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長編時代小説コーナ

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武田家二代の野望

Dec 30, 2007
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カテゴリ:武田家二代の野望
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 この小説は本日をもちまして終了いたしました、ご愛読を感謝いたします。


「勝頼、余を起こせ」  「ご無理は禁物です」  「もう良いのじゃ」

 信玄は勝頼に寄りかかり、一座に視線を廻した。

「直ぐに別れの時が参ろう、名残り惜しいが仕方があるまい。皆々、勝頼が

こと頼むぞ」  「畏まってございます」  全員が平伏した。

「・・・さて、余が死んだのちは三年の間、喪を伏せよ。余の亡き間に武田を

万全な体制にいたすのじゃ」  「何ゆえに父上の喪を隠しまする」

「勝頼、余は天下に恐れられた男じゃ、それ故に余の死が洩れたら叛く者も

現れよう。それを恐れるためじゃ」  勝頼を諭すように語りかけた。

 最早、信玄は一人の父親として語りかけているのだ。

「父上、それがしは叛く者も恐れませぬ、天下を望む事も諦めませぬ」

 勝頼が顔面を染め叫んだ。

「困った倅じゃ、美濃や宿老たちに申し渡す。余の言葉に違背はならぬ」

 信玄の声が凛として響き、勝頼が不平顔で黙した。

「美濃、弾正、修理亮、三郎兵衛」  信玄が宿老の一人一人に声をかけ、

「余の遺言じゃ」  死に行く者とは思われない眼光をみせ断じた。

「ご違背は決していたしませぬ」  馬場美濃守が代表し首肯した。この

一言から彼等の悲劇が始まるのであった、後年、長篠の合戦で彼等は鉄砲の

餌食となって戦死するのであった。

 これは信玄の跡を慕う自殺行為そのものであった。

「これで、思い残すことはない」  信玄の顔色が鉛色に変わり、冷汗が首筋を

伝っている。馬場美濃守が信玄の躯をそっと寝かした。

 御屋形の死で武田は終りかも知れぬ、そんな思いが脳裡を過ぎった。

 天正元年四月十二日、駒場を囲む山並は眩しい新緑につつまれ、山桜が

満開となっている。信玄の容態は誰の目からみても悪化していた。

 宿老は信玄の枕頭を離れず、荒々しい呼吸を続ける主を見つめている。

 独り勝頼だけが、違った思いで父の信玄を見つめているようだ。

 天下に恐れられた武田信玄も、死すればただの男。瀕死の父と争った昨日の

出来事を偲んでいるのかも知れない。

 旗本の今井信昌が懸命に、信玄の流れる汗を拭っている。

「夢じゃー」  信玄が突然、声を発した。

「御屋形」  馬場美濃守が覗き込むように声をかけた。

「父上・・・晴信をお赦し下され」  馬場美濃守と山県三郎兵衛が顔を見っめ

あった。御屋形は大殿の信虎さまに謝っておられるのだ。

「上洛は晴信にとり夢にございました」  明瞭な信玄の声である。

 一座の者は次ぎの言葉を待った。  「三郎兵衛、京に我が旗を立てよ」

 山県三郎兵衛が次ぎの言葉を待ったが、再び信玄は声を発する事はなかっ

た。医師の監物が脈を探り、「ご臨終にございまする」と悲痛な声をあげた。

 こうして武田信玄は、波乱にとんだ五十三才の生涯を閉じたのだ。

 夜の帳が落ち、駒場の本陣から荼毘の炎が燃え盛っている。

「御屋形、・・・これで全てが無になりましたな」

 駒場の本陣を臨む小高い丘に、編笠姿の老武士が草叢に座り落涙していた。

 武田本陣の旗、指物が闇の中に翻り、見事な陣形で静まり返っている。

 老武士が笠を脱いだ、隻眼で老醜の顔が闇に浮かびあがった。それは年老い

た山本勘助の姿であった。

「まさか、御屋形が勘助より先に亡くなられるとは・・・慙愧に耐えませぬ。

大殿に御屋形の死をお知らせに参りまする、さぞ、無念に思われましょう。

それが済みましたら、勘助もお跡を慕って参りまする」

 みぎろぎもせず、隻眼で荼毘の炎を見つめていた勘助が立ち上がった。

 ひと際、炎が高くたち昇った、勘助が肩を揺すって闇に姿を没した。

 信虎は信玄の上洛の軍旅を知るとお弓を伴い、信濃の伊那郡に移り住み、

信玄の死去を知り落胆の日々を過ごし、翌年の二月三日に、その地で没した。

享年、八十一才であった。

 山本勘助とお弓が、何処で生涯を終えたのかは不明である。

 信玄の葬儀は遺言どおり三年後の天正四年四月十六日、恵林寺でとり行わ

れた。併し、この葬儀には前年の五月に起こった、長篠合戦により高坂弾正

をのぞき、馬場美濃守、内藤修理亮、山県昌景の三人は鬼籍に入り、葬儀に

出席する事はなかった。この六年後に武田勝頼と武田一族は信長に破れ、

甲斐の田野で自害し、武田家は滅亡するのであった。

 因みに「恵林寺殿機山玄公大居士」  これが信玄の諡号(しごう)である。

                (完)  

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Last updated  Dec 30, 2007 11:04:46 AM
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Dec 29, 2007
カテゴリ:武田家二代の野望
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この小説は明日をもって完了します、ご愛読を感謝いたします。

 この田口の東南十五里には徳川の属城、吉田城があるが徳川勢は討って

でる気配をみせない。多分、動きを窺がっているのだろう。

 信玄の輿は先鋒隊が用意しておいた宿舎に入り、信玄はすぐに臥所で横に

なった。彼の躯は綿のように疲れきっていたのだ。

 武田勢は吉田城への備えと、後方に対し警備を強化し夜を迎えていた。

 伊那街道への備えには、甘利昌忠が配下の騎馬武者で警護にあたっていた。

全く敵の動きはない。三月の物憂い風のなか甘利昌忠は街道脇に腰を据えて

いた。  「甘利さま、前方より騎馬が迫っております」

 甘利昌忠が闇を透かし見た、たしかに馬蹄の音がする。どっと甘利勢が駆け

出した、五騎の翳が街道を急いでこちらに向かって来る。

「何者か?」  昌忠が先頭から誰何した。  「なんじゃ、甘利昌忠か」

 聞き覚えの声とともに五騎が馬脚を緩めた。

「これは内藤修理亮昌豊さま、西上野から何処に参られます」

「馬鹿者、御屋形に用があり駆けつけるところじゃ」

「これは、とんだご無礼をいたしました」

 内藤修理亮昌豊は西上野の箕輪(みのわ)城主とし、今回の上洛軍に加わら

ず留守を守っていたのだ。

「甘利、こちらに」  内藤昌豊が馬を進め、一団から離れ声を低めた。

「御屋形のご容態は明日をもしれぬと聞かされたが、本当か?」

「真にございます。御屋形さまの息のあるうちに甲斐にお連れしょうと今は、

田口に宿営してございます」

「・・・-、判った。わしは先駆けするが、部下を頼む」

 武田家の宿老の一人、内藤修理亮は懸命に馬を駆けさせた。

「御屋形さま、お休みにございますか」  今井信昌が臥所に低く問いかけた。

「余は眠ってはおらぬ」  「西上野より内藤修理亮さま参られておられます」

「なに内藤昌豊が、通せ」  部屋の外で微かな咳払いがして静かに、三人の

宿老が姿をみせた。  「御屋形っ」  内藤は信玄を一目みて声を失った。

頬がこけ顔色が鉛色に変貌している。  「内藤昌豊、近う寄れ」

「ははっー」  「西上野より駆けつけてくれたのか」

 馬場美濃守と高坂弾正の二人も、信玄の枕頭に座った。

「御屋形、甲斐は直ぐにござる。お気を強くお持ち下され」

「死ぬる前に、そなたに会えるとは思はなんだ」  信玄の声がかすれている。

「そのようなお気の弱い事を申されますな」  内藤昌豊が平伏した。

「丁度よい機会じゃ、そちたちに相談がある。今井、そちは部屋の前で警護いた

せ、誰も部屋に近づけてはならぬ」  今井信昌が無言で部屋を辞した。

「さて昌豊、余は数日で死する」  信玄が強い口調で断言した。

「・・・」  「余が死んだのち誰が天下を獲るか、余にも判らぬ。じゃが、

武田家の天下取りは余で終りといたせ、勝頼では甲斐一国でも難しい」

「そのような事はこ゜ざいません」  馬場美濃守が静かに反論した。

「美濃、子の器量を見るは親の目が一番じゃ。勝頼は家康にも劣る」

「・・・」  「余が死んだら、上杉謙信と和睦いたせ、奴は稀有の武将じゃ。

よいの三人とも」  「畏まりました」  三名の宿老が肯いた。

「余の死は三年間秘匿いたせ。・・・それまでに知れてしまうが構わぬ。余の

存在が不明なだけに、敵は用心いたす。三年後に余を恵林寺に葬ってくれえ」

 信玄の呼吸が荒くなってきた。

「美濃、弾正、修理亮、勝頼がこと頼むぞ」  信玄は三人の名を区切るように

呼び、四郎勝頼の将来を託した。  「畏まってございまする」

「内藤昌豊、余はそちの顔をみて安堵いたした」

「御屋形、今宵はお静かにお休み下され」  内藤修理亮が頭を垂れた。

 翌日、武田軍団は田口を発ち、信州飯田の南西にある、駒場(こまんば)に

宿営した。ここは天竜川を臨む伊那盆地の一角で、三州路と美濃路の分岐点

にあたる山村であった。信玄の容態は酷く一日中昏睡状態となっていた。

 武田軍団は動けず、粛然と滞陣を強いられていた。

「馬場殿、もはや二万の大軍を留める必要はありませんな、半数は帰還させま

しょう」  高坂弾正の意見で、半数の軍勢は勇んで甲斐に帰路についた。

 残った将兵は信玄の宿営地を固めるように、山村の各所に駐留していた。

 四月十一日の巳の刻(午前十時)頃、信玄は昏睡から目覚めた。山野には桜

が満開に咲いている。信玄の枕頭には勝頼を筆頭に、御親類衆の武田逍遥軒

に、武田信豊が顔を揃え、重臣筆頭として馬場美濃守信春、高坂弾正昌信、

内藤修理亮昌豊、山県三郎兵衛昌景等が顔をみせていた。

「皆うち揃っておるの、余は夢をみていた。京の瀬田に武田家の御旗が

翻る夢じやった」  信玄の顔色に赤みがさしていた。

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Last updated  Dec 29, 2007 11:01:41 AM
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Dec 28, 2007
カテゴリ:武田家二代の野望
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「高坂、それに美濃もよく聞くのじゃ。余の命は長くは保たぬ」

 はっと、その場の三名が信玄を仰ぎ見た。

「余は五年も病と闘って参った。余が死ねば武田の上洛は泡沫となろう」

「・・・-」  馬場美濃守と高坂弾正が声なく俯いた。

 信玄が、「余の薬湯を」と、今井信昌に命じ、信昌が炉にかけられた土瓶

から、湯呑みに移し手渡した。

「これは余が調合したものじゃ。すでに五年間も飲み続けておる」

 信玄が湯呑みを手に包み込んで苦そう啜った。

「未練にみえるか、余は一日でも生き永らえ上洛を果たしたい。快癒せぬ事を

承知で飲んでおる、妄執かの」

 一瞬、信玄の顔に寂しげな色が浮かび、すぐに平静にもどった。

「美濃、弾正。今の徳川を見よ、もはや我等の敵ではない。我等は岐阜に向かう

のじゃ、信長は動けぬ」  「御屋形の決意、しかと心に刻みつけました」

「二日後に軍を発する」  「ははっー」  二人は平伏し拝命した。

「信昌、少し疲れた」  信玄は床に臥せ、手で二人に去るように促し瞼を

閉じた。その夜、信玄は再び喀血し高熱にうなされるのであった。

 鳳来寺の一室で勝頼を上座として、御親類衆と重臣連が全て集まっていた。

「勝頼さま、御屋形の病は益々悪化いたしております。この際はひとまず軍を

お引き下され」  重臣を代表し馬場美濃守が進言していた。

「馬場美濃、そのように容態が悪化しておるのか?」

 武田逍遥軒信廉が、非難するように訊ねている。

「最早、ご本復は無理かと」  「父上は、そのようなお躯か」

 勝頼が重苦しい顔つきで訊ねた。

「この鳳来寺に滞陣いたし、既に一ヶ月を経過いたしております。御屋形が少し

でもお元気なうちに甲斐にお連れいたしましょう」

 高坂弾正が沈痛な声を発した。

「なれど、父上は二日後に軍勢の出陣をお命じなされた」

「勝頼さま、御屋形はその夜に再び喀血され、意識がございませぬ。なんとして

も甲斐を一目お見せしたいものに御座います」

 馬場美濃守と重臣連が、勝頼と御親類衆に頭を下げていた。

 たが信玄は再度起き上がった、倒れてから五日後の事であった。枕頭(ちんと

う)に勝頼と逍遥軒、さらに馬場美濃守、高坂弾正の四人が凝然と控えていた。

「勝頼、余の命はあとわずかじゃ」  「父上っー」

「狼狽えるな。余は甲斐に帰国いたす、すぐに用意をいたせ」

 既に信玄は己の死期を予感しているようだ。

「信昌、例の箱をこれに」  信玄の命で今井信昌が、漆細工の小箱を勝頼の

前に置いた。  「勝頼、開けよ」  「はっ」   勝頼が箱の蓋を外し顔色を変え

た。  「これは」  悲鳴にちかい声を絞りだした。

 部屋の者たちの眼も釘付けとなっている、箱には百枚ほどの白紙が積み上げ

られていた。紙の左端には、信玄の直筆の署名と花押が押されている。

 一同は声なく白紙を見つめた。

「これは、余が数年前より用意しておいたものじゃ」  「父上っー」

「余は死ぬるが、これがある限り余は生きておる」

 武田家から全国に発せられる書状に、信玄の直筆の署名があるかぎり、

信玄存命の証しとなる。  「美濃、弾正、この書簡の意味は判るの」

「はっ」  二人は信玄の覚悟の凄さを改めて知らされたのだ。

「余を一人にいたせ」  一座の足音が途絶えるまで天を仰いでいたが、それが

消えると瞼を閉じた。  「無念じゃ」  血を吐くように呟いた。

 もう一歩で上洛が果たせたのに、京を目前にし帰国せねばならぬとは。

「父上、お赦し下され」  信虎の面影に向かい信玄の目尻から涙が滴った。

 三月末、突然に武田軍団が鳳来寺を発った、先陣には武田家の至宝である

諏訪法性と孫子の御旗がたなびき、本陣には白鹿毛に跨り、唐牛の白毛の

飾りのついた諏訪法性の兜を、深々と被り、伝来の鎧の上から朱の法衣を纏っ

た信玄が粛々と進んでいる。これは影武者であった。

 信玄の弟の武田逍遥軒信廉が、務めていたのだ。

 軍団から少し距離をおき輿が続いていた、見る者がみたら一目で異様に映る

光景である。警戒の武者が密集隊刑で輿を取り囲んでいる。

 いずれも凄腕の家臣である、さらに武田の忍び集団が周囲を警戒している。

 輿のなかで信玄は憔悴した顔をしているが、眼光を炯々と輝かせ揺られてい

た。すでに全国制覇は諦めたが、甲斐を見るまでは死なぬ、と心に決していた。

 武田軍団は緩やかな速度で粛々と、伊那街道を北上している。

 何も知らない兵等は国に帰れる喜びを隠そうともせず、眼を輝かせている。

 その日は、鳳来寺北方八里に位置する田口に宿営した。

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Last updated  Dec 28, 2007 11:05:19 AM
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Dec 27, 2007
カテゴリ:武田家二代の野望
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 そんな時期、東美濃の秋山伯耆守信友より朗報が届いた。岩村城に続き、

明智城をも攻略したとの知らせであった。信長の足元に火が点いたのだ。

「信友、やるわ」  信玄は上機嫌でその朗報に接した。

 野田城を包囲し半月が過ぎ、籠城する菅沼勢が仰天する出来事が起こった。

 五十名ほどの人夫が、城の崖下を掘りはじめたのだ。

「何事じゃ」  「崖を崩す算段とみた」 城内の兵等が笑いを堪えていたが、

人夫たちの真意を悟り真っ青となった。

 信玄は甲斐から、金掘り人夫を呼び寄せ崖の下を掘りすすめ、野田城の水脈

を断ち切る作戦にでたのだ。これには城主の菅沼定盈も仰天した。

 二月五日、水脈が切れた。籠城の将兵は絶望感にうちひしがれた。

 菅沼定盈は城内の甕(かめ)等に、水を貯え十日ほど籠城を続けたが、水の

渇望により、二月十五日に城を開き武田の軍門に降った。

 またしても徳川の最重要拠点の野田城も、二俣城同様に水の手を断たれ落城

したのだ。これにより、徳川勢は三河での活動が不可能となり武田勢は磐石な

体勢となった。信玄は野田城を山県三郎兵衛に守らせ、自ら軍団を率い野田城

の東にある、鳳来寺に向かった。

 鳳来寺は由緒ある山寺であった、開山の時期は彰かではないが、利修上人に

よると伝えられている。寺の本堂に至るには千数百段の石段を登らねばならな

い、途中の参道は鬱蒼とした杉林に覆われ、尊厳な雰囲気が漂っている。

 武田軍団は山裾や峰の林のなかに滞陣していた。

 全将兵が不審を感じていた。  「御屋形さまに何が起こったのじゃ」

「いや、戦勝祈願と聞いておる」  それぞれが密やかに語り合っている。

 信玄は野田城攻略後、ほとんど外に姿を見せることがなかった。

 寒気で風邪をこじらせ、労咳がいっそう悪化していたが強靭な気力で保っ

ていたのだ。 「余は死なぬ」 何度となく信玄は気力を奮い立たせていた。

 既に馬場美濃守と高坂弾正、さらに警護頭の今井信昌の三名は信玄の病を

知っていた。武田忍びの頭領、河野晋作も信玄自ら聞かされ承知していた。

その為に輿を担ぐ人足は、すべて忍びの衆で固められていた。

 戦塵のなかで病魔と闘うよりも、暖かい布団のなかでゆっくりと療養した

い気持ちとなったのだ。信玄は鳳来寺の客殿に臥せっていた。

 ようゆく容態も安定し、顔色に血色も戻ってきた。

「余は病魔をねじ伏せた」  それがつかの間とは承知しているが嬉しい。

 季節は三月を迎え、野鳥のさえずりが心地よく聞こえる。

 天下の耳目は武田信玄の動きに注目している、昨年の末には遠江の三方ケ

原で、徳川、織田の連合軍を完膚なく破り三河に進出した。

 さらに三河の徳川家の重要拠点の野田城を攻略し、ぴたりと動きを止めてい

る。信玄の次なる標的は何処か、色んな憶測が飛んでいるが、武田軍団は

鳳来寺に留まり動く気配をみせない、これ事態が異常に思われる。

 こうした状況下で京で二月十三日に将軍義昭が、信長打倒の兵をあげた。

この背景には信長包囲網の完成にあった。

 織田家の尾張、美濃は西に石山本願寺、三好三人衆、六角承禎(じょうてい)、

浅井長政。南は長島一向門徒衆、北には朝倉義景、加賀一向門徒衆、さらに

東からは破竹の勢いで武田軍団が迫っていた。

 義昭は浅井、朝倉に決起の御内書を発し、本願寺の顕如は近江の慈敬寺に

檄をとばしていた。四日後に義昭は御所の濠普請をおこない、近江石山と今堅

田に砦を築いていた。義昭の信長包囲網は、信玄の発病で絵に書いた餅となっ

ているが、彼は知らず、ひたすら信玄の上洛を待ち望んでいた。

 信長は義昭を牽制し、岐阜城で信玄の進攻を戦慄する思いで待ち受けてい

る。すでに東濃では武田勢に明知城を攻略され、彼等は岐阜城を虎視眈々と

して窺がっている。

 これが、信長の置かれた情況であり、彼は最大の危機を迎えていたのだ。

 だが信玄は三河で動きを止めた、それが不気味であった。

 信玄の臥所に馬場美濃守と高坂弾正の二人が、忍びやかに訪れていた。

 二人とも甲冑を脱ぎ、籠手と脛当姿の軽装であった。

「両人、現われたか」  「御屋形、今朝は血色も宜しいようで」

「心配をかけた。今井、余は起こせ」

 信玄が起き上がり、脇息に身をあずけた。傍らには今井信昌が控えている。

「御屋形、甲斐にひとまずお戻り下され」  馬場美濃守が声を励ました。

「美濃、今になって引き返しては、何のために討ってでたのか意味を成さなく

なる」  信玄の声に力が漲っている。

「承知で申しあげておりまする」  「高坂、そちも同じ考えか?」

「はい、御屋形あっての上洛にございます。ひとまず甲斐に戻り、お躯を治し

京にのぼりましょう」

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Last updated  Dec 27, 2007 11:15:50 AM
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Dec 26, 2007
カテゴリ:武田家二代の野望
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 この三方ケ原合戦の大勝利は、瞬く間に諸国に広まり、石山本願寺の

顕如は、信玄と勝頼に太刀や虎の皮を贈って勝利を祝った。

 更に顕如は遠江、三河、尾張、美濃の一向門徒衆に指示を発し、岐阜の

近郊に要害を築かせ、信長を脅かした。

 信長は窮地に陥り、近江から軍勢を引きあげる必要に迫られ、十二月三日

に突然、軍勢を返した。その時の越前の朝倉義景の態度が不自然であった。

 戦略的にみるなら、信長が兵を引いた時期、小谷城の浅井長政と共に織田勢

に対し、追い撃ちをかける、これが常道であるのに義景はそれをせず、織田の

撤兵を見送り、大嶽(おおずく)から軍勢を越前に引いたのだ。

 それを知った信玄の失望は大きかった。直ちに将軍義昭に書状を送り、再度

朝倉義景に出兵を促すよう、申し送ったが義景は出馬を見送ったのだ。

 ただ、時期が悪い。この時期、越前は雪に埋もれていたのだ。

          (妄執の果て)

 信玄は刑部の陣営で病魔と闘っていた、武田の将兵も知らず、勝頼さえも

知らない秘事であった。織田信長も徳川家康も動かぬ武田軍団を注視してい

た。既に徳川勢は浜松城に籠城し、家康に従属していた豪族が武田に降り、

単独で攻めかかる力を失っていた。

 信玄は本陣で愛用の土瓶をかき混ぜ、己の余命を考え続けていた。

 恐らく京までは保たない、これが信玄の偽らぬ思いであった。

 この刑部でも、何度となく喀血していた。その度に躯から力が失せる、だが、

最近は小康を得て徐々に力が漲ってきている。

 本当に病が小康情況となったのか、信玄自身もつかめずにいた。

「人は死ぬ直前に一時的に元気を取り戻すと申すがな」  信玄は独り言を呟き

土瓶の薬湯を口にしていた。上洛は己一人の願いではない、父の信虎の念願

でもある。越後勢と大合戦を演じた川中島で討死を遂げたと偽った、山本勘助

の願いでもある、無性に勘助に会いたかった。

「奴の事だ、どこぞで余を見守っておる」  そんな思いがしていた。

 二俣城攻略の秘策は、父の信虎と勘助の謀略であった事は承知しているが、

あれ以来、一切の連絡は途絶えていた。

 信玄は湯呑みを口にはこび、苦い笑いを浮かべた。快癒する見込みのない己

が何故に、このような薬湯を飲んでいるのか、自虐の笑いであった。

 部屋は蒸すように暑い、信玄の肺は外気を受けつけぬほど弱っていたのだ。

 早う、春になるのじゃ、余は春を待って美濃に進攻いたす。あの、悪逆非道な

織田信長を打ち倒し、京の都に上り武田家二流の御旗を瀬田に立てる。

 戦国大名として武田信玄は、最後の夢を己の余命に託していたのだ。

「明朝を期して野田城攻略の軍を発する」

 信玄の下知が下った日は、一月二十二日のことであった。

 野田城は長篠城の西南に位置し、この刑部より六里ほど西に向かった地点に

ある。城は豊川右岸の台地の突端にあり、柔ケ淵の絶壁を防壁とした城は、

堅固そのものの城で聞こえていた。

 城主は菅沼定盈(さだみつ)である。彼は初めは今川家に属していたが、永禄

四年より徳川家康に属した。

 翌日の二十三日は、風もない快晴の日和となった。信玄は愛馬の白鹿毛に

跨り、軍団の中陣で進んでいた。快晴にもかかわらず綿入れの頭巾を被り、

眼だけを出し熊の羽織りを纏っていた。

 一時も早く片づけたい、これが信玄の思いで山県三郎兵衛の赤備えと勝頼

の率いる、騎馬武者が先鋒として出撃していた。

 二万八千の大軍が刑部を出撃し、豊川の河原に集結を終えたのは正午であ

った。蟻一匹、逃さぬ陣形で野田城を包囲した。

 菅沼定盈は、眼下に展開する武田軍団の威容をみつめ全滅を覚悟した。

 城から見下ろせる南の日当たりの良い箇所に、人夫たちが手際よく簡単な

本営らしき建物を建てている。  「あれが武田の本陣か」

「強襲したいが、届くまでに全滅じゃな」 それほど見事で巧緻な陣形である。

「籠城じゃ」  幸いにも兵糧は十分にある、二俣城と違い井戸水も豊富に

ある。武田勢の攻め口は、城門の急峻な小道が一筋のみ、一年でも保てる。

 その内に、徳川勢か織田勢の援軍も駆けつけるであろう。

 こうして対陣が始まったが、武田勢は包囲したたげで攻撃を控えている。

 家康は織田信長に救援の使者を遣わし、何度となく出兵するが、堅固な

武田勢の防衛線に阻まれ、虚しく浜松城にもどるのみであった。

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Last updated  Dec 27, 2007 11:14:58 AM
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Dec 25, 2007
カテゴリ:武田家二代の野望
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「徳川家康殿、見参ー」 先頭の武者が朱槍の大身槍を旋回させ、追いすがっ

てくる。  「奴が山県昌景じゃな」

 家康の周りの武者が、数名は馳せもどり槍を合わせたが、瞬く間に衝き伏せ

られ馬上から転がり落ちている。

「馬を返されよ」  山県三郎兵衛の声が、羅刹の声に聞こえる。

「殿ー」  前方から出迎えの騎馬武者が駆け寄り、赤備えに向かって行った

が、苦もなく突き落とされた。家康は馬の平首に顔を伏せ、懸命に逃走した。

 浜松城の大手門が見えてきた。「助かった」  辛うじて城門に駆けこんだ。

「殿っ、ご無事でしたか」  守備兵が群って迎えた。

「無念じゃ」  家康は馬から転がり落ち、大きく息を吐いた。

「殿っ」  騎馬武者が血槍を抱え駆け戻ってきた。見ると大久保忠世の弟の

大久保忠佐である、彼も全身血塗れの姿である。

「篝火を増やせ。城門は閉じるな」

 家康はあとから逃げ帰る家臣を思い、慌しく命じ奥に引き上げた。

 続々と敗残の将兵が戻ってくる、その中に酒井忠次が交じっていた。

「武田の赤備えが迫っておる。決して城に入れてはならぬ、大太鼓を打ち鳴ら

すのじゃ。その方等は城門の翳に身を潜めておれ」

 酒井忠次が下知し、大久保忠佐と左右の闇に身を隠した。

 浜松城の大手門は、大きく開けられ篝火が夜空を焦がしている。

 怒涛の勢いで浜松城に迫った山県三郎兵衛が、大きく馬をあおらせ兵等を

留めた。彼の眼前に赤々と篝火に照らされた城門が見えるが、一兵の守備兵も

見当たらない。ただ、大太鼓の音が不気味に響いてくるだけである。

 流石の赤備えも急迫のために、兵が集まってはいない。迂闊に城に突入は

できぬ、敵になにか策がありそうじや。山県三郎兵衛は無念の思いで兵を返し

た。これが歌舞伎で有名となる、「酒井の太鼓」であるが、武田勢が軍勢を

返し、家康の首を取らなかった事が謎として残された。

 家康は辛うじて助かり、湯漬けをかきこんで大鼾をかいて不貞寝を決め込ん

でいる。こうなったら為るようにしか為らぬ。その間に、続々と敗残の将兵が

引きあげ、全てを収容して城門が閉じられた。

 こうして三方ケ原合戦は終息をみた。徳川勢、戦死千三百余名、一方の

武田勢は三百余名の損害を出したが、一方的な武田勝利の合戦であった。

 勝利を確信した信玄は、三方ケ原台地で陣形を整え宿営した。浜名湖より吹

きつける風が強風となって宿営地を襲い、幔幕が風に煽られている。

 信玄は篝火を増やし、冷えた躯を暖め思案している。このまま浜松城を包囲し

落城まで追い詰めるか、三河に向かい野田城を陥落させ岡崎城に攻め寄せる

か。信玄の額に冷たい汗が滴っている、呼吸をする度にぜいぜいと異様な音が

する。  「敵襲じゃ」  先陣から兵のどよめきが起こった。

「何事じゃ」  「敵の夜襲かと思われます」

 旗本の今井信昌が、落ち着いた口調で答えた。馬場美濃守と高坂弾正の

両将が、草摺りの音を響かせ本陣を訪れてきた。

「御屋形、徳川勢もなかなか遣りますな」  「夜襲と聞いた」

「左様ですが、既に追い散らし申した」  美濃守が騒ぎの報告を述べた。

「誰じゃ、夜襲の大将は?」  「大久保忠世との知らせにございます」

 代って高坂弾正が答えた。  「家康め、若いに侮れぬな」

「忍びの知らせでは家康は逃げ戻り、湯漬けを喰らい大鼾で寝込んでおるそうで

す」  馬場美濃守の言葉に、瞬間、信玄が暗い眼差しをした。

 四郎勝頼とほぼ同年代の武将である、勝頼と家康を脳裡で比較したのだ。

 武将としは家康が数段に優れておる、それが虚しく過ぎったのだ。

 浜松城に籠城もせずに果敢に出戦した覚悟も見事であり、更に夜襲をかると

は到底、勝頼には真似が出来まい。そう思うと己の病魔が忌々しいのだ。

 だが、夜襲の件は家康の知らない事であった。大久保忠世が独断で行ったも

のであったが、武田勢はそれを知らずにいたのだ。

「御屋形、お顔の色が優れませぬな」  美濃守が不安そうに訊ねた。

「両人、済まぬが甲冑を脱がしてはくれぬか。些か疲れた」

 二人が甲冑を脱がせ、寝衣装に着替えさせ、眼を見つめあった。

 逞しい信玄の躯から肉が削げ落ちている、彼等は信玄を臥所に寝かせ足音を

忍ばせ本陣を去った。  「馬場殿、御屋形はご病気かも知れませぬな」

「高坂、今宵のことは二人だけの秘密じゃ」

 信玄股肱の宿老は不安を胸に秘め、引きあげた。

 翌日、信玄は軍団の引き上げを命じた。

 武田軍団は、三方ケ原台地を西に向かい刑部(おさかべ)に宿営した。ここで

天正元年の正月を迎え、一月十九日まで滞陣を続けるのだ。

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Last updated  Dec 25, 2007 03:36:20 PM
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Dec 24, 2007
カテゴリ:武田家二代の野望
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「申しあげます、武田勢、祝田を背に三方ケ原台地の北端に陣構えを整えて

おります」  物見の報告である。

「祝田を背に陣を構えたか」  あの地の背後は深い崖がある、追い詰め逆落

としに攻め込む。家康の脳裡に一瞬勝利の望みが湧いた。

「使い番、各将に伝えよ。これより合戦に入る、鉄砲隊の射撃と同時に鶴翼の

陣で武田勢を押し詰めるのじゃ」

 使い番の武者が味方の勢を掻き分け消えた。

 信玄は三方ケ原の犀ケ崖に本陣を構えた。そこには根洗いの松と呼ばれる松

の大木があり、信玄は諏訪法性の兜と鎧をまとい、寒さよけに熊の羽織りをは

おって松を背に床几に腰を据えていた。

 地鳴りような喚声がわき、銃声が台地を揺るがした。双方とも鉄砲の銃撃で

合戦の火蓋をきったのだ。

 徳川勢、一千三百名の兵を率いた石川数正と、三千名を擁する武田の先鋒

隊、小山田信茂の勢との激闘で幕をあけた。

 二倍以上の兵力をもつ小山田勢が押し気味に戦闘を続けている。

 長柄槍が突き出され、血刀を振り回し兵馬が狂奔している。

 味方の不利を悟った右翼の酒井忠次と、左翼の本多平八郎と織田の三将の

勢が小山田勢を押し囲むように猛烈な攻撃をはじめた。

 芋を洗うような混戦の中、小山田信茂の勢のみで徳川勢と渡り合っている。他

の勢は、その合戦の様子を静まり返って見つめている。

 小山田勢は徐々ではあるが、巧妙に軍勢を後退させている。

「敵は怯(ひる)んだ、押し返せ」  本多平八郎の勢が猪突猛進した。

 信玄の本陣から、法螺貝が勁烈な音を響かせた。

 同時に静観していた馬場美濃守と高坂弾正の勢が、左右から本多勢を押し包

むように合戦に参加した。流石に武田家の誇る両将だけはある。

 一気に徳川勢を翻弄し、兵士が剽悍な勢いで本多勢を蹴散らしている。

「怯むな」  家康も自ら戦闘に参加し、後詰の大久保、内藤、鳥居、榊原勢が

三河兵の意地をみせ馬場、高坂勢めがけ雄叫びをあげ殺到した。

 徳川、織田の連合軍は全て合戦に参加したのだ。

 まさに阿鼻叫喚の体をようし、両軍の兵が死力をつくして戦っている。

 一旦、引いた小山田勢が息を吹き返し、再び攻めに転じた。

 徳川勢も果敢に信玄の本陣を目指しているが、三倍の大軍の壁に遮られ苦

戦に陥っている。武田の三将は互いに連携しつつ、大きく戦線を広げながら

徳川勢を包囲しはじめた。

 徳川勢は全軍が戦線に投入され、控えの兵力はないが、武田勢の半数以上

は控えに回り、戦闘の帰趨をみつめ動こうとはしない。

 本陣の信玄は百足衆の報告で全てを掌握している。

「鉄砲を放て」  傍らに控えていた鉄砲足軽の火縄銃が轟音を轟かした。

 馬場勢と高坂勢が一斉に軍を引いた。小山田勢も戦線から離脱を図ってい

る。徳川勢が不審に感じた時、天地が蠢動した。それは馬蹄の音である。

満を持していた武田勝頼と、甘利昌忠の率いる二千の騎馬武者が雄叫びをあ

げ、左右から、突風のような突撃をはじめたのだ。それは最早、合戦ではなくて

殺戮場であった、血が飛沫、徳川兵が逃げ惑っている。

 二千騎が縦横に駆けまわり、徳川勢を突き崩している。

 家康は先陣で槍を捨て太刀で奮戦していた。  「お引き下され」

 榊原康正と大久保忠世が駆けより、無理やり家康を馬に乗せた。

「まだ負けてはおらぬ」  家康が血塗れた太刀を振り回し、猛禽のような目で

戦場を見回している。周囲は絶望的な情況となっている。

「本多殿と石川殿等が兵を収容しております、一時も早く城にご帰還下され」

 榊原康正が襲ってくる騎馬武者を大身槍で突き伏せた。

「鳥居元忠は無事か」  「ご免」  大久保忠世が槍の柄で家康の馬の尻を

叩いた。馬が狂奔し戦場から駆けだした。

「織田の将、平手汎秀(ひろひで)討ち取ったり」

 戦場から勝ち名乗りがあがっている。この一戦で徳川織田の連合軍は完膚な

く破れさった。

「わっー」  突然、戦場の一角から喚声が沸き、武田の誇る最強の軍勢

赤備えが、家康の逃げ去った方向に向かい疾走をはじめた。

 先頭には山県三郎兵衛が、自慢の朱柄の大身槍を小脇としている。

 三方ケ原合戦は一刻(二時間)ほどで終った。厚雲の間から一筋の真っ赤な

夕陽が戦場を照らし出している、折れた槍や旗指物が散乱し、兵士の死骸や

死にきれない負傷者や、軍馬が無残な姿を晒している。

 家康は馬上で生まれてはじめて恐怖と無念を知った。あたりは逃げ惑う兵

が充満している。突然、兵等が恐怖の声をあげ街道から逃げ散った。

 馬蹄の音か迫ってくる、後方をふり向いた家康は声を飲み込んだ。

 武田家最強の赤備えの一隊が、追いすがってくる様が目に入った。

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Last updated  Dec 24, 2007 12:21:23 PM
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Dec 22, 2007
カテゴリ:武田家二代の野望
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 武田軍は浜松城を南にみて北西の、祝田(ほうだ)の地に向かって方向を

かえた。祝田は浜名湖の最北端にちかい位置にあり、その南東から上り坂が

続き三方ケ原台地に至る。

 武田軍団は途中から、再び方向をかえ祝田の地を背にし、三方ケ原台地に

のぼり追分の地に陣を構えた。

 その頃、徳川勢一万余は浜松城を出陣し、追撃に移っていた。

 その知らせが信玄の許に届いた。  「矢張り出て参ったか」

 彼の頬に血色がもどっている、戦国武者としての血潮が滾るのだ。

 信玄は蕭然(しょうぜん)たる冬の原野を進み、松林の下に本陣を定めた。

 辺りには石地蔵が祀られている。

「風が冷たい、幔幕を巡らせ」  彼は己の体調をおもんばかっていた。

 床几に腰を据え前方に眼を転じた、軍馬のいななきと馬蹄の音が心地よく

聞こえてくる。百足衆の一人、諏訪頼豊が疾走し駆けもどってきた。

「敵は小豆餅付近に押し出して参りました」  騎馬が興奮し足掻いている。

「うむ」  信玄が大きく肯いた。傍らには馬場美濃守と高坂弾正の両将が

控え、周囲は旗本の今井信昌、真田昌輝等が厳重に固めている。

「美濃、敵の陣形はどのようじゃ」

「物見の知らせでは右翼は酒井忠次(ただつぐ)、中央は石川数正、左翼は本多

平八郎に織田の三将にございます」

「いずれも音に聞こえた豪の者じゃ、家康はどうじゃ」

「後詰として中央に本陣を置いております。さらに大久保忠世、内藤信成、鳥居

元忠(もとただ)、榊原康正(やすまさ)等が控えておる模様にございます」

「一万の小勢じゃが、油断は禁物じゃ」

「心得ておりまする」  馬場美濃守が簡潔に応じた。

 家康は十町の距離をたもち、武田軍団の動きを見つめている。

「わしの下知まで待つのじゃ」  飽くまでも家康は慎重であった。

 彼の前には三万の武田軍団が、ひっそりと山の如く横たわり、旗指物が無数

に翻っている。その根元に獲物を狙う猛虎が牙を剥いてひそんでいるのだ。

 それが判るだけに攻撃の糸口を見え出せないでいる。

「よう粘るわ」  信玄も感心している、たかだか三十一歳の家康である。

「既に攻撃態勢は整え申した、一斉に押し出しまするか」

 戦機を感じとっ歴戦の馬場美濃守が訊ねた。

「陣形を変えよ、先鋒は小山田信茂の三千、右翼は美濃、そちが受け持て」

「左翼はいかが計らいまする」  「高坂弾正の勢に任せる」

 風が唸り声をあげて吹き抜け、残照が雲間に消えようとしている。

「更に中陣は勝頼と甘利昌忠の騎馬武者といたす、余の合図で進退いたせ」

「これは、面白い合戦となりまするな」  高坂弾正が嬉しそうな笑いをあげた。

「暫くは小山田勢に合戦を任せる、頃合をみて余の合図で右翼、左翼同時に

仕掛けよ」  信玄が厳しい声で命じた。 

「拙者と高坂がかき回し、その後に騎馬武者二千騎がけりをつけますか」

「そうじゃ、両人とも部署につけ」  「畏まりました」

 両将が草摺りの音を響かせ本陣から去った。法螺貝がゆるやかに鳴り響い

た。  「百足衆」  「はっ」  信玄の声で諏訪頼豊が現われた。

「軍団をゆるやかに北西に移す、小山田勢に後備えを命ずる。祝田の北端まで

移動したら、攻撃態勢を整える。さよう各陣に伝えよ」

 百足衆が素晴らし勢いで四方に散っていった。

「誰ぞある」  信玄の声に旗本の真田昌輝が本陣に顔をみせた。

「昌輝か、ご苦労じゃが山県三郎兵衛を呼んで参れ」

 そうしている間にも、武田軍団は秘かに陣を移動させている。

「山県昌景にございます」 赤具足に身を包んだ山県の精悍な顔が現われた。

「そちに特別な任務を与える。すぐに合戦が始まろう、二陣の騎馬武者の攻撃

が終ったら、そちの出番じゃ、家康の首を刎ねるのじゃ」

「はっー」 山県三郎兵衛が畏まった。

「首は冗談じゃが、家康を執拗に追い回せ、浜松城に逃げもどるまでじゃ」

「機会がござれば、徳川殿の首級頂戴いたしても構えませぬか?」

「それは最善の戦果じゃが、なかなか難しい、余り深追いはするな」

「畏まりました」

 三方ケ原台地に風が強まってきた、空も薄雲から厚雲に変化している。

 そろそろ夕刻が迫っている、徳川勢は移動する武田軍団を追いつつ戦闘

態勢を整えている。陽が落ちれば戦力の差など問題ではない。

 思わず家康が兜の眼庇より空を仰ぎ見た、急速に空が暗くなっている。

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Last updated  Dec 22, 2007 11:19:59 AM
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Dec 21, 2007
カテゴリ:武田家二代の野望
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 だが、徳川の領土は信玄の思うままに蹂躙され、三河の支城は戦わず

して降伏してる。なんとしても武将の意地をみせ、家康の存在を示さずば

男がすたる。家康は信長の要請と己の意地との狭間で、迷いに迷っていた。

 今朝の物見の知らせでは、武田軍団は二俣城から動く気配がないという。

 家康の決意が固まった。

「存念を申す。武田勢が浜松城に攻め寄せよせるなら、三河武士の誇りかけ

て決戦をいたす」  家康が甲高い声で叫び、一座に異様な空気が流れた。

「徳川殿、それは出戦という意味にござるか?」 滝川一益が鋭く訊ねた。

「左様、叶わぬまでも敵に打撃を与え、素早く籠城いたす」

 織田の三将は籠城策を聞き、家康の案に乗ることに決した。

          (三方ケ原)

 元亀三年十二月二十二日の卯の刻(午前八時)、武田軍団三万余が南下を

始めた。信玄は熊の羽織りをまとい輿に乗っての出陣であった。

 法螺貝が秋葉街道の山並みに炯々と響き渡り、武田二流の御旗が風に靡き

騎馬武者の大軍が先頭を粛々と進んでいる。

 その後を鉄砲足軽が武田菱の旌旗を背にし、黙々と鋭気をうちに秘めた進撃

をみせていた。それらの大軍の先陣として小山田信茂の三千が進み、盛んに

母衣武者が、背の袋を風に膨らませ物見のために山間に消えて行く。

 武田軍団動くの急報が、浜松城の家康にもたらされた。

「とうとう、動きおったか」  家康が天守閣から北東の山間部を眺めやった。

 物見が次々と馬を駆って武田勢の動きを知らせてくる、家康は小太りの躯を

城門に移し、報告を逐一受けていた。

「申しあげます、武田の先鋒は西ケ崎の部落を通過いたしました」

「なにっ、すでにそこまで押し寄せよったか?」

 本多平八郎が唐の頭の兜と自慢の黒糸嚇し甲冑姿で真偽を糺している。

 西ケ崎から浜松城までは二里の行程である。

「ここに攻め寄せる魂胆か?・・・・殿、いかが為されまする」

「為されます・・・・平八郎、なにを狼狽える」

「狼狽えてはおりませぬ」  本多平八郎が家康に食ってかかった。

「喚いておる暇があったら、手勢を率いて物見をいたせ」

 家康の口汚い言葉に、本多平八郎が手勢を連れた駆け出した。

 このまま武田勢に討ちかかり討死してやる。と、猪突猛進し武田軍団に

接近し眼を剥いた。重厚な陣形の武田軍団が彼方に見えた、衝きかかれば

一瞬にして反撃を食らう、すきのない陣形で押し寄せてくる。

「これでは犬死にじゃ」  彼は猟犬のように武田勢の動きを見張っている。

「なんじゃ」  突然に武田軍団が方向転換を始めたのだ。

 三方ケ原に向かう積りじゃな、と一目で悟った。

「使い番、敵勢は有玉から三方ケ原に向かうとみた、殿にそのように伝えよ」

 その知らせを受け、徳川の武将連が呆然とした。彼等の眼にも武田軍団の

異様な陣形が望見できるのだ、戦慄するような光景であった。

 数千頭の騎馬武者が、整然とした陣形で彼等の目前を横切っている。

 足軽の長柄槍隊の穂先が、折から昇った太陽の光をうけて鈍く輝き引きも

切らずに続いている。まさに壮観な眺めである。突然、武田随一の戦闘力を誇

る最強の赤備えの騎馬武者が密集し現われた。

「あれが、山県昌景の騎馬勢か」  どこから眺めてもすきがない。

「伝令をだし、本多平八郎に戻るよう申せ」  家康の下知がとんだ。

「はっ」  母衣武者が前方に駆け去った。  「殿、出戦は無理にござる」

「徳川殿、籠城のお下知を願いたい」織田の三将も必死で籠城を勧めている。

「信玄入道め、わしを挑発しておる。誘い出して殲滅したいのじゃ」

 本多勢が砂埃をあで帰還してきた。  「殿、我等には手が出ませぬ」

「ひとまず籠城じゃ」  家康の一声で城門が閉じられた。

 なおも、武田軍団は続々と浜松城の徳川勢に横腹を見せつけ行軍している。

「おうー」  突然、武田軍団から、挑発するかのような鬨の声があがった。

 浜松城の大広間で家康が歯噛みをしている。

 わしは、ようやく三河と遠江を手に入れた、しかしこのまま手をこまねいて

武田勢に勝手な振る舞いをさせるなら、わしの信用はなくなる。

 家康は目を据えて胸裡で考え続けている。

 三河武士の意地をみせる、これなくては徳川家の威信は地に落ちよう。

 この地の豪族の信を獲る事が出来ずば、徳川家は滅亡するのみじゃ。

 家康の躯に狂気が充ち、立ち上がるや凄まじい声を挙げた。

「石川数正っ、わしは武田軍に決戦を挑む」  「何を仰せになられる」

 真っ先に織田の三将が止めに入った。

「ここは、われらが領土。決戦が嫌ならお帰り願おう」  「・・・・」

 家康の剣幕の烈しさに、三将は沈黙した。

「良いか皆供、わしは叶わぬまでも出戦いたし、信玄入道の本陣に斬り込む、

皆も覚悟を固めよ」  家康の狂気がこの場の武将連にも乗り移った。

「おうー」  雄叫びが大広間に轟いた。

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Last updated  Dec 21, 2007 12:09:49 PM
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Dec 20, 2007
カテゴリ:武田家二代の野望
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 数日、何事もなく武田軍団は山の如く静まり返っていたが、城方の将兵が

仰天する光景が、目前に起こった。

 何艘もの大筏が上流から押し寄せるように、天竜川の激流を流れ下ってくる。

「敵の策略じゃ」知らせを受けた守将の中根正照は望楼から眺め唇を噛んだ。

 あの大筏が大櫓に激突すれば、水の手が断たれる。

 二俣城は大櫓から、釣瓶でもって飲料水を汲みあげていたのだ。

 城を包囲する武田勢の将兵も、息を飲み込んで見守っている。

 白い激流が岩にあたり、白い牙を剥いているような激流を大筏が流れるさま

は壮観な眺めである。筏は激流にもまれ岩に当たり砕けるものもあるが、

何艘かは大櫓に激突し、大櫓がきしみ音を響かせ、今にも崩れそうである。

 信玄は熊の羽織りを着込み帽子を深く冠り、その光景を見つめていた。

 容赦なく天竜川の冷たい川風が吹きつのってくる。

「わぁー」  武田勢の将兵が歓声をあげた、遂に大櫓が崩れ水飛沫をあげて

天龍川に雪崩落ちたのだ。

「これで二俣城は陥ちた」  信玄は満足し本陣にもどった。

 十二月十九日、守将の中根正照は城兵の命を引きかえに武田に下った、ここ

に、二俣城は落城したのだ。中根正照は人質を送り、家康の籠もる浜松城に

引き上げて行った。その様子を小十郎が、そっと眺めていた。

 一行の中に川田弥五郎の姿を見つけていたのだ。

 信玄は依田下野守信守に兵を授け、二俣城の修復と守将を命じ、久しぶりに

合代島の本陣を引き払い、二俣城を本陣とした。

 彼の躯も限界にちかい疲労が蓄積していたのだ。

 翌日、急報がもたらされた、とうとう織田信長の救援部隊が浜松城に入城した

との知らせであった。城の大広間には信玄をはじめとし、上洛軍の武将連が

全て集まっていた。  

「増援部隊の将と人数は?」 信玄にかわって勝頼が訊ねた。

「佐久間信盛、滝川一益、平手汎秀(ひろひで)の三将と三千名にございます」

「美濃を犯され、信長、臆したな」 信玄には信長の心境が手にとるように判る。

「これで浜松城に、一万一千名が籠もる事になりまするな」

 高坂弾正が不敵な面魂をみせ信玄を見つめた。

「これが籠城ともなると些か面倒」  馬場美濃守が顔を曇らせた。

 信玄が大地図を仔細に眺め、巨眼が鋭く瞬いた。

「三河、遠江の徳川の支城はほとんど潰した。浜松城は孤城となったの」

「はい、健在な城は遠江では高天神城、三河では岡崎城と野田城のみ」

 馬場美濃守が素早く答えた。

「浜松城を素通りし岡崎城を攻略いたし、五千も配置いたせば家康動けぬな」

「御屋形は、浜松城を素通りいたすと申されますか?」

「美濃、余の戦略は三策ある。ひとつは浜松城を素通りいたし尾張、美濃を

衝く。いまひとつは秋葉街道を北上し東美濃から一気に岐阜を衝く」

「それは、・・・」  馬場美濃守が唸り、「して、最後の策は」

 信玄が薄い笑いを浮かべた。 「家康次第じゃ。奴め若いに似ず強情、討って

出るやも知れぬ、これなれば上策じゃがな」  「討って出まするか?」

「勝頼、武将は信用が一番。弓取りとして諸国の武将に笑われては失格者じゃ」

 一言、父親として勝頼に薫陶を与えている。

「叶わぬまでも家康は一戦いたす、これが御屋形のお考えですか」

「余が家康ならばそういたす」  信玄が断固たる口調で言い切った。

 勝頼はじめ諸将連も、信玄の洞察力に勝る者は居ない。全ての者たちが

信玄の答えを待っている。

「今宵はこれまでじゃ」  信玄の顔に疲労の色が濃く滲んでいた。

 馬場美濃守と高坂弾正が顔を見合わせた。二人は信玄の顔色の悪さで何事

か察したようだ。

 武田軍団は二俣城から、動く気配もみせず不気味に居座っている。

 一方、浜松城では織田の三将を交えた軍議が開かれていた。

「徳川殿、我等は上さまのお考えをお伝えいたす」

 援軍の佐久間信盛が、信長の考えを告げた。

「このまま籠城をお願え申す」これが信長の伝言であった。

 信長の真意は徳川勢が、浜松城に籠城する事にあった。遠江を席巻した

武田軍団は、三河に進攻するか本国にもどるかだろう。戻るなら戻らせる。

しかし、三河に進攻するとなると浜松城の籠城が生きてくる。

 今、織田は必死で態勢を建て直している、これが完了した暁には総力を

揚げて三河に討ってでる、それで浜松城と連携し武田軍団を挟撃する。

 それなら間違いなく武田軍団に勝てる。

 それは、家康とて十分に判っている事であった。

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Last updated  Dec 20, 2007 03:39:43 PM
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