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すぎなのたより

ムクの死

2006年2月3日未明、ムクが死んだ。13才。まだ週3日バイトに出ながら百姓をしていた頃、バイト先に職員が拾った子犬を2匹連れてきた。「家の近くに、箱に入った子犬と親らしき犬と一緒に捨てられていた」という。親犬はどこかに行ってしまったらしい。この子犬の1匹をもらった。名前はムクとつけた。ムクという名の由来は、大学時代、当時学長だった山田無文老師が自坊から大学へ来る時、必ず後からついてくる犬。授業中は入口で待っていて、また一緒に自坊へ帰ってゆく。この無文老師の侍者のような犬がムクだった。

わが家にムクが来たのはたしか11月末、親から離れたばかり、夜は冷えこむので毎晩小屋に湯たんぽを入れてやった。ムクは湯たんぽに前足をかけて寝ていた。私は、ムクによろこびだけを教えればいいと思っていた。連れ合いがおすわり、待て、などしつけたが、できた「芸」はこれくらい。でも、とても人なつこくて、人間大好きな犬になった。郵便屋さんは毎日お愛想をいってくれるし、近くのおじいさんはアメをやりによくきた。おかげで番犬の役目はあまりしなかったが……。人間大好きでも犬はなぜか大嫌い。そのせいか、わが家と同様ムクは子を産まなかった。

倉渕で就農して15年、村内だ3回引っ越しをした。ムクも2回一緒に引っ越しをした。ムクの犬小屋は、最初に私が手づくりでこしらえた小屋を、そのつど移動させて使いつづけた。最後はボロボロで、床板をムクがゴリゴリひっかいて穴があいた。見るに見かねて、連れ合いの友人が昨年秋に床をなかしてくれた。

昨年暮れ、ムクのお尻が左に曲がってきた。動物病院に連れてゆくと、肛門わきに大きな腫瘍ができているという。手のほどこしようもないという。半分、高齢だし……という感じの説明。しばらくすると排便がしづらくなってきた。もう一度動物病院に連れてゆくと、触診中におしっこが出てしまった。おしっこもたまっていたのだ。その後は毎日、おなかを押して排尿させてやった。こんな状態でも、表情はいきいきしていて、人間みたいに心まで病んでこない。動物はえらいと思う。連れ合いが、大好きな散歩に連れてゆくと、歩き方はよろよろ、びっこをひきながら、すぐ立ち止まってしまうのに、帰ろうとすると坐ってしまい、「もっと散歩する」という目で見つめるのだという。

最後は、つながれている鎖すら重くてうまく動けなくなったので、鎖をはずしてやった。2月1日はみぞれまじりの雪で、1日中小屋で寝ていたが、2月2日は朝から晴天、気温も上がった。午前中、ムクは小屋からいざって外に出て、気持ちよさそうに太陽の光に向かっていた。まるで、大自然に溶けてしまっているような光景だった。太陽の光を求めて、だんだん小屋から離れていった。夕方には自力で帰れそうもないので、抱いて小屋に入れ、湯たんぽを入れた。最後の10日くらいは、毎晩湯たんぽと寝た。

ムクは、最初と最後は、湯たんぽがお母さんだった。2月3日未明、小屋に行ってみると、ムクは湯たんぽの横で動かなくなっていた。
(2006.2.3 S記)


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