カテゴリ:Suiko108 うらばなし
十数年前、森下が雲南大理を旅した時のことです。
風光明媚な古都・大理の郊外には耳海(本当はさんずいの耳)と呼ばれる美しい湖があります。その岸辺の船で生活している漁民の家族があり(もしかしたら家は別にあるのかもしれませんが、船で炊事洗濯もしていました)、そこで小舟を雇って耳海遊覧に出掛けることにしました。船は年季がはいったボートくらいの小さな木製 の漁船です。朴訥そうな船頭さんが一人、立ったまま、ぎしぎしと櫓を漕ぎます。 美しい湖、青い空、透んだ初春の空気──素晴らしい体験なのですが、突如、森下の脳裏を過ったのは……。 「突然、船が止まって『うどんか、わんたんか』とか聞かれたらどうしよう!!」 世界中から旅行者が集まってくる場所には、スリ、闇両替など“おとなしい仕事”に従事する人々も集まってくるものです。道を歩けば「チェンジマネー?」、宿に泊まれば、壁に「室内での麻薬の吸引、人身売買は禁止です」と張り紙が。 雲南の省都である昆明の繁華街を歩いていた時には、後ろをついてくる男がいるのに気づき、あやしいとわざと立ち止まり、やり過ごそうとしたら、相手も立ち止まりました。「来た、スリだ」鞄をしっかりガードして再び歩きはじめます。すると、その男が近づいてきて、通りすぎざまに一言。 「なにを怖がっているんだい?」 もちろん、あなたです……。 そんなふうに、十分注意して旅してきたのに、美しい風景に心洗われたばかりに、うっかり見知らぬ船に乗ってしまうとは。こちらは女二人づれ。身には寸鉄も帯びていません。飛び込んで逃げるにも、春節を過ぎたばかりの湖の水は、さぞ冷たいことでしょう。 哀れ耳海の藻屑と消えるのか……。宋江のように震えてしまいましたが、名前を言ったら「あなたがあの」と助けてもらえる有名人でもありません。 船はすでに湖の中ほどに漕ぎだし、あたりには人影もありません。叫んでも届きそうな所に人家もなく……。すると、なにを思ったか、ふいに船が岸辺に向かって漕ぎだしました。こちらの警戒に気づき、怒って岸に放り出されるのでしょうか。 答えは、岸辺を行く西欧人男性旅行者をみつけ、「乗らないか」と営業するためでした。どうやら、うどんもわんたんも免れたようです。 空が急に明るくなったようです。 よく晴れた空の下、彼方に大きな島が見えます。岸辺には沢山の民家もあります。降り注ぐ陽光を浴び、絵葉書のように美しい風景。 「あそこまで行ける?」 尋ねると、船頭さんが当たり前のように言いました。 「だめだ。あそこには、泥棒が住んでいる」 ……聞き間違いだったのならいいのですが。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2007年06月21日 13時23分42秒
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