こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

2021/01/20(水)05:22

《巡視員時代》「釣り老人」

純粋バカ一代(526)

【1】 巡視中、車の中から川を眺めていたら、フェンスの内側に入って釣りをしている人が見えた。運転手さんに聞くと、去年から来ているのだそうだ。言っても聞かないよと言う。 「下へ降りてください」 「え、行くの?」 「行きます。注意してきます」 フェンスで仕切ってあるのだから、立ち入り禁止のはずだ。フェンスは一部が壊されている。そこから出入りしているようだ。 フェンスの中に入ってみると、釣りをしている老人だった。近隣住民らしい。 しかし、フェンスを壊して河川に入るなどということは許されない。 「ここでは釣りはできませんよ。フェンスの中に入らないでください」 老人は「へへ」と笑っている。 それでも、注意せねばならないだろう。 「危ないですから、外へ出てください」 【2】 老人は、いうことを聞かずににやにやするだけだった。仕方がないのでそこから立ち去った。 役所的に言うなら、何か起こっても、注意はしたという事実は残るというものだ。 翌日、人がいなかったので、フェンスの壊されていた部分を針金で修復した。これで入る気は失せるはずだと思っていた。 その翌日、老人が釣りをしている。フェンスの修復した場所をまた壊して入ったようだ。 運転手さんに「降りてください」と言った。 「え!行くの?」「はい、行きます」 車からおりて、老人に向かって言った。 「おい、ぼうず、この場所は魚がいないところだから、釣れねぇぞ」 なぜ、親よりも年上の人に『ぼうず』と言ったのか、自分でもわからなかった。 「わかってるよ。ほっといてくれよ」 と老人は言う。 【3】 ほっといてくれよと言われたが 「ほっとけないな。今日は午後から雨だぞ。その年で濡れたら風邪ひくぞ。今日だけは、いい加減ににて帰れよ」と言った。 その老人は、横を向き「わかったよ」と手を挙げていた。横顔が泣き顔に見えた。 車に戻ると、運転手さんが 「あのじいさん泣いてたね」 「やっぱり、そう見えました?でも、なんでないたんだろう」 「うれしかったんじゃない。あんたに声かけてもらって」 「声かけただけで、泣くほどうれしいものですかね。よっぽどさびしい人なんだな」 「さびしいから、釣れもしない場所でひとりで釣りをしてたんだろうね」 「ふ~ん」 翌日、おじいさんは来ていなかった。また、フェンスを修復して入れないようにした。 【4】 それから、釣り老人は見かけなくなった。フェンスの修復したところも見たが、もとのままだった。 来なくなったら、心配になった。運転手さんに 「あのおじいさんどうしたんでしょうね」と言った。 「なにかほかに楽しみができたんじゃないの」 「老人ホームでかわいいおばあちゃん見つけたりして」 「案外そういうことかもよ」 「それならそれでいいですけどね」 (終)

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