26 しゅじゅ・の・いのり寂光・・・思い出した「しゅじゅ・の・いのり」パソコンの前に座っていると。 部屋猫〈かふん〉が、 膝の上に蹲(うずくま)る。 すこおし甘えたいのか と・・背中を撫でる。 すると。 スックと立ち上がり、 「窓」に向かって歩き出す。 外に出るのに、 すこおし立ち止まっただけ・・みたい。 今から20年くらい前の冬のこと。 私は「ヨルダン王国」アンマンの空港に降り立った。 その日は。 「世界最古のモスク」なんて市内観光。 日がな一日、ブラブラと歩いて廻った。 翌早朝。 約束しておいた「乗り合いタクシー」で、 首都アンマンから180km隔てた「ペトラ遺跡」を目指す。 一直線に伸びた道路に二分された「礫(れき)砂漠」は、 薄っすらと雪化粧。 厚く空を覆った雲の裂け間から、 強い日差しが差し込み始めると、 灰茶の砂漠が緑に変わる。 一斉に草叢(くさむら)が息吹を返したのだ。 その強靭な自然に息を呑む。 砂漠が微笑んでくれている。 不図、そんな考えが浮んでいた。 両側を高い岩盤に遮られた「蟻の道」を進む。 岩盤を刳(く)り貫いて造られた、 仄(ほの)かに桃色に染まる「エル・ハズネ」が現れる。 余りに滑らかで今にも溶け出しそうな神殿の様(さま)。 暫く堪能して、 そこから、山道に入る。 「ローマ時代のコイン」と云う触れ込みで、 現地の「老婆」が独り。 出土品(にせもの)を売りに現れる。 そして。 小金を欲しがる現地の「子供」が一人。 それも「楽しみ」のうち。 適当に相手をしながら、ゆっくりと登る。 頂上付近には。 大神殿「エド・ディル」が聳(そび)え立つ。 灰茶の岩石を刳り貫いて、神殿に造り変えたもの。 その「巨大な人工物」には。 費(つい)やされた膨大な年月の 拭(ぬ)い切れない「血涙(けつるい)の臭い」が漂っていた。 頂上に登り切ると。 眼下一面にイスラエル大平原が広がっていく。 その「雄大さ」に・・言葉を失う。 大岩の縁(へり)に座し、 煙草をゆっくりと燻(くゆ)らせる。 「人の営み」の如何に虚(むな)しきことか。 余りにチッポケな自分の存在が、 悠久(ゆうきゅう)に揺蕩(たゆた)う自然の流れに その意味を失って、ただ漂っていく。 立ち上っては消えていく、紫煙のように。 どれ程の刻(とき)が流れたのだろう。 拡声器のガーガーと云う雑音に混じりながら、 滔々(とうとう)とコーランが流れる。 辺りは。 既に夕闇に包まれようとしていた。 最近の私は。 「うつ」から少し開放されて、 『誰かに褒(ほ)められたい』 『誰かに認められたい』 と云う思いに・・如何も駆られているようだ。 「そんなこと」なんて如何でも良いのに。 そして。 「褒められたがる人々」が纏(まと)う「醜悪さ」には。 「辟易(へきえき)」しているのに。 そんな時。 「ペトラ」から見たイスラエル大平原を思い出した。 そして。 『侏儒の言葉(芥川龍之介)』・・を。 「侏儒の祈り」 わたしはこの彩衣(さいい)を纏(まと)い、この筋斗(きんと)の戯を献じ、この太平を楽しんでいれば不足のない侏儒(しゅじゅ)でございます。 どうかわたしの願いをおかなえ下さいまし。 どうか一粒の米すらない程、貧乏にして下さいますな。どうか又熊掌(ゆうしょう)にさえ飽き足りる程、富裕にもして下さいますな。 どうか採桑の農婦すら嫌うようにして下さいますな。どうか又後宮の麗人さえ愛するようにもして下さいますな。 どうか菽麦(しゅくばく)すら弁ぜぬ程、愚昧(ぐまい)にして下さいますな。どうか又雲気さえ察する程、聡明(そうめい)にもして下さいますな。 とりわけどうか勇ましい英雄にして下さいますな。 わたしは現に時とすると、攀(よ)じ難い峯(みね)の頂を窮め、越え難い海の浪(なみ)渡り ――云わば不可能を可能にする夢を見ることがございます。 そう云う夢を見ている時程、空恐しいことはございません。 わたしは竜と闘うように、この夢と闘うのに苦しんで居ります。 どうか英雄とならぬように――英雄の志を起さぬように力のないわたしをお守り下さいまし。 わたしはこの春酒に酔い、この金縷(きんる)の歌を誦(しょう)し、この好日を喜んでいれば不足のない侏儒でございます。 |