こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

2021/01/26(火)06:02

《巡視員時代》「カメラおじさん」

純粋バカ一代(526)

【1】 江戸川を巡視していたら、河川敷で中年のおじさんが、木を工作しているのが、堤防の上から見えた。 舟の桟橋でも作るつもりなのか。それなら河川法で禁止されているのだから、止めなければならない。 運転手さんに「止めてください」と言って、車から降りて、堤防を駆け下りた。いきおいがついて止まらず、川べりまで来た。「おっとっと」 川べりまで来たついでに、平らな石を拾って「水切り」を何回かした。 おじさんはきょとんとして俺を見ていた。 こちらが「こんにちは」と声をかけたが、 「なにやってんだ?」と聞くので 「水切り」 「『水切り』って?…」 「水切り?平らな石を水面をはずませて投げること」 【2】 おじさんは、手書きの設計図を書いて、工作をしてるようだ。 きょとんとしているおじさんの前に行って、空を見上げて言った。 「今日は、いい天気だな。雲ひとつないな。宇宙を見てるみたいだ」 「あんた、宇宙が見えるのか?」 「見えますね。青空の向こうは宇宙でしょうから」 おじさんも空を見上げていた。口を開けて。 俺は、遠い堤防に目を移して言った。 「青い空と緑の堤防のコントラストがいいな。 寒色同士のコントラストってのもいいもんだなぁ」 「寒色ってなんだ?」 「寒色?寒い感じの色。青とか緑とか。赤や黄色は暖かい暖色…ですけど」 「寒色かぁ」と言って、おじさんも遠くを眺めていた。 【3】 ある日、堤防の上を車で移動中、先日の木工作おじさんが立っているのが見えた。なにか黒い塊を、大事そうに持っている。 俺を待っているようにも見える。黒い塊は武器か。 近づいて行って、車から降りて「こんにちは」と声をかけた。黒い塊に見えた物は、一眼レフカメラだった。 「どうしたんですか?そのカメラ?」 「いや、買ったんだよ。趣味で始めようと思ってな」 「そうですか。いいカメラですね。高かったでしょう」 「そうなんだな。けっこう高いものなんだな」 「で?何を撮るんですか?」 「江戸川だよ。あんた言ってたじゃないか。寒色同士がいいって」 「そうでしたね」 河川敷の木工作品はきれいになくなっていた。 【4】 結局、木工おじさんには、河川に桟橋など作るのはだめですよなどとは、一言も言わなかった。おとなに、杓子定規な注意などしても素直に聞いてくれない、と考えていた。もっと、凝ったことをして、違法行為を止められたらなぁ、と考えてはいたが、なかなかうまいことはいかない。 でも、木工おじさんは、俺と会話して、カメラを始めた。木工はやめてカメラにしたらとは言っていないんだけど。 結果的に、違法な桟橋など作って、舟遊びをするより、カメラが趣味になってよかった。 カメラなら、続けられれば老後の暇つぶしの趣味にもいいだろうし、舟遊びよりは、品がいい感じがするし、おばちゃんたちにもモテるかもしれない。 巡視員としては、違法行為を止められたし、おじさんはカメラおじさんになって、楽しんでくれるだろうし…めでたし…めでたし… 【5】 ある日、堤防を車で行くと、カメラおじさんがたっていた。手には、金色に輝く物を持っている。あれで、たたくつもりなのか。 近づいていくと、金色に光るものは、長さ30cmほどのトロフィーと見て取れた。 車から降りて「こんにちは」と近づいていくと、カメラおじさんは挨拶もせずに 「このあいだ、写真のコンクールに初めて出品したら、佳作になっちゃったんだよ」と言う。 「へえ~。初出品で佳作受賞。そりゃすごいね」 「いやあ、まさか受賞なんてないと思って出したんだけどな」 「よかったね。せっかく始めた趣味なんだから…励みになるんじゃない」 「励みにはなるけど、おれなんかが、こんなものもらっていいのかよ」蔭佐の 「いいんだよ。審査の結果なんだから」 【6】 「これは、あんたにあげたいんだよ」 と、カメラおじさんは、トロフィーを差し出した。 俺は、ただカメラを始めるきっかけを作ってやっただけだから、おじさんのカメラセンスと技術の受賞だよね。 「いやいや、受け取れないな。これはおじさんの宝物だよ。自分で大事にとっておいたほうがいいよ」 「あんたのおかげで、受賞したような気がしたんだけどな」 「いや、おじさんの実力だよ。自信もってこれからもいい写真撮って…そういえばその写真のほうがほしいな」 「そうなんだよな。とっておきたかったんだけど、ネガまで提出しちゃったから」 「残念だったね。そこんとこは…」 こうして、俺は「無冠の帝王」を続けた。 (終)

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