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さとけん777
老舗スロットメーカー「山佐」を心から愛する者のホムペです。同士募集!!
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明日で震災から1月経ちます。 大きな余震はあるし、なかなか落ち着かない感じですね。 それにしても、地震予知連が大きな余震の発生確率を、 10%と言った矢先にこれですから…スロだったら演出で、 10%と出たらそれは、基本100%来ないレベルですよ。 しかし、それが当たってしまうという事は、予知はあてに ならない事を前提にして、例え地震があっても大丈夫な様に 動かなきゃいけないようです。 さて、2回目は、野蒜・石巻周辺のレポートとなります。 前回で書いた多賀城の後に行ったこの地ですが、 かなり海に近いため、被害程度がより酷いものに なっている事が予想されました。 今回、行ったあたりは地図で示すと、下の図1あたりに なります。 この地図はグーグルのものですが、グーグルの地図って、 航空写真にもなりますよね。 それで試しに航空写真を見たら、被災地の地域は もう震災後のものに変更されていて驚きました。 最初にたどり着いた野蒜の地。 「ノビル」というヘンテコな響きが印象にある事と、 ずっと前に海水浴や潮干狩りに来たりした程度の土地で、 そんなに詳しく知ってる土地ではありません。 なので、軽く通り過ぎるだけでいいかと思いつつ車を 進めました。 図2のあたりに入ると、妙な光景が目に入ってきました。 とにかく何も無い所・・・でも、家とかがあったんだろうなと 分かるものが残っている・・・そんな光景です。 骨だけが残っているような、寂しい光景です。 車を降りて、歩いて海へ出てみると、岸壁の一部が 崩れていました。しかし、ここ以外の砂浜や松林などは 綺麗なものです。 自然は強いなと感じました。 しばらくこの辺りを歩きました。 車を降りたときから感じましたが、背中の当たりが ゾワゾワとなんだか、変な感じがします。 多賀城の時は回りに車が走り、生きている人の感覚が ありましたが、ここには全く誰も居ません。 まだ午前中の明るい時間なのに、墓地を歩いているような 気味悪さを感じました。 車に戻ると、ホッと息をつけました。 ゆっくり車を出して、ふと遠くを見ると、遠くに自衛隊の車が 停まっているのが見えました。 停まってる車の下の所に、大きく水が溜まっている土地が見え、 そこに長い棒を持っている隊員が見えました。 思えば、捜索活動をされていたのかもしれません。 野蒜を離れて、石巻に向かいました。 途中東松島・矢本と通過しましたが、どこも泥水に浸かり 沿道では泥を掻き出したり、家々は濡れた家財を表に 出したりしていました。 石巻には、メインストリートである大街道を通りはいりました。 ここでは、物品や灯油の配給や炊き出しが行われているせいか、 表に人が結構多く、活気があるように感じます。 しかし、傷付いた建物や泥をかぶった道路など、津波に 掻き回された跡がかなり濃く残っているので、まるで外国に 来たのかと思うような印象を受けました。 そのまま、海の方へ車を進めて行きました。 すると、地図3の辺りに入ると、次第に田舎道みたいに 土を被った道路になり、大きな水溜りがあったりする デコボコの悪路になりました。 そして、見渡す限りの残骸の山が広がる無残な光景が 広がっていました。 野蒜では海にかなり近かったせいか、全て流されまっさらに なっていましたが、ここでは破壊された後流されずに、 全て取り残された感じを受けました。 地図4にファミリーマートが見えますが、その現在の様子が これになります。 グルリと回ってみて、石巻では、多賀城の比ではなく 泥・ガレキ・ゴミの量が半端無く多く感じました。 まずは、これらを片付け終わってから、本当の復興への 道筋が見えてくるのではないかと思います。 どう足掻いても、被災地の様子を伝え切れないのが もどかしいですが、今後も継続的にレポートを続けようと 思います。