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長編時代小説コーナ

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武田信玄上洛の道。

May 30, 2015
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「信玄の戦略」(最終章)

(巨星、墜つ)


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 信玄は先遣隊の用意した本営に入り、すぐに臥所で横になった。

 信玄は綿のように疲れきっていた。

 武田勢は徳川勢の来襲に備え、警備を強化し夜を迎えていた。

 伊那街道への備えには、甘利昌忠が騎馬武者で警護にあたっている。

 そんな時、関東の要石、西上野の箕輪城主内藤修理亮昌豊が姿を見せた。

 彼は信玄の上洛の陣に加わらず、関東の守りを命じられていた。

「これは内藤修理亮さま、何処に参られますぞ」

「御屋形のご容態が悪いと聞き、駆けつけるところじゃ」

 内藤修理亮の言葉に甘利が畏まった。

「御屋形のご体調が悪いとは真か?」

「真にございます。御屋形さまが息災の内に、帰還して頂こうと思い、

この田口で宿営しております」

「判った。わしは先駆けするが、配下を頼む」

 武田家四天王の一人、内藤修理亮は懸命に馬を駆けさせた。

「御屋形さま、お休みにございますか?」  

 今井信昌が臥所に低く問いかけた。

「眠ってはおらぬ」  

「西上野より内藤修理亮さま、駆けつけて参られました」

「なんと内藤修理亮昌豊が?」  

 部屋の外で微かな咳払いがし、静かに三人の宿老が姿を現した。 

 内藤修理亮が主人の変貌ぶりに声を失った。  

「西上野より、馳せ参じてくれたか?」

 信玄と昌豊の眸子が確りと交わった。

 馬場美濃守と高坂弾正の二人も、信玄の枕頭に座った。

「御屋形、甲斐は直ぐにござる。お気を強くお持ち下され」

「死ぬる前に、そなたに会えるとは思はなんだ」  

 信玄の声がかすれて聞こえる。

「そのようなお気の弱い事を申されますな」

「丁度よい機会じゃ、山県が居らぬが、そちたちに相談がある」

 信昌が部屋の不審な者が近づかぬように、無言で辞して行った。

「昌豊、余は数日で死する」  

 信玄が明確な口調で断言した。

「死んだのちの天下なんぞは興味がない、武田家の天下取りは終りといたせ、

勝頼では甲斐一国でも難しい」

「そのような事はございませぬ」  

 馬場美濃守が静かに反論した。

「子の器量を見るは親の眼が一番じゃ。残念じゃが勝頼は、家康にも劣る」

「・・・」  

「余が死んだら、越後の謙信と和睦いたせ。奴は稀有の武将じゃ。良いの」

「畏まりました」  

 三名の宿老が黙然と平伏した。

「余の死は三年間秘匿いたせ。それまでに知れてしまうが構わぬ。余の存在が

不明なだけ敵は用心いたす。三年後に余の亡骸を恵林寺に葬ってくれえ」

 信玄の呼吸が荒くなってきた。

「美濃、弾正、修理亮、勝頼がこと頼むぞ」  

 信玄が三人の名を区切るように呼び、四郎勝頼の将来を託した。  

「畏まってございまする」

「昌豊、余はそちの顔をみて安堵いたした」

「御屋形、今宵はお静かにお休み下され」 

 内藤修理亮が頭を垂れた。

 翌日、武田勢は田口を発ち、信州飯田の南西にある、駒場(こまんば)に

宿営した。ここは天竜川を臨む伊那盆地の一角で、三州路と美濃路の分岐点

にあたる山村である。

 信玄の容態は悪化の兆しをみせ、一日中昏睡状態となっている。

「馬場殿、二万の大軍を留める必要はありません。半数は帰国させましょう」 

 高坂弾正の意見で、軍勢の半数が勇んで甲斐に帰路についた。

 残った将兵は信玄の宿営地を固めるように、山村の各所に駐屯している。

 四月十一日の巳の刻(午前十時)頃、信玄は昏睡から目覚めた。

 山野には桜が満開に咲いている。

 信玄の枕頭には勝頼を筆頭に御親類衆の武田逍遥軒、武田信豊が顔を揃え、

武田四天王の馬場美濃守信春、高坂弾正昌信、 内藤修理亮昌豊、山県三郎兵衛

昌景等が顔を揃えていた。

「皆うち揃っておるの、余は夢をみていた。京に武田の御旗が翻る夢じゃ」  

 信玄の顔色に赤みがさしている。

「勝頼、余を起こせ」  

「ご無理は禁物です」  

 信玄は勝頼に手を借り脇息に寄りかかり、一座に視線を廻した。

「直ぐに別れが参ろう、名残り惜しいが仕方があるまい。命ある者は死す。

皆々、勝頼の行く末を頼むぞ」  

「承りましてございます」  

 全員が落涙して平伏した。

「勝頼、余が死んだら三年間、喪を秘すのじゃ」  

「何故、父上の喪を隠しまする?」

「勝頼、余は天下に恐れられた武将じゃ。余の死が洩れたら叛く者も現れよう。

それを恐れるためじゃ」  

 信玄が諭すように話しかけた。

 今の信玄は、一人の父親として語っているのだ。

「父上、それがしは叛く者も恐れませぬ。天下を望む事も諦めませぬ」

 勝頼が顔面を朱色に染め叫んだ。

「信廉や宿老達に申し渡す。余の遺言に違背はならぬ」

 信玄の声が凛として響き、勝頼が不満そうな顔付をしている。

「美濃、弾正、修理亮、三郎兵衛」  

 信玄が宿老の一人一人に声をかけ、

「これが余の遺言じゃ」  

 死に行く者とは思われない眼光をみせ断じた。

「ご違背は決していたしませぬ」  

 馬場美濃守が代表し約束した。この一言から彼等の悲劇が起こるのであった。

「これで、思い残すことはない」  

 信玄の顔色が鉛色に変わり、冷汗が首筋を伝っている。

 馬場美濃守が信玄を褥にそっと寝かした。

 御屋形の死で武田は終りかも知れぬ、そんな思いが脳裡を過ぎった。

 天正元年四月十二日、駒場を囲む山並は眩しい新緑につつまれ、山桜が

満開となっている。

 信玄の容態は誰の目からみても悪化している。

 宿老は信玄の枕頭を離れず、荒々しい呼吸を続ける主を見守っている。

 独り勝頼だけが、違った思いで父の容態を眺めているようだ。

 天下に恐れられた信玄も、死すればただの男。瀕死の父と争った日を

想いだしているようだ。

 旗本の今井信昌が懸命に、信玄の額の汗を拭っている。

「夢じゃー」  

 信玄が突然、大声を挙げた。

「御屋形」  

 馬場美濃守が覗き込むように声をかけ、一座の全員が信玄を見つめた。

「源四郎、京の瀬田に我が旗を立てよ」

源四郎とは山県三郎兵衛の幼名であり、彼はじっと次ぎの言葉を待ったが、

再び信玄は声を発する事はなかった。

 医師の監物が脈を探り、

「ご臨終にございまする」

 と、悲痛な声をあげた。

 こうして武田信玄は、波乱にとんだ五十三才の生涯を閉じた。

 夜の帳が落ち、駒場の本陣から荼毘の炎が燃え盛っている。

 荼毘の炎の見える小高い丘に、老武士が草叢に座り落涙している。

 老武士が笠を脱いだ、隻眼で老醜の顔が闇に浮かびあがった。

 それは年老いた山本勘助の姿であった。

「御屋形さま、無念に存じます」

勘助には言うべき言葉がなかった。

 ひと際、炎が高くたち昇った。勘助が肩を揺すって闇に姿を没した。

 信虎は信玄の上洛の軍旅を知るとお弓を伴い、信濃の伊那郡に移り住み、

信玄の死去を知り落胆の日々を過ごし、翌年の二月三日にその地で没した。

享年、八十一才であった。

 信玄の葬儀は遺言どおり三年後の天正四年四月十六日、恵林寺で行われた。

 そこに出席した武将は高坂弾正のみで、あとの馬場美濃守、内藤修理亮、

山県三郎兵衛の姿はなかった。

 彼等、三名は長篠の合戦で勝頼の無謀な戦術で鬼籍に入っていたのだ。

 この六年後に武田勝頼と武田一族は信長に破れ、甲斐の田野まで逃れそこで

自害し、武田一族は滅亡した。

 この原因は小山田信茂の裏切りにあったのだ。       (了)

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Last updated  May 30, 2015 02:27:18 PM
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May 25, 2015
「信玄の戦略」(114章)

(信玄、死を悟る)


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 武田忍びの頭領、河野晋作も信玄から直に聞かされ承知していた。

 その為に塗輿を担ぐ人足は、すべて忍びの者に変わっていた。

 信玄は戦塵のなかで病と闘うよりも、暖かい布団でゆっくりと療養したい、

そうした願いでこの鳳来寺に来たのだ。

 信玄は鳳来寺の客殿で体調の戻るのを待っている。

 ようやく容態も安定し、顔色に血色が戻ってきた。

「余は病魔をねじ伏せた」  

 それがつかの間の事とは分かっているが嬉しかった。

 季節は三月を迎え、野鳥のさえずりが心地よく聞こ始めた。

 天下の耳目は信玄の動向を注目している。昨年は遠江の三方ケ原で、

徳川、織田の連合軍を完膚なく破り三河に進出し、徳川家の重要拠点、

野田城を攻略し、ぴたりと動きを止めている。

 信玄の次の標的は何処か、色んな憶測が飛び交っているが、武田勢は

鳳来寺に滞陣し動く気配をみせない。

 こうした状況下の京で二月十三日に将軍義昭が、信長打倒の兵を挙げた。

 この背景には信長包囲網の完成にあった。

 信長の本拠尾張、美濃は西に石山本願寺、三好三人衆、六角承禎(じょてい)、

浅井長政。南は長島一向門徒、北には朝倉義景、加賀一向門徒、東には天下

最強の武田軍団が迫っていた。

 義昭は浅井家、朝倉家に決起の御内書を発し、本願寺にも近江で蜂起する

よう要請し、受けて、顕如は近江の慈敬寺に門徒衆の決起を命じた。

 義昭は御所の強化の為に濠普請を行い、近江石山と今堅田に砦を築いた。

 義昭の戦略は、信玄の発病で絵に書いた餅となっているが、彼は知らず、

ひたすら信玄の上洛を待ち望んでいた。

 信長は義昭を牽制し、岐阜で信玄の進攻を戦慄する思いで待ち受けている。

 彼の膝元の東濃では武田勢に明知城を攻略され、彼等の動きは烈しさを増し、

虎視眈々と岐阜城を窺がっている。

 これが信長の置かれた情況であり、桶狭間につぐ最大の危機を迎えていた。

 だが信玄は三河で動きを止め動く気配を見せない、それが不気味であった。

 信玄の臥所に馬場美濃守と高坂弾正の二人が、忍びやかに訪れて来た。

「両人、来てくれたか」  

「御屋形、今朝は血色も宜しいようで」

「心配をかけさせたの、信昌、余は起こせ」

 信玄が起き上がり、脇息に身をあずけた。傍らには今井信昌が控えている。

「御屋形、お聞き苦しいとは存じますが、ひとまず甲斐にお戻り下され」  

 馬場美濃守が強張った顔付で声を励まし、忠告をした。

 病み衰えた信玄の眼光が鋭くなり、馬場美濃守を見据えていたが、

「今になって引き返しては、何のために討ってでたのか意味を成さなくなる」

 信玄の声に力が漲っている。

「承知で申しあげておりまする」  

「弾正、そちも同じ考えか?」

「御屋形あっての上洛にございます。甲斐に戻り、お躰を治す事が先決かと」

「弾正、それに美濃もよく聞くのじゃ。余の命はそう長くは保たぬ」

 瞬間、部屋が凍り付き、三名が信玄を仰ぎ見た。

「余は五年も一人で病魔と闘ってきた。余が死ねば上洛の意味はない」 

 信玄の普段と変わらぬ声に、馬場美濃守と高坂弾正が声なく俯いた。

「余の薬湯を」

 今井信昌が囲炉裏に掛けられた土瓶から、湯呑みに移し手渡した。

「これは余が調合したものじゃ。すでに五年間も飲み続けておる」

 信玄が湯呑みを掌に包み苦そうに、音をたてて啜った。

「未練にみえるか?余は一日でも生き永らえ上洛を果たしたい。快癒せぬ事

を承知で飲んでおる、妄執、・・・未練かの」

 信玄の顔に自虐の色が浮かび、すぐに平常にもどった。

「今の徳川家を見よ、もはや我等の敵ではない。我等は信長を討つ」

 信玄が毅然たる声で命じた。

「御屋形の決意、しかと心に刻みつけました」

「二日後に軍勢を発する」   

 二人が平伏し拝命した。

「信昌、少々疲れた」  

 信玄は褥に臥せ、手で二人に去るように合図し瞼を閉じた。

 その夜、信玄は再び喀血し高熱にうなされるのであった。

 鳳来寺の一室で勝頼を上座として、御親類衆と重臣達が全て集っていた。

「勝頼さま、御屋形の病は益々悪化いたしております。ここは軍をお引き下され」  

 重臣を代表し、馬場美濃守が進言した。

「馬場美濃守、そのように容態が悪化しておるのか?」

 信玄の弟の武田逍遥軒信廉が、非難するように訊ねた。

「最早、ご本復は無理かと」  

「父上のご容態は、そのように悪いのか?」

 勝頼が重苦しい顔つきで訊ねた。

「鳳来寺に滞陣いたし、既に一ヶ月を経過いたしました。御屋形が少しでも

お元気なうちに、甲斐にお連れいたしましょう」

 高坂弾正が沈痛な声で勝頼に訴えた。

「なれど、父上は二日後に出陣をお命じなされた」

「御屋形はその夜に再び喀血され、意識がございませぬ。なんとしても甲斐を

一目、お見せしたいものに御座います」

 馬場美濃守と重臣達が、勝頼と御親類衆に頭を下げた。

 だが信玄は再度起き上がった、倒れてから五日後の事であった。枕頭に

勝頼と逍遥軒、さらに馬場美濃守、高坂弾正の四人が凝然と控えていた。

「勝頼、余の命はあとわずかじゃ」  

「父上っー」

「狼狽えるな。余は甲斐に帰国いたす、すぐに用意をいたせ」

 信玄は自分の死期を予感しているようだ。

「信昌、例の箱をこれに」  

 信玄の命で今井信昌が、漆細工の小箱を勝頼の膝前に置いた。

「勝頼、開けて中を見よ」    

 勝頼が箱の蓋を外し顔色を変えた。

 部屋の者達の眼も釘付けとなった。箱には百枚ほどの白紙が治められ、

白紙の左下に、信玄の直筆の署名と花押が記されている。

「これは、余が数年前より用意しておいたものじゃ」  

「父上っー」

 勝頼の悲鳴を聞き信玄が、

「余は死ぬるが、これがある限り余は生きておる」

信玄の直筆の署名があるかぎり、信玄存命の証しとなる。  

「美濃、弾正、この書簡の意味は判るの?」

 二人は信玄の覚悟の凄さを改めて知らされたのだ。

「余を一人にいたせ」  

 一座の足音が途絶えるまで天を仰いでいたが、それが消えると瞼を閉じた。  

「無念じゃ」  

 血を吐くように呟いた。

 もう一歩で上洛が果たせたのに、岐阜を目前とし帰国せねばならぬとは。

 武将としての恥辱をひしひしと感じていた。

「父上、お赦し下され」  

 信虎の面影に向かい、詫びの言葉を呟き、目尻から一筋の涙が伝え落ちた。

 三月末、突然に武田軍団が鳳来寺を発った。先頭には武田家累代の家宝で

ある諏訪法性と孫子の御旗が靡き、本陣には騎馬に跨り、唐牛の白毛の飾りの

ついた諏訪法性の兜を深々と被り、伝来の大鎧の上から朱の法衣を纏った信玄

が、見事な手綱捌きを見せ進んでいる。

 これは影武者で信玄の弟の武田逍遥軒信廉が、務めていた。

 軍勢から少し距離をおき塗輿が続いていた。見る者がみたら異様に映る光景

である。

 警護の武者が密集隊形で塗輿を取り囲んでいる。

 いずれも凄腕の家臣である、更に武田の忍び集団が周囲を警戒している。

 輿では信玄が憔悴した顔をしているが、眼光を炯々と輝かせ揺られていた。

 すでに全国制覇は諦めたが、甲斐を見るまでは死なぬ、と心に決めていた。

 武田勢は緩やかな速度で粛々と、伊那街道を北上して行く。

 何も知らない足軽は国に帰れる喜びを隠そうともせず、眼を輝かせている。

 その日は鳳来寺、北方八里に位置する田口の地に宿営した。

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Last updated  May 27, 2015 05:28:01 PM
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May 19, 2015
「信玄の戦略」(113章)

(三河、野田城攻略)


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 三方ケ原合戦の大勝利は、瞬く間に諸国に広まり、石山本願寺の顕如は、

信玄と勝頼に太刀や虎の皮を贈呈し勝利を祝った。

 更に顕如は遠江、三河、尾張、美濃の一向門徒衆に檄を発し、岐阜の近郊に

要害を築かせ、信長勢の支配地に騒乱を起こさせ、信長に脅しを掛けたのだ。

 さしもの信長も窮地に陥り、近江の軍勢を撤退させる必要に迫られた。

 十二月三日、織田勢は突然、軍勢を返し本国に撤退した。

 その時の越前の朝倉義景の態度が、反織田勢として不手際であった。

 戦略的に見るなら、信長が撤退を行った時を見逃さず、小谷城の浅井長政と

共闘し、織田勢に追い撃ちをかける。

 これが兵法の常道であるのに義景はそれをせず、織田勢の撤兵を見送った。

 更に信玄の忠告を無視し、大嶽(おおずく)から軍勢を越前へと引いたのだ。

 その報告に接した信玄の失望は大きかった。

 信玄が義景に大嶽滞陣を進めた訳は、織田勢が撤退する時の反撃を想定した

為であった。凡庸な朝倉義景は信玄の真意を理解出来なかったのだ。

 信玄は将軍義昭に再度、朝倉義景に出兵を促すよう書状を送ったが、義景は

出陣が出来る事が叶わなかった。

 ただ時期が悪かった、この季節の越前は豪雪に見舞われていたのだ。

 折角、信玄が腐心した信長包囲網は、こうして脆くも崩れたのだ。

          (妄執の果て)

 この頃、信玄は刑部の陣営で人知れずに病魔と闘っていたのだ。

 武田の将兵も知らず、勝頼さえも知らない秘事であった。

 織田信長も徳川家康も、動かぬ武田軍団を注視していた。

 徳川勢は浜松城に籠城し、家康に従属していた豪族等は武田に降り、

単独で攻めかかる戦力を失っていた。

 信玄は本陣で愛用の土瓶をかき混ぜ、自分の余命を考え続けている。

 恐らく京までは保たない、これが信玄の偽らぬ本心であった。

 この刑部でも、何度となく喀血していた。

 その度に全身から力が失せた、だが最近は徐々に力が漲ってきた。

 病魔が小康状態となったのか、回復に向かったのか信玄もつかめずにいる。

「人は死ぬ直前に一時的に元気を取り戻すと申すがな」  

 信玄が低く独り言を呟き、土瓶の薬湯を苦く啜っている。

 上洛は自分一人の願いではない、父の信虎の宿願でもある。

 越後勢と戦った川中島で討死を遂げたと偽った、山本勘助の願いでもある。

 無性に勘助に会いたかった。

「奴の事だ、どこぞで余を見守っておろう」  

 そんな思いがしていた。

 二俣城攻略の策は、信虎と勘助の謀略であった事は承知しているが、

あれ以来、一切、連絡が途絶えていた。

 信玄が湯呑みを口にはこび、薬湯を飲み干し苦い笑いを頬に刻んだ。

 快癒する見込みのないことを承知で、このように薬湯を飲んでいる

自身への、自虐の笑いであった。

 部屋は蒸すように暑い、信玄の肺は外気を受けつけぬほど弱っていたのだ。

 早う、春になるのじゃ、余は春を待って美濃に進撃いたす。あの悪逆非道な

織田信長を打ち倒し、京の瀬田に武田家二流の御旗を立てる。

 戦国大名として武田信玄は、最後の夢を自分の余命に託していたのだ。

「明朝を期して野田城攻略の軍勢を発する」

 信玄の下知が下った日は、一月二十二日のことである。

 待ちに待った進軍の下知で全軍から、歓声が沸き起こった。

 野田城は長篠城の西南に位置し、刑部より六里ほど西に向かった地点にある。

 城は豊川右岸の突端にあり、柔ケ淵の絶壁を防壁とし堅固で聞こえていた。

 城主は菅沼定盈(さだみつ)である。

 彼は初めは今川家に属していたが、永禄四年より徳川家康に仕えてきた。

 翌日の二十三日は、風もない快晴の日和となった。信玄は愛馬に白鹿毛に

跨り、軍団の中陣で馬を駆っている。

 快晴にも係らず綿入れの頭巾を被り、眼だけを出し熊の羽織りを纏っている。

 一時も早く片づけたい。これが信玄の願いで山県昌景の赤備えと勝頼の率いる、

騎馬武者が先鋒隊として先駆けしていた。

 二万八千の大軍が刑部を出発し、豊川の河原に集結を終えたのは正午であった。

 蟻一匹、逃さぬ堅固な陣形で野田城を包囲した。

 菅沼定盈は眼下に展開する、武田軍団の威容を眺め全滅を覚悟した。

 城から見下ろせる南の日当たりの良い場所に、人夫たちが手際よく本営らしき

建物を組み立てている。  

「あれが武田勢の本陣か?」

「強襲したいが、届くまでに全滅じゃな」 

 それほど見事で巧緻な陣形を持った武田勢であった。

「籠城じゃ」  

 幸いにも兵糧は十分にある、二俣城と違い井戸水も豊富にある。

 武田勢の攻め口は、城門の急峻な小道が一筋のみ、一年でも保てる。

 その内に、徳川勢か織田勢の援軍も駆けつて来るであろう。

 城主の菅沼定盈は覚悟を決め込んだ。

 こうして対陣が始まったが、武田勢は包囲したたげで攻撃を仕掛けてこない。

 家康は織田信長に救援の使者を何度も遣わし、隙をみては出兵するが、

堅固な武田勢の防衛線に阻まれ、虚しく浜松城にもどるのみであった。

そんな時、東美濃の秋山伯耆守信友より朗報が届いた。岩村城に続き、

明智城をも攻略したとの知らせであった。

信長の足元の東美濃に火が点いたのだ。

「信友、やるわ」  

信玄は上機嫌でその朗報に接した。

野田城を包囲し半月が過ぎ、籠城する菅沼勢が仰天する出来事が起こった。

五十名ほどの人夫が、城の崖下を掘りはじめたのだ。

「何事じゃ」  

「崖を崩す算段とみた」 

「馬鹿な、穴を掘って崖を崩す気か」

 城内の将兵が笑いを堪えていたが、 人夫達の真意を悟り真っ青となった。

 信玄は甲斐から、金掘り人夫を呼び寄せ崖の下を掘りすすめ、野田城の水脈

を断ち切る戦術にでたのだ。これには城主の菅沼定盈も仰天した。

 二月五日、とうとう水脈が切れた。籠城の将兵は絶望感にうちひしがれた。

 菅沼定盈は城内の甕(かめ)等に、水を貯え十日ほど籠城を続けたが、水の

渇望により、二月十五日に城を開き武田の軍門に降った。

 またしても徳川の最重要拠点の野田城も、二俣城同様に水の手を断たれ落城

したのだ。

 野田城が墜ち、徳川勢は三河での合戦が不可能となり、武田勢は磐石と成った。

 信玄は野田城を山県三郎兵衛に守らせ、自ら軍団を率い野田城の東に位置する、

鳳来寺に軍を進めた。

「御屋形さまは何処に向われるのじゃ」

 将兵達は次の目標を岡崎城と思っていたので、全員が不審そうにしている。

 鳳来寺は由緒ある山寺で、鳳来寺山の山頂付近に建てられ真言宗の寺院である。

 本尊は開山の利修上人の作で、薬師如来が祀られてある。
 
 寺の本堂に至るには千数百段の石段を登らねばならない、途中の参道は鬱蒼と

した霊木の杉林に覆われ、大木は緑に苔むし尊厳な雰囲気が漂っている。

 武田軍団は山裾や峰々の林のなかに宿舎を建て滞陣した。

「御屋形さまに何が起こったのじゃ」  

 全将兵が不審を感じていた。  

「いや、戦勝祈願と聞いておるぞ」  

 それぞれが密やかに語り合っている。

 信玄は野田城攻略後、ほとんど誰にも姿を見せることがなかった。

 寒気で風邪をこじらせ、労咳がいっそう悪化していたが強靭な気力で保って

いたのだ。 

「余は死なぬ」 

 何度となく信玄は気力を奮い立たせていた。

 馬場美濃守と高坂弾正、警護頭の今井信昌の三名は信玄の病を知っていた。

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Last updated  May 20, 2015 05:45:25 PM
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May 14, 2015
「信玄の戦略」(112章)

(三河、野田城攻め)


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 大久保忠世の槍の柄で尻を突かれた馬が、狂ったように駆けている。

 その鞍上で家康は、恐怖で身を強張らせている。

 人間とはこうした生き物かも知れない、一度、恐怖に陥ると正常な精神

に戻れないようだ。

 後方から戦場のどよめきが追いかけるように聞こえてくる。

 家康はその場から逃れようと必死で馬の首にしがみついている。

「徳川家康殿、馬を返されよ。見参」 

 地鳴りと馬蹄の音で家康が振り向いた。後方から赤備えの一団が黒雲の

如く追撃し、大兵の武者が大身槍を旋回させ、大音声を挙げて迫って来る。

「奴が武田家の猛将、山県三郎兵衛昌景じゃな」

 家康は瞬時に察したが、恐怖が先に身内を駆け抜けた。

 家康の周囲を十数騎の警護の旗本が駆けていたが、その声に引き寄せられ、

数名が馬首を返し猛然と穂先を合わせたが、瞬時に血煙と苦悶の声を漏らし、

突き伏せられ、路上に転がり落ちた。

 まるで赤子の手を捻るような手並みを見せられた。

「馬を返されよ」  

 山県昌景が、羅刹のような野太い声を挙げ、家康の許へと接近して来る。

「殿っ、早くお城にお戻り下され」  

 幸運にも前方から出迎えの騎馬武者が現れ、怒涛の勢いで赤備えの一団に、

衝き掛かったが、手もなく馬上から突き落とされた。

 家康は馬の平首に顔を伏せ、懸命に逃げ惑った。

 漸く彼の目前に浜松城の大手門が見えてきた。

「助かった」  

 心中で叫び声をあげ、必死の思いで城門に駆けこんだ。

「殿っ、ご無事にございましたか?」  

 守備兵が群って出迎えた。

「無念じゃ」  

 家康は馬から転がり落ち、大きく息を吐いた。

「殿っ-」  

 騎馬武者が一騎、血槍を抱え駆け戻ってきた。見ると大久保忠世の弟の

大久保忠佐である、彼も全身血塗れで蘇芳色に染まっている。

 大久保忠佐は豪胆にも、武田の赤備えに交って城まで戻って来たのだ。

「篝火を増やせ。城門は閉じるな」

 家康はあとから逃げ帰る家臣を思い、慌しく命じ奥に引き上げた。

 こうして居城に戻り、人心地がついた。同時に彼本来の姿に戻った。

 続々と敗残の将兵が逃げ戻ってくる、その中に酒井忠次が加わっていた。

「武田の赤備えが襲ってこようが、決して城に入れてはならぬ、大太鼓を

打ち鳴らすのじゃ。その方等は城門の翳に身を潜めておれ」

 酒井忠次が下知し、大久保忠佐と左右の闇に身を隠した。

 浜松城の大手門は、大きく開けはなたれ篝火が夜空を焦がしている。

 怒涛の勢いで浜松城に迫った山県昌景が、手綱を引き絞って騎馬を止めた。
 
 彼の眼前に赤々と燃えた篝火に照らされた城門が見えるが、一兵の守備兵も

見当たらない。ただ、大太鼓の音が規則正しく不気味に響いてくるだけである。

 流石に猛者で鳴らした赤備えも急迫のために、武者の集まりが間に合わない。

(迂闊には城内に突入はできぬ、敵になにか策がありそうじや)

 数々の合戦を経験した、歴戦の山県三郎兵衛が剽悍の眼差しで城内の異様な、

雰囲気に気付いている。

「ここでの無理押しは成らぬ」

 山県昌景は無念の思い抱き軍勢を引いた。

 これが歌舞伎で有名となる、「酒井の太鼓」であるが、武田勢が軍勢を返し、

家康の首級を取らなかった事が謎である。

 これには信玄にとり、のっびきならぬ要因があったのだ。

 信玄は城攻めに時を掛ける事に、疑問を持っていたのだ。

 それは彼の体調の所為である。

 こうして家康は辛うじて助かり、湯漬けをかき込んで大鼾をかいて不貞寝を

決め込んだ。

 こうなったら為るようにしか為らぬ。その間に続々と敗残の将兵が引きあげ、

全員を収容して城門が閉じられた。

 こうして三方ケ原合戦は終息した。徳川勢戦死千三百余名、一方の武田勢は

三百余名の損害を出したが、一方的な武田方の大勝利であった。

 勝利を確信した信玄は、三方ケ原台地で陣形を整え宿営を命じた。

 浜名湖より吹きつける寒風が、容赦なく武田の宿営地を襲い、幔幕が風に

煽られている。

 信玄は篝火を増やし、躯を暖めながら思案している。

 このまま浜松城を包囲し落城に追い込むか、軍勢を西に向け三河の野田城を

落し、岡崎城に攻め寄せるか。

 野田城は三河湾に注ぐ豊川の近くにある要衝で北には長篠城が控えている。

 その野田城を落せば、尾張と三河の国境近くの岡崎城は簡単に落とせる。

 それは織田領と三河領の国境を確保し、家康を遠江に孤立させる策であった。

 信玄の額に冷たい汗が滲んできた、顕かに体調に変化が起きているのだ。

 呼吸をする度にぜいぜいと異様な音がする。

「敵襲じゃ」  

 突然、先陣から将兵のどよめきが起こった。

「何事か?」  

「敵の夜襲かと思われます」

 旗本の今井信昌が、落ち着いた口調で答えた。

 馬場美濃守と高坂弾正の両将が、草摺りの音を響かせ本陣に現れた。

「御屋形、徳川勢もなかなか遣りますな」  

「夜襲と聞いた」

「左様ですが、既に追い散らし申した」  

 馬場美濃守が騒ぎの報告を述べた。

「誰じゃ、夜襲の大将は?」  

「大久保党の当主、大久保忠世との知らせにございます」

 かわって高坂弾正が答えた。  

「家康め、若いに侮れぬな」

「報せでは家康は逃げ戻り、湯漬けを喰らい大鼾で寝込んでおるそうです」

 馬場美濃守の言葉に、瞬間、信玄が暗い眼差しをした。

 信玄は我が子、四朗勝頼と家康を脳裡で比較したのだ。

 家康は二十九歳、勝頼は二十六歳の筈である。

 同年代の武将であるが、武将としての器量は家康が数段に勝っている。

 それが虚しく思えたのだ。

 籠城もせずに果敢に出戦した覚悟も見事であり、敗北した夜に夜襲を

掛けるとは到底、勝頼には真似が出来まい。

 そう思うと自身の病魔が忌々しいのだ。

 だが夜襲の件は、大久保忠世が独断で実施した事であった。

(合戦に敗れ、おめおめと手をこまねいては居れぬ)

 三河武士の誇りを見せてやる、これが大久保忠世を駆り立てたのだ。

 武田勢も家康もそれを知らずにいたのだ。

「御屋形、お顔の色が優れませぬな」  

 馬場美濃守が不安そうに訊ねた。

「両人、済まぬが甲冑を脱がしてはくれぬか。些か疲れた」

 二人が甲冑を脱がせ、寝衣装に着替えさせ眼を見つめあった。

 逞しい信玄の体躯から肉が削げ落ちている、信玄を臥所に寝かせ足音を

忍ばせ本陣を去った。  

「馬場殿、御屋形はご病気かも知れませぬな」

「高坂、今宵のことは二人だけの秘密じゃ」

 信玄股肱の宿老は不安を胸に秘め、引きあげた。

 翌日、信玄は軍団の引き上げを命じた。

 武田軍団は三方ケ原台地を西に向かい、刑部(おさかべ)の地に宿営した。

 ここで天正元年の正月を迎え、一月十九日まで滞陣を続けるのであった。

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Last updated  May 14, 2015 08:19:32 PM
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May 9, 2015
「信玄の戦略」(111章)

(三方ケ原の合戦 3)


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 家康が掌に汗を滲ませ武田勢の動静を注視している。

 馬蹄の音を響かせ物見の武者が駆け寄ってきた。

「申しあげます。敵はこの台地の北端に陣を構え押し寄せて参ります」

 絶叫するような声で武田勢の動きを報告した。

「祝田を背に陣を構えたと申すか?」  

 かの地の背後には深い崖がある。追い詰め逆落とすれば勝機はある。

 そこは犀ケ崖という地名で、家康の脳裡に一瞬勝利の望みが湧いた。

「各陣営に伝えよ。これより合戦に入る、鉄砲隊の射撃を合図に鶴翼の陣

で武田勢を押し詰めるのじゃ」

「鶴翼の陣形にございますか?」

 物見の武者が不審顔で訊ねた。

 鶴翼の陣とは大軍のみが取りえる陣形である。

 徳川勢の兵力は武田の三分の一に満たないのだ。

 小勢の軍勢が鶴翼の陣形で合戦に及ぶなどは聞いた例がなかったのだ。

「二度と云わせるな、鶴翼の陣形で臨むと各将に念を押すのじゃ」

 家康が口汚く再度、念を押した。

「畏まりました」

 物見の武者が後方の味方の陣を目差して駆け去った。

 家康にとり、この合戦は賭けであった。絹糸のように細い軍勢で以って

三倍の武田勢を包囲し、三方ケ原台地の後方に押し詰める。

 当然、武田勢は魚鱗の陣形で対応する筈である。

 まさに家康にとり、これ以上、心細い合戦を行うなど考えもしなかった。

 だが家康に残った戦術は、どう考えてもこの戦術しかないのだ。

 信玄は根洗いの松の本陣の前の、大木の翳に寒風を避けていた。

 彼は諏訪法性の甲冑と緋の法衣姿で、寒さよけに熊の羽織りを纏って床几

に腰を据えている。

 地鳴りような歓声と鬨の声が湧き揚がった、両軍の先鋒隊が接近したのだ。

 徳川勢の将達は家康の下知で絹糸のように軍勢を薄く配置し、鶴翼の陣形で

臨んでいた。小勢ゆえ、その戦術は悲壮極まる光景であった。

 一箇所でも陣形が破られるなら、この合戦の帰趨は完全な敗北である。

「敵勢に包囲網を破られては成らぬぞ」

 徳川勢の将達は配下に厳命していたが、彼等にもどこまで通用するのか

分からぬ状況であった。

 徳川勢、一千三百名の将兵を率いた石川数正と、三千名を擁する武田の

先鋒、小山田信茂の軍勢との激闘の幕があけた。

「鉄砲隊、前進せよ」

 石川数正が塁代の甲冑に纏い、鞍上から塩辛声で下知を発した。

 それを合図に石川勢の鉄砲足軽が火縄銃を構え膝を地面につけた。

 対する小山田信茂の采配が降られ、二~三百名の軍兵が姿を現した。

 全員が胴丸のみを着け、腰に小刀と小袋をぶら下げた異様な一団である。

「なんじゃ」

 石川勢の鉄砲隊が不審声を発した。

 その一団が俊敏に散開し、猛烈な勢いで石川勢の鉄砲隊に迫ってきた。

 彼等こそが郷人原衆と呼ばれる、投石隊の礫の名人達であった。

 投石隊の接近で石川勢の鉄砲の火蓋がきられた。

「ごうー」

 白煙と銃声の轟く中、郷人原衆は一斉に地面に躰を伏せた。

 銃弾が彼等の頭上を通過するや、一斉に立ち上がり手の礫を投石した。

「あっ」

「痛い」

 石川勢の鉄砲足軽が礫を顔面や肩に受け、悲鳴をあげて苦悶している。

 致命傷には成らぬが、その威力は侮れない。

 郷人原衆は小袋の石を投げ終り、一斉に後方に身を潜めた。

「掛かれや」

 小山田信茂が見逃さず、攻撃の命を発し、自ら先頭で石川勢に攻め寄った。

 二倍以上の兵力をもつ、小山田勢が押し気味に戦闘を続けている。

 長柄槍隊が突撃し、血刀を振り回す軍兵と軍馬が狂奔する。

 味方の不利を悟った右翼の酒井忠次と、左翼の本多平八郎と織田の三将の

勢が、小山田勢を押し囲むように猛烈な攻撃をはじめた。

 芋を洗うような混戦の中、小山田信茂勢のみで徳川勢と渡り合っている。

 他勢は、その合戦の様子を静まり返って見つめている。

 小山田勢は徐々ではあるが、巧妙に軍勢を後方に引下げている。

「敵は怯(ひる)んだ、押し返せ」  

 本多平八郎が愛用の槍を抱え、本多勢が猪突猛進した。

 信玄の本陣から、法螺貝が勁烈な音を響かせた。

 同時に静観していた馬場美濃守と高坂弾正の勢が、左右から徳川勢を押し

包むように合戦に参加した。

 流石に武田家の誇る歴戦の両将だけはある。

 一気に徳川勢を翻弄し、将兵が剽悍な勢いで本多勢を蹴散らしている。

「怯むな」  

 家康も自ら合戦に参加し、後詰の大久保、内藤、鳥居、榊原勢が三河勢の

意地をみせ馬場、高坂勢めがけ雄叫びをあげ殺到した。

 徳川、織田の連合軍は全てが合戦に参加したのだ。

 まさに阿鼻叫喚の呈をようし、両軍の将兵が死力をつくして戦っている。

 一旦、引いた小山田勢が息を吹き返し、再び攻めに転じた。

 徳川勢も果敢に信玄の本陣を目指しているが、三倍の大軍の壁に遮られ

苦戦に陥った。押しても引いても、まるで硬い壁のように跳ね返される。

 武田の三将は互いに連携を取り、大きく戦線を広げ徳川勢を包囲しはじめた。

 徳川勢は全軍が戦線に投入され、控えの兵力はないが、武田勢の半数以上は

控えに廻り、合戦の帰趨を見つめ動こうとはしない。

 本陣の信玄は百足衆の報告で全てを掌握している。

「鉄砲を放て」  

 傍らに控えていた鉄砲足軽の火縄銃が轟音を響かせた。

 馬場勢と高坂勢が一斉に軍を引き、小山田勢も戦線から離脱を図っている。

 徳川勢が不審に感じた時、天地が蠢動した。地面が揺れ動く馬蹄の音である。

 満を持していた武田勝頼と、甘利昌忠の率いる騎馬武者が、雄叫びをあげ、

左右から突風のような突撃を敢行した。

 それは最早、合戦ではなく殺戮場であった。血が飛沫、兵が転がり、軍馬が

斃れ、至る所から苦痛と悲鳴、嘶きが起こっている。

 そんな中、武田騎馬隊が縦横に駆けまわり、徳川勢を突き崩し追い廻している。

 家康は先陣で愛用の槍を捨て太刀で阿修羅のように奮戦していた。  

「殿っ、お引き下され」

 榊原康正と大久保忠世が駆けより、無理やり家康を鞍上に乗せた。

「まだ負けてはおらぬ」  

 家康が血塗れた太刀を振り廻し、猛禽のような眼で戦場を見廻している。

 周囲は最早、絶望的な情況となっていた。

 鶴翼の陣形はずたずた寸断されている。

「本多殿と石川殿等が兵を収容しております。一時も早く城にご帰還下され」

 榊原康正が襲い来る騎馬武者を大身槍で突き伏、叫んだ。  

「ご免」  

 何か言わんとした家康を無視し、大久保忠世が槍の柄で馬の尻を叩いた。

 馬が狂奔し戦場から駆けだした。

「織田の将、平手汎秀(ひろひで)討ち取ったり」

 戦場から勝ち名乗りがあがっている。

 この一戦で徳川、織田の連合軍は完膚なく破れさった。

「わっー」 

 突然、戦場の一角から喚声が沸き、武田の誇る最強の軍勢赤備えが、

家康の逃げ去った方向に向かい疾走をはじめた。

 先頭は山県三郎兵衛が、自慢の朱柄の大身槍を小脇としている。

 三方ケ原合戦は一刻(二時間)ほどで終った。厚雲の間から真っ赤な夕陽が

戦場を照らし出し、折れた槍や旗指物が散乱し、将兵の死骸や死にきれない

負傷者や、大刀や槍で傷ついた軍馬が無残な姿を晒している。

 家康は馬上で生まれてはじめて恐怖を知った。

 あたりは逃げ惑う兵が充満している。

 突然、兵等が恐怖の声をあげ街道から逃げ散った。

 馬蹄の音か迫ってくる、後方をふり向いた家康は声を飲み込んだ。

 武田家最強の赤備えの一隊が、追いすがってくる様が眼に入った。

 家康は不覚にも、鞍壺に脱糞した事も気付かなかったと言う。

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Last updated  May 9, 2015 03:24:13 PM
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May 5, 2015
「信玄の戦略」(110章)

(三方ケ原の合戦 2)


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この三方ヶ原は浜松城の北西に広がる東西二里半、南北約四里の平原である。

 そこは農民達の入会地として使われている原野であった。

 そうした地形の為に大軍を展開するには絶好の場所であった。
 
 その頃、徳川勢一万余は浜松城を出陣し、武田勢の追撃に移っていた。

 家康は浜松城を無視され、武将の誇りを傷つけられ信玄の策略に思いを

よせる、心の余裕を失っていた。

 徳川勢出陣する。その報告が信玄の許に届いていた。  

「矢張り家康、出て参ったか」

 信玄の頬に血色がもどってきた、戦国武将としての血潮が滾るのだ。

 信玄は蕭然(しょうぜん)とした物寂しい冬の原野を進み、祝田の坂の手前、

根洗(ねあらい)の松と云われる場所で軍勢を止め、魚鱗の陣形で徳川勢を待ち

うけた。武田勢は松林に囲まれ、寒風を遮る場所に本陣を定めた。

 本陣の横には苔むした石地蔵が祀られている。

「風で躰が冷える、幔幕を巡らせ」  

 信玄は自分の体調をおもんばかっている。

 床几に腰を据え前方に展開する、我が兵の動きを魁偉な眼を和ませ見つめた。

 将兵の声、軍馬の嘶き、馬蹄の音が心地よく聞こえてくる。

 猛然と軍勢の前後を駆け抜ける伝令の騎馬武者、穂先を天に向け配置に就く

長柄槍隊の偉容、火縄銃を肩にした足軽、それら皆が頼もしく見通せる。

 あの場所で徳川勢を蹴散らしてやる。その思いを秘め眺めている。

 百足衆の一人、諏訪頼豊が馬蹄の音を響かせ駆けつけて来た。

「敵勢は小豆餅付近に押し出して参りました」  

 騎馬が興奮し足掻いている。
 
「うむ」  

 信玄が大きく肯いた。傍らには馬場美濃守と高坂弾正の両将が控え、

周囲には旗本の今井信昌、真田昌輝等が厳重に守りを固めている。

「美濃、敵の陣形はどのようじゃ」

「物見の報告では右翼は酒井忠次、中央は石川数正、左翼は本多平八郎と

援軍の織田三将との事にございます」

 馬場美濃守が臆する事もなく野太い声で報告した。

「いずれも音に聞こえた豪の者じゃ、家康はどうじゃ?」

「家康の本陣は中央に置いておる模様にございます。更に大久保忠世、内藤信成、

鳥居元忠(もとただ)、榊原康正(やすまさ)等が控えておる模様にございます」

「御屋形、敵は全軍で出撃したと思われますな」

 高坂弾正が物柔らかな口調で信玄に声を懸けた。

「一万の小勢じゃが、油断は禁物じゃ」

「心得ておりまする」  

 馬場美濃守が簡潔に応じた。

 家康は三方ケ原の入口で十町の距離をたもち、武田勢の動きを見つめている。

「わしの下知まで待つのじゃ」  

 飽くまでも家康は慎重であった。

 彼の目前には三万余の武田軍団が、ひっそりと山の如く横たわり、旗指物が

無数に翻っている。その中に獲物を狙う猛虎が牙を剥いてひそんでいるのだ。

 それが判るだけに攻撃の糸口を見え出せないでいる。

「よう粘るわ」  

 信玄が感心の声を洩らした、たかだか三十一歳の若輩の家康がである。

「既に攻撃態勢は整え申した、一斉に押し出しまするか?」

 戦機を感じとっ歴戦の馬場美濃守が訊ねた。

 突然に猛烈な寒風が三方ケ原台地を吹き抜け、薄暗い空に浮いた雲が流れ、

真っ赤な夕日が両軍の陣を照らしだした。

「陣形を変える。先鋒は小山田信茂の三千、右翼は美濃、そちが受け持て」

「左翼はいかが計らいまする」  

「高坂弾正、そちの勢に任せる」

 風が唸り声をあげて吹き抜け、残照が雲間に消えようとしている。

「更に中陣は勝頼と甘利昌忠の騎馬武者といたす、余の合図で進退いたせ」

「これは、面白い合戦となりまするな」  

 高坂弾正が嬉しそうな笑いをあげた。

「暫くは小山田勢に合戦を任せる、頃合をみて余の合図で右翼、左翼同時に

仕掛けよ」  

 信玄が厳しい声で命じた。 

「拙者と高坂がかき回し、その後に武田騎馬武者が片を付けまするか?」

「その前に小山田信茂に郷人原衆を使えと伝えよ」

「面白うございまするな」

 馬場美濃守と高坂弾正が顔を見合わせている。

 信玄の言う郷人原衆とは、二百から三百名の投石隊のことである。

 この頃の火縄銃の射程距離、殺傷距離は明確な資料が乏しく説明が

困難である。また実戦での弾込めの煩雑は著しく火縄銃の評価を低下させ、

当時の大名は火縄銃の使用に消極的であった。

 因みに2005年頃に行われた実験では、口径9mm、火薬量3グラムの

火縄銃は距離50mで厚さ48mmの檜の合板に約36mm食い込み背面に亀裂を

生じしめ、また厚さ1mmの鉄板を貫通した。鉄板を2枚重ねにして2mmに

したものについては貫通こそしなかったものの内部に鉄板がめくれ返っており、

足軽の胴丸に命中した時には、深刻な被害を与えるのではないかと推測されて

いる。なお、距離30mではいずれの標的も貫通している。 

 こうした理由で信玄も火縄銃を重要視せず、投石隊を編成していたのだ。

 信玄が厳かな声で下知した。

「両人とも部署につけ」  

「畏まりました」

 両将が草摺りの音を響かせ本陣から去った。法螺貝が炯々と鳴り響いた。

「百足衆」  

「はっ」  

 信玄の声で諏訪頼豊が姿を現した。

「軍勢をゆるやかに北西に移す、小山田勢に後備えを命ずる。祝田の北端まで

移動したら、攻撃態勢を整える。さよう各陣に伝えよ」

 百足衆が、本陣から猛烈な勢いで四方に散っていった。

「誰ぞある」  

 信玄の声に旗本の真田昌輝が本陣に顔をみせた。

「昌輝か、ご苦労じゃが山県三郎兵衛を呼んで参れ」

 そうしている間にも、武田軍団はじりじりと陣を移動させている。

「山県昌景にございます」 

 赤具足の甲冑姿の山県三郎兵衛が精悍な顔を現した。

「そちに特別な任務を与える。すぐに合戦が始まろう、二陣の騎馬武者の攻撃

が終ったら、そちの出番じゃ、家康の首を刎ねるのじゃ」

「はっ。武者とし一期の誉にございまする」 

 山県三郎兵衛が畏まっている。

「首は冗談じゃが、家康を執拗に追い回せ、浜松城に逃げ帰るまでじゃ」

「機会がござれば、徳川殿の首級頂戴いたしても構えませぬか?」

「それは最善の戦果じゃが、なかなか難しいじゃろう。余り深追いはするな」

「畏まりました」

 三方ケ原台地に風が強まってきた、空も薄雲から厚雲に変化している。

 そろそろ夕刻が迫っている、徳川勢は移動する武田軍団を追いつつ戦闘

態勢を整えている。陽が落ちれば戦力の差など問題ではない。

 思わず家康が兜の眼庇より空を仰ぎ見た、急速に空が鈍色に変化してきた。

 家康が待っていた夜の訪れである。

 三方ケ原台地に夜の帳が訪れ、家康が前方を見て身震いした。

 何時の間にか武田の大軍団が小山のように、家康の目前に接近していた。


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Last updated  May 6, 2015 11:40:16 AM
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Apr 27, 2015
「信玄の戦略」(109章)


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    (三方ケ原の合戦)

 元亀三年十二月二十二日の卯の刻(午前八時)、遂に信玄は全軍に進撃の

命令を発した。ここに浜松城攻めが始まったのだ。

 武田軍団三万余が山が崩れるように動きだし、南下を開始した。

 信玄は甲冑の上に熊の羽織りをまとい塗輿に乗っての出陣であった。

 法螺貝が秋葉街道の夜明けの山並みに炯々と響き渡り、武田二流の御旗が

風に靡き、騎馬武者を先頭に大軍が粛々と進撃して行く。

 鉄砲足軽が武田菱の旌旗を差し、黙々と鋭気を秘め足並みを揃えている。

 武田勢の先鋒隊として小山田信茂率いる三千名が威風堂々と行軍し、

盛んに母衣武者が、背の袋を風に膨らませ物見のために山間に消えて行く。

 東の山並みが旭日で真っ赤に染まってきた。

 信玄は輿の窓を開けた。

 気の引き締まる冷気を躰に受け、信玄が朝焼けの光景に見入いった。

 先鋒隊が天竜川を渡河し、街道を南下しているさまが望見できる。

 信玄は暫くその様子を眺め、満足の笑みを浮かべた。

 武田軍団動くの急報が、浜松城の家康にもたらされた。

「とうとう、動きおったか」  

 家康が天守閣から北東の山間部を眺めやった。

 物見が次々と騎馬を駆って武田勢の動きを知らせてくる、家康は小太り

の躰を城門に移し、逐一、報告を受けている。

 こうしたところが家康の性格であった。

 身が強張るほどの恐怖と闘争心が家康の躰を駆け巡っている。

「申しあげます、武田の先鋒は西ケ崎の村を通過いたしました」

「なにっ、すでにそこまで押し寄せよったか?」

 本多平八郎が唐の頭の兜と自慢の黒糸嚇し甲冑姿で真偽を糺した。

 西ケ崎から浜松城までは二里の行程である。

「矢張り浜松城に攻め寄せる魂胆ですか?・・・・殿、いかが為されます」

 本多平八郎が兜を跳ね上げ、家康を仰ぎ見た。

「為されます・・・・平八郎、なにを狼狽えておるのじゃ」

「狼狽えてはおりませぬ」  

 本多平八郎が家康に食ってかかった。

「喚いておる暇があったら、手勢を率いて物見をいたせ」

 家康の口汚い言葉に、かっとなった平八郎が手勢を連れて駆け出した。

 このまま武田勢に討ちかかり討死してやる。と、猪突猛進し敵勢に近づき、

その武田軍団の偉容に眼を剥いた。

 重厚な陣形の武田軍団が遠方から寄せてくる。衝きかかれば一瞬にして反撃

を食らう、すきのない陣形で山のようにひた押しに寄せて来る。

「これでは犬死にじゃ」  

 彼は猟犬のように、物陰から翳へと忍び武田勢の動きを見張っている。

「なんじゃ、あの動きは」  

 浜松城の北方一里あまりの、有玉付近で武田勢が方向転換を始めたのだ。

 通常の戦術なら軍勢を叱咤し、南西の浜松城へと怒涛の進撃をするのに、

武田勢は西へと方向を変えたのだ。

(三方ケ原台地に向かう積りじゃな)と、一目で悟った。

「使い番、敵勢は有玉から三方ケ原に向かうとみた、殿にそのように伝えよ」

 その知らせを受け、徳川の武将達が呆然と成った。

 彼等にも武田軍団の異様な陣形が望見できるのだ、戦慄するような光景である。

 数千頭もの騎馬武者が、整然とした隊形で彼等の目前を横切って行く。

 足軽の長柄槍隊の穂先が、折から昇った太陽の光をうけて鈍く輝き引きも

切らずに続いている。

 まさに壮観な眺めである。

 続いて武田随一の戦闘力を誇る最強の赤備えの騎馬武者が密集し現われた。

「あれが、山県三郎兵衛昌景の赤備えか」  

 どこから眺めてもすきがない、先頭の駿馬に大兵の武将が大身槍を抱えている。

 その武将が武田の猛将、山県昌景である。

「伝令をだし、本多平八郎に城に戻るように申せ」  

 家康の下知がとんだ。

「はっ」  

 母衣武者が猛然と城門から駆け去った。  

「殿、出戦は無理にござる」

「徳川殿、籠城のお下知を願いたい」

 織田家の援軍の三将も必死で籠城を勧める。

「信玄入道め、わしを挑発しておる。誘い出して殲滅したいのじゃ」

 家康は信玄の挑発は理解出来る。併し、浜松城の西を悠々と横腹を見せ、

通過する信玄の戦略に、武将としての誇りを傷つけられていた。

 一方、信玄は病を持つ身での籠城戦は避けたかった。

 両者が智嚢を絞って駆引きをしているのだ。

 本多勢が砂埃をあで帰還してきた。  

「殿、我等には手が出ませぬ」

 勇猛で聞こえる本多平八郎までが弱音を吐いている。

「ひとまず籠城じゃ」  

 家康は籠城を覚悟し城門を閉じるよう下知した。

 なおも、武田軍団は続々と浜松城の徳川勢に横腹を見せつけ行軍している。

「おうー」  

 突然、武田軍団から挑発するかのような鬨の声があがった。

 浜松城の大広間で家康が歯噛みをしている。

 漸く三河と遠江を手に入れたが、このまま手をださず武田勢に勝手な振る舞いを

させるなら、わしの信用はなくなる。

 家康は眼を据え、胸裡で考え続けている。

 三河武士の意地をみせる、これなくては徳川家の威信は地に落ちよう。

 この地の豪族の信を得る事が出来ずば、徳川家はこのまま滅亡するのみじゃ。

 家康の身内に狂気が充ち、立ち上がるや凄まじい声を張り挙げた。

「石川数正っ、わしは信玄入道と決戦に及ぶぞ」  

「何を仰せになられます」

 真っ先に織田家の三将が止めに入った。

「ここは、われらが領土。合戦が出来ぬと申されるならばお帰りあれ」  

 初めて家康の顔が乾いて見える。

「・・・・」

 その家康の剣幕の烈しさに、三将は沈黙した。

「良いか皆共、わしは叶わぬまでも出戦いたし、信玄入道の本陣に斬り込む、

皆も覚悟を固めよ」  

 家康の狂気がこの場の武将連にも乗り移った。

「おうー」  

 雄叫びが大広間に響き渡った。

 まんまと家康は信玄の挑発に乗ってしまったのだ、たとえ自分への誘いと

分かっていても、黙って西に向う武田勢を見過ごす事が出来なかったのだ。

 武田軍団は浜松城を南にみて北西の、祝田(ほうだ)の地に向かって方向を

変えた。祝田は浜名湖の最北端にちかい位置にあり、その南東から上り坂が

続き三方ケ原台地に至るのだ。




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Last updated  May 5, 2015 11:15:47 AM
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Apr 22, 2015
「信玄の戦略」(108章)


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    (信玄の戦略と家康の戦術)

 十二月十九日、守将の中根正照は城兵の命と引きかえに武田勢に下った。

 こうして堅城で鳴らした二俣城は落城したのだ。

 中根正照は武田家に人質を送り、家康の居城、浜松城に引き上げて行った。

 その一行の様子を小十郎が、そっと物陰から窺っていた。

 部隊の将兵の交じり、撤退する川田弥五郎の姿を見つけたのだ。

 弥五郎は鹿毛の駿馬に騎乗し、昂然とした態度で鞍上で揺られている。

(あのお方は如何される、まだ武田の間者で働かれるのか?)

 そんな思いで小十郎は、川田弥五郎を見つめていた。

 中根勢は寒風の吹きすさぶ山道を、重い足を引きずって去って行った。
    
 信玄は依田下野守に五百名の手勢を与え、城の修復と守将を命じた。

 信玄は久しぶりに合代島の本陣を引き払い、二俣城を本営とした。

 彼の心身も限界にちかい疲労が蓄積していたのだ。

 その晩は誰も近づけず、一人で酒を嗜み安眠した。

 翌日、急報がもたらされた。

 織田信長の救援部隊が浜松城に入城した、その報せであった。

 城内の大広間には信玄をはじめとし、上洛軍の武将が全て集まっている。 

 信玄の体躯に鋭気が満ち溢れている、屋根のある部屋で安眠した所為だ。 

「増援部隊の将と人数はどうじゃ?」 

 信玄になりかわって勝頼が訊ねた。

「佐久間信盛、滝川一益、平手汎秀(ひろひで)の三将と三千名にございます」

 報告の者が下座から織田勢の加勢の状況を述べた。

「美濃を侵され、信長、臆したな」 

 信玄には信長の心境が手にとるように判る。

 信長め、奴は四面楚歌の状況じゃな、たかだか三千の援軍で何が出来る。

 せいぜい籠城いたし、合戦を長びかせる積りじゃ。

「これで浜松城には、一万一千名が籠もる事になりましたな」

 高坂弾正が不敵な面魂をみせ、信玄に語りかけた。

「これが籠城ともなると些か面倒じゃ」  

 馬場美濃守が顔を曇らせた。

 美濃守の言う通り、家康が籠城戦を挑むと落城まで数か月かかる。

 信玄が広げた大地図を仔細に見つめ、巨眼を鋭く瞬かせた。

「三河、遠江の徳川の支城はほとんど潰した。浜松城は孤城じゃ」

 信玄が絵図から顔をあげ、野太い声を馬場美濃守に懸けた。

「はい、健在な城は遠江では高天神城、三河では岡崎城と野田城のみ」

 馬場美濃守が素早く答えた。

「浜松城の抑えには、六千も配置いたせば家康動けぬな」

 信玄が馬場美濃守を見つめ含みのある事を述べた。

「御屋形は、浜松城を攻めずに素通りいたすと申されますか?」

 流石は歴戦の将、馬場美濃守である。信玄の言葉の裏を読み取った。

「美濃、余の戦略は三策ある。ひとつは浜松城を素通りいたし野田城を

攻める。いまひとつは秋葉街道を北上し東美濃から一気に岐阜を衝く」

「それは、・・・」  

 馬場美濃守が唸った、満座の武将達も唖然としている。

 野田城は豊川の上流の西にある城で南下すれば三河湾に至る。

 そこを我が勢が占拠すれば三河と遠江を分断出来る。

 そうなれば家康は遠江の浜松城で孤立してしまう。

 もう一策は直接、家康など気にせずに信長の本拠地の岐阜を攻めると

御屋形は云うのだ。

 信長が援軍を三千しか出せぬと言う事には訳がある。彼は近畿の信長

包囲網で身動きが不可能と成っているのだ。

 これはこの場の武将達にも理解は出来る。

 三河、遠江を放って信長の居城、岐阜城を直接攻撃すれば天下は望めるが、

あまりにも無謀過ぎる戦略である。

 それを遣れば物資の補給が途絶える恐れがある。

「して、最後の策は」

 信玄が薄い笑いを浮かべ、質問を発した勝頼を見つめた。 

「家康次第じゃ。奴め若いに似ず強情、討って出るやも知れぬ。それなれば

上策じゃがな」  

「討って出まするか?」

「勝頼、武将は信用が一番。弓取りとして諸国の武将に笑われては失格じゃ」

 一言、父親として勝頼に薫陶を与えている。

「叶わぬまでも家康は我等と合戦に及ぶと、御屋形はお考えに御座いますか」

「余が家康ならばそういたす」  

 信玄が強い口調で言い切った。

 勝頼はじめ諸将連も、信玄の洞察力に勝る者は居ない。全ての者達が信玄の

答えを待っている。

「今宵はこれまでじゃ」  

 信玄の顔に疲労の色が濃く滲んでいた。

 馬場美濃守と高坂弾正が顔を見合わせた。二人は信玄の顔色の悪さで何事か

察したようだ。

 武田軍団は二俣城から、動く気配もみせず山のように不気味に居座っている。

 一方、浜松城では織田家の三将を交えた軍議が開かれていた。

「徳川殿、信長公のお考えをお伝えいたす」

 援軍の佐久間信盛が、信長の考えを告げた。

「このまま籠城をお願え申す」

 これが信長の伝言であった。

 信長の真意は徳川勢が、浜松城に籠城する事にあった。遠江を席巻した

武田軍団は、三河に進攻するか本国にもどるかだろう。戻るなら戻らせる。

 万一、武田勢が三河領内に進攻するとなると浜松城の籠城が生きてくる。

 今、信長は必死で態勢を建て直している、これが完了した暁には総力を

あげて三河に討って出る。そうなれば浜松城と連携し武田勢を挟撃できる。

 そうした事態となれば武田軍団に勝利する可能性の目がでる。

 それは家康とて十分に判っている事であった。

 だが、徳川の領土を信玄の思うままに蹂躙され、三河の諸城は戦わず降伏

するなどは、なんとしても避けたい。

 武将の意地をみせ、家康の存在を示さずば男がすたる。

 家康は信長の要請と自分の意地との狭間で、迷いに迷っていた。

 今朝の物見の知らせでは、武田軍団は二俣城から動く気配がないという。

 家康の決意が固まった。

「存念を申す。武田勢が浜松城に攻め寄せよせるなら、三河武士の誇りかけて

決戦をいたす」  

 家康が甲高い声で叫び、一座に異様な空気が流れた。

「徳川殿、それは出戦という意味にござるか?」 

 滝川一益が鋭く訊ねた。

「左様、叶わぬまでも武田勢に打撃を与え、素早く籠城いたす」

 織田の三将は籠城策を聞き、家康の戦術に乗ることに決した。


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Last updated  Apr 22, 2015 08:55:20 PM
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Apr 16, 2015
「信玄の戦略」(107章)


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    (弥五郎の伝言)

 翌日、城攻めがはじまった。武田の鉄砲足軽が物陰を利して接近した。

 城内の将兵も気づき、武者走りで鉄砲の標準をあわせている。

 山県勢の赤備えが銃弾の届かない地点に待機している。

 山県三郎兵衛が采配を手にし、大手門を鋭く見つめている。

 傍らに小十郎の貧相な姿があった。 

「小十郎とやら、川田弥五郎から連絡があったら直ぐに兵を退く」

「畏まりました。顔さい覚えれば結構にございます」

 相変わらず、抑揚のない声で応じ、

「山県さまは川田さまをご存じにございますか?」

 小十郎が低く訊ねた。

「逢うてみなければ分からぬ」

「それは面倒にございますな」

 そう小十郎も答え、内心は三郎兵衛門さまと同じじゃ、と思った。

(今川家に居った時の川田さまの顔はすっかりと忘れてしもうたわ)

「大殿を駿河に追放した時に顔を見た。まだ年端もゆかぬ少年であった」

 山県三郎兵衛の脳裡に、川田弥五郎の幼い顔が浮かんだ。

 あれは天文十年であった、既に三十年も経ているのだ。

「生きておれば、何か動きがあろう」

 小十郎の相手をしながら、三郎兵衛が前方の武者走りを鋭く見つめている。

 寒気と共に風向きに変化が生じ始めた。

 山県三郎兵衛の采配が振られ、待機していた鉄砲足軽が前進を開始した。

 物頭が素早い動きで先導し、その後を足軽が追走している。

「放てー」  

 山県三郎兵衛が大音声で叫んだ。

 凄まじい銃声が、二俣城を囲む山々に響き渡り白煙が湧き上がった。

 それに呼応するかのように二俣城内からも応戦の火蓋がきられた。

 双方とも射撃戦となり、大手門前は硝煙が充満し視界が遮られている。

 今が好機じゃ、そう山県三郎兵衛は瞬時に感じた。

「者共、攻め寄せよ」  
 
 山県三郎兵衛が潮時と見て、大身槍を手に白煙の中に向って馬腹を蹴った。

 喚声と軍馬の嘶きと馬蹄の音が入り混じり、あっという間に大手門に接近した。

 流石は剽悍で聞こえる赤備えの山県勢である。

 双方の銃撃が、益々、烈しさをましている。

 山県三郎兵衛が、小十郎を従い大手門を横切った。

 突然、彼の肩先を一本の矢が空気を切り裂き飛来し掠め去った。

 山県三郎兵衛が手綱をしぼり兜の眼庇より、きっと矢の飛来した方角を

見据えた。城内から渋い声が懸かった。

「山県殿とお見うけいたした。仕留める事が出来なんだとは些か残念」

 城門の上に一人の武者が現われた、その兜のなかの顔に笑みがある。

「何者じゃ」  

 三郎兵衛が剽悍な眼差しをみせ吠え、小十郎がじっと武者を見つめている。  

「徳川の軍監、川田弥五郎。この顔忘れるでない、今度会ったら命を頂く」

 喊声の轟く中で武者が名乗りを挙げた。

 紛れもなく川田弥五郎と名乗った。

「小十郎、しかと見たか?」  

「はっ、今宵、城内に忍び込みます」

(矢張り面影は残っておる)と小十郎は確信した。

 山県三郎兵衛が片手を大きく振って、引きあげの合図を送った。

 赤備えが一斉に馬首を返した。

 弥五郎に違いない、三郎兵衛は先刻の顔を懐かしく思い浮かべていた。

 日没ともなると、二俣城は寒気に覆い尽くされる。谷底から風が吹きあがっ

てくる所為である。暗闇をぬって小十郎の躯が、素早く城内に消え失せた。

 周囲に人気がないことを確認し、彼は大手門に向って疾走した。

 この寒気の夜に一人の武者が闇にまぎれて立ち尽くしていた。

「川田さまに御座いますか?」 

 物陰に潜んだ小十郎が武者に声を潜めて訊ねた。 

「信虎公の使いの者か?」  

「小十郎に御座います」

「わしは、そちを知らぬな」  

 そっけない返事が返ってきた。

「お弓殿の配下に御座る」  

「近くに寄れ」

 慌しい会話を交え弥五郎の声が途絶え、小十郎が傍らに寄り添っていた。  

「驚くほど身軽じゃな」  

「忍び者に御座います」

 小十郎の答えに弥五郎が不審げな顔をした。

「川田さま、それがしをお忘れか?」

「・・・どこぞで逢うたか?」

「駿府城で何度かお会いいたしましたぞ」

 小十郎の言葉に弥五郎は何の反応も見せず、短絡に訊ねた。

「何が知りたい」  

「城の井戸の数」  

「水の手を断つか、笑止」

 風が吹きぬけ、城内の各所には篝火が焚かれ、火の粉が舞っている。

「我等の計略が可笑しゅうござるか?」  

 小十郎が怒気を含んだ忍び声で訊ねた。

「この城に井戸なんぞあるものか、城の下は川じゃ。大櫓を組んでそこから

毎日汲みあげる」  

 川田弥五郎が周囲を警戒し小声で告げた。

「成程、その大櫓を壊せば城は干しあがりますか。その手立てを教えて下され」

「その前に聞く、大殿の信虎公はお元気か?」

 弥五郎の声に懐かしさが込められている。

「八十才を越えらましたが、お元気で京に暮らして居られます」

「そうか、京に居られるか。お会いしたいものじゃ」  

 川田弥五郎の声が湿って聞こえた。

「川田さま、武田家にお戻りには為られませぬか?」

「わしは信虎公の家来じゃ、今更、戻れぬ。良いか上流で大筏(おおいかだ)を

組んで何艘も流すのじゃ。必ず大櫓に追突いたし壊れる筈じゃ」

「有り難し、早速、明日から掛かりまする」  

 小十郎が嬉しそうに言った。

「小十郎、信虎公にお会いしたら、漸く大殿のお下知が果たせたと伝えてくれえ」

「畏まりました。して貴方さまは如何成されます?」

「徳川家に留まる、そうすれば信玄公のお役にたとう」

「承知、そのようにお伝い申し上げます」

「小十郎、見つかると不味い、去れ。お弓さまに宜しく申してくれえ」

「分かりました。お礼を申しあげます」

 抑揚のない声と同時に、小十郎の姿が闇に溶け消えた。

 それを確認し、川田弥五郎は甲冑の音を響かせ持ち場にもどって行った。

 数日、何事もなく武田軍団は山の如く静まり、厳重な監視の将兵が風を

避け屯している。

 その様子を天守から眺めた、城主の中根正照は安堵の笑みを浮かべた。

 流石の信玄も、この城には手を焼いておるなと感じたのだ。

 そうした膠着状況の中で武田勢は、城の水の手を絶つ準備に追われていた。

 城方の将兵が仰天する光景が、唐突に目前に起こったのだ。

 何艘もの大筏が上流から押し寄せるように、天竜川の激流を流れ下ってくる。

「敵の策略じゃ」

 知らせを受けた守将の中根正照は望楼から眺め唇を噛んだ。

 あの大筏が大櫓に激突すれば、大櫓は破壊され水の手が断たれる。

 二俣城は大櫓から、釣瓶でもって飲料水を汲みあげていたのだ。

 城を包囲する武田勢の将兵も、息を飲み手に汗を滲ませ見守っている。

 白く泡立っ激流が岩にあたり、烈しく牙を剥く急流を大筏が流れるさまは、

壮観、壮大な眺めである。

 筏は激流にもまれ、岩に当たり砕けるものもあるが、何艘かは大櫓に激突し、

大櫓がきしみ音を響かせ、今にも崩れそうである。

 信玄は熊の羽織りを着込み帽子を深く被り、その光景を凝視している。

 容赦なく天竜川の冷たい川風が吹きつのってくる。

 これも父上の策と思うと自分の病魔に憤りを覚えていた。

「わぁー」  

 大筏を見つめていた武田勢の将兵が歓声をあげた。遂に大櫓が崩れ水飛沫を

挙げ天龍川に雪崩落ちたのだ。

「これで二俣城は陥ちたな」  

 信玄は満足し本陣に戻った。

 総大将の四朗勝頼と、援軍の山県三郎兵衛は一ヶ月以上も苦戦を強いられ、

漸く水の手を絶つ事に成功したのだ。


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Last updated  Apr 18, 2015 08:09:38 PM
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Apr 13, 2015
「信玄の戦略」(106章)


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    (武田勢、二股城に集結す)

「御屋形、このまま一気に浜松城を攻撃いたしますか?」

 馬場美濃守が本陣に駆けつけ、信玄に性急に訊ねた。

「我等は一言坂より天竜川を北上し、合代島(ごうだいじま)に軍勢を進める」

 信玄が気負いなく応えた。  

「この機会を逃し、また北に戻りますのか?」

 馬場美濃守は不審そうな顔付で信玄を見つめた。

 襲い来た徳川勢を一言坂で一蹴したのだ。そのまま目前の天竜川を渡河し、

軍勢を西南に進めれば、家康の本拠、浜松城は目と鼻の距離にある。

 徳川勢は逃げ戻り、襲い来る武田勢への備えで城に籠っている筈である。

「家康は肝を冷やしておりましょう」

 馬場美濃守が浜松城を攻めよと暗に勧めている。

「機会は何度でもある。天竜川の東北へ全軍を進め合代島に向うのじゃ」

 信玄が濃い髭面を厳しく引き締め下知した。

「眼の前に浜松城がございますのじゃ。このまま見逃すのは惜しゆござる」

 馬場美濃守が納得できずに浜松城の攻撃を主張した。

「美濃、わしは勝頼の将器を確かめたいのじゃ」

「その為に二股城に退き返しますのか?」

「二俣城を陥せば甲斐からの軍勢も合戦に必要な物資の搬入にも困らぬ」

 信玄の言葉で美濃守は納得した。武田の輜重隊は秋葉街道を南下し、

青崩峠、兵越峠を利用し誰はばかる事もなく物資を遠州に運べるのだ。

 更に御屋形は跡取りの四朗勝頼さまの器量が見たいのじゃ。

 漸く馬場美濃守は合点した。

「二股城を落せば三河の豪族は我等に恭順いたそう。浜松城はそのあとでよい」  

 信玄は武田の全軍でもって徳川家を滅ぼす腹であった。

「戦略とは面白きものにございますな」

 戦わずに三河一帯を手に入れる、戦略を改めて美濃守は感心の面持で聴いた。

 武田本隊は浜松城を目前にし、全軍が横腹を見せ天龍川の東の街道を北上し、

遠ざかって行く。何千頭の騎馬武者を先頭に、真ん中に武田二流の御旗が風に

靡き、輿が担がれている。そこが信玄の本陣であると誇示している。

 武田勢の行軍を見事な光景であった。先頭から後尾まで余す事もなく見せ、

徳川勢と家康は呆然とした思いでそれを眺めていた。

 武田勢は途中で遮る、徳川の支城、匂坂城を包囲し瞬く間に攻略し神僧を

越え、二十日に合代島に着陣し、そこに信玄の本陣を構えた。

 ここから北西、約一里半に二俣城がある。武田、徳川にとり二俣城は重要な

城である。

 家康は危険を犯し何度も救援の軍勢を繰り出すが、途中ですべて遮られる。

 それでも一向に苦にせず、何度でも兵を繰り出してくる。

 若いに似ず合戦を知っておる、信玄が感心するほど執拗であった。

 二股城の将兵の士気も盛んで、攻城の総大将勝頼を大いに悩ませているが、

力攻めで陥せるほど簡単な城ではない。

 天然の要害に護られた堅城であった、大手門へは坂道が一本あるのみである。

 山県三郎兵の赤備えも何度なく攻撃したが、急坂の小路で思うように騎馬が

操れずに、攻撃が頓挫していた。

 日増しに冷気が厳しくなって来た、既に十二月を迎えているのだ。

 信玄の本陣から見える景色は、常緑樹と落葉樹の木々が見られるだけである。

 まさに殺風景な光景が広がり、寒気のみが烈しくなっていた。

 そんな折、東美濃の秋山信友の使者が到着し、朗報がもたらされた。

「秋山伯耆守の家臣、磯辺盛信にございます。遂に岩村城を攻略いたしました」

「岩村城を手に入れたか」  

 信玄にとってはまさに快挙の知らせである。

「我等は岩村城に籠もり、信長の出方を窺がっておりまする」

「よく遣ったと伯耆守に申せ。こののちは慎重に行動せよ、なんと申しても

信長の膝元じゃ。機を見て明智城をも攻略いたせと伝えるのじゃ」

「畏まりました」  

 使者の磯辺盛信が、荒武者らしい面構えで答えた。

 東美濃の岩村城が我が手に陥たならば、足元に武田勢がひそんだことになる。

 益々、信長の奴は三河への救援部隊を出し難くなる。

「軍兵が必要となったら、内藤昌豊に相談いたせ。余から内藤に申しておく」

「判りましてございます」  

 信玄は使者に引出物を与えて帰した。

 流石は、秋山信友じゃ、奴が暴れるほど信長は岐阜から動けぬ事になる。

 信玄は使者を返し思慮している。

 この秋山信友は猛将として知られていた。岩村城主は信長の叔母が、信長の

末子、勝長を養子として守っていたが、秋山信友が城を攻略し、勝長を養子と

すると偽って女城主を妻とした。

 信玄死去後も岩村城に籠もり、明智城ほか数城を陥し、長篠合戦後も信長と

攻防を繰り返した武将であった。

 ようやく信玄の考えが纏まった。

「誰ぞ、二俣に使いを出せ。勝頼と山県三郎兵衛に直ぐに参るよう伝えよ」

 一人となり信玄が咳き込んだ、また病魔が蠢きだしたな。あと二年じゃ。

 なにとしても命を永らえる、信玄は祈る思いで心に決した。

 勝頼と山県三郎兵衛が騎馬で駆けつけて来た。二人は深刻な顔付をしている。

 また叱責を受けると覚悟した面魂である。

「馬場美濃守と高坂弾正を呼んだ、暫く待て」  

「はっ」

「勝頼、そちに訊ねる。二俣城は飲料水の確保をいかがいたしておる」

「しかと確かめてはおりませぬが、二股城は二つの川に囲まれておりまする。

飲料水には事欠かぬと考えておりまする」  

 勝頼が当然至極とした顔つきで答えた。

 山県三郎兵衛がはっとした顔つきを見せた。

「馬場美濃守、高坂弾正入りまする」  

 野太い声と同時に二人が姿をみせた。

「皆、揃ったな、これから申す事を良く聞くのじゃ」

 信玄が四人の顔を見渡し、河野晋作から聞いた川田弥五郎の件を語り

聞かせた。

「これは驚きましたな、大殿はこの事あるを予測し、川田弥五郎を徳川家に

潜らせておられましたか」  

 馬場美濃守と山県三郎兵衛が驚いた顔をしている。

「余と美濃に三郎兵衛しか弥五郎の事は知らぬ。弥五郎は父上の小姓として

駿河に参った、生きておれば幸いじゃ。早速、明日にでも城攻めをいたせ。

河野の忍び者を差し向ける」  

「拙者が、城攻めを行いまする」

 山県三郎兵衛が剽悍な眼差しで請負った。

「あの少年が二股城に潜みおるとは、思いも及ばぬことにございます」

 馬場美濃守が往時を偲ぶ眼差しをしている。

「父上の為にも二股は直ぐにも陥せ」

 信玄の下知が四人の腹に凛として響いた。

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