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長編時代小説コーナ

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改訂  上杉景勝

Jan 26, 2012
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カテゴリ:改訂  上杉景勝
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       「改訂  上杉景勝」 (7)

 ここからも謙信の命令を待つ将兵のどよめきが聞こえ、春日山城一帯は

真昼のような篝火が燃え盛っている。

「与六、今宵は一人にいたせ」

「ではお先に手配つかまつります」

 樋口与六が爽やかに答え、謙信の傍らから離れて行った。

 彼は将才と学識を備えた稀有(けう)の秀才であった。言うなれば天が彼に

二物を与えたのだ。いずれは上杉家の重鎮になれると謙信が、ひそかに期待

する若者であった。

 謙信は居間で脇息に身をもたせ、常のごとく小梅を肴に大杯をあおってい

る。火桶が二個、用意された部屋は心地よく暖かい。

 謙信は再び回想に耽った、姉の綾が産んだ男子は紛れもなく自分の倅で

ある。そう確信するといたたまれなくなり、忙しい戦塵の間をぬって坂戸城を

訪れ喜平次とたわむれ、政景が驚くほどの愛情を示した。

「まるでお屋形さまの息子のようにござるな」

「政景殿、わしの甥じゃ。こうしておると合戦を忘れる」

「勿体なきお言葉にございます」

 政景が呆れ顔で恐縮している。

「いずれは越後の国主となろう」

「そのようなお話は軽々しく申されますな」

 政景が厳しい顔をみせたしなめた。

「政景殿、わしには妻も子もない、いずれ国主の座を明け渡す時が参る。

それは喜平次をおいてはない」

 謙信の言葉に政景が真剣な顔つきで進言した。

「お屋形さま、妻帯なされませ」

「わしは毘沙門天の化身じゃと思っておる。妻を娶り怯懦(きょうだ)の心が

湧くのが怖い、その意味で妻帯はせぬと誓ったのじゃ」

 謙信が柔和に答え、綾がそっと面(おもて)を伏せた。

「姉上も政景殿に心配せぬように申して下され」

「そのような事は申せませぬ」

 綾の躰が心もち固くみえる。

「喜平次、わしの許に参れ」 と膝にかかえあげた。

「喜平次、ご遠慮いたすのじゃ」

 政景が声を荒げ止めた。

「政景殿、お叱りはなしじゃ。伯父と甥の仲にござる」

 謙信の視線の先に小さな机が見えた。

「お手習いをしておったか?」

「はい」  喜平次が机の前に座った。

「どれ、わしにも見せてくれえ」

 我が子に接するように嬉しそうに手直しをしている。こうした彼の坂戸城

訪問は、次第に不可能となってきた。

 戦国乱世の世は、謙信に休息を与えなかった。彼は陣中から習字の手本の

いろはづくしなどを送り、喜平次の様子を訊ねる書状を送っている。

 こうした謙信の好意が政景にあたえた影響は大きかった。政景は若年から

父の房景と共に数々の合戦を経験してきた。

 房景は謙信の父の弟であったが、越後国主の座をめぐって何度となく鉾を

合わせた。そうした合戦で政景の武名は越後各地に轟いたのだ。

 政景の名があがる度に、謙信の父、為景は倅の晴景の器量が政景にくら

べ見劣りすると嘆いていた。

 併し次男の景虎(謙信)が父の意に反し、国主となり越後を平定したのだ。

 政景は思う、謙信にはとうてい及ばないが、倅の喜平次に国主の座を譲る

と仰せ成された。そうなった暁には国主の実父として権勢が振るえる。

 政景の心の片隅に傲慢な気象が宿りはじめたのだ。   続く


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Last updated  Jan 26, 2012 11:19:11 AM
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Jan 25, 2012
カテゴリ:改訂  上杉景勝
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       「改訂  上杉景勝」 (6)

 霧のなかに一発の銃声が轟き、上杉勢の先鋒、猛将でなる柿崎和泉守の

率いる、二千を先頭に上杉勢の全軍が八幡原に殺到した。

 竜虎の本格的な合戦が始まったのだ。

 上杉勢は武田本陣をめがけ猛攻を繰り返し、景虎は単騎で武田の本陣に

斬り込み、信玄を負傷におえ込んだ。

 戦略の裏をかかれ不意を衝かれた武田勢は、信玄の弟の武田信繁や武田

の軍師、山本勘助ら、多数の将を乱戦で失った。

 緒戦を飾った上杉勢は犀川を渡河し、善光寺へと引き上げた。

 その引きぎわを武田勢の別働隊に襲われ、緒戦は上杉勢が後半は武田勢

が勝利を飾ったが、両軍の損害は甚大であった。

 景虎から見た合戦は残念な結果となったのだ。頼山陽の詠じた、

『鞭声粛々 夜、河を渡る 暁に見る 千兵の大牙を擁するを 遺恨十年 

一剣を磨き 流星光底 長蛇を逸す』  まさにこの心境であった。

 三年後に両軍は再び川中島で相対すが、本格的な合戦には至らず、これが

最後の景虎と信玄の対決となった。

 謙信は毘沙門堂で往事を回想している。骨をけずり血を流した闘いの連続

であった。

 己は平凡な風貌をした小男で、左の脛(すね)が気腫(きしゆう)で曲がり、

歩行時に少し足を引きずる。そんな男がこれから天下を臨む合戦をする。

 旭日天を昇る勢いの織田信長との合戦を前に、関東の覇者北条家と勝負

を決せんと出馬を控えた今、心気を萎えさせ往事の人倫の道を踏み外した思

いに悔いを残しているのだ。

「謙信、我なくて誰が天下を静謐(せいひつ)にいたす。臆したか?」

 毘沙門天の怒りの叱責が、彼には聞こえている。

「実の姉と契り、人の道を踏み外した男に天下が獲れますか?」

「充分に償いをした。喜平次を庇護し希代の軍師を育てた、我を信ぜよ」

「ははっ」

 思わず謙信が毘沙門天の像に拝跪(はいき)した。

「気運を盛り上げて戻るのじゃ。明日は無の心境となれる」

 護摩の煙のなかで毘沙門天の両眼が、カッと見開かれている。

 謙信が堂から姿を現した。

「御屋形さま、長いご祈祷でございましたな」

 白皙(はくせき)長身の颯爽とした若侍が待ち受けていた。身形は質素なが

らも清潔な衣装をまとっている。

「与六か」

「お堂から出られる頃と思うて、お待ち申しておりました」

「大儀じゃ」

 謙信はこの若者のもつ才幹(さいかん)を愛し、喜平次の小姓として彼の

将来に嘱目していた。

 与六は坂戸城から春日山城に出仕してきた若者であった。

 名前を樋口与六兼続と名乗り、十八歳の眉目秀麗な男子であった。

 姉の綾が与六の利発さに眼をとめ、喜平次の小姓に取り立てたのだ。

 喜平次が五歳年上であったが、真の兄弟のように仲睦まじく文武の学問に

精をだしていた。

「風呂に入り酒じゃ」

 そう言い終え謙信は左足を引きずり、足早に去った。    続く

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Last updated  Jan 25, 2012 11:15:15 AM
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Jan 24, 2012
カテゴリ:改訂  上杉景勝
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       「改訂  上杉景勝」 (5)

 景虎は引き連れた八千名の精鋭で決戦を挑みかったが、旭山城が邪魔と

なり戦線は膠着した。対陣すること百五十日、犀川付近で小規模な小競り

合いはあったが、主力戦ではなかった。

 武田勢は補給線が延び不利を悟り、今川義元に和睦の斡旋を依頼した。

 景虎は信濃衆の旧領回復を条件とし、和議に応じて兵を引いた。

 この退陣の途中に長尾政景から、次男誕生の報せをうけた。

 景虎は報せをうけ、綾の産んだ子が自分の子だと確信した。彼の全身に

喜びが奔った。いずれ逢うことになるだろう。

 あれ以来、景虎はいっさい女子を退け、強靭な意志の力と禅の世界に没入

することで女色を断ってきた。

 そんな国主を人々は好奇と神秘の交じった眼差しで見つめ、不犯の武将と

噂するようになった。

 彼は戦塵に明け暮れる年月を過ごし、青竹を片手に関東、信濃、越中へと

兵を進めている。

 その勢いは敵勢からは風来電過(ふうらいでんか)と恐れられるようになっ

た。永禄三年に政景の城下で一人の赤子が誕生した。父は坂戸城の薪炭

(しんたん)をあつかう俗吏(ぞくり)で、樋口惣右衛門兼豊と言う。

 この赤子が上杉家の希代の軍師となる男子である。幼名を与六と名乗り、

出生の月日は不詳であった。この赤子が後の直江兼続(かねつぐ)である。

 この年の五月十九日には、駿河の太守今川義元が上洛途中で初の敵と

なる、織田信長に桶狭間の地で奇襲をうけ、あっけなく討死を遂げたのだ。

 産まれいずる者、死する者、これが戦国乱世のならいである。

 一方の景虎は大軍を擁し、関東一円を席巻(せっけん)していたが、翌年の

八月十六日、越後の精兵一万三千名を率い、武田の守る海津城の背後の

妻女山に着陣した。

 善光寺には五千名の後詰めと、大小の荷駄を残していた。

 この作戦はまさに奇策であった。上杉勢動くの報せで武田信玄は一万六千

名の軍勢で、甲斐の躑躅が館を出陣した。

 高坂弾正を守将とする海津城には、八千名の武田勢が守りを固めていた。

 景虎は妻女山に軍勢を配置し、眼下の海津城を見おろし悠然と小鼓を打っ

て酒を楽しんでいる。

 対陣すること一ヶ月、信玄は本隊八千を率い八幡原に陣を敷き、別動隊

一万二千が物音を消し、海津城から妻女山にむかった。

 こうして九月十日の夜明けを迎えた。その日は霧が湧き一寸先も見えない

情況であった。景虎は昨日の海津城からあがる炊飯の煙で、武田勢の動きを

察知し、ひそかに全軍を妻女山から下山させ八幡原へと向かっていた。

 これが第四次の川中島合戦の序曲であった。まさに両軍とも乾坤一擲の

勝負を懸けた一戦が始まろうとしていた。       続く

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Last updated  Jan 24, 2012 11:17:02 AM
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Jan 23, 2012
カテゴリ:改訂  上杉景勝
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       「改訂  上杉景勝」 (4)

 懐かしい姉の体臭と匂袋の香りが景虎の鼻孔に漂い、昔のことが脳裡を

よぎった。先刻の苛立ちが雪のように融けている。

「姉上はいつも、わたしに優しく接してくだされましたな」

「それは亡くなられた父上の所為ですよ、父上は事々に辛くあたられましたな」

「今日(こんにち)のわたしがあるのは、母上と姉上のお蔭です」

「癇の強いお子でしたもの」

「姉上とは二歳ちがいですが、幼き頃から姉上が好きでした」

 景虎が薬湯を飲むように苦く杯を干した。

「わたくしも貴方が好きでした」

 たんなる姉弟の語らいであるが、今の言葉が景虎を苦しめた。

「もうお酒はおよしなされ」

 常なら酔いもせぬ酒量なのに、今宵は強かに酔った。

「さあ、寝所にお戻りなされ」

「そういたします」

 姉に促され素直に腰をあげ、思わずふらついた。

「肩を貸しましよう」

 肩にすがって寝所に導かれた、姉の躰に触れるのは十数年ぶりである。

さらさらとした黒髪と柔らかな綾の躰に、景虎は我を忘れた。

 寝所に入るなり、姉の躰を抱きしめた。 

「景虎殿、なにを成される」

「姉上が好きです」

 抗う綾の躰を激情のまま抱きすくめ、襟元を広げ顔を押し付けた。芳(かぐ)

わしく懐かしい匂いにつつまれ、全てを忘れた。

 綾は抵抗したが景虎の力に屈した。屈したとゆうよりも身を委ねたのだ。

 こうして二人は人倫の道を外したのだ、綾は子供時代から景虎に異常なほ

どの愛情をそそいできた。それだけに激しい抱擁をうけすべてを受け入れた。

 景虎は実の姉を抱き、綾は胎内に弟の胤を宿したと確信した。

 激情が去り、景虎は声なくうなだれている。

「悩むことはお止め成され、二人はこうなる運命(さだめ)だったのです」

 姉の声が冷静に聞こえる。景虎は綾の乳房に顔を埋めた。

「いいですか、今宵の事は夢です。忘れるのです」

「・・・」

「貴方のややが産まれます。じゃがその子は政景殿のお子、分かりますな」

 燃えるような眸子で景虎を見つめ、綾は身繕いを済ませ寝所から去った。

 たった一度の過ちであったが、景虎にとり生涯一度の女人が、実の姉の綾

であった。この夜を境として己の非を悟り、生涯、女子を遠ざけ不犯を通すと

決意した。

 翌年の弘治元年十一月二十七日に、綾は次男を出産した。

 赤子は長尾喜平次と名付けられた。綾は政景とのあいだに二男二女を

もうけたが、不幸にして嫡男の義景を十歳で亡くすことになる。

 景虎はこの年の三月二十四日に、北信濃の豪族の村上義清(よしきよ)、

高梨政頼(まさより)等の要請をうけ、彼等の失地を回復すべく信濃に

出兵した。越後の精兵を率いて善光寺に着陣したのだ。

 一方の武田晴信は一万二千で川中島に陣を敷いた。第二回の川中島の

合戦である。武田勢は越後勢の精強を恐れ、犀川手前の善光寺西方にある

旭山城に、三千の将兵を入れたて籠もった。    続く

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Last updated  Jan 23, 2012 02:51:17 PM
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Jan 21, 2012
カテゴリ:改訂  上杉景勝
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       「改訂  上杉景勝」 (3)

 この時期の越後の敵国は、関東の北条が第一の敵国で景虎は何度も

三国峠を越え、関東に侵攻し小田原城を包囲していたが、景虎が越後に

戻ると北条勢が巻き返し、折角、制圧した関東を北条が鎮圧するという状況

が何年も続いていた。

 さらに甲斐の武田家は北信濃の占領を策し、景虎が関東に出兵するや信濃

に軍勢を仕向け、北信濃の豪族の一掃を図っていた。

 駿河の大国、今川家は直接には越後勢の脅威はなかったが、上洛の野望を

もち、関東の北条家と甲斐の武田家との同盟が急務であった。

 このような状況下で甲斐の武田家と関東の北条家、駿河の今川家が三国

同盟を結んだ。これを勧めた者が今川の軍師、太原(たいげん)雪斎であった。

 この同盟で甲斐は背後の守りを固め、武田晴信は公然と信濃侵略を本格的

にし、越後の豪族に調略の手をのばし始めた。

 景虎が北信濃の豪族の要請で兵を出すと、すかさず北条勢が関東を席巻

し、越後勢の牽制を謀り、景虎はその対策に奔走する羽目となった。

 三国同盟が本格的に機能し始めたのだ。

 さらに越後は国人領主の争いが堪えなく、景虎の悩みのたねであった。

 越後は複雑で景虎の許に国人領主が集い、越後勢を構成していたのだ。

それ故に直属の家臣ではなく、越後各地で領主らが領土争いをしていた。

 そうした情勢のなか北条(きたじよ)高広が、武田家の内応をうけ兵をあげ

た。北条丹後守高広は本姓を毛利という、中国の毛利家の分家である。

 高広は越後刈羽郡佐橋ノ庄の北条に土着して、北条の姓を名乗っていた。

 景虎は高広の反旗を知るや善根(よしね)の地で北条勢を鎮圧した。

 北条高広は降参し長尾家に帰参を許された。景虎が国人領主たちの掌握

に苦慮している時期であった。

 そんな多難の年の十一月に、久しぶりに姉の綾が里帰りをしてきた。

 二十七歳となった綾は艶やかな女盛りの姿を景虎の前に現したのだ。

「景虎殿、いかが成された、お顔の色が優れませぬな」

 ますます華やいだ雰囲気の姉の眸子に、いたわりの色が浮いていた。

「ご心配は無用、いたって健やかです。姉上もお元気そうで結構です」

 景虎は本丸の居間で大杯をあおっている。煩悩を抑えるために彼は戒律の

飲酒戒を、あえて破っていた。

 姉の綾の優しいいたわりの声が煩わしく聞こえる、忘れていた欲情の炎が

再び燃え始め、肉体が疼いた。

 ようやく三年を経て忘れ去った、姉が目前に座っているのだ。

 外は雪が舞っているのか、物音ひとつしない。火桶を傍らに黙々と飲み続け

ている。

「そのように飲まれては、お身体を壊しますぞ」

「お小言は結構です。折角の里帰りです、寛いで下され」

 景虎は綿入れ帽子をかむり、熊皮の敷物に腰を据えている。

「景虎殿のお顔を見ることを楽しみにして参りました」

 しっとりとした声で告げ、綾が寄り添い大杯を満たした。    続く

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Last updated  Jan 22, 2012 05:36:24 PM
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Jan 20, 2012
カテゴリ:改訂  上杉景勝
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       「改訂  上杉景勝」 (2)

 謙信は幼児の時期から、父にうとまれて育った。父の為景(ためかげ)が

なぜ自分を嫌うのか理解できなかった。

 今になって思いおこせば、小面憎い子倅であったと思う。思いつめると誰の

意見も聞かずてこでも動かず、父に反抗し周囲の者を困らせてきた。

 そうした自分の考えが違うと悟った時から、男女のおぞましさを知った。

 父の為景と母の虎御前は四十歳も年齢が離れていた。虎御前が為景に

嫁し、早くも三ケ月目で謙信を身ごもったことが原因であった。

 早すぎる妻の妊娠に老齢の為景は、不快な疑惑を虎御前にもったのだ。

 子胤がなくなった信じていた為景は、妻の妊娠に疑念をつのらせた。

(わしの子ではない)、このことが謙信を嫌うもととなり、事ごとに謙信に辛く

あたり、兄の晴景を寵愛した。

 謙信も子供ながらも父に反抗し、ますます為景を怒らせる結果となった。

 併し、母の虎御前と二歳年上の姉の綾の二人は謙信を寵愛した。

 それは為景への無言の抵抗でもあったようだ。

 とくに綾の謙信への慈しみかたは、姉弟をこえた異常なものであった。

 美しい姉の溺愛をうけ、謙信は姉に仄かな恋心をいだくようになった。

この頃、謙信は景虎と名乗っていた。

 そうした時期に景虎は、女子に対する欲情の強さを知ったのだ。

 昼夜をわかたず女子への関心が高まり、欲望のはけ口を求め手淫を覚え、

まだ見ぬ女体の妖しい悶えを想像した。

 その度に妖しく悶える女体の主が姉の綾に思え、彼は愕然としながらも、

姉にたいする歪んだ欲情を募らせていたのだ。

 そうした思いを景虎は胸に秘し、懸命に姉への思いを断ち切ろうとした。

 景虎は七歳から城下にある林泉寺に入り、名僧で名高い天室光育(てんし

つこういく)禅師から、厳しい禅の修行と文武の講義をうけた。

 そうした修行で女犯戒、肉食戒、妻帯戒などの戒律を教えられた。

 それ故に心の不浄を悟り、熱心にこの戒律を守ろうと努めてきた。

 この景虎の女子にたいする欲情の強さは、長尾家の特徴であり、父の

為景も兄の晴景も異常なほど女色に耽った。

 景虎がそうであってもなんら不思議ではない。

 彼は禅の世界に没頭し、いっさいの女子を遠ざけた。

 そんな折、綾が二十四歳で上田ノ庄、坂戸城の嫡男の政景(まさかげ)の

もとに嫁いだ。この家は越後の名家で上田長尾家と称し同族であった。

 政景は豪将で聞こえ、二十六歳の堂々たる武将であった。

 両家はたびたび家督争いであい争ったが、これを期として政景は景虎股肱

の臣下となり、景虎もまた副将として大いに重用するようになった。

 こうして戦乱に明け暮れた越後は、一時の平安をたもっていたが、三年が

たち、越後は重大な危機に直面することになる。         続く

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Last updated  Jan 20, 2012 11:39:13 AM
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