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長編時代小説コーナ

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改訂  上杉景勝

Nov 28, 2012
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カテゴリ:改訂  上杉景勝
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「改定  上杉景勝」 (117)


 上杉勢は手をゆるめることなく最上領へと侵入し、山野辺、谷内、白岩

の各支城を抜き、救援の最上勢を鎧袖一触で蹴散らした。

 その上杉勢の猛攻をみた、八ッ森、鳥屋森なぞの周辺の領主たちは合戦

を放棄し、四方八方へと逃げ散った。

 ここまでの戦闘で被った上杉勢の死傷者は百名をくだるものであった。

 残るは最上家の本城の山形城と、それを護る城塞の長谷堂城、上ノ山城

の三城である。

 最上義光はこの窮状を建てなおさんと、伊達政宗に援軍を要請した。

 政宗は叔父の留守政景を名代とし、騎馬武者二百名と鉄砲足軽七百名

を派遣するにとどめた。

 伊達政宗も白石方面の上杉勢との合戦で手一杯の現状であったのだ。

 直江山代守は鮭延(さけのべ)秀綱の守る長谷堂城を、次の攻略目標に

定め、全軍を率い城に迫り瞬く間に包囲した。

 この時が運命の慶長五年九月十五日であった。

 上杉勢の長谷堂城包囲の報せをうけた、最上義光は愕然となった。

 もしも万一長谷堂城が墜ちたら、上杉勢の大軍がこの山形城に攻め寄せ

てくるであろう。そうなれば最上家は終わりとなる。

 義光は山形城から加勢の軍勢を差し向け、ここに長谷堂城の攻防戦が

幕をきった。この戦は後に東北の関ヶ原合戦と呼ばれることになる。

 山城守は軍勢を二手に分かち、一手には上ノ森城の攻略を命じ、自身は

長谷堂城を見下ろす菅沢山に本陣を構え、山の麓には春日元忠の手勢を

配し、万全の備えを固めた。

 その上杉勢の様子を知った最上義光は、本城の山形城から夜襲を命じて

いた。二百名の決死隊が気配を消して春日勢に迫っていた。

 山城守は本陣で戦略を練っている。

 傍らには水原親憲、上泉泰綱、前田慶次等が控えていた。

 九月の東北の風は冷たい、周囲を囲んだ幔幕が風に煽られ揺れ動き、

篝火から炎が舞い散っている。

「山城守さま、上ノ城もしぶとく粘っておりますな」

 歴戦の将の水原親憲が語りかけていた。

「志田義秀と色部光長に包囲を命じておる。上ノ城は孤立させておく、

こたびの合戦の鍵は長谷堂城じゃ。これが墜ちれば山形城も直ぐに

墜ちよう」

 山城守が白皙の顔つきで断じた。

「併し、最上義光は流石に古豪にございますな」

 水原親憲が感心の面持で呟いている。

「皆に申し渡す。我等は一時も早くこの合戦を終わらせねばならぬ。

それには最上勢を発ち直させてはならぬのじゃ」

「そうでございますな、我等は最上を手に入れ総力をあげて中原に軍勢を

進めねばなりませぬな」

 前田慶次が厳ついながらも、端正な顔で不敵な言葉を吐いている。

「夜襲じゃ」

 突然、山裾から味方の声が流れてきた。一座の将が立ち上がった。

「春日元忠め、眠っておったか」

 山城守が落ち着いた声を発し、床几に腰を据えている。

 暫くすると喊声と怒号が本陣まで聞こえてきた。

「それがしが加勢に参る」

 前田慶次が甲冑の音を響かせ、自慢の朱槍を抱え本陣を辞していった。

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Last updated  Nov 28, 2012 10:51:42 AM
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Nov 27, 2012
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「改定  上杉景勝」 (116)


 この頃、家康率いる東軍の主力は、大阪の地に足を踏み入れていた。

 家康の表情は日ごとに変化している。信州を進む秀忠の大軍は真田勢の

攻撃をうけ、甚大な損害をだし、未だに進撃が出来ずに足止めを食らって

いる。それもこれもすべて真田昌幸、幸村親子の所為であった。

 これが原因で関ヶ原合戦に秀忠も、徳川直営軍三万数千名までが、

合戦に間に合わないという不名誉を被ることとなるのだ。

 家康は西軍に加担する諸大名に対し、盛んに調略の手を伸ばしていた。

 既に西軍から東軍に加担すると正式に回答した大名には、脇坂安治、

小川裕忠、高橋元康、秋月種長、相良長毎、鍋島直茂の諸大名であるが、

家康は未だ満足してはいなかった。

 彼の最大の標的は豊臣連枝の小早川秀秋であり、毛利家の吉川広家

であった。彼は二人を取り込む為に盛んに書状を書き送っていた。

 まさに調略に精をだし、謀略に明け暮れる日々を過ごす家康であった。

 九月十二日、畑谷城の将兵は仰天することになる。

 夜明けを迎え周囲が白々と和む頃、城の周囲はびっしりと上杉勢に

包囲されていたのだ。

 山城守は上杉勢の全軍を秘かに行軍させ、畑谷城から蟻一匹逃さぬ

包囲網を構築したのだ。

 幟(のぼり)、旌旗、指物が風に靡き壮観な眺めである。

 山城守は降伏開城の使者を派遣したが、守将の江口五郎兵衛が

大手門に姿を現し、「戦わずに降伏するは武士の作法にあらず」と、

戦場焼けした塩から声を張り上げ、この提案を一蹴した。

 上杉勢の本陣から母衣武者が色部光長の許に駆けつけた。

 山城守からの攻撃の下知であった。

 大手門の前に位置する先鋒隊の色部勢が無言で動き出した。

 鉄砲隊を先頭として長柄槍隊が後続し、大手門へと押し出している。

 勁烈な法螺貝の音が響き、将兵たちの喊声が沸き起こった。

 畑谷城の前面には水をたたえた濠が横たわり、その奥に大手門がある。

 敵兵が銃眼から銃口を突き出している様子が望見できる。

 色部勢の鉄砲足軽も火縄に点火し、濠の前に折り伏し攻撃を開始した。

 轟々と銃声が轟き、硝煙の臭いと白煙で周囲は全く見えなくなった。

 だが畑谷城の将兵は猛然と反撃を開始し、城内からの銃撃をまともに

食らい、色部勢は後退の憂き目にあった。

 山城守は直ちに戦法を転換した、城を見下ろす金森山に鉄砲隊を配置

し、銃撃を加えた。この攻撃で畑谷城は甚大な損害を被ったのだ。

 江口五郎兵衛は今はこれまでと悟り、大手門を八の字に開き猛烈な

突撃を敢行した。これに対し、色部勢が突撃を食い止めている。

 それを見ていた上泉泰綱が五百名の兵士を率い、猛烈果敢な攻撃を

しかけた。この突撃は凄まじいもので、泰綱は敵と接触するや騎乗から、

三名の兜武者を瞬く間に血祭とした。

 この上杉勢の突撃で江口五郎兵衛は、壮烈な討死を遂げ畑谷城は

落城した。この緒戦で上杉勢は五百の首級を得た。


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Last updated  Nov 27, 2012 01:01:15 PM
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Nov 26, 2012
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「改定  上杉景勝」 (115)


 こうして池田輝政の案が採用された。この日が八月二十二日であった。

 早暁、木曽川に銃声が轟き、東西の軍勢がはじめて銃火を交わした。

 東軍、三万六千名が木曽川を渡河し、猛烈な先陣争いをしながら攻撃を

仕掛けた。軍中にある本多平八郎と井伊直政が顔を見合わせニヤリとし

た。これもすべて福島正則のお蔭であった。

 なにも軍議なんぞしなく、正則の功名心をただ煽るだけでよいのだ。

 西軍の織田秀信の先鋒隊が、真っ先に後退した。

 東軍の攻撃は凄まじいものであった。

 東軍の三万六千名は福島勢と池田勢とに分かれ、大手門と搦め手へと

芋を洗うような先陣争いをしつつ、木曽川の上流と下流から攻めかかり、

岐阜城へと迫った。

 堅城を誇った岐阜城は東軍の大軍に包囲された。もともと戦意の乏しい

西軍の防戦は緩慢なもので、さしもの城塞も翌日には陥落した。

 東軍は余勢をかって犬山城も攻め落とした。

 この戦勝報告を聴いた家康は、肥満な体躯を踊りあげた。

「やったか」

 家康はこれを一日千秋の思いで待っていたのだ。

 秀忠は既に八月二十四日に宇都宮を出陣している、総勢三万八千の

大軍団である。軍監として本多正信と榊原康政が加わっていた。

 この徳川第二軍団は信州を抜け、関ヶ原へと向かう手筈となっいた。

 九月一日、家康が漸く重い腰をあげた。彼は甲冑を用いずに軽装な

羽織袴姿で東海道を西上した。

『家康動く』 この報せは翌日には会津にもたらされた。同時に岐阜での

西軍の敗戦の報せも届いた。

「狸め、動きよったか。それにしても西軍の弱さはなんじゃ」

 景勝は一人若松城の天守閣から、岐阜方面に眼を転じ吐き捨てていた。

 この事態を待っていたかのように最上義光が先に動いた。

 彼は秋田実季(さねすえ)と組んで、上杉家の酒田城攻撃の動きをみせた

のだ。義光は元々、庄内、米沢を己の領土とすべき野望を抱いていた。

 一方の上杉家は会津、庄内、佐渡と領土が分割しており、合戦ともなると

不利な状態であった。その為に最上領は喉から手が出るように欲しい領土

で最上領を占拠し、背後の憂いをなくしたいという一念もあった。

 酒田城代は知将で聞こえた志田義秀で、彼は三千の兵力で守りを固めて

いた。山城守の許に最上領への進撃の下知が、景勝よりもたらされた。

 九月九日、直江山代守は三万の精兵を率い、米沢城を出馬した。

 家康が江戸を経ったのが九月一日であるから、上杉勢の侵攻は素早い

ものであった。

 目指すは最上領の最前線に位置する畑谷城である。

 山城守の下には春日元忠、色部光長、水原親憲、上泉泰綱、前田慶次ら

の猛将連が加わっていた。

 途中から酒田城代の志田義秀が、三千の兵士を率い軍団に加わった。

 山城守は三千名の先鋒隊の将を色部光長に命じた。この武将は攻撃に

は無類の強さを発揮するが、守勢に立つと脆い一面があるとみていた。

 山城守は本陣に毘と龍の戦旗を靡かせ、己は愛の前立ての兜に薄浅葱

糸威最上具足を纏い、鹿毛の駿馬に騎乗していた。

 畑谷城への侵入経路はニ街道ある。山城守は敢えて狭隘で険路な

狐越街道を選び軍勢を進めていた。

 これには山城守の深慮が働いていたのだ、最上勢は大軍の通過に適し

た、中山街道から上杉勢は侵攻するとよみ、伏兵を忍ばせていたのだ。

 山城守は最上義光の戦術の裏をかいたのだ。

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Last updated  Nov 26, 2012 11:29:50 AM
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Nov 23, 2012
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「改定  上杉景勝」 (114)


 景勝と山城守は家康の心の襞を見極めていた。それ故に今回の

合戦は長びくと判断した。上方に東西の大軍が睨みあっているうちに、

最上領を傘下に治め、後顧の憂いをなくし大軍を率いて上方に向かう。

 それには家康の江戸出陣が遅くなるほど有利となる、とよんでいた。

「狸が江戸を発つ気配をみせたら、我等も総力を挙げて上方に向います」

「それて良い、これが上杉家の戦略じゃ」

 これを何度となく二人は語り合い、確認しあったのだ。

 翌朝、直江山代守は米沢城に去って行った。

 尾張清州城の大広間で軍議が開かれていた。家康が派遣した軍監の

本多平八郎忠勝と、井伊直政は、豊臣恩顧の大名の首領格の福島正則

にすべてを任せていた。

「本多殿、内府はなぜ江戸を出陣成されぬ?」

 福島正則が苛立ちを隠さず、本多平八郎に詰め寄っている。

 徳川家の家中でも名を知られる、本多平八郎が平然とした顔つきで

正則の顔を見つめ、口を開いた。

「ここに集いし諸侯の皆様方は、東軍にございますな」

「痴れたことを申されるな」

 福島正則が顔を真っ赤にして大声をあげた。

「福島さま、この城の軍勢はいかほどにございます」

「・・・・三万余名をこえる大軍じゃ、本多殿は何が申されたいのじゃ」

「その大軍が西軍の活発な動きを見ながら、城に籠っておっては内府は

江戸を発ちますかな」

 井伊直政が仰天することを平然と言ってのけたのだ。

「なんと・・・・」

 正則が絶句し本多平八郎に、掴み掛るような態度で睨み据えている。

 一色触発の状況となり、一座の諸大名が正則の態度を凝視している。

 その静寂を破り哄笑をあげた武将が、ほかならぬ福島正則自身であった。

「間抜けたものじゃ我等は。内府は我等に自発的な攻撃を示唆されておら

れるのじゃ。従って我等は西軍前衛の岐阜城を攻略いたす」

 福島正則が諸大名の前に仁王立ちとなり、大声を張り上げた。

 本多平八郎と井伊直政は内心、ほっとした。居並ぶ諸大名も家康の心情

を理解したよぅだ。

 まさに福島正則という武将は摩訶不思議な男であった。己が豊臣家恩顧

の大名たる身分を忘れ、家康という武将の飼い犬に成り下がったことを未

だに知らずにいるのだ。

「その前に木曽川を渡河せねばなるまい」

 荒大名の一人、池田輝政が満座で吠えた。

 大広間の軍議は徳川家の軍監を抜きにして豊臣恩顧の大名達によって

進められている。

「三左(輝政)、われは昔、岐阜城の城主であったの。わし同様にこの辺り

の地理には詳しいな、軍勢を二つに分けよう」

「よかろう」

「わしは上流の河田を担当し、竹ケ鼻城を陥し岐阜城に向かう。三左は

下流の尾越から搦め手に向え」

「その案には異存がある。左衛門太夫、われが尾越から攻めよ」

 輝政の言う河田は浅瀬で渡河が容易であり、岐阜城の大手門に近い。

 それを池田輝政が指摘したのだ。

 ここでも功名手柄争いが始まったのだ。

「首領のわとの下知に従えぬと申すのか」

 何しろ二人とも荒大名として聞こえた豪の者である。すかさず本多平八郎

が仲裁に入り、福島勢が搦め手を担当することになった。

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Last updated  Nov 23, 2012 12:29:15 PM
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Nov 22, 2012
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「改定  上杉景勝」 (113)


「山城、嘆くことはないは。津川口からは前田勢や堀勢の軍勢は侵攻を

止めておろう。それで良しとせねばな」

 景勝が珍しく山城守を慰めている。

 この頃、越後各地で上杉家遺臣の豪族を中心とし、各地に一揆が勃発し

ていた。その支援の為の軍勢が津川口で、家康に加担する勢力によって

撃退されていたのだ。

 景勝生誕の坂戸城を攻撃した、松平伊豆守は堀直寄に撃退され。

一揆勢がせっかく陥した下倉城も堀家に取り返されていたのだ。

 まさに混沌とした情勢に陥っていた、それも上杉家に遺恨をもつ堀家の

奮闘にあったのだ。

「越後の地は越後の豪族に任せよう。幸いにも津川口は安泰じゃ」

 景勝が浅黒い顔をすこし赤らめ、山城守の白皙の顔に視線を這わせた。

「そのようにいたしますか」

 現在、上杉の抱える問題は素早い最上領の攻略と、白石方面の伊達勢の

対応のみであった。幸いにも越後の地は遺臣等の蜂起で、津川口から攻め

寄せてくる前田勢や堀勢は、足止めを食らって侵攻する気配は皆無であっ

た。この機を逃さずに一気に最上勢との決着を図る。

 山城守の胸に満々たる闘志が燃え上がっていた。

「山城、今宵は軍事を忘れ戦塵の疲れを癒そうではないか」

 景勝が粋な計らいをみせている。

 暫く二人に黙々と大杯を干していた。

「お屋形、何故に家康が軍勢を反転した時に追撃を諦めなされました」

 山城守がいまだに疑問とすることを口にした。

「追撃いたせば我が家の命運を賭けた大勝負となっであろうな。あの狸爺

の事じゃ、万全な態勢で反転したであろう。そちの申す通り追撃いたせば、

あるいは勝ちを治めたやも知れぬ。が、我等も全滅の憂き目におうたかも

知れぬ。わしは賭けを止め、西上に上杉家の命運を委ねたのじゃ」

 初めて山城守は主人景勝の胸の内を知ったのだ。

 同時に武将としての成長をみる思いであった。

「左様な心配りを成されましたか?」

「未だに東西の合戦は始まってはおらぬ。この合戦は長びこうな」

 景勝が剽悍な眼差しをみせ断言した。

「家康の狸は未だに江戸から腰を上げませぬな」

「奴は味方をした豊臣恩顧の大名に、疑念があるのじゃ」

「疑念と仰せにござるか」

 山城守は、こうした問いかけを通じて景勝の成長を謀っていたのだ。

「奴に味方した諸大名どもは、福島正則の居城の清州城に集結し、何も

せずに家康を待っておると聴く」

「成程、清州城の大名どもが西軍とひと戦せねば信用出来ぬと考えており

ますか。狸だけに用心深い考えにございますな」

「そうじゃ、のこのこ江戸から直営軍を率い、彼等に裏切られたら、狸は

最後じゃ。それ故に彼等の動きを待っておるのじゃ」

 この二人の会話は的を得ていたのだ。事実、江戸城の家康の杞憂もその 

一点にあった。豊臣恩顧の諸大名の節義に疑問をもったのだ。

 小山会談でも誰一人として反対する者が出なかった、それは贅沢な悩み

であったが、逆に疑念が募ってくる。

 武士たるものは利に疎く、義や信に重きを置くものと考えると福島正則

なんぞの、猪武者の心根の貧しさを思い知らされるのだ。

 そんな者共をけしかけ天下を奪わんとする、己れの所業にも可笑しみを

感じていた。

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Last updated  Nov 22, 2012 12:02:24 PM
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Nov 19, 2012
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「改定  上杉景勝」 (112)

           (最上攻め)

 上杉は米沢城を拠点として、最上領進行の準備に忙殺されていた。

 一方、旧領回復を目論む、伊達勢との戦闘がますます激化していた。

 伊達勢には主人の景勝、みずから将兵を率いそれに対していた。

 伊達政宗は最上義光と連携し、上杉家包囲網の構築を家康から命じら

れ、上杉への攻撃を繰り返していたが、曲者で聞こえた政宗は家康の命令

を無視し、上杉領内を己の支配下にせんと軍勢を上杉の国境へと進めてい

た。彼の狙いは領土欲でそれ以外は眼中になかったのだ。

 景勝は西軍の大老、毛利輝元と宇喜多秀家に書状を送っていた。それは

家康が小山に滞陣している時に送ったもので、内容は家康の本拠、江戸に

対し出兵を示唆するものであった。

 たが伊達勢と最上勢との対峙で思うに任せず、まずはこれらを退治して

関東に出馬することを告げる内容であった。

 さらに驚くことは家康が小山から軍勢を反転するならば、常陸の佐竹義宣

と謀って追撃戦を行い、一方ではがら空きの江戸に乱入すると告げ、九月

中に出兵を果たすと書き送ったものであった。

 ここに景勝の満々たる自信を見ることが出来る。この頃の景勝は家康を

背後から追撃し、殲滅する戦略を描いていた証拠でもあった。

 併し上方からの石田三成の書状から、上方の戰が長引くと推測され、

当初の戦略を変えてしまったのだ、惜しい機会を失ったものだ。

 八月中旬に景勝は信夫(しのぶ)口から、若松城に久しぶりに帰還した。

 伊達勢の攻撃が下火となった結果である。これには訳があったのだ。

 これは家康が小山から突然に軍勢を引いたことが原因であった。

 この家康の行動が奥羽各地の大名たちに、微妙な影響をもたらしたの

だ。内府は上杉討伐の軍令で我等に参戦を促しながら、突然、なんの断りも

なく帰国するとは訳が解せぬ。奥羽の大名は家康の態度に疑問をもったの

だ。我等のみで上杉勢に当たれと申されるのか。それが奥羽諸大名の疑問

であった。その為に伊達勢も最上勢も攻撃の勢いをなくしていたのだ。

 米沢城から直江山城守も若松城に駆け付けて来た。二人は今後の策を

練り直す必要があったのだ。

「お屋形、ご苦労をおかけしました」

「なんの家康追撃を中断し、血潮が滾っておった。ところで最上攻めの用意

はどうじゃ」

「九月に入れば作戦は開始できましょう」

 相変わらず二人は無口であった、必要以外のことは口にしない。

 腰元が二人の前に膳部を並べて引き下がった。

「ほう、今晩はなかなかの御馳走にござるな」

「戦場帰りじゃ、体力をつけねばな」

 早速、景勝が大杯を満たし数杯呷った。

 山城守は一口啜り膳に箸をつけている。

「越後の状況は巧くいっておるか?」

「堀家もなかなかしぶとく難儀いたしておりまする」

「一揆は成功したと聞き及ぶがな」

 景勝が大杯を手にし、浅黒い顔を山城守にあてている。

「左様、併し越後口に侵攻した軍勢は、ことごとく敗れております」

 珍しく直江山城守が浮かぬ顔で答えている。

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Last updated  Nov 19, 2012 11:15:16 AM
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Nov 16, 2012
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「改定  上杉景勝」 (111)


 この前代未聞の提案に参集した諸大名は、声を失ったが、我も我もと

争って同意した。ここで遅れをとったら内府にどう思われるか。

 彼等の思惑は別として、ことの成り行きであった。

 彼等よりも驚いたのは家康自身であった。このような発言を受けようとは

思いもしなかった。家康は見苦しいほど狂喜した。

「対州殿、かたじけない」

 上座から駆け降り山内一豊の手をとり、その手を押し戴いた。

 この提案で後に山内一豊は、土佐一国を領することになるのだ。

 その後、本多平八郎の音頭で軍議が開かれた。

「石田三成が蜂起した今、上杉家を討ち果たすべきか軍勢を返すべきか

皆様のご意見をお聞き致したい」

 本多平八郎の声が響き、家康が肥満した体躯を床几に据えてさりげなく

一座の様子を見回している。

「痴れたこと。これより上洛し、治部少輔とそれに加担する者共を討ち果た

すべきにござる」

 福島正則が今にも出陣する勢いを見せた。

「左衛門太夫、我等の背後には上杉勢が居ることを忘れたか?」

 黒田長政が正則を諭した。その言葉に福島正則が顔を染めた。

「方々に申す。上杉景勝は稀有の武将にござる。わしは背後を襲うことは

ないと断言いたす。また伊達政宗が白石城を陥し、上杉領を狙ってござる」

「なんとー、伊達勢が上杉勢の背後を衝いておりますのか?」

「すぐに最上義光も参戦いたすでありましょうな」

  家康が声を高め、己の考えを述べた。

「ならばこの小山から軍を返し、上洛いたしましょう」

 細川忠興と浅野幸長が異口同音に、軍勢の反転を主張した。

 歴戦の猛将の本多平八郎はこの機を逃さなかった。

「ご異存はございませぬな、さらば先鋒は我等一存で決め申した。

福島正則殿に池田輝政殿にお願いいたす」

「畏まりました」

「さらばおのおの方、この小山から軍を退き上洛していただく」

「お訊ねいたす。内府は如何なされます?」

「福島殿、わしは一先ず江戸に赴きやり遂げることがござる」

 家康がさりげない口調で答えた。

「我等のみで上洛いたしますのか?」

 福島正則が不審顔で訊ねた。

「方々は福島殿の尾張清州城で軍勢を止められよ。わしも清州に向い

ご一同と合流いたす」

 これが世に名高い「小山評定」であった。

 翌日から諸大名の軍勢が奥州街道をせめぎあって南下して行く。

 家康本隊は小山から動かず、上杉勢の形勢を展望している。

(景勝、わしの反転を待って討ってでるか)この一点に的を絞っていた。

 そうしながら家康は伊達、最上との連携を保ち、会津、常陸の牽制役とし

て、結城秀康に大軍を与え、宇都宮に駐留させ東軍の指揮を命じている。

 何度も言うが家康という男は、臆病なほど猜疑心が強い男であった。

 人は利に弱い、これが彼を小心にさせ慎重にさせていたのだ。

 家康動くの報せで上杉勢が国境に大軍を集結させた。

 遥か彼方に西軍の旗指物が西へと動いているが、本営辺りの葵の旗指物

は微動だにしない。流石は家康である。

 愛の前立ての兜を被った直江山城守と行人包の景勝は、騎馬を並べその

様子を眺めている。

 毘と龍の戦旗が風に靡き、配下の大軍は国境線におりふし、お屋形の

下知を待っている。

 もし万一、国境に一歩でも踏み込んだら一兵残らず皆殺しにする。

 そうした景勝の心中をあざ笑うように、家康は万全をきして徳川本隊を

率い、八月五日に江戸城に帰還した。

 その間、上杉勢は景勝の命を守り一兵も国境から足を踏み出すことも

せず、去り行く徳川本隊を無言で見つめていた。

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Last updated  Nov 16, 2012 10:59:48 AM
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Nov 15, 2012
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「改定  上杉景勝」 (110)


 もともと白石城は伊達家の城塞であった。政宗は家康の要請を受け、

好機到来とばかりに、白石城の取りもどしを謀ったのだ。

 白石城に籠る上杉勢は果敢な抵抗をみせてが、政宗は一万余の大軍を

擁し、猛烈な攻城戦を仕掛けた。

 城代の登坂式部は衆寡敵せずとみて降伏開城した。

 流石は奥州の覇者と異名をとる、伊達政宗の素早い攻撃であった。

 その急報に接した景勝は激怒した。既に最上攻めを命じていたが、

急遽、伊達勢に対しても交戦するように下知を発した。

 景勝も山城守も伊達の背後に家康の翳を見ていたのだ。

 上杉が最上領に進撃を開始すれば、当然、伊達勢とも戦うことになる。

 ならば今、戦いを開始してもなんら不都合は起こらない。

 上杉家の内情がこのように変化している中、下野の小山の徳川勢の

陣営では、家康が肥満した体躯を大広間へと足を進めていた。

 陣営の大広間は粗末ながら、屋根が葺かれ周囲は幔幕で覆われていた。

 そこには床几に腰を据えた諸大名が全員、顔を揃えている筈である。

「福島正則は大事ないか?」

 家康は先導する本多正信の痩身に声をかけた。

「黒田長政殿の籠絡が功を奏しております」

 本多正信の返答に家康が満足そうに肯いた。

「歳を経ると暑さがことのほか堪える」

 独り言を呟き、家康が平服で大広間に一歩踏み込んだ。

 既に諸大名たちが揃っていた。福島正則、黒田長政、池田輝政、

細川忠興、浅野幸長、加藤嘉明等の豊臣恩顧の荒大名が座の中央に

集まっている。その他の諸大名は遠慮して彼等から離れている。

 家康が上座に腰を据え、傍らに本多正信、榊原康正、本多平八郎の

顔も揃っていた。

「すでにお聞きおよびと存ずるが大阪表で五奉行共が、淀の方さまと

幼い秀頼公をあざむき、内大臣を討たんとする暴挙が出立いたした」

 本多正信が塩辛声を張りあげた。

「おおかた佐和山の治部少輔の差し金でござろう」

 真っ先に福島正則が大声をあげた。家康は口を閉ざしいささかも態度を

変えずに座している。福島正則が最初に言葉を発したことで、この分では

巧くゆきそうじゃなと、内心、ほくそ笑んでいた。

「妻子を大阪城に人質として捕えられておられる方々も居られよう。また、

豊臣家の恩顧を大切に思われる方々も居られましょう。そのようなお人は

去就を自儘になされ、今から陣を払い領国にお戻りなされよ。遺恨には

感じ申さぬ」  ここぞとばかり本多正信が声を張りあげた。

「あいや、待たれよ」

 一同を制する如く福島正則が立ち上がった。

「余人は知らず、この左衛門太夫は治部少輔に味方する気持ちはござらん。

拙者は内府殿にお味方つかまつり、その先鋒を賜りたい」

 この一言で日和見の諸大名は一瞬、沈黙したが、次々と全員が賛意を

しめした。

「拙者、内府殿に掛け合いがござる」

 声の主は遠州掛川六万石の大名の、山内一豊であった。

「これは対州殿、何事にござる」

 家康が垂れ下がった瞼の奥から眼を光らせた。

「お味方の証といたし、我が領土と城を内府殿にさし上げます」

「なんとー・・・」  家康が声を失っている。

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Last updated  Nov 15, 2012 11:26:39 AM
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Nov 13, 2012
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「改定  上杉景勝」 (109)


「お屋形はなにを考えておられます。合戦とは勝機にござるぞ、勝てる

時に仕掛けねば、勝てる戦も勝てませぬ。追撃戦こそが上杉の戦法」

 珍しく山城守が口調を強め、景勝を詰問した。

「山城、そちは忘れたか。我が家は義と信を奉ずる家柄じゃ、敵の逃げ

去る背後に攻め懸けるなんぞは、我が家の家法に恥じることじゃ」

「それは詭弁に存じます。何の為に苦労してきたのかお屋形はご存じの

筈にござる。言うまでなく内府の専横を質し、豊臣家の繁栄と安泰を願う

為にござった」

 初めて主従の意見が異なった。

 景勝は若き頃から、数々の合戦を経験し生き抜いてきたのだ。武将とし

て関ヶ原で敵味方の軍勢が十数万名で覇を競うのだ。この日本で経験し

たことのない大戦である。

 それを思うと戦国武者として身内から、熱い血潮が滾ってくる。

「わしも西軍の一員として堂々と関ヶ原の合戦に臨みたいが、それは無理。

それには兵力が不足じゃ。よって最上領を先に占拠したいのじゃ」

「最上領に進撃いたせば、伊達政宗が黙ってはおりませぬぞ、必ず我が

領土に攻め込んで参ります」

「それも承知じゃ。手をこまねいておっても狸の味方をして我が背後に軍勢

を出して来よう。最上義光もそうじゃ」

 歴戦の景勝は伊達政宗と最上義光の動きをよみ切っていた。

 山城守が言葉を飲み込んだ。主、景勝の心中は痛いほどに理解ができ

る。併し、彼の明敏な頭脳に一抹の不安が過っていた。

「もしも我等が最上攻めの最中に、西軍が敗れるような事態となれば如何

成されます」

「杞憂じゃ。西軍には島左近と真田昌幸が居る。そんなに早く勝敗の決着

は就かぬ、天下に軍師の名を轟かす直江山城守が何を恐れる」

 景勝がまたもや剽悍な眼差しを見せつけた。

「あまりにも巧緻な戦略ですぞ。万一の場合、我が上杉家は家康の前に

膝を屈することになりましょうぞ」

「案ずるな、西軍に負ける要素はない。わしは最上領を手に入れ背後の憂

いをなくし、精兵を率いて関ヶ原に向う。これがわしの夢じゃ」

 主人、景勝の命令は絶対である。

「承知つかまつりました。内府が小山から軍勢を反転いたしても追撃の

軍勢は動かしませぬ、併し我が領内に攻め寄せる気配を見せたら容赦なく

攻撃をいたします。宜しうござるな」

「了解いたしたか、わしの夢を叶えてくれえ」

 山城守は主人の景勝の意を呈し、急使を各地の城塞に派遣し、最上領へ

の出陣を命じた。

 そんな七月二十五日に若松城に急使が駆け付けて来た。

 伊達勢に対する最重要拠点の白石城の落城の報せであった。

 前日の早暁、俄(にわ)かに伊達勢の大軍が攻め寄せて来たのだ。

 あいにく守将の甘粕影継は、徳川対策の為に若松城に出張中であり、

白石城は弟の登坂式部が与っていたのだ。

 家康から味方の要請を受けた伊達政宗が、素早く行動を起こしたのだ。


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Last updated  Nov 14, 2012 12:21:57 PM
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       「改訂  上杉景勝」  (108)


「ところで常陸の佐竹殿は、いかが成されておられる?」

「家康の内意で仙道口を任され、一万六千名の軍勢で滞陣なされておられ

ますが、狸が会津国境に進撃いたせば、打ち合わせ通りに狸の背後を衝く

ことになりましょうな」

 山城守が平然とした口調で告げた。

 だが家康の戦略もしぶとかった、彼は佐竹義宣や伊達政宗、最上義光ら

を全面的に信頼していなかった。

 家康には次男の結城秀康がいた。彼ははじめ豊臣秀吉の養子となり、

その後は、下総結城城主の結城晴朝の養子となっていた。

 秀康の弟が秀忠である。

 秀康は父の家康の命令で佐竹勢の牽制役とし、六月二十二日に下野

太田原に軍勢を進め、父、家康の命令を待っていたのだ。

 その所為で佐竹勢の動きが緩慢であった。併し上杉景勝と山城守は

秀康がやすやすと家康の命に加担するとは考えていなかった。

 直江山城守と秀康は秀吉の存命時期、大阪城で昵懇の間柄となって

いたのだ。それ故に秀康も陣中にあって上杉家の存亡に心を痛めていた。

「いずれにしても、会津に進撃いたせば奴の命は貰いうける」

 景勝が低いが腹の底に響く声をあげた。

「御意に、天下静謐の為に死んでもらわねばなりませぬな」

 直江山城守も沈潜(ちんせん)な面持で断言した。

 夜が更けてきた。城内は深閑とし獅子脅しの音が聞こえてくる。

「山城、そちが内府なれば小山から軍勢を反転いたすか?」

 城内の様子に耳をそばだてていた景勝が問を発した。

「勿論にござる。小山から軍勢を上方に向けねば天下は手にできませぬ」

 山城守が迷うことなく断言した。

「このまま上方に向かうかのう」

「それがしなら諸大名を引き連れ、江戸に戻り暫く天下を展望いたしますな」

「天下の動きをよむか。併し福島正則や黒田長政どもがそれを許すか」

「許すも許さぬもござらぬ、奴等は内府の狗にござる。また正則は石田殿

を仇敵と考えております、天下を簒奪(さんだつ)する者は石田殿と吹き込め

ば、簡単に乗りましょうな」

「豊臣家の子飼大名の福島正則、そこまで阿呆か」

 濃い髭跡を見せた景勝が苦笑を浮かべた。

「また黒田長政、親に似て権謀術数を好みます。今では狸の自家薬籠の

男に成り下がっておりますな」

「父親は黒田如水であったの、その息子が狸の掌で踊っておるか」

「左様、如水は謀事にかけては天下一、併し、愛嬌がございましたな」

 山城守の話にも上の空で景勝は何事か一心に思案している。

 暫し沈黙していた山城守が問いかけた。

「お屋形、合戦を控えて心配事でもございますか?」

「内府のことじゃ、奴が小山から反転した時の我等の戦術じゃ」

 その言葉を聞いた山城守の顔色が変わった。

「内府を追撃せぬと仰せにござるか?」

「思案中じゃ」

「お屋形は頭脳はそれがしに任せたと仰せになりましたな。この度の合戦

は、奴が小山から軍勢を反転する時が乾坤一擲の勝負にござるぞ」

「分かっておる。わしは関ヶ原での西軍と東軍の大軍同士の合戦の動き

や駆け引きが知りたいのじゃ。この勝負は時がかかろう」

 浅黒い顔色の景勝が顔面を紅潮させている。

「川中島合戦を思いだせ、一ヶ月もの睨み合いの末に合戦となった。今回

の合戦はこの日本を二分した大戦となろう、勝敗が付くまでには何か月も

長い月日がかかろう」 

 景勝の剽悍な眼が炯々と輝いている。

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Last updated  Nov 13, 2012 04:16:51 PM
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