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カテゴリ:韓国という国
あれよ、あれよというまに焼けてしまいました。
そしてそれが終わったら、担当当局同志の責任のなすりあいですか。 いつもパターンは同じだ。 災害があってもそこから学ぶことを知らない。 恥ずかしい限りだ。文化財の火災はこれが初めてじゃない。 昨年も有名なお寺が焼けてしまって、みんなが残念に思ったはずなのに、この有様だ。 あんなに一生懸命勉強しているにもかかわらず、机の上では。それを生かすことができない。 いわれたことは、上手にこなしても自分の頭で考えて能率よく、作り出すことができない。 失敗は失敗としてそれ自体は、恥ずかしいことじゃない。 またやり直せばいいのだし、もっといいものが生み出すための教訓ににもなりえるのにそんなチャンスをいつも隠すのに精一杯で、根本を見直そうとしない。 社会全体がそうだ。人間が成熟していかないと感じる。 文化財が焼けているのに、消し方のマニュアルはなかったんかい。 消し方の専門家はおらんかったんかい。 な な なさけない、、、 韓国の象徴が焼けてしまったと泣いている人も多かった。 花を添える人もいた。 ソウルの真ん中に堂々とたっていた南大門害までは無残な姿に変わってしまった。 外国人の私でもこんなに胸が痛いのに、 決して起こってはいけなかったことが起こってしまったと残念に思ったけど。 文化に対する意識が低いのか、1週間もすると何事もなかったように感じている人が多いのは私の気のせいでしょうか。 精神性の低さでしょうか。 放火によって焼けたなんて、あんまり話題にしたくないのはわかるけど、このままだと第2第3の文化財や山火事また起こりそうな気がする。 地震がいつ来るかって心配しなくてもいいかもしれないけど、ビルが橋がデパートが地下鉄がいつまた火事でいい加減な工事で崩れるかもしれないと非常口をいつも確認する癖がついてしまいました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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