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長編時代小説コーナ

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小説 上杉景勝

Feb 17, 2007
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カテゴリ:小説 上杉景勝
  先鋒を藤田信吉、甘糟清長が受けもって城の水の手から攻撃。

  激戦が展開されたが、乱戦の最中に城方が曲輪に火を放ったものが見るみ

る城全体に燃え広がり、北条勢は火を避けて本丸に逃げ込んだ。

  狩野一庵は乱戦のなかで討ち死にし、その日の午後に本丸が陥ちた。

  本丸には婦女子が避難しており、前途を悲観し多くの者が自刃して果てた。

  この戦闘は小田原合戦最大の悲劇として人々に知れ渡った。こうして八王子

城は、もろくも一日で落城した。

  小田原城の北条氏政、氏直親子と氏照は鉢形城と八王子城の落城で、命運

極まれりと覚悟させられた。余りにも兵力を分散させ効果的な守勢がとれなかっ

た。ようするに戦略眼を欠いた結果であった。

  七月四日、秀吉の降伏勧告を受け入れ、小田原城は開城降伏した。

  六日に徳川家康が小田原城を受け取り、氏直の父、氏政と叔父の氏照、宿

老の松田憲秀と北条家を裏切った大道寺政繁が、主戦論者の責任を追及され

十一日に切腹させられた。馬鹿をみたのは大道寺政繁であったろう。

  ともあれ綿々と小田原評定を重ね、結論を出さずに追い詰められた関東の

雄、北条家は五代で滅亡した。氏直は家康の娘の督姫を夫人としていたので切

腹をまぬがれ高野山に送られた。北条家に忠節を誓って小田原城に篭城してい

た下総千葉、下野佐野、武蔵上田、上野小幡氏などの関東の有力領主は北条

家とともに滅亡した。こうして三ヶ月におよんだ小田原合戦は完全に終結を見、

ここに豊臣秀吉は完全に天下を掌握した。

  一方、上杉景勝と直江山城守は、八月初旬から領国の庄内に藤島一揆が

起こり、知らせをうけ秀吉の了解をえて急遽帰国した。

  上杉勢は八月十三日に、庄内の大宝寺城に帰着し一揆を鎮圧した。陰に

出羽の最上義光が糸を引いていたが、義光はまたもや失敗したのだ。

  こうして上杉勢と景勝、兼続主従の小田原合戦の作戦行動は終了をみた。

  だが関東では北条方の一城が、まだ交戦を続けていた。北条の成田氏長の

家臣らが守る武蔵の忍城(おしじょう)がそれであった。

  攻城の総大将は石田三成で、二万の大軍を擁して包囲していた。しかし攻撃

は惨憺たる結果であった。城の周囲は沼や深田が散在し兵の進退が思うに任

せず、豊臣勢は攻めあぐんでいた。

  石田三成は初の総大将として功名手柄をたてる絶好機ととらえ、武将として

の評価をこの合戦で示したい意欲にあふれていた。

  官吏としての才能は世に知られていたが、武将としての評価は無に等しい。

  しいて言うなれば、賤ケ岳の合戦での功名くらいが彼の武の評価であった。

  三成は主人の秀吉の備中高松城の水攻めを真似、利根川と荒川から水を引

き入れ、城を孤立させる水攻めを考え、工事を急いでいた。

  この合戦は六月五日よりはじまり、小田原城開城後も籠城戦が続けられたが

主人の成田氏長の命により、七月十六日に戦闘を停止し開城した。

  この攻城戦は石田三成にとり、特別な意味を持つものであったが、彼は武将

としての名をあげることが出来なかった。これが三成をして官吏の道をさらに歩

ませる結果となり、関ヶ原合戦への原動力となるのであった。

  この小田原の合戦後、徳川家康は秀吉に煮え湯を飲ませれることになる。

  三河、遠江、駿河、甲斐、信濃の五カ国を領する家康の版図に秀吉は目をつ

けた。この一帯を豊臣家の有力大名に支配させる、そうなれば豊臣家は磐石の

体制となる。秀吉は小田原攻めの論功行賞を名目として、北条家の旧領である

武蔵、相模、伊豆、上総、下総、上野の六カ国を与え、旧領を召し上げる、

いわゆる関東移封を命じたのだ。徳川家の重臣は反対論を唱えたが、家康は

天下が定まったと見極め、八月一日に江戸城に入った。

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Last updated  Feb 17, 2007 05:57:26 PM
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Feb 15, 2007
カテゴリ:小説 上杉景勝
  景勝は城内に居るかのように大杯をかたむけ、悠然と沢庵を口にして戦況の

推移に耳をかたむけている。

  本営を守る旗本たちは、咳ひとつたてずに片膝をついて待機している。

  景勝は飲み続け、時折、沢庵を噛む小気味よい音が幔幕(まんまく)ごしより

聞こえてくる。銃声と喚声、悲鳴が本営まで聞こえるが、景勝の態度にはいささ

かの動揺もみられない。さすがは大屋形さまじゃ、そう感じた旗本連中に景勝の

高鼾が聞こえてきた。鬨の声が天地を揺るがすなかで、景勝は高鼾をかいて眠

っている。旗本連中の顔に驚きの色が浮かび、すぐに笑みにかわった。

  景勝の豪胆きわまる態度に心服したのだ。

  大手門で唐人丹後守が、巧妙に鉄砲隊を指揮し敵の鉄砲隊を沈黙させる、

すかさず甘糟勢が突撃し、鍵の手の曲がり道を確保する。

「鉄砲隊、前へ」  唐人丹後守の戦場焼けした声が轟き、鉄砲隊が進出する。

  直江山城守兼続も親衛隊に守られ後続している。

  上杉家の持ち場の大手門には、一万余の大軍が満を持して待機している。

「伝令」  母衣(ほろ)武者が駆けつけてきた。

「何事じゃ」  「搦め手の前田勢が後退いたしております」

「寄居山の我が勢はどうじゃ」

「前田勢の後退を援助し、敵勢と交戦中にございます」

「唐人丹後守と甘糟清長に伝令じゃ。両人は本丸まで進出し、そこに待機いたす

よう申せ」 「畏まりました」  母衣武者が戦場を駆けていった。

  上杉勢のみが大手門を確保したが、北国勢の攻撃は頓挫して後退している。

「わしは本営に戻る」  兼続は騎馬を駆け本営に戻った。

「お屋形さまは?」  「はい、本陣で高鼾で眠っておられます」

  旗本衆の頭の色部与三郎が声を低め報告した。  「なんとー」

  直江山城の白皙の相貌がゆるんだ、この戦況下で眠っておられるか。

  鉢形城の抵抗は烈しく、六月に入っても北国勢は三千名の籠もる城を陥すこ

とが出来ないでいる。秀吉は早雲寺の本営で苛立ちを隠さずにいる。

「利家の奴め、なにを手こずっておる。上杉勢は大手門を確保し、景勝は攻城戦

の最中に本陣で高鼾をかいておったと聞く」

「殿下、応援部隊の徳川勢と浅井勢が、未だに到着せぬ様子にございます」

  石田三成が威儀をただし報告している。

「三成、両将に督促いたせ」  「畏まりました」

  家康は秀吉の要請をうけ、相模の津久井(つくい)城を攻撃中の本多忠勝(た

だかつ)、鳥居忠政、平岩親吉(ちかよし)の三将を鉢形城に向けた。

  彼等は城の南方の車山に陣取り、二十八人抱えと言われる大筒を据えて城

内に撃ち込んだ、城方は混乱した。浅井長吉も軍勢を引きつれ到着し、北国勢

は攻勢に転じた。城兵も必死の抵抗をみせたが次第に敗色が濃厚となった。

  前田利家と上杉景勝が会談し、北条氏邦への降伏勧告の使者派遣に同意し

た。六月十四日に上杉家の藤田信吉が使者となり、鉢形城に赴き北条氏邦に

降伏勧告を申し出た。

  氏邦もここに降伏を了解し、城の近くの昌龍寺(しょうりゅうじ)で謹慎した。

  こうして約一ヶ月にわたった攻城戦が、ようやく幕を閉じた。

  たが、この降伏勧告に対し、前田利家と上杉景勝の両名は、秀吉から手厳し

い叱責をうける羽目となった。

「この小田原の北条攻撃に手緩い降伏勧告なんぞは無用である。攻撃による落

城をめざせ」と厳命された。惣無事令を無視された秀吉の怒りの報復であった。

  さらに北国勢は八王子城(東京都八王子)攻略を命じられた。

  鉢形城の遥か南方に位置する八王子城は、城代の狩野一庵(いちあん)が

二千名で籠城していた。彼等は氏邦の兄にあたる氏照の留守部隊であった。

  六月十三日の未明、四万名の豊臣勢が総攻撃を敢行した。城の山下曲輪、

金子曲輪に、北条家を裏切った大道寺政繁と前田勢が突入し、守将の金子家

重、以下を討ち取った。

  上杉勢は景勝を先頭として狩野一庵の守備する曲輪を攻撃した。

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Last updated  Feb 15, 2007 03:44:42 PM
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Feb 14, 2007
カテゴリ:小説 上杉景勝
  上杉勢は松井田城に籠もり、上野一帯の動きを監視している。そうした中、

前田利家に率いられた二万七千名の大軍が、武蔵の国に乱入した。

  それを待っていたかのように、秀吉の伝令が松井田城の景勝を訪れてきた。

  武蔵の要衝の地、鉢形(はちがた)城の攻略を命じてきたのだ。

  加勢の軍勢としは、武蔵南部から徳川家康と浅野長吉(ながよし)が鉢形城に

兵を進める。上杉勢は上野から西進して攻撃する、総勢三万五千名の大軍団で

ある。途中から北国勢も合流を果たしてくる手筈である。

  鉢形城(埼玉県)は荒川が蛇行する天然の要害にある堅城で知られ、北条氏

政の弟で猛将で聞こえる北条氏邦(うじくに)が、城主として守りを固めていた。

  総兵力、三千余名の小勢で待ち構えていた。

「お屋形さま、鉄砲隊でけりをつけましょう」

「そうよな、悪戯な損害は無用じゃ」  景勝も同意権であるが、越後勢の精強さ

を天下に示す、そんな意気込みが感じられた。

  長柄槍隊が粛然として行軍し、その後ろには山城守自慢の鉄砲隊が後続し

て往く。全員が咳(しわぶき)ひとつ発せずに黙々と行軍する。

  兼続が練り上げた上杉家の軍法の成果であった。

『行軍中は前後左右の陣刑を定め、旌旗(せいき)乱さず、長兵横ならず、火縄滅

せず遠からず近からず、重からず軽からず、寂として聲(こえ)なきごとく行止めて

鼓に応ず』

  『死なんと戦えば生き、生きんと思い戦いば必ず死するものなり』謙信の遺訓

も上杉家の軍法に生きていたのだ。

  五月十九日、赤浜街道を南下した北国勢が、鉢形城攻撃を開始した。

  大手口が上杉家の担当部署と決まり、直江山城守と甘糟清長勢が大道寺衆

の案内で攻撃態勢を整えている。景勝が浅黒い顔を行人包みとし、黒糸威しの

甲冑姿で騎上し青竹を手にし、大手門を剽悍な眼差しで眺めている。

「お屋形さま、この合戦は拙者と甘糟清長にお任せ下され。前田殿は搦め手か

ら、大道寺政繁を案内役として攻め込む手筈にございます」

「山城、こたびはそちに任せよう」

  景勝は大手門の要害さを悟っている、さらに城主の北条氏邦の猛将ぶりを

知っている。簡単に陥せぬとよんでいた。

  兼続も主人どうように考えていた。鉢形城の支城として配されている八幡山

城、天神山城、日尾(ひのお)城の連携がうまく取れているとの忍び者の報告を受

けていたのだ。

「誰ぞ、唐人(からうど)丹後守に使いをいたし、本陣に参るよう申せ」

  兼続は鉄砲大将の唐人丹後守を呼び寄せた。この人物は越中の出で、

鉄砲の唐人と言われる有名人であった。兼続は彼に目をつけ上杉家の鉄砲

指南役とした。彼に鉄砲の扱い、火薬の製造などの指南を任せてきた。この関

東攻めで兼続は五百名の鉄砲隊を率いてきた、その大将が唐人丹後守である。

「お呼びにござるか」  硝煙で煤けたような顔つきの唐人丹後守が現れた。

「大手門からの攻撃をどう見る」  直江山城守が単刀直入に訊ねた。

「難しいかと存じます」  「訳は」  景勝の問いは何時も短い。

「大手門から本丸への突入が困難です、鍵手のように曲がりくねった通路を突破

せねばなりませぬ」  「兵を突入いたせば、城方も鉄砲で対抗いたすでしょうな」

  兼続が困難に戦になると説明した。

「山城守さまの申されるよう、鍵の手のような通路をひとつひとつ落して行かねば

なりませぬ」  唐人丹後守が野太い声で意見を述べた。

「思案はあるか?」  「鉄砲足軽が九十名ほど必要となりましょう」

「それで」  「それを三段に分かちます、すき間のない射撃を浴びせ、敵のひる

みを見て兵を進めます。それを何度も繰り返せば本丸に近づけましょう」

「悠長な戦術じゃの」  景勝がぼそりと呟いた。

「丹後、そちが指揮いたせ。突入の指示は甘糟清長に申し渡す。宜しいか」

  兼続が景勝に念をおした。 「任せる。わしは本陣で待機いたす」

  上杉勢の作戦が固まり、搦め手の前田勢が総攻撃に移ったようだ。

上杉勢からも、勁烈(けいれつ)な法螺貝の音が吹き上がり、土埃をあげて唐人

丹後守の率いる鉄砲隊が、大手門に駆けつけ一斉射撃をはじめた。

 轟々と銃声が轟き、甘糟清長勢も一斉に後続してゆく。鉢形城の北条勢の士

気は高く、北条氏邦が先頭で奮戦する。支城から応援の軍勢が押し出し、北国

勢が圧倒されている。寄居山に陣取った真田昌幸、依田康国の勢が支城からの

敵勢を食い止め激戦となった。

  上杉本営で景勝は味方の不利を悟っている。敵の喚声が味方を上回る

勢いを示している。 「酒じゃ」  景勝の声に小姓が驚きの顔つきをした。

「酒と漬物じゃ」  「はっ、さっそく用意つかまつります」

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Last updated  Feb 14, 2007 02:03:57 PM
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Feb 13, 2007
カテゴリ:小説 上杉景勝
  直江山城守は今回の合戦に、薄浅葱糸縅(うすあさぎいとおどし)の甲冑と愛

の前立の兜をもちいていた。その姿で陣場原の前田勢の本陣を訪れた。

「上杉の直江山城守兼続が参ったと申すか?」

  五十歳となった利家は堂々たる貫禄の、戦国生き残りの武将である。

  元同僚の秀吉の下で金沢城主となり、皮肉にも上杉家累代の領地、越中は

彼の支配地であった。この度の小田原城攻めには倅の利長を伴っての参戦であ

った。上杉家の執政直江山城守兼続は大阪城でも名をはせていたが、利家から

見れば陪臣(ばいしん)としか思えなく、やや蔑みの目でみていたのだ。

「上杉景勝が家臣の直江山城守にございます」

  見事な甲冑姿を利家の前にあらわし、前田利家がその威に圧倒された。

「山城か、まずは腰をおろされよ」  前田利家が床几を薦めた。

「かたじけのうござる」 臆することもなく床几に腰を据え、利家を見つめた。

  折り目ただしい挙措、白皙の顔に智謀をひめた眸が利家の眼をとらえた。

  この男、傑物じゃな。流石に人を見る目をもっている。

「何事にござるかな」  言葉が改まっている。

「我が主人の言葉をお伝い申し上げます。我ら三万七千の大軍を擁しておるも

のの戦略、戦術を一本にせねば雑軍同様、勝てる戦も勝てませぬ。我が家臣の

直江山城守に考えをお尋ね頂ければ幸いと存ずる。これが上杉景勝の申し出に

ございます」  山城守が深々と低頭した。

「山城守殿、お聞きいたそう」  「申しあげます、松井田城攻撃は直ちに中止

下され」  「攻撃を止めよと云われるか?」

「この大軍で陥せぬことはございません、なれど損害が大きいと勘考いたします。

まずは、松井田城の支城を陥し裸城にいたしまする」

「そこもとの言う支城とは西牧城、国峰城、安中城の三城にござるな」

「左様に」  「うむー」  利家が腕組みをして思案している。

「そこもとの言うとおり戦術を一本にせねば、銘々が勝手な戦をする。めくら滅法

攻撃しても損害が出るだけじゃな」

「ご了解いただけるならば、我が上杉勢一手で三城を攻め落とす覚悟にございま

す」 「景勝殿が、そのように申されたか」

「はっ、関東は故謙信が何度となく攻め込んだ土地にございます。我が配下の

武将連は地形を熟知いたしております」  前田利家が分厚い顔を和ませた。

「我らは松井田城を包囲し、蟻一匹逃すことのない手配りをいたす。三城の攻略

は上杉景勝殿にお任せいたそう、だが、加勢の兵を一兵も出さずば前田利家が

笑い者になります、依田康国殿の四千名を与力といたす」

「これは主人が喜びましよう。すでに四月、関白殿下のお怒りのないうちに始末

をつけまする」  こうして直江山城守兼続は自軍にもどって行った。

「彼が直江山城守兼続じゃ、太閤殿下のお気に入りの武将じゃ」

  利家が倅の利長に語りかけていた。

「豊臣の姓を名のることを許された、上杉家の軍師と聞き及んでおります」

「初めて会ったが恐ろしい人物じゃ、それを御する景勝も侮れぬな」

  翌日、景勝は国峰城を与力部隊の依田康国の軍勢に任せ、安中城は直江

山城守と藤田信吉に攻略を命じた。自身は残存の上杉勢を率い、西牧城を攻撃

目標とした。攻城軍は火のでるような攻撃を開始し、四月十八日には三城すべて

を攻略した。松井田城は孤城となった。

  知らせをうけた前田利家は総攻撃を開始した。その日は十九日であった。

孤城となった松井田城の士気は低下し、二十二日には本丸が陥落した。

  ここに城兵の助命を条件に、大道寺政繁は降伏した。彼はその後、前田利

家に与力し北国勢の道案内として、北条勢を敵にまわすことになる。

  難攻不落の松井田城の落城は、上野(群馬県)各地の北条方の戦意をくじく

結果となり、四月には箕輪(みのわ)城が降伏し、ついで石倉城も開城した。

  五月三日には大道寺政繁の持ち城の、武蔵(埼玉県)河越城が利家に引き渡

された。こうして戦線は上野(こうずけ)から武蔵へと移っていった。

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Last updated  Feb 13, 2007 11:36:03 AM
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Feb 12, 2007
カテゴリ:小説 上杉景勝
  戦国大名として故謙信公の後継者たらんと祈願し、越後一国を治め。

越中支配を狙ってきた景勝にとり、不満の残る時代となったことは兼続にもその

心情は理解できる。 

「関白殿下はなかなかの曲者。今回の名胡桃城の一件は、関白殿下と真田昌幸

が仕かけた罠にみえますな」

「なにっ」  景勝の青味をおびた顔に血がのぼった。 

「拙者の手の忍びの者から知らせがまいっております」  「忍び者の言葉か?」

  直江山城守が盃を干し、口の端を手で拭い話をつづけた。

「忍び者には忍び者との係わりがあります。北条家には風魔一族と申す忍びの

集団がござる」  「今の話は彼等から洩れたものか?」  兼続が首肯した。

「なんとしても関東が欲しいか」  景勝が剽悍な眼を鋭くさせ訊ねた。

「左様、北条家の支配地は関東六ヶ国。・・・・・関東攻略が終りますれば徳川殿

が標的となるとよんでおります」 

「山城、話が飛躍するの」

「飛躍ではござらん、徳川家の支配地を見られませ。三河、遠江、駿河、甲斐、

信濃の一部に及んでござる。いわば日本の中央部を占めております」

「・・・・関白殿下は徳川殿の領土を狙っておられるか」

「拙者には、そのように思われますな」  山城守が白皙の顔で肯定した。 

「我らも慎重にいたさねばならぬな」

「豊臣政権で生き残る道は、官僚たちに逆らわぬことです」

「わしは武で豊臣家に奉公いたす。山城、そちは官僚中枢部に密着いたし知略

で貢献いたせ」  「お屋形さま、大きうなられましたな」

  兼続には、今の景勝の言葉が心底嬉しく思われた。

「わしも三十四歳となった、少しは世の中が見えるようになった」

「お屋形さま、人には運不運がござる。武将としての不満は拙者にもござる、

お屋形さまを擁し天下を臨むことが、山城の夢にござった」

「そうよな、もう少し早く生まれていたら戦国武将として華々しい活躍が出来たで

あろうな。今頃、云うてもせんなきことじゃ」

  この頃を境として景勝の無口は極端となったが、兼続にだけは饒舌であっ

た。それは己の不満を隠す景勝の、深謀遠慮な考えからはっしたことであった。

  天正十八年三月初旬、上杉勢一万名が春日山城から出陣した。

  景勝は常のごとく行人包みで、累代の甲冑姿で先陣を往く。直江山城守は

中陣に配下の与板衆を率い騎馬をかっていた。

  信濃の海津に到着し、越後と関東を結ぶ三国峠が豪雪で通れないことを知

り、信濃路から碓氷峠(うすいとうげ)をめざした。

  三月十七日に碓氷峠に到着し、北国勢の集結を待った。ほどなく北国勢の

総大将を務める前田利家が一万八千を率い到着し、伊那の毛利秀隆の二千、

上田の真田昌幸勢三千名、小諸から依田康国率いる四千名が集結を終えた。

  総勢三万七千の大軍である、この碓氷峠を越えると北条領である。

  この峠を守備する北条勢の前衛基地として松井田城がある。標高四百メート

ルの急峻な山城で、守将は大道寺政繁で三千の守備兵で守りを固めていた。

  峠を越えた北国勢は、三月十八日に真田勢が攻撃を開始し城を包囲した。

  上杉勢も負けずと景勝の苛烈な指揮で、松井田城の城下に火を放ち外曲輪

に突撃した。こうして北国勢の総攻撃が始まったが、城方の勇戦で北国勢が押し

もどされる事態となった。

「打ち破れ」  景勝が愛用の青竹を振るい叱咤すれども、敵はますます盛んと

なり、猛烈な抵抗をしめした。

  総大将の前田利家は城外の碓氷峠の南の、陣場原や八城(やしろ)に撤退し

持久戦を命じてきた。上杉景勝や真田昌幸らは、前田利家にひけをとらない、

戦国武将である。  

「このような小城ひとつ陥せないのか」と、前田利家の作戦に文句がでる。

「お屋形さま、急攻は無理に思います」  兼続が本陣に現われ忠告した。

「我等は敵の十倍の戦力ぞ」  景勝が額に青筋をたて怒声をあげた。

  直江山城守が指をさした。敵城は仰ぎ見る高地に聳えている。

「どうせよと申す」  景勝が青竹を地面に叩きつけた。

「拙者が前田殿の本陣に参り、戦術転換を願ってきます。お赦し頂けますか」

「どういたす」  「我等は雑軍です、戦術をひとつとせねば勝てませぬ」

  そう云われれば判らぬこともない。  「許す、行くがよい」

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Last updated  Feb 12, 2007 09:33:07 AM
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Feb 10, 2007
カテゴリ:小説 上杉景勝
「放てー」  ふたたび与板衆の鉄砲が火を放ち、敵の前衛が薙ぎ倒された。

  それを見た上杉勢の先陣が、喚声をあげて突撃にうつった。

  完全に裏をかかれた羽茂城の城門が八の字にひらかれ、敵兵が密集し

攻勢に転じた。  「弾込めは終えたか?」  「さん候」

「先頭にむかって一斉射撃」  大国実頼が声を嗄(か)らし射撃を命じた。

「ごおー」  天地が震撼(しんかん)し悲鳴と絶叫があがった。それを見た上杉勢

の先陣が敵勢に割ってはいり、凄まじい肉弾戦がはじまった。
 
  混戦になっては精強でなる越後兵に叶わない、城主の本間高茂と弟の赤泊

城主の高頼が、真っ先に逃亡した。

  後方からも一段と高い喚声が沸いている、軍馬の嘶(いなな)きと怒号が聞こ

える。上杉勢の背後を衝こうとした吉岡勢が、反対に黒金泰忠の勢に押されてい

るのだ。  「やったな」  本陣の直江山城守兼続に会心の笑みがういた。

   羽茂城から火炎が吹きあがった。 「わっー」と、味方の兵士の歓喜の声が

聞こえ、かわって勝鬨となった。

  本間高茂と高頼は杉ノ浦から逃れようと船で脱出したが、生憎と東北の風が

烈しく、越後の間瀬(まぜ)の海岸に漂着し、上杉勢に生け捕られ佐渡に送られ

た。反乱に組した十九名が斬首獄門にかけられた。こうして佐渡は平定され、

景勝念願の領国支配がここに固まった。

          (小田原城攻め)

 天正十六年にさかのぼるが、天下人となった豊臣秀吉は京の聚楽第に天皇

を招き、その前で諸大名に忠誠を誓わせる誓詞を提出させ、秀吉の命に叛かな

いことを誓わせた。

   だが、関東の有力大名の北条氏政(うじまさ)、氏直(うじなお)親子は秀吉の

招聘(しょうへい)に応ぜず、関東で独自の政権を確立していた。

   秀吉は再三にわたり上洛を促したが、いっこうに応ずる気配を見せずにい

た。大名の私的な戦闘行為を禁止し、解決を天皇に代り秀吉が裁定し平和的

に処理をする。これが惣無事令の趣旨であったが、北条家は無視し真田領内の

沼田城争奪戦に明け暮れている。惣無事令を無視された秀吉の怒りは頂点に

達していた。 

   そういう時期の天正十七年十月、真田領の名胡桃城(なぐるみじょう)を北条

氏邦(うじくに)の家臣、猪俣邦憲(いのまたくにのり)が突然奪い取る事件が勃発

した。真田昌幸(まさゆき)は秀吉に報告し処置を依頼した。これに激怒した秀吉

は、十二月に徳川家康、前田利家、上杉景勝を聚楽第に招き、直ちに北条攻め

を決定した。その年の暮れに北条氏政に宣戦布告をした秀吉は、年明けとなり

東海道から徳川家康や、諸大名の兵を含めた二十二万名の大軍を関東に向け

た。一方、秀吉も自ら三万余の大軍を率いて小田原に進発した。

   北陸の大名である前田利家、越後の上杉景勝、信濃の真田昌幸、依田

康国(よだやすくに)、毛利秀隆らにも別働隊として、北条領に進撃の命が下っ

た。北条家は臨戦態勢を強化して、領国諸将に大動員を命じ小田原城や各地

の支城の増強をはじめた。

  この時期、春日山城は雪に埋もれていた。景勝は出馬を二月初旬と定め、

その旨を秀吉に報告し了解をえた。

  北陸勢は北国街道を通行するために北国勢と呼ばれ、東海道を進撃する

部隊と、関東西北部から北条領に進撃する北国勢の二面作戦が、秀吉の戦略

であった。秀吉は本格的な小田原城への攻撃時期を三月中旬と見込んでいた、

北国勢の動ける時期を二月とよんでいたのだ。

  春日山城で景勝と山城守兼続が会談をしている。越後一帯は今日も雪が

舞い落ちているが、居室は火桶で春のように暖かい。

  相変わらず景勝は大杯を手にし、沢庵を肴として酒を楽しんでいる。

「山城、出陣の用意は出来ておるか?」

「何時でも一万名は出陣できまする、今回は五百名の鉄砲隊を引き連れます」 

  山城守が自信ある態度で答えた。

「そうよな、今回の関東での合戦は城攻めとなろうな」  「御意に」

  二人の意見は完全に一致していた。

「関白殿下は、小躍りしておろうな」  「お屋形さまもそう思われますか」

「惣無事令違反は表向きじゃ、念願の北条攻めが出来る訳じゃ。これより天下

は、完全に関白殿下のものになろうな」  景勝の読みも鋭くなっていた。

「面白くもない時代を迎えたものじゃ」 またもや景勝が愚痴った。 

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Last updated  Feb 10, 2007 09:40:34 AM
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Feb 9, 2007
カテゴリ:小説 上杉景勝
  黒金泰忠が飲むことを忘れ、夢中で二人の会話に耳をそばだてている。

「山城、そちのことじゃ。代官も考えておろうな」  景勝が興味を示した。

「上田衆と与板衆から、九名の代官を人選いたします。在番所は雑太郡の

河原田、羽茂郡の小木、加茂郡の貝塚、湊に湊陣屋を考えております」

「面白い、上田はわしの誕生の地、与板はそちの差配地の者共じやな。・・・・

任せる。関白殿下に付け入る隙を見せるな」

「畏まってござる」  景勝の顔に満足の色が浮かんでいた。

「本間一族には、応分の所領をお考え願います」

「山城、そちの考えは佐渡の国人はすべて放逐し、佐渡を我が上杉の分国とす

る。そうじゃな、ならば考えてあろう。そちの思うままにいたせ」


  六月十二日、景勝と兼続は千艘の船に三千の精兵を載せ、夜半に沢根に

着岸し、一向宗専得寺の裏山に本陣を定めた。

  雑太、吉井の領主本間信濃守と藍原大和守は、河原田城に籠もった。

  直江山城守の推察どおりであった。

  翌朝から戦闘がはじまった。先陣をうけもつ沢根の斎藤勘解由左衛門が、

真っ先に銃弾を浴び壮烈な戦死を遂げたが、兵力で勝る越後、佐渡軍団は力攻

めで押寄せた。景勝が青竹を打ちふり猛烈果敢な指揮を執る。

  雄叫びをあげ兵が突撃してゆく、先陣の沢根勢が城壁に取りつき火矢を

放った。折からの強風をうけ城は炎上し、城主の本間佐渡守は腹をかき切り、

猛火の中に飛び込み最後を遂げた。

  上杉勢は戦勝の勝鬨(かちどき)をあげ沢根城に引き上げた。この噂が佐渡

全土に知れ渡り、佐渡の国人衆が続々と帰属してくる。

  翌日、景勝は沢根領主の本間摂津守と帰属する、国人衆の応対に追われる

一日を過ごした。

  六月十五日、直江山城守を総大将とした上杉勢が村山に進出し野営をした。

  総攻撃を翌日の早暁と定めた。本陣から山城守兼続の忍びの者が羽茂城に

向かって散っていった。羽茂城で戦評定がひらかれている、河原田城が一日も

もたなかった事が兵士の士気を低下させていた。

  忍び者の報告をうけ、山城守が眼を細めた。敵勢は城の近くに鉄砲足軽を

埋伏させ、待ち伏せを謀っている模様である。

  さらに本家の吉岡城主本間遠江守が、援軍として三百名ほどの勢を率い、

羽茂城攻撃中の、上杉勢の後方に強襲を敢行するとの情報をえた。

「使え番、黒金泰忠殿をお呼びいたせ」

  陣営には篝火が焚かれ、真昼のような明るさを保っている。

「山城守殿、黒金、罷りこしました」  具足の音を響かせ黒金泰忠が本陣に

現れた。  「いかがじゃな、戦陣の空気は」

「兵士の喚声、血潮と硝煙の臭いがたまりませぬな」

  黒金泰忠が精悍な面をみせ床几に腰を据えた。

「明朝の城攻めでござるが、ご貴殿には殿(しんがり)を願いたい」

「拙者では物足りぬと申されますか?」 黒金泰忠が野太い声で抗議をした。

「そうではござらぬ」  直江山城守が、忍びからえた情報を語った。

「これは愉快ですな。我が一手で吉岡勢を殲滅いたしましょう」

「了解頂けたかな」  「お任せ下され」  黒金泰忠が勇んで去った。

  次に山城守は実弟の大国実頼(さねより)を呼び出し、秘策をあたえた。

  翌朝、大国実頼は山城守配下の与板鉄砲足軽を率い先行していった。

  羽茂城の周囲は竹林が鬱蒼と茂っている。 「埋伏の勢が潜んでおる」

実頼は、与板衆の鉄砲足軽に指示を与え、大国勢は草叢に身を潜めた。

  後方から、督励の法螺貝が炯々(けいけい)と朝空に響き、具足の音が響い

てくる。  「構えよ」  大国実頼が仁王立ちとなって大木の陰に身を潜めた。

  上杉勢が粛々(しゅくしゅく)と敵城に迫り、槍刀が煌き旗指物が風に靡いて

いる。突然、敵勢が竹林から全容を現した。

「今ぞ、放てー」  大国実頼の叱咤が響き、与板衆の鉄砲が一瞬早く火を噴い

た。悲鳴があがり、鉄砲の音に驚いた水鳥の大群が、空を蔽いつくした。朝焼

けの空に無数の鳥たちの羽音が凄まじい。

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Last updated  Feb 9, 2007 09:33:29 AM
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Feb 8, 2007
カテゴリ:小説 上杉景勝
  天正十七年(一五八九年)六月、春日山城で佐渡平定の軍議が行われてい

た。相変わらず景勝は無口で、上座から諸将らを乾いた眼で眺めている。

  直江山城守兼続がかわって平定作戦の概要を語っている。

「我が上杉家念願の佐渡平定の策を説明いたす。この根幹は佐渡の金銀にあ

り、進攻予定日は、今月の十二日と決します」

「おうー」  一座の武将から声があがった。

「兵力は三千名、兵船は千艘といたす」  「それのみにござるか?」

  蓼沼友重(たでぬまともしげ)か口をひらいた。

「すでに昨年の九月より、米積船でもって兵糧、武器弾薬は沢根城に搬送して

ござる」  山城守の用意周到さに、一座から驚きの声が洩れた。

「お屋形さまも、ご出馬なされる。佐渡でのお味方衆は沢根城主本間摂津守殿、

潟上城主の本間帰本斎殿じゃ。敵方は河原田城の本間佐渡守、雑太(さわだ)城

の本間信濃守、吉井城の藍原(あいはら)大和守。この三者は河原田城で合流す

るとよんでおる。さらに羽茂(はもち)城の本間高茂、赤泊(あかどまり)の本間高頼

にござろう」  「羽茂の本間高茂と赤泊の本間高頼は兄弟にござるな」

「左様。おそらく本家の吉岡城の本間遠江守も、羽茂勢に加勢いたすであろう」

  直江山城守兼続が断言した。

「さて参陣の将でござるが、蓼沼殿、よろしいの」

  山城守兼続が蓼沼友重をみつめ破顔した。  「勿論、うけたまわる」

「平林正恒(まさつね)殿」  「はっ」  「黒金泰忠殿」  「これは嬉しい」

  直江山城守兼続が参加の武将を読み上げ、十二日の日没をもっての出陣を

命じ軍議の終りをつげた。

「山城守殿、拙者の推挙(すいきょ)に感謝いたします」

  黒金泰忠が嬉しそうに満面笑顔で礼を述べている。

「お屋形さまの直々の命にござる。黒金も合戦に出なくては躯が鈍ると仰せに

ござった」  「気張らずばなりませぬな」

「余り逸って討ち死になどなさるな、それが心配じゃ。お屋形さまと打ち合わせ

がござる、酒など用意願いたい」

  山城守が笑い声を残し奥に向かっていった。

「山城、話とはなんじゃ」  景勝が剽悍な眼差しをむけた。

「今に酒が参ります。飲みながらご相談がござる」

「また、面倒な話ではなかろうな」  景勝が警戒している。また女子なぞ抱けとは

言わぬだろうと、先走っている。

「佐渡の仕置きの相談にござる」  「佐渡の仕置き?」

「御免なされ」  黒金泰忠が酒の用意をして姿をみせた。

「黒金殿、春日山城の留守居役として拙者の話を聞いて下され」

  黒金が景勝と兼続の大杯に酒を満たし傍らに座した。

  景勝が沢庵を噛み砕く小気味良い音をさせている。

「お屋形さま、拙者は与板衆の鉄砲足軽五十名を引き連れて参ります。十六日

までに佐渡の平定を終らせる覚悟にござる」

「籠城なんぞさせぬためか?」  「御意に、素早く始末をつけまする」

  景勝が例の肌をみせ無言で大杯をあおった。この山城に思案があるなと推

測しているのだ。  「お屋形さまに、ご許可願いたい儀がござる」

  兼続が珍しく一気に盃をあけ、景勝を見上げた。  「申せ」

「佐渡平定が終りましたら、お味方した沢根と潟上の本間一族の所領替えをお願

い致します」  兼続が驚くことを口にした。

「なにっー」  景勝も驚いたが、傍らの黒金泰忠も言葉を失った。お味方として

貢献した者の所領替えなど、聞いたためしがない。

「お屋形さま、佐渡は金銀の宝庫にござる、いずれは関白殿下が佐渡を狙って

参りましょう。そのための布石を打っておく必要がござる」

「・・・・」  景勝の青味をおびた顔つきが変わった。

「沢根と潟上の本間一族には気の毒ですが、佐渡は上杉家が差配いたします。

そして金銀の採掘方法を工夫いたし、我家でなければ、効率の良い採掘が出来

ない改革を行います」  

「関白殿下も手が出ず、運上金を申しつけるだけにするのか?」

「左様にござる。さすれば採掘の利益は我家の物になりましょう」

「山城、そちは益々化け物じみて参ったの」

「そうでもせねば、関白殿下に対抗できませぬ」

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Last updated  Feb 8, 2007 09:35:28 AM
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Feb 7, 2007
カテゴリ:小説 上杉景勝
「恐がることはない、参れ」  褥(しとね)に招きいれ細い躯を抱きしめた。

  若者はふるえている。  「このような事は初めてか?」

  夢中で抱きよせ胸に手を差し伸ばした。  「これは」 景勝の手に蕾の乳房

が触れた。  「謀ったな、兼続」  景勝は褥の外に娘を引きずり出した。

  いま現実に触れた、乳房の感触が汚らわしく思われた。

  若侍に変装した藤子が嗚咽を堪えている、乙女の身で恥をしのんで褥に入っ

たというのに、この仕打ちはひど過ぎる。その姿が哀れには見えるが、景勝の怒

りは収まらない。別に景勝は女人を蔑視し、不犯を通しているのではない。

  不識院公のような武将に成りたく、若き頃から女人を遠ざけてきたのだ。

  それを知りながら、主人の己を騙した兼続の行動に怒りが募っていた。

「山城っー」  声だかに叫んだ。  廊下を小腰をかがめた兼続が寝所に近づ

いてきた。

「お屋形さま、お静かに願いまする。この山城がかねてから、お願いしておりまし

たことを、今宵から実行して頂きます」  ぐっと景勝が言葉につまった。

「この者は女子にあらず、女子の躯をもった若者にござる。なにとぞご寵愛のほ

ど、お願いつかまつります」 関白をも唸らせた天下の山城守が平伏している。

  景勝は兼続の言葉が嘘であることは重々承知していたが、兼続の面目をた

て、上洛中は毎夜同衾をつづけた。女の名が藤子であることも知った。

  景勝は夜毎、褥で藤子を抱きつづけ、仄かな愛情に似た感情が湧きだして

いたが、帰国のさい藤子を兼続に任せ国許に連れ帰ることはなかった。

  ひとつには武将としての意地と、不犯を誓った己の不甲斐ない態度に腹を

たてた事も原因であった。が、不思議に正室のお菊の方への気配りはなかっ

た。完全に政略結婚であると割り切っていたのかも知れない。

  兼続は景勝の胸中を察し、藤子を屋敷にもどし生活一切の面倒を見続けた。

  やがて、藤子から男子出生の知らせを受けた兼続は、公子誕生の知らせを

景勝に報告した。越後一国がその知らせで喜びを表したが、景勝は喜びの表情

もうかべず、己の子と認知したにすぎなかった。

  兼続は京に人をやり母子を春日山城に迎えたが、藤子は産後ほどなく病死。

公子は景勝の命で、喜平次定勝(さだかつ)と名のることになった。

  母を失った定勝を、兼続は妻のお船に養育を頼み、以後、お船が定勝の母

代わりとなって愛育した。後に家督を継いだ定勝は、お船に三千石を与え感謝を

表している。

  八月、出羽庄内の尾浦城の東の十五里原に、上杉の本庄繁長率いる大軍

が、南方より押寄せ、最上方の東禅寺義長(とうぜんじよしなが)勢の籠もる尾浦

城を急襲した。頼みの最上勢の援軍もなく尾浦城は炎上し、東禅寺勢は大敗し

た。この本庄繁長の猛攻で庄内は、完全に上杉家の領土となった。

  丁度、時期を同じくして秀吉の奥羽惣無事令を伝える使者、金山宗洗(そうせ

ん)が出羽に来ていた。最上義光はこれで本庄勢を停戦させる好機と考えたが、

  同年の四月に上洛した上杉景勝が、秀吉から庄内の主権を認められていた

ことを知らなかった。完全に最上義光の中央政権との外交の失敗であった。

  景勝と兼続は、庄内領土侵攻の内諾を暗黙のうちに秀吉より受けていたの

だ。この裏に石田三成が直江山城守のために動いていたのだ。


  この年に上杉家ゆかりの、一人の武将が切腹する羽目となる。その人物は

もと越中国主の佐々成政である。彼は越中で秀吉に降伏し、一時は大阪城にい

たが、その後、九州肥後一国の差配を命じられた。だが国人一揆の責任を問

われ尼崎で自害させられた。肥後一揆の原因は、秀吉の指示をうけた成政の

政策にあった。秀吉は肥後の不穏勢力の一掃を命じ、一揆の原因を成政の

悪政と決めつけ、その責任を佐々成政一人に押しつけたのだ。

  これは織田家の旧臣を根絶やしとする、秀吉の謀略であった。

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Last updated  Feb 7, 2007 08:19:32 PM
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Feb 6, 2007
カテゴリ:小説 上杉景勝
  古くからの町並みがつづき、人々の活気のみちた声と工事の喧騒の音が

響いている。 「天下は定まったか」 それが実感される光景である。

  堂々とした美丈夫の兼続の姿を行き交う人々が、好奇の眼差しでみつめる。

  ゆったりとした物腰、智謀をひめた双眸の輝きが人々を魅了するのだ。

  町外れの真新しい屋敷に兼続の長身が消えた。この屋敷は大納言四辻公遠

の別宅である、屋敷の費用は兼続がひそかに工面したものであった。

  兼続は一人座敷に座し、腕組みをして庭を見つめている。サイカチの新緑の

葉影から、春の日差しが射るように差し込んでいる。

「お待たせいたしました」  廊下を伝い品のよい老女が現れた。

「上杉の直江山城守にござる」

「わたくしが、お姫さまの乳母にございまする」

「かねてより無理なお願いを申して参ったが、お聞きとどけ頂けましたかな?」

  兼続が尋ねた。  「ようやく納得下されました」

「それは重畳」 「それにつけても不犯を通されるとは珍しいことにございますな」

「余りにも故謙信公が偉大な存在にござった、それ故に平素からすべてを真似ら

れた結果にござる」

「一言申し述べます。万一、お手がつかずばいかが思(おぼ)し召します?」

「この山城、腹を掻き切ってお詫びいたす」

  兼続の言葉に老女が微笑んだ。  「主にそのようにお伝いいたします」

彼女はそっと床の間に近寄り、垂れ下がった紐を引いた。微かに奥に鈴の音が

響き、廊下越しより足音が聞こえた。

「藤子にございます」 可憐な声がした。  「お入りなされませ」

  老女に促され前髪姿の小柄な若侍が姿をみせた、思わず兼続が息を飲みこ

んだ。色白で頬の豊かさが目をひく、つぶらな瞳と形のよい唇。どれをとっても

造形の妙を感じさせる乙女であった。

「直江山城守兼続にございます。お覚悟のほど出来ましてございますか」

「上杉家の血統を絶やさぬためとお聞きいたしました。それでこのような姿とな

りました」  「これで我家は磐石となりました」

  直江山城守の白皙の顔が珍しく朱色に染まった。

  夕刻となり小雨が降りだし、兼続は笠をかむった藤子を伴って宿舎にもどっ

た。すでに景勝は大杯をあおっていた。

「ただ今、戻りました」   「わしの相手をいたせ」

「喜んでご相伴つかまつります」  兼続が景勝の前に腰をすえ盃を手にした。  

  景勝は関白との会見が無事に済んだ気安さで大いに飲んでいる。

「お屋形さま、帰国いたしましたら早速、本庄繁長に命じ庄内に軍勢を進めます

が、宜しいな」  「大宝寺城の武藤義興(よしきよ)は大事ないか?」

「武藤義興は最上義光に所領を奪われ、旧領回復のために我家に救援を依頼

して参った。その点は大丈夫にござる」

「そうじゃな。そのためにわしが本庄繁長の次男、義勝を武藤の養子として送っ

たのじゃ」  景勝が納得顔でつぶやいた。

「拙者は石田三成殿に、奥羽惣無事令の使者を出羽に派遣いたすよう頼んで参

りました。我が軍勢が庄内に出兵すれば、最上義光はこれを好餌(こうじ)として

戦闘停止(ちょうじ)を訴え出る筈にござる」

「成程、庄内が我家の飛地となった事は義光は知らぬ。兼続、やったの」

  景勝の顔に満足の色が広がった。

「御意に、我が領地を取りもどすことは公戦にあらずして私戦にござる。これは

奥羽惣無事令に反することではござらぬ」

「最上義光め、己の外交の失敗を認めることになるか」

  景勝が、ぐいと大杯を飲み干した。

「ところでお屋形さま、美童をみつけ宿舎に連れまいっております。余り飲まれぬ

ようにな」  兼続が若侍のことを告げ、深酒を注意している。

「閨を共にいたせと申すか?」

「家臣が主人に、美童を薦めるは憚りおおいことにござる」

  大いに飲んだ景勝は、美童を喜んで寝所に呼びいれた。行灯の明りに照らさ

れた若者は躯を堅くしている、景勝はその美貌に魅せられた。

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Last updated  Feb 6, 2007 09:41:43 AM
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