が届いた。

 その原因は梵鐘の銘にあった。「国家安康」この文言は家康を呪詛する言葉

である、家康公の名前を安の字で引き裂くものである。これが原因であった。

 淀の方は家康の怒りが甚だしいと不安に駆られ、片桐且元と大蔵卿、正栄尼

を謝罪の為に駿府に赴かせた。

 これが豊臣家の誤算であった。家康は別々に女衆と且元に対面し、それぞれ

に別の言葉をかけたのだ。

 大阪城に戻った両者の報告は全く違ったものであった。

 家康はまんまと淀の方と強硬派を篭絡し、且元は四面楚歌となった。

 九月が終りに近づいた時期、長屋に真柄新三郎が姿をみせた。

「加持殿、今宵、殿がお待ちにござる」

「これは珍しい」 庄兵衛の顔が緩んだ。

 久方ぶりに殿のご尊顔が拝める。陽が落ちると同時に軽装で外曲輪に足を

運んだ。庄兵衛は城内が騒がしく揉めている事を知らなかった。

 屋敷に着くと且元をはじめ重臣等が庄兵衛を待っていた。

(なんやら暗い雰囲気じゃな) 瞬間、不審に感じられた。

「加持か、待ちかねたぞ」

「遅れまして申し訳ございませぬ」 庄兵衛が定めの席に腰を据えた。

「庄兵衛に杯を取らせよ」

 眺めると各人の前に膳部が置かれ、且元以下の重臣の顔が強ばっている。

「殿、いかがなされましたぞ」 

「余は疲れた。豊臣家のために奔走して参ったが、今日それも無駄となった」

「・・・・」 庄兵衛の胸に不安が奔りぬけた。

「そちも承知しておろう、方広寺の建立と梵鐘の件は」

「はい、承知いたしております」 

                       続く







Last updated  Apr 9, 2010 12:10:35 PM
コメント(3) | コメントを書く
Apr 8, 2010
カテゴリ:武辺者
 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ クール にほんブログ村 小説ブログへ 


        「死に遅れた男」

「なんじゃ」

「大殿のことにございます」

「且元様のことか?」

「左様、この度の大戦には、いささか器量不足に感じられます」

「迂闊なことを申すな」  庄兵衛がすかさず叱責した。

「申し訳ございません」  磯辺隼人が素直に謝った。

 鍬形四郎兵の言う通りの男じゃな、これは拾い物じゃ。庄兵衛は内心

感心したが、そしらぬふうで磯辺の杯を満たした。

 わしと同じ危惧を抱くとは出来すぎじゃな。浪々の身となって人を見る

眼を養ってきた自分の年を思いやった。既に四十五歳となっている。

 この歳でようやく人を見ることが出来るようになったが、磯辺隼人は一目で

主人の器を見破っている。

「磯辺、そちは何才となる」

「三十九歳となりました」

「今の話は内密じゃ、誰にもほかに洩らしてはならぬ」

 庄兵衛が念を押した。酒に弱いのか生駒軍兵衛が居眠りをはじめた。

           (五章)

 庄兵衛は積極的に城内の浪人の中から、腕のたつ者を選び家来としてを養

いはじめた。若い生駒軍兵衛も思ったよりも腕がたち、庄兵衛を喜ばした。

 加持勢は家老を鍬形四郎兵とし、侍大将を生駒軍兵衛にして編成した。

 磯辺隼人は庄兵衛の軍師となって、城内はじめ徳川家の情報を得ては

庄兵衛に伝える役割を担った。この頃の大阪城はまさに百鬼夜行の呈となって

いた。淀の方を取り巻く女供が、ことごとく政策に口を挟み、片桐且元は孤立

を深めていた。善かれと進言する事を悪し様に罵られ、庄兵衛の危惧どおりと

なりはじめていたのだ。

 駿府城に居座っている家康は、この機に乗じ活発な調略を進めはじめた。

 その手始めとして淀の方の周囲の女供を標的にしたのだ。取り分け淀の方の

お気に入りの大蔵卿などの女衆であった。

 これにより大阪城の交戦派の大野治長、木村重成等は片桐且元のなす事に

反発を強め、内府の狗じゃと公言し始めた。

 こうして慶長十八年が終り、一触即発の危機をはらんだ十九年が幕を明けた

のである。

「お頭、お話がござる」  磯辺隼人が緊張した顔つきで現われた。

「何事じゃ、まだ年賀が明けたばかりじゃ」

「大殿を暗殺いたす計画が進んでおります」

「なにっ、それは真実か?」 庄兵衛にとって寝耳に水の出来事である。

 隼人は探ってきた情報を伝えた。

「由々しき事じゃな、大殿の身辺に眼を配ってくれ」

 こうして庄兵衛の配下が秘かに且元の護衛をはじめた。一方の且元は豊臣

家と秀頼公の安泰に心を砕いてきたが、今や淀の方やその取り巻きに疎まれ、

己のこれまでの苦労に疑問を感じはじめていた。

 考えると腸が煮えくりかえる。

 庄兵衛が秘かに身辺警護に心を砕いていることは、真柄新三郎から聞いて

いたが、折角、家臣に招いたのに庄兵衛の前途を思うと心が痛んだ。

 今や片桐家の中核部隊とし、大阪城でも異彩を放つ存在となっていたのだ。

                      続く







Last updated  Apr 8, 2010 11:28:15 AM
コメント(4) | コメントを書く
Apr 7, 2010
カテゴリ:武辺者
 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ クール にほんブログ村 小説ブログへ 


        「死に遅れた男」

「加持殿、殿はご貴殿を頼りとなされておられます。励んで下されよ」

 真柄新三郎が傍らから口添えした。

「殿、それがし身を粉にして働き申します。ご安堵下され」

「心強い言葉を聞いて余も嬉しい、家来供も顔を見せよ」

「殿の仰せじゃ。それぞれ名乗ってご挨拶を申しあげよ」

 鍬形四郎兵と磯辺隼人、生駒軍兵衛が感激で顔を染め名乗った。

 且元はそれぞれの名乗りを聞いて、相応の言葉をかけている。

「そちは大谷刑部の家臣じゃったか。そちは宇喜多秀家殿の家臣か、

皆々、豊臣家のために苦労をかけさせたの」

 こうして庄兵衛は浪々の身から、三千石の武将に取り立てられた。

 併し冷静となると片桐且元という大名の度量に、一抹の不安が湧いてくる。

 部下を遇する心遣いはひとかどの配慮を示すが、この大阪城の家老として

徳川の大軍相手に軍配を執るには、なにか物足りなさを感じた。

「加持、この先、大阪方としては大量の浪人を召し抱えることになろう、その

節は大いに腕を奮ってくれよ」

 こうして対面の儀式は目出度く終った。

 真柄新三郎が四人を長屋に案内してくれた、勿体無いほどの立派な長屋で

あった。庄兵衛が門前に佇み訊ねた。

「真柄殿、このさき多くの家来を求めねばなりません。それがしの一存で集め

ても構いせぬか?」

「この城には多くの浪人が居ります。加持殿のご随意になされませ」

 真柄が好意ある笑顔で応じた。

「有り難し。早速、明日からでも取りかかります」

 長屋には庄兵衛付きの腰元、小者が待っていた。これも且元の好意であった

が、余りにも些事に心を配られる。嬉しさの中に心配の種が心の奥底に澱とな

って残った。その夜は主従四人、車座となって祝杯をあげた。

 格子の窓からは巨大な天守閣が黒い翳となって威容な姿を見せている。

「お頭、我等は天下一の名城、大阪城に居るのですな」

 鍬形四郎兵が感無量な顔をしている。若い生駒軍兵衛の剽悍な眼差しが

生き生きと輝いている。彼等の脳裡に浪々の過去がよぎっているようだ。

「軍兵衛、そちの得意な得物はなんじゃ」

「鍬形様より手ほどきを頂き、刀槍には自信がございます」

「そうか、いずれ腕を見よう。磯辺隼人はどうじゃ?」

「磯辺は兵の駆け引きでしょうな」 かわって鍬形四郎兵が答えた。

「それは頼もしい、兵の駆け引きが得意か」

 大杯を飲干した庄兵衛が満足の笑みを浮かべた。

 鍬形四郎兵の技量は自分が一番よく知っている。我が勢を片桐家一の

軍勢に仕立てあげる、鬱勃たる闘志が庄兵衛の胸に広がっていた。

「お頭、家来の件はいかがなされます?」

「今宵は考えぬが、ゆるゆると取り掛かるつもりじゃ」

「お頭、いささか気がかりな事がございます」

 磯辺隼人が声を低めよういならざることを語りかけた。

                        続く







Last updated  Apr 7, 2010 12:06:33 PM
コメント(5) | コメントを書く
Apr 6, 2010
カテゴリ:武辺者
 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ クール にほんブログ村 小説ブログへ 


        「死に遅れた男」

「武者が金子に執着するは汚し、よくやった。ところでわしの馬は?」

「あの黒鹿毛にございます」

 鍬形が指をさした、庄兵衛の眼に逞しい琵琶股の駿馬が映った。

 加持庄兵衛を先頭に鍬形四郎兵、磯辺隼人、生駒軍兵衛が騎上して続き、

町の雑踏を掻き分け進んだ。

 いずれも槍を小脇とし、猛禽のような眼差しを見せている。

 すれ違う町人や浪人等が、「見事じゃ」と声をあげるほどであった。

 大阪城に近づくと真柄新三郎が、供を引きつれ一行四名を待ち受けていた。

 馬蹄の音をあわせ四人が近づいた。

「加持殿、見事な武者ふりにござるな、感服いたした。いざ参られよ」

 真柄新三郎の案内ではじめて大阪城に足を踏み入れた。

 これが大阪城か、亡き太閤殿下が心血を注がれた城だけはある。鉄壁の

城塞じゃ、関東勢が攻め寄せてもびくともせぬじゃろう。

 庄兵衛の胸中に今までの苦労が、一瞬にして吹き飛んでいた。

 追従する三名も同様な面持ちで騎馬を駆っている。その様子が頼もしく

感じられた。城内の片桐家の陣屋に着いた。

 大阪城の家老に相応しい堂々たる屋敷であった。西ノ丸に近い外曲輪が

その場所で、庭の中央に床几に腰を据えた五十年配の武将が眼に止まった。

 あのお方が片桐且元様じゃな、心持ち痩せた体躯の武将である。

「ここでお待ちあれ」 真柄新三郎が騎馬を止めるように告げ、床几に近づき

何事か耳打ちをしている。

 庄兵衛は癖である輪乗り繰り返している。

「いざ、殿にお目どおり下され」

 真柄新三郎が足早に戻り且元に会うよう、庄兵衛に語りかけた。

 庄兵衛は愛用の大身槍を鍬形四郎兵に託し、下馬し甲冑姿で真柄新三郎の

先導で中央に進み拝跪(はいき)した。

「加持庄兵衛殿にございます」 真柄新三郎が紹介してくれた。

「片桐且元じゃ。こたびは余の願いを聞き届け入城してくれた事を喜んでおる。

家来供も見事な武者ぶりの一言に尽きる」

「は、ははっ」 なんに増しても家来を誉められたことに感激した。

「世間に取り沙汰されておるよう関東との手切れも近い。それ故に歴戦の

武将が欲しい、余の禄高は少ないが三千石で仕えてはくれまいか」

 瞬間、庄兵衛は感激に身を震わせた。庄兵衛にとっては満足する禄高では

ないが、片桐家は一万五千石の身代である。

 これは破格の申し出と分ったからであった。

(ここまで己の力量を買ってくれとは、武者冥利に尽きる)

「有り難い仰せ、謹んでお受け仕ります」

「おう、早速聞き届けてくれたか。礼を申すぞ」

 驚いたことに且元が頭を下げている。

「これは勿体ない、ご尊顔をあおげ下されませ」

                     続く







Last updated  Apr 6, 2010 11:09:06 AM
コメント(2) | コメントを書く
Apr 5, 2010
カテゴリ:武辺者
 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ クール にほんブログ村 小説ブログへ 


        「死に遅れた男」

「暫時、待たれよ」

 庄兵衛は浪人達に声をかけ、鍬形四郎兵を境内の奥に誘った。

「鍬形殿、二人はそこもとが選んでくれまいか。ここに支度金がある。これで

身支度を整え、三日後にこの場で落ちあい致そう」

 庄兵衛が慶長大判二枚を預けた。

「このような大金を拙者に任される申されるか」

 鍬形四郎兵の髭面が感激で崩れた。

「お互い槍を交えた仲にござる、二名の人選は頼みましたぞ」

「はっ」  鍬形四郎兵が膝を着いた。

「方々に申しあげる。それがしは所用で退散いたすが、ここに居る鍬形殿に

残り二名の人選を願った。選ばれた方は鍬形殿の下知に従っていただく後日

お会いいたそう」 庄兵衛が浪人等の屯する場所に戻り告げた。

「鍬形殿、良き武者を頼みますぞ。お会いする時は大阪城に入城する時にござ

るぞ」 庄兵衛はそう告げ鎧櫃を肩にその場から去った。

         (四章)

 慶長十八年六月の吉日、加持庄兵衛は長年住みなれた長屋を後にした。

「旦さん、ご無事で」  くめが軒下から涙顔で見つめていた。

(先ずは家来に会わねばな) そう思いつつ大身槍を肩にして古寺へと向かっ

た。新芽の匂いと若葉が眼に眩しい日である。境内の奥に鍬形四郎兵と新規

の家来、二人が庄兵衛を待ち受けていた。

 三人とも甲冑姿である、松に繋がれた三頭の馬が視線に入った。

「お頭、お待ち申しておりました」

「おう鍬形殿、二名の者を紹介してくれ」

 庄兵衛が大身槍を土塀に立てかけ声をかけ、三名が片膝を着いた。

「お頭、鍬形と呼び捨てに願いますぞ」 すかさず鍬形四郎兵が声を発し、

「この者は宇喜多家浪人、磯辺隼人」

 三十後半の武者面の良い男を紹介した。

「磯辺隼人にございます。身命を投げうちご奉公仕ります」

「いま一人は生駒軍兵衛にございます。我が同輩の倅にございます」

 剽悍な眼差しの若武者が会釈した。

「わしが加持庄兵衛じゃ。皆の面魂、気に入った。縁あって主従となるが、

わしが気に入らずば遠慮のう見限る事じゃ。わしもそうして参った」

 磯辺隼人と生駒軍兵衛が驚いた顔をした。

「わしは大阪城におわす片桐且元様に仕官した。今に大戦がはじまろうが、

豊臣方は勝てぬと見ておる。わしは死花を咲かせるために仕官いたした。

それでも家来として付いて参るか?」

 庄兵衛が驚くべき言葉を吐いた。

「お頭、水臭い。我等はいずれも豊臣恩顧の大名の家臣でござった、そのお

気遣いはご無用にござる」 鍬形四郎兵が代表とし平然と応じた。

「気に入った。ところで鍬形、その甲冑はに覚えがある」

「これは関ヶ原で纏っておりました鎧にございます」

「忘れるものか、よく今まで持参しておったの」

「今に関ヶ原の雪辱が出来ると信じ、歯を食いしばり持ちこたえて参りました」

「流石じゃ、それでこそ大谷刑部殿の家臣じゃ」

 鍬形四郎兵には武辺を誇りとした、武者気質が全身から漂っている。

 磯辺隼人が礼の言葉を述べた。

「生駒と拙者は浪々のために伝来の甲冑を銭にかえてしまいましたが、お頭の

お蔭で新しい甲冑と騎馬を頂き、武者として恥ずかしくない身形が整えられ

感謝申しあげます」

「そうか、鍬形の配慮か。ところで金子は足りたか?」

「流石は慶長大判、大層なご利益にございました。残金は飲み代といたしまし

た」 鍬形四郎兵が頬を崩し報告した。

                       続く







Last updated  Apr 5, 2010 11:24:12 AM
コメント(3) | コメントを書く
Apr 3, 2010
カテゴリ:武辺者
 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ クール にほんブログ村 小説ブログへ 


        「死に遅れた男」

 この近辺は古道具屋がひしめいている、合戦の近いことを知った商人は店先

に自慢の武具を並べている。庄兵衛は一軒の店に入った。

 店先には埃のかむった甲冑や武具が所狭しと飾ってあった。

 店の亭主が愛想笑いを浮かべて出迎えた。

「親父、良き道具が欲しい」 そう言いつつ慶長大判二枚を手渡した。

「これは大層なお買物にございますな」

 亭主は揉み手で庄兵衛を奥に通し茶を勧めた。庄兵衛は注文の品をつげ茶

を飲みながら待った。

 亭主が手代達を急かせ鎧櫃を並べ蓋を開けた。

「わての店の自慢の品でおます」

 庄兵衛は仔細に点検し、当世具足に眼が吸い寄せられた。

 鉄丸兜で目庇が深く使いがっての良さそうな逸品である。鎧も一目で気に入っ

た、特に胸当てが良い。これらなら銃弾も弾くな、そう思った途端に声がでた。

「親父、この具足に決めた」

「これはお目の高いことで、さぞ高名なお方にございましょうな。お差しさわりが

なければ、お名を聞かせておくれゃす」

「藤堂家浪人、加持庄兵衛じゃ」 高い鼻梁を見せ名乗りをあげた。

「これは驚きました、槍の加持さまでっか。待っておくれやす、鎧櫃にお名を

認めさせて頂きます」

 亭主は抜けめなく庄兵衛の名前と自分の屋号を書き印している。

 庄兵衛が苦笑を浮かべ店を出て飛鳥寺へと向かった。

 門前には人だまりがし一目で浪人と分る男等が、二十名ほど屯し高札を掲げ

た主の現われるのを待っていた。

 鎧櫃を担いだ庄兵衛が姿を見せるゃ、「あのご仁じゃ」 と、それぞれが興味

ぶかくながめている。

 庄兵衛は平然と人込みを掻き分け、境内に入り鎧櫃をおろし、そこに腰を据

えた。(生活に疲れた者が多いな) と一目で察した。

「それがしが高札を掲げ申した」

 野太い声で告げ眼差しを強め一座をながめ廻した。

「藤堂家浪人の加持庄兵衛にござる。この度、縁がござって片桐且元様に仕官

いたし大阪城に入城いたす。その為に三人の家来衆を求めてござる」

「加持殿、なんぞ条件がござるか?」

 浪人から声がかかり周辺がざわついた。

「それがしの望みはひとかどの腕を持つ人物にござる。さらに申さば死を恐れぬ

武者を求めてござる」

 庄兵衛が腰を据えたまま集まった浪人をねめ廻した。往年の凄味が全身より

迸っている。雑踏を掻き分け一人の逞しい体躯の浪人が現われた。

「加持殿、お見忘れか?」 顔中が髭におおわれている。

「拙者、大谷刑部様が家臣、鍬形四郎兵にござる」

「なんと、関ヶ原で槍を交えた鍬形殿か?」

「左様、関東と手切れが近いと知り、大阪に出て参った。積年の恨みを晴らさん

覚悟にござる」

「これは頼もしい、それがしで良ければ仕えては頂けぬかの」

「使って頂けますか?」 鍬形四郎兵が喜びの声をあげた。

「おうさ、それがしに槍をつけたお主じゃ。これ以上心強い味方はない」

 残った浪人等が二人の会話を聞き呆然としている。

                        続く







Last updated  Apr 5, 2010 09:47:41 AM
コメント(3) | コメントを書く
Apr 1, 2010
カテゴリ:武辺者
 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ クール にほんブログ村 小説ブログへ 


        「死に遅れた男」

 なんとなく外が騒がしく表戸の障子に人影が映った。

「ご免、片桐家の家臣、真柄新三郎と申す、この屋に加持庄兵衛殿が仮寓して

居られるとお聞きいたした。お会いしたい」

「くめ、上がって頂け」

 庄兵衛に促され、くめがいそいそと三和土に降りて表戸を開けた。

 表に若々しく恰幅のよい武士が三名の家来を従い、長屋の様子を物珍しく

ながめていた。

「それがしが加持庄兵衛にござる。むさ苦しい部屋ですがお上がり下され」

 真柄新三郎と名乗った武士が一人、部屋に入り庄兵衛の前に腰を据えた。

「片桐さまとは大阪城に居られる且元さまにございますか?」

「左様」 真柄新三郎が簡潔に答え、くめが粗茶を置いて去った。

「片桐且元さまが、それがしに何用にござる」

 庄兵衛が逸る心を抑え訊ねた。真柄新三郎は壁にかけられた庄兵衛自慢の

大身槍に視線を這わせていたが、おもむろに口をひらいた。

「ご貴殿が藤堂家を去られたこは承知にござる。是非とも当家に仕官しては

くれませぬか」

「且元さまの仰せにござるか?」

 真柄新三郎が大きく肯いた。片桐且元と言えば大阪城の家老を勤める重臣

である、思わず唸り声がでた。

 真柄新三郎が懐中より、紫色の袱紗を庄兵衛の前に差し出した。

「些少ながら手土産にござる、良きご返事をお待ち申しております」

「委細、承知つかまった」

「ところで加持殿ご愛用の槍とお見うけ申した、拝見させて頂く訳には参り

ませんか」 真柄新三郎の顔に興味の色が浮かんでいる。

「お眼を汚す代物にござるが、折角ゆえにとくとご覧あれ」

 庄兵衛が気軽く戦場往来の自慢の槍を差し出した。

「拝見いたす」

 真柄新三郎がおもむろに鞘をはらい、一点の曇りもない槍の穂を見つめた。

 真剣な眼差しである。

「これは見事。刃渡り二尺余の大身槍、柄には合戦の傷痕がござるな。流石は

槍の加持殿、良き眼の保養をいたした」

 真柄新三郎の顔に満足の色が浮かんでいる。彼等一行が帰った後に、くめが

驚きの顔色で訊ねた。

「旦さんは大阪城の片桐さまに仕官なさはりますのか」

 庄兵衛はそれには答えず、袱紗を手渡し、「中を改めよ」と命じた。

 いそいそと袱紗を開けたくめが驚きの声をあげている。

「仰山な金子ですがな、わて腰がぬけます」

「何両じゃ」  「慶長大判が十枚でっせ」 くめが驚くのは無理がない。

 庄兵衛も呆れる思いである、このような大判は眼にしたことがない。数年間

は遊んで暮らせる代物である。

(わしをいくらに見積もったのじゃ)

 庄兵衛は満足であった、これだけの金子を手土産とし持参したのは、わしの

力量を高く評価したからじゃ。だが問題がある。

 大阪方に味方すれば間違いなく敗北する。身の栄達を望むならば徳川方の

大名に仕官するのが得策である。

                         続く







Last updated  Apr 1, 2010 11:17:24 AM
コメント(2) | コメントを書く
Mar 31, 2010
カテゴリ:武辺者
 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ クール にほんブログ村 小説ブログへ 


        「死に遅れた男」

 加持庄兵衛も彼等の勧誘をうけることになる。この時期、庄兵衛は永の浪々

の身で、窮乏した生活を大阪の下町で過ごしていた。

 藤堂家を見限って七年の歳月が経っていたが、高虎が諸国に廻した回状で、

再仕官の口がなく無為な日々を過ごしていたのだ。

 併し、世の中が沸騰し、大名達は藤堂家の回状を無視しだしたのだ。

 ようやく庄兵衛にも運が訪れようとしていた。

 彼は薄汚れた身形で下町の長屋に向かっていた。相変わらず高い鼻梁を

見せ、不敵な面魂で肩を怒らせている。

「お帰りやす」 なかなかの美人が出迎えた。庄兵衛の女である。

 正式な女房ではないが彼は気に入っている、名前はくめと言う。

 居酒屋で酌婦をしていた彼女を強引に自分の女にしたのだ。くめも男前の

庄兵衛に惚れ、生活の面倒を一切みてくれた。

 くめとの出会いは大いに助かった、欲望の吐口と生活の面倒が解消できたの

だ。大阪女として気象も強く、さすがの庄兵衛もやり込められる場合もあった。

「誰ぞ、わしを訪ねてはこなんだか?」

「旦さんがお出かけされた後に、立派なお侍さまが参られましたが、留守と

申しあげますと明日参られると申され、お帰りになられました」

「家中の名は言わなんだか?」

「なんにも申されませんでした」

(明日か) 庄兵衛は狭い部屋の奥に座り心が躍っている。

 ようやく世に出る機会がめぐって来たと実感された。

「旦さん、嬉しいお話でもおましますのか?」

「わしにも出世の糸口が見つかったようじゃ」

「仕官でっか、わてかて嬉しいお話ですがな。一本つけまひょか」

「一本なんぞけち臭い事を申すな、大いに飲みたい」

「お足が」 くめが申し訳なそうに眉を曇らせた。

「明日になれば金子は入るじゃろう」

 その言葉に、くめが浮き立つように勝手口に消えた。

 その夜は大いに飲み、くめにも勧めた。

「おおきに」 白い咽喉元が眩しいほど色っぽく感じられる。

「くめ、もそっと側に寄らぬか」

 くめの柔らかい躯を引き寄せ唇を吸った、甘い吐息を耳元に感じ欲情が

募ってきた。くめの手が庄兵衛の股間をまさぐった。互いに愛撫を交わし、

睦言を囁き二人は獣となった。くめの嬌声と太い庄兵衛の吐息が混ざり、

何度となく二人は求めあった。

「旦さん、今夜は激しゆうおますな。もう堪忍」

 そう言いながらも、くめの手が再び股間にのびた。

 久しぶりの酒と媾合の疲れで高鼾をかいて寝込んだ。翌朝、庄兵衛は

爽やかに目覚めた、思いっきり精を出した所為かも知れない。

「昨夜の旦さんの鼾は凄うおましたな」 くめが桜色の頬を見せた。

「それは済まぬ、・・・・して何度抱いた」

「いけずやわ、そないな恥ずかしい事を女の口から言えしません」

 朝からたわいのない痴話事を交わしているが、外の気配が気になり気持ちが

浮ついている。

                          続く







Last updated  Mar 31, 2010 11:58:55 AM
コメント(2) | コメントを書く
Mar 30, 2010
カテゴリ:武辺者
 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ クール にほんブログ村 小説ブログへ 


        「死に遅れた男」

「おのれ、庄兵衛め」

 高虎は血相を変えているが、内心、しまった、と己の言葉に臍を噛んだ。

 まさか庄兵衛が退席するとは思いもよらなかったが、明日になれば詫びて

こよう、高虎は高をくくっていた。

「ふん、清々したわ」

 庄兵衛は独り言をつぶやき城下町を歩いている。見なれた光景の中に歩を

進め、唐突に高虎の顔が浮かんだ。

 随分と各地の戦場を一緒に駆け廻り、高虎が凡庸の武将でない事は分るが、

こうなったら仕方がない。ふっと淋しさが走りぬけた。

 その足で屋敷にもどり、驚く家人に城内の出来事を語り、それぞれに見合う

金子と物品を分け与えた。

「わしが、どこぞの大名に奉公したと聞いたら訪ねて参れ。残る者共も戦場で

敵味方として出逢ったら、遠慮のう掛かって参れ」

 こうして加持庄兵衛は三十八歳で浪々の身となった。

 彼は身ひとつで愛用の大身槍を抱え城下を去った。

 庄兵衛が城下を去ったと報せれた高虎は激怒した。そんな感情のなかで

庄兵衛に対する、言い知れぬ思いが過ぎった。

(我家に何か起これば戻って参ろう)

 高虎は諸国の大名に回状を廻した。

「加持庄兵衛は未だに藤堂家の家臣に候、万一、奉公で訪れるような事がござ

ればお召し抱えなきょう、お願い仕り候」

 そうした高虎の思惑も知らず、庄兵衛は勇んで奉公先を見つけるべく旅にで

た。併し、どこの大名も召し抱えを拒否した。色気をもった大名も加持庄兵衛と

名乗ると、どこの大名も尻込みをし庄兵衛を落胆させた。

(何故じゃ、槍の加持庄兵衛をなんと思っておるのじゃ)

 高虎が回状を廻したとは露知らぬ、庄兵衛は不満を募らせていた。

          (三章)

 こうして数年が瞬く間に過ぎていった。 

「また合戦が始まると聞きまっせ」

 豊臣家支配の大阪の町は、この話題でもちきりとなっていた。

 徳川幕府は磐石となっているが、大阪城には豊臣秀頼が健在で既に

十四歳となっている。

 西国諸藩の去就も慌しく家康には感じられるし、なによりも己の年令と

秀頼の年令が特に懸念材料となっていた。

 全国の大名はそれをいち早く肌身に感じ、身の保身と同時に来るべき

合戦に備え、腕のたつ浪人を召し抱えることに狂奔しだした。

 天下には関ヶ原の合戦で、浪人となった男達で溢れている。

 敗者と徳川家により改易された大名の家臣達であった。そんな中に一握り

の変り種の浪人が居た。自ら主人を見限った男達であった。

 彼等は己の腕で主人を選ぼうとする武辺者であった。彼等こそほど誰より

も頼りになる武者は居ないだろう。

 敗者側にも天下に聞こえた英雄豪傑は居たが、彼等はすべて豊臣方であっ

た。この合戦が我が国の最後となろう、彼等は勝敗をぬきにし一期の誉れとし

て大阪城に籠もり、徳川家康に一泡ふかせようと考えていた。

(骨がらみとなっても我が名を後世に轟かす) これが彼等の覚悟であった。

 当然、徳川家を頼り栄達を計ろうと考える大名は、主人を見限った高名な

浪人に眼をつけた。これは当然至極のことであった。

                       続く







Last updated  Mar 30, 2010 12:24:08 PM
コメント(1) | コメントを書く

全27件 (27件中 11-20件目)

< 1 2 3 >


© Rakuten Group, Inc.